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10 香西ヒロの秘密


「性別……女!? ど、どういう事だ!?」


 危うく、カルテを握り潰しそうになった。

 さらに記載された情報を読もうとした時、書斎の扉が勢いよく開いた。

 

「大事な書類を入れ忘れた!!」

「お、親父……!」

「佑二!? まさかその中身を見たのか!?」

「ごめん……つい、出来心で……」


 親父は、封筒とカルテをひったくるように俺から奪った。

 

「バカモン!! と叱ってやりたいところだが、 時間がない! 説明してる時間もない! いいか、これだけは守ってくれ!!」

「何を……?」


 珍しく親父が大声で捲し立てるので、たじろいでしまった。

 

「しばらく、ヒロ君には近づくな! でないと、ヒロ君の命に関わる!!」

「え、ええぇぇ〜。近づくなと言われても、クラスメイトだぜ……?」

「とにかく、近づかないよう気をつけるんだ!! じゃあ、行ってくる!!」


 親父は慌てて部屋を出ていった。

 俺は、ただただポカンと立ち尽くすしかなかった。

 

「お、親父〜……」


 結局、わかったのは香西が女だということだけだった。

 カルテがあるということは、香西は鳴沢病院に通っている患者であることを示している。

 しかも、わざわざ親父が持ち歩いているということは、何か難しい病気や症状なのだろう。

 まさかこんな形で香西の正体を知ってしまうなんて。

 香西の弱点になるかと思ったが、これは軽々しく扱っていい情報じゃない。

 それくらい俺にでもわかる。

 このことは、しばらく俺の胸の内にしまっておくことにした。



 しかし週明け、学校へ行こうとすると親父と母さんに止められた。

 

「親父! なんで学校に行っちゃいけないんだよ!?」

「私は医者として、ヒロ君の命を守らねばならん! ヒロ君の正体を知られた以上、しばらくおまえを学校に行かせるわけにはいかないんだ……!」

「いや、だから。香西の命が危ないってどういう事だよ? ちゃんと説明してくれよ」


 一昨日見たカルテ……香西はなんの病気なんだろうか?


「そうね……説明するしかないわ、あなた」


 母さんに促され、俺はリビングのソファに座った。

 テーブルを挟んで、向かい側に親父と母さんも座る。

 内容が内容だけに、長く深刻な話になりそうだ。

 

「まず……ヒロ君の病名は、『異性過敏症(いせいかびんしょう)』という」


 重苦しい口調で、親父が言った。

 隣で母さんがメモ帳に素早く筆記し、どういう漢字で書くか見せてくれた。

 

「異性……過敏症……? 聞いた事がないな……」


 耳慣れない病名に、眉を顰めた。

 文字だけ見ると、アレルギーの一種だろうか?

 

「聞いた事がないのは当たり前だ。人に知られてしまっては、命も危険という病気だ」


 親父は、淡々と説明をする。

『命』という言葉に緊張し、俺は固唾を飲んだ。

 親父は一昨日からずっとその言葉を繰り返している。

 冗談で済まされないことなんだ。

 

「……香西は、そんなに悪いのか?」

「ヒロ君から見た異性──つまり、男性と関わらなければ、日常生活は大丈夫なのよ」

「男性と、関わらなければ……?」


 母さんに言われて意味がわからず、聞き返した。

 香西は、学校に来れば男子と話している方だ。

 特に瀬戸とは中学から同じだったようだしな。

 

「信じがたいかもしれないが、『異性過敏症』とは、その名の通り異性に対して過剰に反応すること。つまり、男性に女性として扱われると、発作を起こすというものだ」

「なんだそれ!? そんな事、ありえるのか!?」

「疑うのも無理はない。私だって、香西先生から聞くまではそんな病があるなど知らなかった」


 よほど珍しい病気なのだろう。

 どうやら、香西家に生まれた女性にのみ罹る病らしい。

 遺伝のようなものなのだろうか?

 そして、香西家は代々その病を解明するために尽力を注いできたと言うのだ。

 

「しかし、香西先生──ヒロ君の両親は、事故で亡くなってしまった。その後は、いろいろと相談を受けていた私が、研究を引き継ぐ事になったんだ。ヒロ君のお兄さんも、現在ドイツでその病に効果のある薬を研究している。現時点では、決定的な治療法がなくてな。だから、性別を偽って生活している」

 

 親父の話を聞き終えて、俺はソファにもたれかかり天を仰ぐ。

 俺はただ、香西をテストで出し抜けたらと思っていただけなのに。

 とんでもない情報を聞いてしまった。

 そんな生活を強いられていたなんて、学校をサボりがちになるのもわかる気がする。

 

 ここで一つ問題が……。

 事情を知らなかったとはいえ、俺は女の子をつけ回して弱みを握ろうとしていたことになる。

 今のご時世、男女は関係ないと言われそうだが、やはり自己嫌悪に陥る。

 恥ずかしさのあまり両手で顔を覆った。

 

「俺は……どんな顔をして会えばいいんだよ……?」

「望ましいのは、あまり関わらないことね……あの時みたいにならないように……」


 母さんが、伏し目がちで言った。

 

「あの時……?」

「おまえ、 やっぱり覚えていないのか……?」

「え……?」


 親父も母さんも、何のことを言っているんだ?

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