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花束の代わりに ②


「……んだよ」

「……いや。岩崎が来なくて薊原が来るっていうのが意外だっただけ」

 岩崎の方はオレに関係ねーだろ、と薊原が悪態を付くところから、その一日は始まった。

 全くそのとおりだと花野は思ったし、実際別に、大した話ではなかった。昨日の夜、花野家でふと父がもてなしの心を出した。そしてそのもてなしの心に耐えうるだけの格を持つ食べ物というのは、千賀上家に一玉を持って行ってもなお花野家にもう一玉残る、妙に存在感のあるスイカ玉一つだけしかなかった。一応花野は、自分がホスト役だという自覚があったので訊ねてみた。

 岩崎、スイカ食べられる?

 大好き!

 というわけで、絶対それ腹壊すだろというような量を岩崎は食らい尽くし、案の定腹を壊した。自分が家を出るころには落ち着いた様子だったけれど、腹の壊し方が壊し方なだけに脱水症状なんかを起こしたら怖い。だからそれなりの遠出になる宇垣の見舞いを岩崎は大変遺憾そうに断念し、玄関で力なく手を振って別れることになった。今頃はシンパシーを感じたらしく急に馴れ馴れしくなったうちの妹にベッドの上で背中を擦られているか、あんまりずっとクーラー貰ってるのも悪いですからと家を出て水族館に向かい始めているか、どっちかだろう。

 何となくあの日を思い出しながら、病院の駐輪場に二人で自転車を停める。

 前カゴから見舞いの品を取り出す。今になって気付いたのか薊原がぎょっとして「なんじゃそりゃ」と訊ねてくるから、花野は誠実に答えてやる。こっちは絽奈が作った千羽鶴の単体版で、こっちは岩崎が昨日心を込めて摘んできて一生懸命洗ったそのへんに生えてる野草の花束。

 しばらく沈黙した後、薊原は言った。こういうのは気持ちだかんな。そうそう、と花野は適当に相槌を打って、先を急ぐ。

 病院の自動ドアを潜ると、あんまり涼しくは感じない程度の微妙な風が頬を撫でていく。

 時間帯が時間帯だからだろう。これが真昼に入ったんだったらもっと違ったはずだ。設定温度はたぶん二十八度くらい。薊原が入り口でフロアマップを眺めている。それを無視して花野は進む。訊いちゃった方が早いでしょ。出た。出たって何。お前らいっつもそう言うけど働いてる側だってそういう案内の手間省きてーからこういう地図とか作ってんだろ。お前「ら」って誰。お前と式谷。

 二人じゃん。

「すみません。こちらに入院している宇垣の見舞いに来たんですが、手続きとかって……」

「ああ、はーい。お見舞いだったらこちらで面会カード出しますのでこちらの記入シートに――あ、ごめんなさいね。今ね、感染防止のためにお花のお見舞いはご遠慮してもらってるの。申し訳ないんだけど」

 ああはい、すみません、と花野は答える。んじゃ薊原やっといて、と押し付ける。おい、とか聞こえてくるけれどあまり気にするつもりはない。駐輪場の方に戻る。前カゴに岩崎が心を込めて作った萎れかけの花束を戻す。ちょっと立ち止まって、一応上から写真だけ撮っておく。もう一度入口に戻ってきて、消毒して、トイレで一応手も洗って、それから薊原が黙々とシートに覆い被さっているのを後ろから覗き込む。

「終わった?」

「ちょっと待て。今読んでっから」

 こいつ意外に説明書とかネットでダウンロードして読むタイプなんだろうな、と勝手なことを花野は思っている。さっき対応してくれた受付の人は、忙しそうにどこかに消えてしまった。

それにしても花束がダメなのは全然知らなかった。漫画とかだとよくある気がするけれど、いつの間にかダメになったのか、それとも自転車の二人乗りみたいな感じで元々ダメだったのがギリギリセーフみたいな感じで書かれていたのか。後で絽奈に教えてあげようと思う。あの子は全然外に出ないから、こういうのは何かの足しになるかもしれない。

 ぱたん、と薊原がペンを回して、シートの上に置く。

「……書けた」

「オッケー?」

 オッケー、と薊原が返すから、すみません、と適当に受付の奥に声をかける。はいはい、と今度はさっきと違ってもう少し若い人が出てくる。面会シート書き終わったんですけど、と受付の机の上を滑らせる。受付の人は全然見ない。はーい、と軽く言って、机の下で手をごそごそやる。ストラップ付きの職員証みたいなのが出てくる。病棟に入ったら首からこれ提げておいてください、場所わかります? わかりません。じゃあね、こっちの向かって左の方のエレベータに乗ってもらって、六階のステーションでその面会証見せながら患者さんのお名前を伝えてください。大丈夫そうならそこからスタッフが案内しますから。忙しそうだったらちょっと待っててね。

 はい。

 エレベーターの前まで来て、ぽち、と上に進むボタンを押した。

「……なんか、意外とザルだな。警備」

 全然八階から動く気配のないエレベーターの表示を見つめながら、ぽつりと薊原が零した。

「そう? 昔来たときはもっと適当にズカズカ病棟に入ってった記憶あるんだけど」

「これ以上緩かったらやべーだろ。重大犯罪起こりまくりじゃねーか。ただでさえ銃撃された奴とかワケありの奴まで入院してんのに」

「ああ、まあ。もう平和じゃないからこうなってるってことね」

 ぽーん、とエレベーターが一階に到着する。

 ガー、と開く。鏡も何も付いていない、荒涼とした感じの内装。誰もいない。ラッキー、と思いながら花野は先に乗り込む。開のボタンを押しておく。

「? 乗らないの」

「あ、いや」

 乗る、とちょっと遅れて薊原がついてきた。

 病院のエレベーターというのは、ゆっくり開いてゆっくり閉じる。となるとゆっくり動くんだろうなと思ったら、本当にゆっくり動き出した。へえ、と花野はそれを感じている。普段エレベーターに乗ることなんてほとんどないから何となくでしかないけれど、普通よりだいぶゆったり動いているんじゃないかという気がする。やっぱりベッドとかそういうのを運ぶ関係でそういう風に設計されているんだろうか。あとでこれも絽奈に教えてやるか。こんな知識、何の役に立つのかわからないけれど。

 そうだ、と思い出した。

 端末。

「……電源、切っといた方がいいのか」

「じゃん」

 別に切ったところで困ることもない。そう思ってポケットから端末を取り出して、電源を切っておく。薊原も続く。ぽん、と三階で止まってお婆さんが乗ってくる。開のボタンを押しておく。「どうもねえ」と頭を下げてきてから「あらこれ上?」と驚いた声を上げる。「上です」と答えれば「ごめんなさいねえ」と言って降りていく。開くボタンは押しっぱなし。

 ゆっくりと、扉が閉じる。

「あいつと連絡付いたか?」

「式谷?」

「そう」

「付いてない」

 ふうん、と言って六階。一応ボタンを押して開いておいてやる。わり、と言って薊原が先に動く。花野も後から降りる。薊原がまたフロア案内図を見ている。今度はこっちの言うことを聞いてやるか、とそのまま待ってみる。

 こっちだ、と言って動き出したはいいものの、受付で言われたとおりステーションには話しかけて良さそうな人の姿が一つもなかった。忙しいのだろう、と花野は思う。式谷の母もたまに見るとお化けみたいな疲れ方をしているときがあったし、その式谷母もどこかに行ってしまったわけだし。手が空くまで待ってようか。おう。そう言って二人で並んでソファに座る。

「あいつさ、」

 そうすると、よっぽどその話がしたいのか、さっきの話の続きになって、

「どこにいるとか見当も付かねえの」

「見当付いてたらどうすんの」

「付いてんのか」

「付いてないけど、付いてたらどうすんの」

 ちょっとだけ、薊原は宙に視線を彷徨わす。まあ、と歯切れ悪く、

「学校もなくなって、オレもこのままいても仕方ねーし。瀬尾とか鈴木とかと話してんだよ。思い切ってどっか出てくかって」

「……それで、式谷もついでに連れてくみたいな話?」

 まあ、と薊原は言うけれど、多分何の具体的な計画もないんだろうな、と花野は思う。自分も同じだからわかる。中学を出て、放り出されて、それから何をするかなんて何も決まっていない。何ができるかわからないし、何かできてたとしても、その先にちゃんと生きていけるだけの道があるのかもわからない……多分ないとすら思うし、さらにもう一つ。

 自分が生きて行けたとして。

 だから何、と思う気持ちもある。

「指名手配されたままなら国内は無理じゃん」

「……だよな。パスポート誤魔化して無理やり海外に出るとかもちょっと考えてんだけど。こういうとき島国ってマジ不便な。歩いて出られりゃいいのに」

「どっちにしろ式谷見つけないと仕方ないじゃん」

「だから訊いてんだろ。お前ら仲良いし、千賀上だけ連絡取れてるとかねーのかよ」

 ない、と言おうとした。

 そのとき、曲がり角の向こうから知ってる顔が現れた。

「あ、」

 そして向こうも、感心なことに一発でこっちの顔を見分けた。

 すごいな、と純粋に花野は感心する。忙しすぎて学校に来る暇もないくらいなのに。こっちは数人覚えればいいだけだけど、向こうは何十人と覚えなきゃいけないのに。

「教頭先生」

「花野さんと薊原さん。こんにちは」

 どうしたのここで、どこか怪我、ご家族、と忙しなく畳みかけるように話しかけてくるのは相変わらず。夏はいつもアンダーシャツの上に色褪せた水色のオーバーサイズ、町のイベントポロシャツを着た、もうそろそろ定年に差し掛かるかというくらいの年の人。

 言っている途中で、自分で答えに辿り着いたらしい。

「宇垣先生のお見舞い?」

 そうです、と花野は頷いた。ああそう、と感じ入ったような溜息とともに教頭が頷く。なんですけど、と花野は続ける。ステーションの人が忙しそうだからちょっと待ってるんです。

「教頭先生は今、宇垣先生のところに面会に行かれてたんですか」

「そうそう。さっき行ってきたところだから多分宇垣先生も入って問題ないと思うけど……」

 まあでも、ちゃんと病院の人の指示に従った方がいいね。

 真っ当なことを言って、それからさらに少しだけ教頭が続ける。

「今、夏合宿も学校も大変なことになっちゃってるけど、心配しなくて大丈夫だからね」

 元通りにできるように色々動き回ってるし、夏はみんな大変だろうから、できるだけ早くそれができるよう頑張ってるから。ただ、どうしてもその間は厳しいところも出てきちゃうだろうから、お互い助け合って……とかは、大人から言われるのは気分良くないだろうけど、友達が困ってたら大変でも少し話を聞いてあげて、友達じゃない子が困ってても、学校に連絡くれたりなんかしたらそれだけでもすごく助かるから。

 よろしくね、と言ってものすごい早足で教頭はエレベータの方に去って行く。

 はーい、と手を振ったけれど、この後も予定が詰まっているのだろう。大して長い時間が掛かることもなく、その背中は見えなくなる。

「――すげえエネルギーだな」

 薊原が、ちょっと茫然とした様子で言う。

 ね、と花野も頷いた。自分があの年になったとき、あれだけ元気でいられる自信はない。というか中学生の今ですら、勝負にならない気がする。

「あのー、そちらの方。何かご用ですか?」

 そうしたら、ちょうどだった。

 ステーションからスタッフが顔を出していた。これ幸いと二人でちょっと早足で近付いて行く。面会用のパスを向こうに見えるようにしながら伝える。ここに宇垣って人がいると思うんですけど、その人のお見舞いに来ました。あ、オレたち生徒です。スタッフはハイハイ、と軽く頷く。そうしたらね、ここのところ真っ直ぐ行ってもらって左に曲がってもらうと病室が並んでますから番号はこれで、名札がかかっててるんですがご本人の希望によっては記載されていないので気を付けて、一応今は検査とかリハビリで他の方誰もいない時間帯にはなってるんですけど相部屋なのであまり大きな声を出さないよう、短めでお願いしますね、何かあったらここにまた声かけてください面会用のカードは終わったら一階受付に返してもらえれば結構です大丈夫ですか。

 大丈夫です。

 真っ直ぐ行って、左に曲がることにした。

「ザルすぎるだろ……。オレらがトドメ刺しに来たチンピラだったらどうすんだよ」

「でも止めらんないでしょ、スタッフの人だって。本気でトドメ刺しにチンピラが患者襲いに来たら……あ、」

 ここ、と指差す。有田、宇垣、四条、矢島。四人部屋。一応病室番号を覚えてきていたけれど、特に意味はなかった。

 扉は開いている。

 ちわー、と軽く挨拶の言葉をかけて、中を覗き込んだ。

 ステーションでスタッフの人から聞いたとおりだった。よくクーラーの効いた部屋。景気良く開け放たれた窓の向こうには、目に痛いくらいに濃い水色の空。夏らしい鮮やかな陰影を持つ雲。吹き渡る風すらも輝かせてしまいそうなくらいの、明るい陽射し。

 四人のうち三人はいなくて、一人だけがこっちを見ている。

 白色と機械ばかりが目立つもっと無機質な場所だと思っていたから、カーテンやベッドのヘッドボードや、ところどころに差し込まれた茶色とクリーム色を背景に、想像していたよりもずっと元気そうに見えた。

「どうした、お前ら」

 宇垣は読んでいた文庫本をベッドテーブルに置いて、すっかりいつもの様子で座っていた。

「生徒代表でお見舞いです。これどうぞ」

「……なんだこれは」

「絽奈が作った千羽鶴。環境に配慮して一羽に圧縮されてますけど。あとこっちは岩崎が作った花束。受付で花は持ち込んじゃダメって言われちゃったんで、とりあえず写真だけで確認しといてください」

「…………」

「大丈夫なんすか。起き上がって」

 薊原が勝手に丸椅子を引き寄せて座る。さりげなくこっちの分も隣に用意してくれる。花束の画像はちゃんと見たらしいので花野は端末を引っ込めてそれに座る。

 ああ、と宇垣が何とも言えない顔で頷いた。

「そんなに大した怪我じゃない。多少引き攣りはするが、それも長引きはしないそうだ。……外は暑かっただろう。水分補給はしたか?」

「来る前にしておきました」

「帰りに自販機で何か買っていけ。水分は一気にとるんじゃなくて小まめに取るんだ」

 ごそごそと宇垣がベッドサイドを漁り出す。

 ラッキー、とちょっとだけ花野は思ったけれど、薊原がすぐに止めに入ってしまった。いいすから、別に自販機で飲み物買うくらいの金普通にあるんで。そうか、と言って宇垣が財布を漁るのをやめる。アンラッキー、とは流石に言わない。

「え、じゃあ割とすぐ退院できるんですか」

 お前ら中学生の感覚で「すぐ」かはわからんが、と前置きをしてから宇垣は、

「銃で撃たれるとまあ粉砕骨折だの何だのするわけなんだが、当たり所が良くてな。そういうのが一切なかった。臓器にも特に傷は付いていない。問題は、」

 入院着越しに脇腹の辺りを触りながら、

「別に清潔でも何でもない金属が体内に入ったわけだから、感染症が怖いわけだ。一応日常生活に支障はないんだが、しばらく様子を見ようということで今月いっぱいはここにいろという話になっている。……月跨ぎじゃなければ、もう何日いようが自己負担額はさして変わらんしな」

 へえ、と花野は頷く。まあ確かにそうか、と納得する。錆びたフェンスで指を切ったって破傷風だの何だのと怖がられるのに、どこから来たのかもわからない金属が体内を思い切り通過して行ったら確かに怖い。そうなんすか、と薊原も隣で頷いていた。

 じゃあまあ、と花野は、

「ゆっくり休んでてください。どうせ夏合宿も中止になって学校も閉じちゃってますし」

「――何?」

 うわ、と流石に動揺した。

 さっき会ったじゃん、と思う。そういうことになってるなら教えてくれよ教頭、と。

「じゃ、あんまり長居してもアレだし私ら帰ろっか」

「は? いや、まあ――」

「待て、花野。今の発言はどういうことだ」

「アレが指示するものを自分の言葉で三十字程度で書きなさい。長く居座ることで先生の健康状態に悪影響を及ぼすだろうという危惧――」

 花野、ともう一度名前を呼ばれる。

 溜息を吐いた。考えてみればそうか、とも思う。救急車――は呼んでも来なかったからと、そのへんを流して走っていたタクシーの運転手の好意で車内を血まみれにしながら病院に担ぎ込まれてきた怪我人に、わざわざ心配の種を増やしてやることはない。だから誰も言わない。もしかすると示し合わせたわけではなくみんな何となく言わないでいただけで、その結果たまたま口裏を合わせた形になっていたのかもしれない。

 余計なことを言ってしまうのはいつも自分だ。そう思いながら花野は、浮かしかけた腰をもう一度椅子の上に下ろす。

 かくかくしかじか、順を追って。

 みるみるうちに、宇垣の様子は落ち着かなくなっていった。

「――わかった。すまん、迷惑をかけたな」

「いやそういうのいいんで寝ててください」

「いや――」

「いーから寝てろって!」

 今にも布団を蹴っ飛ばしてベッドから飛び降りようとする宇垣の肩を、薊原が抑え込んだ。大の大人を相手に全然苦もなくそれができているみたいだから、大した怪我じゃないとかいう自己申告もまあまあ嘘なんじゃないかと思う。

「今、ちょうど教頭が来てたと思うんですけど、さっさと元通りにしておくって言ってましたし。気にしないでください。口滑っただけです」

「そーそー! 今ほら、オレらも適当にそのへんのクーラー効いてるところでたむろしてるんで、大丈夫っす!」

「どこだ。まさかIR街か」

「いや館長……ほら、いるじゃないですか。あの毎年夏合宿の食費カンパしてくれてる人。あの人が夜にどうしてもクーラーある場所にいられない奴は受け入れてくれてます。それこそ薊原とか」

 一応うちの親の勤め先の人なんで、まあまあそのへん安心できると思いますけど、と繋げれば、とうとう宇垣も観念したのかベッドに身体を預け直した。それから自分たちの頭の上の方を見て、すみません、と言う。後ろを振り返ると、入り口のあたりに看護師の人が立っていた。今はいいですけど、人が戻ってきたらもうちょっと静か目でお願いしますね。はい、すみません、と宇垣は応える。自分は全く騒いだ覚えはないのだけど、一応花野も合わせて頭を下げておいた。看護師が去っていく。

 そうか、と宇垣は遠くを見つめている。

 もう暴れる気配はない。

「……そうなると、方々に随分負担をかけるな」

 けれど、あからさまに落ち込んでいて。

 まあでも、と薊原が口を開く。意外とこいつ慰めるの好きなタイプなのかもなと思って、慰めるのが苦手なタイプであるところの花野は、経過を見守ろうとする。

 その前に、宇垣が言う。


「他のみんなはどうしてる。元気か?」


 それは結構、核心を突いた的確な質問で。

 学校が閉じたこととは関係なく、どうも元気とは言い難い状況に置かれているだろう友人について話すか話さないか。花野は薊原と、ひっそりアイコンタクトを交わしている。


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