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19/31

19 叫び ◉


 夢を見た────

 

「ずっと一緒だよ」

 

 夢の中の 幼いるきあは 笑って──

 お互いの 手と手を合わせて 約束した

 

「勝手に手紙を見るからだよ」


 次の瞬間には るきあは 頬を膨らませて怒ってた

 

 ごめん

 

「もう、面倒見きれないんだからね!」

 

 ごめん るきあ

 だけど オレ……

 

 守られるだけは もう 嫌だったんだ


 

 *


 

 ゆっくりと目を開けると、白い天井が滲んでいた。

 今まで我慢していたものが、爆発したように。

 オレの感情は一気に溢れ出した。

 

「どうしたらいいんだよ……」


 見上げたまま、掠れた声を出した。

 それに気づいたるきあが、心配そうにオレを覗き込む。

 

「……ヒロ?」

「どうすればいいんだよ……ッ!!」


 起き上がれないまま、るきあの制服の下襟を両手でギュッと握り締めた。

 完全に八つ当たりだった。

 

「ヒロ、落ち着いて……!」


 るきあは辛そうな顔をして、オレの手を取る。

 その表情が、またオレの胸の内を貫いてくるようで耐えられなくなった。

 

「もう、いやだ……。こんなの、いやだああああああ!!」


 点滴の繋がれた腕で顔を覆い、泣き叫んだ。

 そのまま引き千切りたい衝動を抑えて、オレは初めて、るきあの前で弱音を吐いた。


 

 しばらくして落ち着いた頃、病室の扉がノックされて秀美先生が入ってきた。

 

「ヒロ君」

「秀実先生……」


 オレはきっと泣き腫らした目をしているだろう。

 それでも秀美先生は、何も聞かずに淡い笑顔でいてくれた。

 

「さっき、お兄さんに連絡しておいたわ」

「はい……」


 ああ、また迷惑をかけてしまった。心配させてしまった。

 そんな考えが、ぐるぐると回る。

 

「それでね、薬が完成間近ですって」

「えっ……?」


 薬が完成する。それは、とても喜ばしいことだった。

 もう自分を偽らなくてもいい。

 るきあにも迷惑をかけずに済む。

 大学へ行って、目標に向かってキャンパスライフを送れる。

 心の中が、ぱあっと明るくなった気がした。

 しかし……秀実先生の表情が、スッと冷静になった。

 

「でも、完成させるには最終治験が必要なの」

「最終……治験……」


 ああ、そうか。そういうことか。

 なぜ秀実先生がそんな表情になったのか、理解した。

 

「ちけん……?」


 耳慣れない言葉に、るきあが小首をかしげる。


「治験というのは、薬が安全かどうか実際に使用して試験することよ。もちろん、最終段階だから人体への影響はないと結果が出ているけど。でも……」


 秀実先生はわかりやすく説明してくれたが、そこで言葉を詰まらせた。

 

「実際に効果があるのかどうか、それはオレにしかわからない、ということですね?」

「そのとおりよ……」


 異性過敏症は、香西家に生まれた女性にのみ発症する病。

 つまり、症状を持つ者が現時点ではオレ一人しかいない。

 

「ヒロ君。卒業と同時に、ドイツへ行く覚悟はある?」


 覚悟もなにも、行くしかないのだろう。

 普通の人と同じように生活していくために。

 しかしそれは、一旦大学受験を諦めなければならないということだった。


「ヒロ……。ドイツに行っちゃうの……?」

「るきあ……」


 オレよりも、るきあの方が不安そうだった。

 不安に耐えかねたのか、秀実先生に向かって訊ねる。

 

「あ、あの! 治験って、日本じゃできないんですか!?」

「残念だけど、それはできないわ。理由は……わかるわよね? ヒロ君」

「はい……」

 

 オレの病が特殊で、兄貴が専門医で、それに対応できる設備が、ドイツにしかないからだ。

 

「どれくらい……かかるの?」

「この治験は、ヒロ君ひとりしかできないから……。数年はかかると思ってもらった方が……」


 るきあは、制服の裾をギュッと握って、

 

「わかりました……。あたしも、覚悟を決めます!」


 と、いつになく真剣な顔で言った。

 

 嬉しかった。

 離れることを不安に思ってくれるなんて。

 オレは、ずっとるきあに迷惑をかけて、縛り付けていると思っていたから。

 あと少し……卒業まで……。

 ごめんな、るきあ。


 

 るきあは「入院の準備してくる」と、必要なものを取りに行ってくれた。

 秀実先生も退室して一人になり、「はぁ」と大きくため息をつく。

 どのくらい意識を失っていたんだろう、もうすっかり外は暗くなっている。


 なぜ、あんな強い発作が起きたんだろう、と考えを巡らせる。

 手紙のせいだろうか? ……いや、違うような気がする。

 発作が起きたのは、鳴沢と会ってからだった。

 手紙が原因なら、もっと早く発作が起きているはずだ。

 鳴沢に告白されたわけでもない、女性扱いされたわけでもない。

 こんなことは初めてだった。


 そういえば、手紙はどうしたんだろう?

 手に持っていたから、落としたのかもしれない。

 でも今となっては、その手紙もきっとオレから遠ざけるべき物となってしまっただろう。


「……っ」


 また、なんとなく胸が痛んだ。

 まだ本調子じゃないのかもしれない。

 こんな呪いのような病気、早くなくなってほしい。

 兄貴、大丈夫だよね……?

 兄貴が作った薬なんだから、大丈夫だよね……?

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