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ひみつのプールサイド ④


『さて今なお続く物価高。これを克服するために様々に街の皆さんも工夫されているということですが、実は地域で面白い取り組みをしているところもあるということで、ご紹介いたしましょう。……はい。はいっ、VTRです』

「ウミちゃんはテレビっ子なんですね」

「ね。今時ちょっと珍しいかも。昔からそうなんですか、絽奈先輩」

「え、いや、多分私が言葉を勉強するなら色々聞いてもらった方がいいだろうと思って点けっぱなしにしてたから……」

 全然知らない一年生に、普通に話しかけられている。

 多目的室への登校を始めた絽奈は、まず『後輩』という概念に今まで縁がなかったから、戸惑うことしきりだった。

 朝の九時。来てから一時間が経って、小松なんかが主に話してくれた昨日の夜にあったエピソードもひとしきり終えて、今はちょっと落ち着いた。いつものように多目的室の前側の窓際。テレビが置いてあって、そこにバラエティとニュースの中間みたいな番組が映っている。これ、なに、とウミが画面に指を差す。特に一年生が中心になって、数人がかりでそれを教え始める。

 今のうちに、

「あ、薊原くん」

「あ?」

「あの子たち、名前わかる?」

 ぼへっと座り込んで壁に背中を預けていた薊原に小声で問い掛ける。どれ、とちょっと身体を起こして、

「女子はあれが桐峯。一年の学年委員。隣のが中浦。あっちのが三上。新貝、似島、あとは――なんでオレに訊くんだよ。おい小松。お前のが詳しいだろ」

「すげーな薊原。もう大体覚えてんじゃん」

 でも俺もまだちょっとわかんねえ子いる後は女子だから、と小松は言う。他に、と絽奈は視線を巡らせた。こっちをぼーっと見つめていたらしい紬とすぐに目が合う。こっちに寄ってきてくれる。ついでに膝の上に半分くらい乗せられる。小さな声であの子たち誰、と訊ねれば、日桶、沢渡、向島。よし、これで全員わかった。

 桐峯中浦三上あら――荒滝?

 もう一回と言おうとしたら、ぽん、と紬に肩を叩かれた。

「安心しな、絽奈。別にみんな名前とか覚えられてないから。夏休みに入ってからの付き合いみたいな奴も多いし。おい、一年!」

 ぎょっとしたように一年生が振り向いた。

 そこにすかさず、紬が言う。堂々と親指で自分を差して、

「私のフルネーム言ってみな」

「く、」

「あ、桐峯と中浦は出場禁止。他の奴で」

 沈黙。

「ほらな」

 紬はにっこり笑ったけれど、ありがたいよりも可哀想が先に出た。

 気にしなくていいからね、ごめんね、と絽奈は迷惑をかけた一年生たちに言う。おう気にしなくていいぞ、と紬も続く。こえーよ、と小松が言って笑い話にしてくれる。ウミの方に一年生たちの集中は戻るが、肝心のウミはまだこっちを向いている。名を呼ぶ。くらもちつむぎ。紬でいーよ、と言えば、わかった、と言ってテレビに戻る。

 にしても、と小松が言った。

「なんか、思ったより普通だよな」

「何が」

「いや、もっとこう、未確認生命体だろ? 色々ほら、アニメみたいなことが起こって世界がピンチ!みたいな話かと思ってたんだよ」

「世界はピンチだってこのあいだ自分で言ってなかった? 地球温暖化で」

「そりゃ確かにピンチだな」

「ちっげーよ。そういうのじゃなくて。こんな穏やかな感じになると思ってなかったっつーか……千賀上ならわかるだろ? こういう普通に『転校生が来たぞ!』みたいな感じじゃなくて」

「地球の命運を賭けて戦うみたいな?」

「そうそれ! ロボとか出てきてさ!」

 出てこられても困るわ、と薊原が言う。

 それはもっともかもしれない、と絽奈は思う。巨大なロボットが出てきても、他の未確認生命体が出てきてバトルになっても、どっちにしろ自分の手には負えない。平和でいーじゃん、と紬が言う。それはそうなんだけどさ、と小松もそれは受け入れるのだけど、

「なんか、すっげーことが起こって何かが変わると思ったんだけど、そういうのねーんだなって。てーか平和じゃねーじゃん。俺らの今だって」

「あの、すみません」

 テレビの前から声が飛んできた。

 見ると、流石に絽奈も覚えた。一年生の学年委員の霧ヶ峰。いや違う。桐峯。

「今日、岩崎先輩と洪先輩って学校にいますよね?」

 ん、いるよな、と小松が言う。いる、と薊原が答える。確かにいる、と絽奈も思った。流石にあの二人の顔は覚えた。自信満々で答える。

「さっき、二人とも男子部屋と女子部屋の様子を見に行くって言ってましたよ。呼んできましょうか?」

「あ、大丈夫です。そこまでは」

「なぜ後輩に敬語」

「だって距離感わかんない……」

「薊原相手にはタメでいけるのにな」

「どういう意味だよ」

「取っ付きにくそうって意味。俺も湊が先に仲良くなってなかったら絶対こんな距離で話してないし」

 んにゃろ、と薊原が小松を小突く。あのちょっとこれ、と桐峯が手招きする。反応して絽奈はちょっと動く。テレビの画面を見せたいらしいから、見せたがっているとおりに見る。

『なるほど、こちらの自治体ではこうした物々交換で今は色々やっていると』

『そうなんです。こちら、お話をぜひ伺いたいということで商店街の連合会長の隅近さんに来ていただきました。こちら、地元の高校生たちの発案だということですが』

『そうなんですわ。高校のボランティア部の子たちが地域活性のためって考えてくれましてね。どうしても今ほら、物価が高いのもそうですけど、それに伴って消費税もどんどん高くなっちゃってるでしょう? そこをほら、物々交換で済ませたらどうかって。商店街ならね、地元の人の顔なんかも大体知ってて、信頼もあるわけですし』

 これ、と桐峯がこっちを振り向く。

「どうですか?」

 どうですかって何、と紬が言う。だから、とちょっと興奮気味で桐峯は、

「うちでもできたりしないですかね。物々交換で消費税が浮くようになったら、生活が楽になるじゃないですか」

「もう学校じゃやってねーか?」

 薊原が言う。

 他の一年生たちも、テレビからそっちに視線を向けた。一瞬たじろぐような表情。けれど続ける。

「お前らのやってるボランティアって結局それサービス業だろ。で、その見返り……見返りっつったらダメらしいけど、それで物貰ってることもあんだろ。それだって物々交換みてーなもんじゃねーか」

 ちら、となぜか薊原の目線がこっちに向く。

 同意を求められているのだろうか。戸惑いつつ、とりあえず絽奈は頷く。それが決め手になったのか、なんだ、という調子で桐峯が息を吐いて、

「でも、たとえば学校だけじゃなくて地域全体でやったらもっと変わるんじゃないですか?」

「……いや、多分それ――」

「千賀上さんいるー?」

 がらり、と多目的室の扉が開いた。

 どわっ、と一気に人が動いたのは、テレビの前に座るウミを隠すため。扉を開いた相田と吾妻が、かえって目を丸くしている。それから自分たちの過ちに気付いたらしく、「ごめんな」とその人々に言って、

「あんま大したことじゃないわ。いま適当に遅起き組で朝飯食ってたんだけど、ちょっとパン余りそうでさ。式谷って花野と今日外じゃん。飯食ったか知ってる?」

「あ、湊は食べてないかも。今朝ちょっと忙しないからってうちで一緒に食べてた」

「名簿見た? 書いてないの?」

「いや式谷が食ってないの珍しいから一応確認。んじゃ飯だけ食いに来た奴ら用のストックに入れちゃっていいよな?」

「うん。だいじょうぶ」

 りょーかい、と相田が扉を閉めて去っていく。

 なんで湊の朝ごはんの話を自分がしているんだろう、と自分自身に若干の戸惑いを覚える。確かに答えられはするけれど。

「そういえばどうなってんだろうな。二人の古文書調査」

 そして今のやり取りを切っ掛けにして、ふと思い出したように小松が話題を出した。

「なんか見つかると思う人ー」

「…………」

「会話に参加しようぜ。ここは学校。同年代の皆と交流して協調性を育む場所」

「……オレに言ってんのか?」

「いや別に薊原じゃなくてもいいけど」

「どうだろうね」

 薊原じゃなくてもいいらしいから、絽奈が反応した。当たり障りのない相槌すぎたから、もう一言付け足す。

「何か見つかってくれたら嬉しいけど。こっちはこっちで……」

 声を潜めたのは、「宗教関係の子もいるから、話題に出すときは一応周りを気にしておいてくれた方がいいかも」と湊に言われたのを覚えていたからだった。端末をジャージのポケットから取り出す。日焼け対策で最近はジャージの長袖長丈を着ているけれど、大体この格好での初対面は「正気?」と言われて始まる。

 ページを保存してあるから、ネット回線に繋ぐ間もなくすぐに出る。

『御神体』の画像。

「ウミちゃんのことを調べるだけじゃなくて、ウミちゃんが調べたいことの話もあるし――」

「ろなはウミちゃんをよんだ?」

 うわあ、と思わずひっくり返ってしまいそうになった。

 後ろを見た。端末をコソコソやっている間に意識の死角からウミが忍び寄って来ていたらしい。「だいじょうぶ?」と心配されてしまう。大丈夫、と絽奈は答える。端末の画面は消しておく。

「大丈夫。呼んでないよ。ちょっとウミちゃんの話してただけ」

「そう。わかった」

「ウミちゃん、今一段落してる感じ?」

 だからテレビに戻っていいよ、と言おうと思ったら、小松が被せてきた。「いちだんらく、なに?」とウミが訊ねる。「区切りが良いかってこと」と小松が答える。「くぎりがいい、なに?」とさらにウミが訊ねる。

 ヘルプの目線が飛んでくる。

 区切りっていうのはね、と絽奈は説明を始める。学校生活を始めてからの方が通訳作業は大変になった。自分だったら無意識に「これは説明が難しそうだから」と使わないでおいた言葉をみんなどんどん使うから。区切りという言葉や段落という言葉自体は簡単だけれど、それが行動の切れ目という意味まで拡張される……という話までするのは結構難しい。

「うん」

 でも、何とかできた。

 ウミが頷く。一緒にテレビを観ていた生徒たちもこっちに注意を向け直し始める。ウミは紬の真似を覚えてしまったらしくて、後ろにぺったりとくっついてくる。ひんやりしてて気持ち良いけれど、長袖じゃなかったら流石に寒いかもしれない。

「ひろと、なに?」

 ウミが訊ねる。訊ねられた小松大翔は、

「訊きたいんだけどさ。ウミちゃんって友達を探して陸に上がってきたんだろ?」

「うん」

「海の中で友達ってどう作んの? ていうかそっちはどんな風に話すの?」

 ああ、と絽奈は頷いた。

 前にさらっと流してしまったことだ。ウミが使う言葉の話。友達を追いかけてきたという話から何となくコミュニケーション手段は元々持っているんだろうなとか、これだけ綺麗に言葉を話すところから察するにそれは音声コミュニケーションなんだろうな、とかそれくらいは察しがついてはいるけれど、最初の頃に確かめたときは、まだウミが上手く説明できなくて、なあなあで終わってしまった。

 でも、確かに今なら――言葉がかなり話せるようになって、語彙が増えるにつれてこっちの事情にも詳しくなってくれて、そういう状態の今なら、違う答えが返ってくるかもしれない。

 ほら、と小松が言った。

「ウミちゃんが調べたいことは自分の友達のことだけど、俺らだってウミちゃんのこと知りたいじゃん。これなら友達のことを調べる手掛かりにもなるし、ウミちゃんのことも知れるし一挙両得じゃねえ?」

「一挙両得……?」

「はい、倉持は宇垣の地獄四字熟語教室を経てないから一挙両得がわからない。一石二鳥って意味な」

 じゃあ一石二鳥って言えや、と紬の足が出る。Win-Winな、と薊原が付け加えて、何がWin-Winだよ、ともう一回足が出る。ウミは悩んでいるらしい。しばらくの沈黙。様子を伺うためにちょっと後ろを向くと、多目的室の中をきょろきょろ見回したりしているみたいだから、何か説明するためのものを探しているんじゃないかと思った。ゆっくりでいいよ、と言うと、うん、とウミは耳元で頷く。

 がらっ、と扉が開く。

 相田のことがあったから、今度はみんなそんなに驚かない。西山美波と、同じく三年の渡辺桜が立っている。おういいとこに来たこいつらやっちまうぞ、と紬が言う。おい千賀上この狂犬軍団どうにかしろ、と薊原が言う。小松はぐああああああと迫真の叫びを見せて地に伏している。テレビが流れ続けている。今日は朝九時の時点で全国各所で気温が三十六度を超えています。午後にかけては四十二度に達する場所も多々出てくるということで、すでに熱中症で病院は飽和状態になっています。皆さん外出する際は自己責任で、冷感グッズなど十分な対処をするように――えー、と一年生たちが声を上げる。西山が言う。


「ヤバい。宇垣来た」


 三拍。

 大騒ぎ。


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