表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
29/68

ひみつのプールサイド ⑥


 絽奈は学校のことをよく知らない。

 が、『生徒の様子をよく見にくる先生』と『そうじゃない先生』がいて、自分の担任でもある宇垣真一郎は前者の方らしいと知っていた。場合によってはその貴重だろう時間と多目的室を使って突発的夏季講習を始める程度には教育熱心な教師であることも。

 というわけで、だから、

「千賀上。どうだ、調子は」

「は、はあ……まあ、普通です……」

 囮をしろ、と言われたときも、割とすんなりそれを受け入れる気持ちがあった。

 薊原と小松がウミを連れて東棟の方に逃走する間、しばらく別のところに注意を惹きつけろと言われて、その仕事の重要性をすぐに理解した。

 未確認生物を匿って一緒に暮らしています、なんて。

 大人にバレたら、どうなるかわからないから。

「そうか。まあ、無理をすることはないが学校に来る価値があると思ってくれているようなら何よりだ。困ったことがあれば、誰でもいいから相談するようにな」

「ど、どうも……」

「そうだー。絽奈ー、何でも相談しろよー」

 多目的室の入り口のあたりで、紬と話をするフリをしながら待ち構えることにした。そして実際、上手くいった。宇垣の中では結構自分は問題児扱いらしい。目が合うやすぐに食いついた。後は華麗な話術で注意を逸らしてしまえば問題ない。

「――そういえば、薊原がいないな。どこにいるか知っているか?」

「…………ええっと、」

 薊原の不在も、実はバレるとマズい。

 顔がボコボコになっているところを宇垣はしっかり見ているのに、今の薊原はウミの献身的な治療によってピカピカでつやつやの顔になっているから。現代医学の範疇を超えた奇跡の自然治癒能力、で説明が付くかは微妙なところだし、何よりウミと一緒に逃がしてしまったから探されてもマズい。

「男子部屋の方にいるとかじゃないですか?」

「いや、さっき向こうに寄ってきてからこっちに来たんだ」

 紬の誘導をバッサリ切って、少し宇垣は声を潜めて、

「一応確認なんだが、まだ学校にはいるな? 何かあったようなら、責めはしないから教えてほしいんだが」

 うわあいい人そう、と絽奈は思う。

 いい人を騙すのは心苦しい。簡単なだけに、余計に。

「朝、見かけました。たぶんまだ家庭科室に――」

「ちょいーっす。朝飯片付け終わったから昼当番の奴らいつ動き出しても大丈夫なー」

 最悪のタイミングで扉が開いた。

 なんか不良っぽい二人だ、と絽奈は思う。瀬尾と鈴木。よく薊原と一緒にいる。不良っぽいのにちゃんと給食当番とかやってるんだ、と失礼な驚きを抱えていると、お、と瀬尾は眉を上げて、

「ウガちゃんセンセー来てんじゃん。おい鈴木、社会教師への道拓いてもらえよ」

「なるかー、社会教師」

「したらスピリチュアル右翼か週刊誌元ネタにして社会に物申す左翼みてーな動画出してボロ稼ぎしよーぜ。それか両方適当にせせら笑って『オレ頭良いんで』みたいな顔して信者にチヤホヤされて気持ち良くなってるクソインテリの真似」

「ワルお前」

「いーんだよ大学のエラいセンセーだってそんなことしてんだから――」

「お前ら、薊原がどこにいるか知っているか?」

 え、と二人が止まる。賢明にもこっちに伺いの視線をくれる。だから絽奈はちょっと俯いて前髪を落として、宇垣には見えないだろう角度で口の形を作る。

 しーっ。

「いないんすか? ここにいると思ってたんすけど。あいついっつも朝早えーし」

「プールでシャワーでも浴びてんじゃね。あいつ綺麗好きだし」

 ぽいな、と瀬尾が言う。そうか、と宇垣はそれに頷く。見事な咄嗟の連携に口元が笑ってしまう。さらに追い打ちのように紬が、

「あー。確かに。小松もいないし二人で交代でシャワー浴びてんのかもね」

 そうか、と宇垣は頷く。

 それならいいんだが、と言って多目的室を見回す。本当に芸術的なくらい自然な学校空間が展開されている。教師が来たのを気にしている者もいれば気にしていない者もいる。今日暑くなるってね。毎日じゃん。明日のバイトめんどいなー。誰か一緒にテレビに端末繋いで動画見ん? とても隠しごとがあるとは思えない。即席の中学生劇団。

「少し時間が取れそうだから、午後から夏季講習をする。希望者は多目的室に集まるように伝えておいてくれ」

 見事に宇垣は騙された。

 いい人を騙すのは容易い、と絽奈は思う。相手が自分と同じくらい正直な人間だという偏見が常にかかっているから。

 はーい、と数人で宇垣を見送った。扉が閉まる。足音が遠ざかっていく。多目的室が静かになっていく。ぶはー、と鈴木が肩を落として息を吐く。

「っぶねー。なんかフツーすぎて忘れてたわ。隠してんだよな?」

「チカちゃんナイスアシスト!」

「つかオレの今のファインプレイだったくね?」

 ファインプレイだった、と絽奈も意見を合わせる。ほっ、と胸を撫で下ろす。紬も、と後ろを向くと、だはー、と彼女も息を吐いていて、

「でも、シャワー行ってるだけってなら午後までには戻ってきてないと不自然じゃない? どう言い訳すんの?」

 ちょっと絽奈は考える。

 間に合わせの思いつきで、

「夏季講習とかめんどくさくてサボったってことにすればいいんじゃない?」

「ま、妥当なとこか。あいつ平日もよくサボるしな」

「ウガッキーもそんな気にしないだろーし。ガーゼ顔に貼っ付けて遠目に確認だけさせとくとかどうよ」

「鈴木お前今日どうした?」

「あん?」

「冴えてんじゃん」

 正体を現せー、と紬が鈴木に言う。アホかオレは毎日こんな感じ、と鈴木が言う。だったらよかったのにな、と瀬尾が笑う。宇垣先生ってあだ名のレパートリー多いな、と全然関係ないことを絽奈は思っている。

 ふと思った。

「あれ。宇垣先生、もしかしてプールの方まで行っちゃうかな」

 三人がこっちを見る。

 それから、何となく全員で多目的室の奥、大きな窓の方へと動いた。

「かもなー。ウガちゃん律儀だし」

「なんか悪いことしたな。このクソ暑いのに」

「鈴木は悪。晶も言ってたからこれは正しい」

「……マジで?」

「お前マジで傷付いた感出してるけど当たり前だかんな。いまだに花野相手のときだけチャラけたクソウザ絡みしてるし」

「あれ晶ふつうにキレてるよ」

「千賀上。今のマジ? マジだとしてもオレがそれを『なんだ鈴木って意外といいヤツだし話しやすいじゃん』って思ってもらおうと思ってやってたってことを踏まえて優しく教えて」

「お前アレ面白いと思ってやってたの?」

「終わってるわ」

 もちろん絽奈はそんなこと全然知らない。外にいるときは自分の一対一の人間関係だけで精一杯で、他人同士の関係なんて目に入ってこないから。だから当たり障りのないことを言う。一般論としてはあんまり良くないかもね。すげえ、全然傷付かねえ!

「一般論って言葉いいな。オレ今度からどんどん使っていくわ。人を傷付けねーもん」

「チカちゃん。一般論の対義語って?」

「えー……個別具体的な事例?」

「個別具体的な事例としてお前は――」

「あーあーあーあー」

「うるさ」

 校舎の二階から見る今日の日は、ものすごく暑そうだった。

 今日はセミの声すら少ない。そろそろ昼に活動することの難しさに気付き始めて夜行性にシフトを始めたのかもしれない。グラウンドは砂漠みたいに渇いていて、総合運動場と面している端の方も下草こそ鬱蒼としているけれど、あまりの高温のためか夏の木すら元気なく見える。今年の夏はアメリカでサボテンも枯れているらしい。日本の森林も枯れていくのだろうか。花粉症がなくなるならちょっと助かる気もするけれど、それとは比べ物にならないほどの不都合も発生するはずだと絽奈は思う。

 プールの近くを、薊原と小松とウミが歩いていくのが見えた。

「……連絡しとくわ」

 紬が言う。

「あいつら、持ってんなー」

 瀬尾が笑う。

 大丈夫かな、と絽奈は普通に心配している。



「お」

「なんかあった?」

「これ、それっぽくない?」

 あまりにもデカい本だから、よいしょ、と力を入れないと机の上でスライドすることもできない。式谷と自分の間にそれを置き直す。ページを押さえながら、これ、と指を差す。

 舟、という文字がかろうじて見える。

 絵も何もない。文字がぎっしり詰まった崩し字だらけのページの、よりにもよってちょうど真ん中あたりにあった。途中から「もう私これ読んでるだけで一日終わるわ」と思わず泣き言を口にしてしまったくらいの本。「んじゃ僕が他の関係なさそうなやつ見とくよ」と式谷が役割分担を申し出てくれなかったら、多分途中で放り投げていた本。

 寛政四年、と文章は始まっている。

「この下の字何? 五月の上」

「じんし……干支みたいなやつじゃないっけ」

「下のやつがねずみ年の『子』?」

 ちょっと待って、と端末を出して調べる。壬子。「じんし」じゃなくて「みずのえね」が読み方らしい。干支で合ってた。六十を一周期にする方。丙午とかそういうやつ。二十世紀の後半くらいで正確に何年だったかは覚えていないけど、出生率のグラフが異常に凹んでいるやつ。昭和くらいまではそういうのが信じられていたんだろうか。そのあたりも調べておきたいから後で見るためにブラウザのタブを新しく開いて「丙午」と入力しておいて、

「……なんか、短くない? 花野さんに聞いたやつより」

 その間に、式谷がちょっとだけ解読してくれていた。

 どれどれ、と本腰を入れて取り掛かる。もう一時間以上これと格闘していたから、だいぶ目が慣れてきた。

 確かに式谷の言うとおりだった。

「『寛政四年壬子五月』……『浜』、『の』、なんかそのあたり。『沖』の方に『舟』があって、『浦人』――『消えたる』――消えた漁師? 『南風』、に煽られて? 『波』に『揺られ』てきた?」

 ほぼ想像で読んでいるが、そんなに外れてもいないと思う。

 古文とか漢文とか英語とか、そういうのでわからない単語をそのままに文意を取ろうとするときの作業に似ている。結構そういうのは得意な方だ。それにしたって字が達筆すぎると思う。もうちょっと自分も普段のテストの解答なんかは丁寧に書こうかなという気が起こってくる。宇垣は点数をくれるが、よく『丁寧に』『書き方しっかり』とコメントもつけてくる。丁寧、の字はひらがなで書いた方が丸付けの時間が少なくて済むんじゃないかといつも思う。

「あ、ここ読める。『おゝい』って『おーい』でしょ」

「でしょ。この……記録してる人かな。この人が、沖の方に舟が出てきたのを行方不明だった漁師が帰ってきたんだと思って、舟が近付いてきて、手を振って『おーい』って呼びかけて……『漂ひて』だから、どっかこのへんの意味不明なゾーンで舟から下りてきたのかな」

「ここ『かの人と見たり』ってその漁師だったってこと?」

「だろうね。『黒』ってあるからこのへんが舟の説明かな。数字もあるし。……単位がわかんねー」

「これ写真撮っといた方がいいよね?」

 お願い、と言えば、はいよー、と式谷が端末を取り出す。んで、とさらに続きを見る。もう後は短い。

「時間が飛んで、何かを漁師が言って終わり。『果』って文字が見えるから、あれかな。海の向こうを見に行こうとしたんだけどとか、そういうやつか」

「めっちゃ短いね。元になったまた別の話もあるのかな」

「逆かも」

「逆?」

「元はこんだけ短い話だったのが、色々脚色されるうちにこうなったんじゃないのって話」

 言ってから、自分で虚しくなってきた。

 これだけ目一杯時間を使って肩と目を酷使して、出てきた結果がこれだけだと思うと。

 はぁーあ、と息を吐いて後ろ手を畳の上に突く。座布団あげよっか背中、と式谷が言う。流石に人の家で寝っ転がる気にはなれないから謹んで遠慮しておく。上体が傾くと立派な天井の梁と、和風な感じの室内灯が目に入る。こんなの刑事ドラマの料亭とか旅館でしか見たことがない。

 どうなんだろうね、と呟いた。

「ウミちゃんのこと聞いたとき、咄嗟にこの話ってそれっぽいよなと思ったんだけど。でもこんなん、作り話でもわかんないよね。確かめようがないし」

「……うーん。まあ、確かに」

 でしょ、と花野は言って、

「だってそんなん、たとえば絽奈が『デタラメです』って言わずにそれっぽい話とか作りまくって日記に残しといたらいいわけじゃん。そしたら西暦三千年の人類はその日記を掘り起こして二々ヶ浜は千年前に怪獣の住処だったとか勝手に分析し始める訳でしょ?」

「えー、流石にそれはないんじゃない? ありえないってわかるでしょ」

「でも私たちは今こういうのを真剣に調べてるわけじゃん」

 それは、と式谷が口を開く。

 その途中で閉じる。意外と考えて色々物を言う奴だから。花野は続けて、

「さっき、ここ来る途中にさ。何も信じられることとかないって話したじゃん」

「うん」

 でも実際はそうはなってないわけで。

 じゃあ何を基準にして何かを信じてるかっていうと、たとえばそれは『誰が言うか』であって。教科書が言うからとか先生が言うからとか親が言うからとか科学者が言うからとかそういうことであって。でも国とか市が言うからそうなんだろう、とかはもうこのへんの人は全然思ってないわけじゃん。大本営発表みたいなやつばっかだし。他の国とか見たって、どう考えてもそんなわけないだろみたいなことを平然と言いながら弾圧とかやってるヤバい奴だってたくさんいるわけだし。

「でもそういうのを信じてた時代とか、今でもそういう地域とかはあって、こういう民話みたいなやつだってもしかしたら当時の人からしたら鼻で笑うようなことだったのが、何だろ、時間? 昔の人が言ってて難しい言葉遣いで古い紙に書かれて今の時代に残ってるなら本当のことなんだろうみたいな思い込みで本当っぽくなってることもあるわけで、多分その逆も……」

 何が言いたいんだろう、と自分で思った。

 取り留めのない言葉が口から出てくる。たぶん考えがまとまってないんだろうな、と思う。こういうときはちょっと我慢して、考えがまとまるまで黙っていた方がいい。そう思って「今のなし」と絽奈直伝の前言撤回術を披露しようとしたところで、

「確かに、これで他の文献を見つけても、一番最初に書いた人に便乗して悪ノリしただけなのかもとか、そういうのもありうるもんね」

 式谷がさらっと同調してくれるものだから、もう少しだけ、

「そう。だからさ、」

 こんなこと意味あるのかなって、と。

 言おうとして、流石に止まった。

 だって、元は自分の発案なのだ。

 知っている話があって、ウミを知る手掛かりになるんじゃないかと思った。これ自体は別にいいと思う。手掛かりを得られようが得られまいが、心当たりの一つを潰しに行っただけだから。けれどその前――その『知っている話』というのを知った経緯は、完全に個人的なものだ。

 何を言っているのか知ろうと思った。

 思い出す。宇垣が戸惑っていたこと。戸惑わされていた相手はあの『木島太郎』の秘書か何かで、そいつは『方舟会』の関係者らしくて、もしも宇垣が競り負けたりして学校教育にそいつが乗り込んできたら自分も何も知らない間にとんでもないものを呑み込まされるかもしれなくて、だから、先に知ろうと思った。社会進化論を教えられるより先に進化論をちゃんと学んでおくみたいに、予防接種みたいに使おうと思っていた。

 一連の行動に、自分の都合がないと言えば嘘で。

 だからよりにもよって今日一日付き合ってくれている式谷を前にそういう腐すようなことを言うのは――と、

 思って、

 気が付いた。

「なんであいつら、もっと大々的にやんないの?」

「え?」

 布教活動、と花野は、

「式谷、言ってたじゃん。ていうか見せてくれたじゃん。ウミちゃんとそっくりのやつを『方舟会』が御神体にしてるって」

「え、うん。そうだけど……あ、」

 そっか、と式谷が言う。

 たぶん今度は、向こうが思い出した。『方舟会』が、どうもこの漂着民話を元ネタにして怪しい話を作り込んでいるらしいということ。

「なんでその……ウミちゃんの友達を利用して布教とかしないのかってこと?」

「おかしくない? だって、ウミちゃんみたいな子がいてくれたらなんだって信じ込ませられるでしょ。大きさとか関係なく形を変えられて言語ペラペラで海から来ましたって。ちょっと演出すればそんなん私だって教祖になれるし」

 えー、と式谷は言う。

 向いてないと思うけどなあ、と。もちろんそこは大して重要なポイントでもないのでお互いに取り合わずに、

「なんか計画があるとかかな。信者とかにはもう見せてて、外に見せるのはタイミング図ってるとか」

「……かな。確かにそれっぽいけど」

「ちなみに花野さん的にはどうなの? 別の仮説アリ?」

 花野さん的には、と言いかける。

 が、その途中で止まった。

「花野さん?」

「……いや、ごめん。言っててなんだけど、全然根拠ない」

 何も変わらないんじゃないか、と思ったから。

 文献とか、断片的な情報とか、そういうのを組み合わせて作った根拠のない憶測を口にするのは『方舟会』と、引いては義務教育に混じり込んでくるようなデマの数々とか、そういうのと何も変わりのない態度なんじゃないかと思えたから。

 そっか、と式谷はその発言を受け止めてくれた。

「でも確かにちょっと変かもね。何かあるのかな……式谷くん流の陰謀論を披露しましょうか。今ここで」

「やめろ」

 やめます、と素直に頷いて、あ、と、

「これも舟のやつじゃない? 絵がついてるし」

「ほんと?」

「ほんと。読むのはお任せします」

 お前も読めるだろ、と言えば、適材適所、と言って式谷は別の本に移ってしまう。だから花野は、さっきの自分の憶測は話さずじまいで胸の中に忘れてしまうことにする。

 民話に出てくるウミちゃんみたいな奴は、舟に乗った人間の姿で描かれている。

 変形なんか、全然しない。

 ウミちゃんの一族は、たとえば普通は人間を警戒していて、そもそも人前では大きく変身したりしないんじゃないか、なんてこと。

 冷静に考えれば、そんなのはウミちゃんが絽奈と式谷の前だけじゃなく自分たち二々ヶ浜中の生徒たちの前でもひっきりなしに変身していることを思えば、全く根拠のない、憶測の中でも出来の悪い方のやつだから。

「あー……。僧侶が出てきてるっぽいていうか多分、僧侶が聞いた変な話のまとめみたいな感じのやつなのかな。これ」

「まとめサイト?」

「本の格が落ちるからやめろ。写真……は、式谷がまとめて撮ってくれた方がデータ管理楽だから頼んでいい?」

 お任せあれ、と式谷が端末を取り出す。ちょっと複雑だったから、わざわざページをいくつか指定する。僧侶が話を集めていることがわかる箇所。絵。前後のどこからどこまでがこの話に関わるところなのか。そのあたりを式谷に示して撮ってもらう。

「これで結構揃った? 舟とお坊さんで。漁師も出てきてるし」

「どうだろ。なんか図書館で見たのってこの坊さんの描写が多かったから、どっかで融合して別の話になってそうな気がするんだけど。……でも、あんまそれってウミちゃんとは関係ないか」

「いいんじゃない? 何が手掛かりになるかわかんないし、とりあえずそれっぽいやつ全部抜き出して持って帰ろうよ。なかなか来れないし。後で何回も来るのもキツいし。暑いもん」

 まあそうだな、と思うようなこと。

 だから花野は、一旦大きく伸びをして、下ろして、

「しゃーない。それなら近そうな話も含めて全部集める……何笑ってんだ」

「いや、」

 ふふ、と式谷は笑う。

「今の、猫みたいだったから」

 悪い気はしないが、脇腹を小突く。

 あはは、と式谷は、この期に及んでまだ笑う。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ