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14 君にできない謝罪を


 翌日の放課後。

 落合さんは裏庭でセミロングの毛先をくるくるといじりながら、来るはずのない人を待っていた。

 

 昨日、神楽さんに落合さんを裏庭に呼び出してくれないかと頼んだのだ。

 そして、その後に香西をここと反対側の、体育館裏に呼び出してもらって、話でもして足止めをしてほしいとも。

 俺の日頃の行いが祟って、なかなか承諾してくれなかったが、なんとか引き受けてくれた。

 

 俺は指定した時間よりも少しだけ遅れてやって来て、陰からその姿を確認する。

 神楽さんはうまくやってくれた。

 後は、俺がうまく話せるかどうかだ。

 ポケットの中に忍ばせた手紙を握りしめて近づいていくと、予想通り驚かれた。

 

「あたし、神楽さんに呼ばれて来たんだけど、どうしてこうなっちゃったかなー?」

「ごめん。落合さんに話があって、俺が頼んだんだ」

「えぇ〜……」


 今までに見たことがない、ものすごく嫌な顔をされた。

 好かれていないことは自覚していたが、ちょっと傷つくな。

 

「まずは……」


 俺が口を開くと、落合さんは少し身構えた。

 

「いろいろと、ごめん!!」


 頭を下げるのと同時に、意を決して言った。

 

「えっ?」

「実は……偶然にも香西の正体を知ってしまったんだ……」

「え……ええええええええええっ!?」

「こ、声が大きい……!」


 慌てて頭を上げて、小声で制する。

 

「あ、ああ……そうだね……」


 落合さんは言いながら、両手で口を覆って辺りを見回した。

 

「それで、十年前の公園でのことも……思い出したんだ……」

「やっぱり、あの時のシャイニングマンは……」

「ああ、俺だ。……やっぱりってことは、気づいていたんだな」

「ヒロがね、そうじゃないかって」


 香西も気づいていたのか。

 ますます近づき難くなってしまったな。

 

「香西の病気については、主治医である父親に詳しく説明してもらった。説明してもらった上で、俺は十年前の事を謝りたいと思った。でも、香西に直接謝ったりするのは ダメだと……。だから、手紙を書いてきた。それを、まず落合さんに受け取ってほしいんだ」


 ポケットから、くしゃくしゃになった手紙を取り出して、しわを伸ばす。

 

「あたしに……?」

「それを読んでもらって、香西に伝えても問題なかったら、君から香西に渡してほしい。手紙の内容がダメなら、謝罪の言葉だけでもいいんだ」


 真剣な気持ちが伝わったのか、落合さんは手紙を遠慮がちに受け取ってくれた。

 そして、軽くのり付けされた封を丁寧に開けて、中身を取り出す。

 

「とりあえず、読んでみるね」


 沈黙の中、便箋がカサカサと秋風に揺れる。

 目の前で気持ちを綴った手紙を読まれるなんて、すごく恥ずかしい。


「ど、どうだろうか?」


 しばらくして声をかけると、落合さんはゆっくりと顔を上げた。

 先ほどの表情と打って変わって、真剣な表情だった。


「鳴沢くんの気持ちは、よくわかった。謝罪したい気持ちも……」


 広げられた便箋を、もう一度折って封筒にしまいながら言った。

 

「でも、悪いけどやっぱり、これはヒロには見せられない」

「そうか……謝罪も……ダメか……?」

「そうだね……謝罪をするって事は、ヒロを女性だって認める事だから……。あたしからも何も言えない。ましてや十年前のあの事となると、あたしも怖いんだ……」


 あの時の、苦しそうな香西の姿と、必死に俺に頼んできた落合さんの姿が、鮮明に蘇る。

 

「あたしは、邦ちゃん──ヒロのお兄さんからヒロの事を頼まれてる。だから、少しでも不安要素があるなら、それをヒロに言うわけにはいかないの」

「そう……だよな……」


 気持ちはわからないでもない。

 俺だって香西本人を困らせたいわけじゃないし、残念だが仕方ない。

 

「わかった、ありがとう。落合さんだけにでも気持ちを伝えられて良かった」

「ごめんね……。一応、手紙は預かっておくね。見せられる日が来たら、渡そうと思う」


 そういえば、お兄さんが薬の研究をしているとか言っていたな。

 それがうまくいけば……の話になるんだろうな。

 

「よろしく頼むよ。……じゃあ!」


 なるべく平静を装って、その場を後にする。

 

「ごめんね、鳴沢くん……」


 風に乗って、微かに落合さんの声が聞こえた。

 彼女が謝ることは何もないのに。

 あの手紙だって完全に俺の自己満足だ。

 

『ヒロ君には近づくな』

『望ましいのは、あまり関わらないことね……』

『やっぱりヒロには見せられない』


 親父も、母さんも、落合さんも。

 香西のことを第一に考えて俺を遠ざけようとする。

 仕方のないことだって、わかっているのに。

 

 なんだろう……なにか……すごく、胸がザワザワする……。

 

 俺はこの時、自分の気持ちに向き合うことに精一杯で、裏庭の木の影に人がいたことに気づかなかったのだ。

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