前編
初投稿です。
短編に収まらず、前後編となりました。
どうぞよろしくお願いいたします。
誤字報告、有難うございました。
訂正済みです。
「ちょっと…どこまで行くの?」
いつの間にか逞しくなった背中を追いかけながら私は声をかけた。
けれど振り向きもせずに、背中は先を行く。
何も言葉は返ってこないまま、歩くスピードだけ落ちてやっと小走りに追いかけずに済んだ。
魔法科の学生はローブが制服だからドレスよりはマシだけれど、騎士科で大柄な彼が普通に歩くだけでもついて行くのは大変だったのだ。
こういうところよね。
ザックがモテるのは。
私はずっと前から知ってるけど。
ついさっき、いきなりザックが目の前に現れた。
「メル、話があるんだ。少しいいか」
超が付くほど久しぶりに話した幼なじみは、そう云うと返事も聞かずに歩き出した。
王立学院の高等部に進む時、ザックは騎士科、私は魔法科へ進んだ。
わがミントン家は代々風使いと呼ばれていて、風魔法に優れている。
ザックの家、カルヴァートン家も代々火炎使いと呼ばれていて、てっきりザックも魔法科へ進むと思っていたら騎士科に進んでいて驚いた。
きっと火炎魔法を剣に込めて戦うことにしたのだろう。
王都の屋敷が隣接していることもあって、小さい頃はザックとはよく遊んだ幼なじみだった。
ザックの金色の巻毛が可愛いくて、私はまっすぐな髪だから羨ましかった。
翠の瞳と通った鼻筋、ザックは小さい時から綺麗な顔立ちをしていたけど、中等部の終わり頃にはずい分背が伸びて顔立ちも男らしくなった。
中等部に入学した頃からあんまり話さなくなってしまったけど、私はこっそり時々ザックを見ていた。
だから、ザックが華やかな令嬢たちに人気なのも知ってる。
本当はザックがずっと好きだった。
でも私はザックにとって幼なじみなだけで、それ以上でもそれ以下でもないことは判ってる。
騎士科のホープと呼ばれているザックと、得意の風魔法のお陰で優はもらっているけど髪も瞳も茶色で地味な私なんて釣り合わないことも判ってる。
だから本当に久しぶりにザックが声をかけてきた時にはとても驚いた。
ザックの後ろを歩きながら何で声をかけられたのか考えているけど、何も思い当たることがない……。
でも、もし魔法科の誰か女の子を見初めていて紹介してくれ…とか云われたら立ち直れないかもしれない———
本当にそれくらいしかザックが私に声をかける理由が思い当たらず、今のうちに逃げてしまおうか…と思いかけた時、ザックが立ち止まって振り向いた。
気がついたら、校舎と図書館の間の中庭にいた。
木が繁っていて程よく人目から隠れ、時々ザックと騎士科の友だちがここで休憩していることも知っている。
いきなり振り向かれ、肩がビクッと震える。
正面から向き合うのも久しぶりで、思ったより頭の位置が高い。
ザック、また背が伸びたかな。
のんびりそんなことを考えていたら、真剣な翠の瞳がこちらを見返していて思わず息を呑んだ。
「メル…」
小さい頃、よく呼び合っていた私の愛称を呟いてザックは視線を下げる。
切り出しにくそうにしているザックに、一つ息を吐いて私は声をかけた。
もうここまできたら、どんな話でも聞くしかないじゃない。
誰かを紹介してくれ…って云われたら、協力できるかどうか判らないけど———
「何か話が———」
「好きだっ」
「えっ?」
「メルが好きなんだ」
思考が停止した。
ザックの翠の瞳が真っ直ぐにこちらを見ている。
大事なことを云われたはずなのに、あまりに予想外だったからか頭に入ってこない。
「え…っと……もう一回……」
ぐいっと両肩を掴まれて視線を合わせられる。
ザックの眉間には皺が寄って、声が大きくなった。
「ちゃんと聞けよ!メルが好きだって云ってるだろ!!」
「…う…うそ…」
顔が熱くなって、赤くなっているのが判る。
「何でだよ、好きって云ってるだろ」
何度も繰り返し好きと云ってくれたザックの言葉が、ようやく心に届いたみたい。
嬉しい!
そう思ったら、ザックの腕の中に飛び込んでいた。
いきなり抱きついた私を「おい!」と云いつつ受け止めてくれる。
「嬉しい!私も!」
「え?」
「私もザックが好き!」
ああ…ようやく云えた。
一生云わないままかも、と思っていた言葉が。
「…そうか。良かった」
腕を緩めたザックが、私を見下ろしてふわりと笑った。
そのままザックの家の馬車で一緒に帰ることになった。
一緒の馬車に乗るのは、いつぶりか判らないくらいで緊張する…。
何だか気まずくて窓の外を見ていたけど、視線を感じて振り向くと、ザックが嬉しそうに微笑っていた。
こんなに甘い顔だったっけ…?
じわじわと熱が首筋から這い上がってくるのを感じる。
ザックがちょいちょいと指で合図するので、何事かと顔を寄せると、そのまま後頭部をクイっと引き寄せられ、柔らかいものが唇に押し当てられた。
目を閉じる暇もないほどの瞬間で、すぐ近くに閉じられた長い金色の睫が見える。
キスされてる!…と気づいた時、開いた瞼から翠の瞳がのぞいた。
目元が赤くなったザックは何だか獰猛な猛獣のようで、食べられてしまう気がする…。
「メル、キスの時は目を閉じて」
「だ、だって…急だったから…」
クスリと笑ったザックは、顔の下半分を大きな手で覆ってフイッと横を向いた。
顔を覆ったザックの手は骨張ってゴツゴツしてそうだった。
ザックが私の知らない男の人になったみたいで、一々そんな些細なことにもドキドキする。
「あれは…不可抗力だ」
ザックがそんな意味不明な言葉を吐いた時、馬車がゴトリと止まった。
◆◆◆
翌日、課題に使った魔術書を返却するために私は図書館へ向かっていた。
昨日告白された場所を通るし、ちょうど昼休みだからザックたちが休憩しているかもしれない。
ザックに会えるかも…と思って心持ち足が早まる。
渡り廊下に足を踏み出そうとしたところで、ザックの名前が呼ばれるのが耳に入った。
やっぱりいたんだ。
けれど次の言葉で、私の足は止まった。
「ザック、昨日の告白…」
「ああ、罰ゲームの…」
罰ゲーム?
冷たい手で心臓を鷲掴みにされたように感じた。
渡り廊下から外れ、咄嗟に木の陰に隠れる。
「お前たちが見ていたのは判ってたよ。やめてくれって云ったのに」
これはザックの声。
「だって…罰ゲームだもんなぁ?」
「そうそう、見届けないと」
罰ゲーム?
見届ける?
それじゃあ…昨日の告白は———
持っていた本がバサリと落ちたので慌てて拾い、顔を上げると、動きを止めてこちらを凝視しているザックたちの顔と出会った。
全員がギョッとして、それから気まずそうに視線を下げる。
青ざめた顔のザックが何か云おうとするよりも早く、私が口を開いた。
もう何も聞きたくない———
「酷いよ、ザック。罰ゲームならそう云って———」
最後までは云えなかった。
自分で口にしておいて、罰ゲームという言葉が胸に刺さる。
私は本を抱えたまま、来た道を走って戻った。
「メル———!」
後ろからザックの声が聞こえた気がしたけど、私は走り続けた。
涙が滲んで前がよく見えないまま、もうすぐ魔法科の教室棟という時、横道から出てきた人影に気づかずにぶつかってしまった。
倒れる!…と思ったけれど衝撃は来ないまま、私はしっかりした腕に抱き止められていた。
「大丈夫かい?」
柔和な低い声が聞こえ、誰とぶつかってしまったのか気がついてすっと血の気が引いた。
「申し訳もございません!殿下」
慌てて支えていただいた腕から離れ、頭を下げる。
「気にしなくていい。顔を上げてくれ」
声に促されて顔を上げると、思った通りこの国の第二王子であるルシアン・レルボード殿下だった。
こちらの不注意でぶつかってしまったにも関わらず、ご気分を害された様子はない。
「メルローズ・ミントン嬢だろう?」
ほっとして立ち去ろうと頭を軽く下げると、名前を呼ばれたので驚いた。
同じ学年とはいえ、私のことなど知っているはずがないと思っていたのだから。
「は、はい。メルローズ・ミントンにございます」
ローブでは様にならないのは判っていても、とりあえずカーテシー…のようなものをしてみる。
学院では身分など関係なく皆平等に、がモットーとされているが、王族への挨拶は例外じゃないかしら。
「優秀な風使いなので、話してみたいと思っていた。今度また、ゆっくり話そう」
「もったいないお言葉、恐縮でございます」
さっきまでの衝撃に加え、いきなりな展開に淑女の仮面が剥がれそうになりつつ、何とか笑顔を顔に貼り付ける。
そこで殿下が何かに気がついたのか、口を開きかけ…そして閉じた。
「?」
「良かったら、これを使ってくれ」
殿下から差し出されたのは、薄青く染められたハンカチだった。
目を瞠った私に、殿下はふっと微笑った。
ハンカチを渡す時にすっと近付き、殿下が耳元で囁く。
「返さなくていい」
殿下は何事もなかったかのように、無言だった護衛を連れて立ち去っていった。
殿下はきっと私が泣いていたことをお気づきだったのだろう。
何も尋ねなかった殿下の優しさに感謝して、私は手の中のハンカチを握りしめた。
殿下とのやり取りのお陰で少しだけ気持ちが落ち着き、これからのことを考えてみる。
できることなら、もうザックとは一生会いたくない。
けれど騎士科との合同訓練や学院内のパーティなどもあるし、それは不可能かも…。
だとしても、これから出来るだけ長い期間会いたくない。
たとえ、学院の廊下でバッタリだとしても。
いいことを思いついた。
登下校は学院の許可をもらって魔法陣で通うことにしよう。
研究課題などによる時間短縮のために、学院の許可を取れば魔法科の教室棟にある魔法陣から通学できるのだ。
課題終了までの間だけだけど、出来るだけ時間のかかりそうな課題を考えなくちゃ。
そのうちにやってみたいと温めていた課題を、風魔法研究教室のヘルデン先生に相談すると、魔法陣での通学がすぐに認められた。
問題は、私の部屋にも魔法陣を置かなければならず、今日だけは普通に家まで帰らなければいけないこと。
でもきっと大丈夫。
だって、ザックはこれ以上私に用はないはず。
それなのに放課後、私がわが家の馬車に乗ろうとすると後ろから腕を掴まれた。
驚いて振り向くとザックが立っている。
「話を聞いてくれ」
「話すことなんかないわ」
「頼むっ!」
「離して!」
もうこれだけでも充分に周りの目を引いてしまっている。
掴まれていた腕を引き抜き、ドンッとザックの胸を押す。
「もう関わらないで!迷惑なの!」
恥ずかしさの余り酷い言葉が飛び出したのは判っていたけど、口から出てしまった言葉はもう取り消せない。
ザックがたじろいだ隙に、馬車に乗り込んだ。
ちらりと目の端に映すザックは立ち尽くし、悲しそうな目でこちらを見ていた。
どうしてそんな目で見るの?
幼馴染だからって、何をしても許してもらえると思っていたの…?
酷いよ、ザック。
私はずっと云えずにいた「好き」が云えて、本当に嬉しかったのに———
また涙が溢れてきた。
馬車の中でなら、少し泣いてもいいかな…。
馬車に揺られながら少しだけ泣いたら、ちょっと心が落ち着いた。
家に帰るとすぐに学校から借りてきた魔法陣を広げる。
二本立てた指を魔法陣にかざし、教えてもらった呪文を口の中で唱えると、魔法陣が一瞬光って固定された。
これでもう学校との往復はしばらくこの魔法陣で行える。
翌朝からは、この魔法陣で通学を始めた。
殿下からは「返さなくていい」と云われたけれど、やはりそういう訳にもいかないので、お借りしたハンカチは浄化魔法をかけ、考えた末に手作りの栞を添えて授業が始まる前に護衛の方にお返しした。
直接お返しするのは恐れ多いし、食べ物をお礼にすると毒見が必要になるかも…と思ってしまったから。
それから私はずっとザックを避け続け、通学も魔法陣で通っていた。
あれ以来ザックも私の前に現れなかったし、私もザックを目で探すのをやめた。
ただ何度か、ザックの騎士科の友人が私を遠目に見ていたような気がするけど、もう関わりたくはない。
私は、魔法陣を学院から借りている理由になっている課題に勤しんだ。
取り憑かれたように授業と課題に取り組み、疲れきって魔法陣で帰宅して眠る。
元々、魔法オタクなところのある私は風魔法研究教室に通い詰めていたから、周りは「またか」という目で見ていると思う。
同じ風魔法研究教室に通っているエイダには、「何かあったでしょう」と心配されたけど、私はただ首を振っただけだった。
エイダは多くない私の友だちの一人で、あの一連の出来事があった時はご両親に呼ばれて領地に帰っていたから何も知らないはず。
とてもあの時の全てを、打ち明ける気にはまだなれなかった。
いつか…話せる時が来るといいけれど。
いつもより根を詰めて課題に取り組んでいたからか、一月もすると報告できるレベルまで課題が完成してしまった。
完成してレポートを提出してしまうと、魔法陣を学院に返却しなければならない。
また何か新しい課題を考えなくちゃ。
そしてとうとう、恐れていた騎士科の学生との合同訓練の日が決まった。
互いを知り、連携を深めるために、年に何度か騎士科と魔法科の合同訓練があるのだ。
学院の訓練場で行われる時もあれば、実際の戦闘に慣れる為の討伐訓練もある。
今回は一週間後にザルツの森で、魔獣討伐訓練が行われることになった。
ザルツの森に討伐訓練に行くのはこれで2回目。
学院からほど近いところにあるザルツの森には、中位・下位の魔獣が棲息しているので、よく討伐訓練になる場所だ。
討伐訓練は、分けられたグループごとに行動することになっている。
張り出された討伐の概要を眺めていると、エイダが声をかけてきた。
「同じグループだね。よろしく!……って、どうしたの?」
「何でもないよ」
そう応えながら、笑えている自信がない。
よりにもよって、今回に限ってザックと同じグループになるなんて———
「何でもないって顔じゃないんだけど」
心配そうに眉を寄せるエイダに、私はただ首を振るしかできなかった。
ザックと一緒のグループになれるといいな、と密かに願ったことは何度もあったけど、今まで一度も同じグループになったことはなかった。
それなのに、何でこんな時に一緒のグループになるのだろう……。
すぐに後編も投稿します。