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五章 騎竜



 火竜だ。


 公爵はその言葉を聞いた時の普段表情を変えようともしない共犯の表情に笑いそうになる。

 彼としても風竜を選んでやりたかったのだが、色々な要因を考えてこれしかないと結論付けたのだが、奉竜祭を夢に見ている彼にとっては、それが裏切りに近い事であったことも理解していた。


 しかし貴重な表情だとも公爵は思った。

 何せ苦痛ですら気にしない男が、いざ自分の想定を裏切られれば、こうなるのだと思うと人間に過ぎない自分達の器に苦笑する。

 だが同時に彼と言う人間の凶暴性も理解していた。

 理性を持ちながら、明確にこちらを殺そうとしてくるオーゼンと言う共犯者の視線に、そうでなくては困ると公爵は彼が彼のままである事に安心する。


 そうでなくては最強と言う頂を目指すには値しない。

 何せ公爵が望んでいるのは、この国の竜騎士全てを一人で打倒できる怪物だ。

 言い方は悪いが竜の種類程度で心がおられても困る。

 公爵も唯一彼を理解できるからこそ、彼が彼あのままである事に喜びを感じていた。


「理由を聞いてもよろしいでしょうか。それは約束が違うのではないでしょうか」

「そう言われても仕方がないが、お前がお前である限り風竜は不可能だ。城伯に頭を下げてまで要求したが、残念ながらお前に合う風竜は存在しない」


 竜は乗り手を選ぶが、とは言えある程度の調教で方向性を決める事が出来る。

 しかしながら公爵は熟考に熟考を重ねて、彼の希望を知っていながらも火竜以外の選択肢を用意できなかった。

 公爵とて今更頭を下げる事に躊躇いもなかったが、唖然としていた城伯の顔を見れただけでも、留飲を下げられたが無断になったのは事実ではある。


「なぜです。私に合う風竜がいないとなどと」

「王冠位の竜であろうとも、お前では風竜は不可能なのだ」


 しれっと王冠位と出されたが、竜の階級の様なものだ。

 王冠、槍、剣、盾となっており、王冠位は文字通り王家に献上する程の竜である。公爵家などが騎竜にするのがこの位の竜だ。

 騎竜の階級としては最高峰であり、この世界の戦争における明確な戦略兵器の代名詞である。

 さらに言うのであれば、これの位の竜を持つ貴族は王以外に渡したりはしない。何故ならどの国であっても、戦略兵器を他国に渡すような暴挙をする奴がいる訳がない。


 しかしそんな存在ですら不可能だと言われる。

 自分が前世に何をしでかしたのかとオーゼンは思うが、彼がしでかしているのは今世である。

 公爵は言いづらそうにしていたが、当然と言えば当然の理由を口にする。


「風竜ではお前に耐えられず死ぬ。確実に乗り潰してしまうのだ」

「え」

「風竜は生憎と頑丈ではない。どちらかと言えば繊細な生き物だ。だからこそ、お前に付き合える竜は王冠位ですら存在しなかった」

「え?」


 そもそもの問題として、彼が人間でも付き合える類の行動をとっていない。

 彼の竜騎士になる中でも一番の問題はそこである。身分ですらないのだから、彼がすでに何かを逸脱している事が分かるだろう。

 鍛え過ぎていた結果と取るか、人を止めた代償と取るのか、それは他の人に任せればいいがオーゼンは、頭に浮かぶ疑問で表情が固まっている。


「しかもだ。火竜の王冠位ですら、間違いなくお前には合わない」

「なら騎竜など」

「だから最低限の空を飛ぶ機能を持った火竜以外の選択肢は無かった。だからこそ今日ここに来たのだ」


 だからこそ機能ではなく耐久性、彼と言う竜騎士に死ぬまで付き合える竜。

 公爵のオーゼンに対する騎竜の結論はこれだった。

 だからこそ地竜の生息地であるカビダ伯爵家に公爵は向かったのである。そしてこの伯爵家は他の竜騎士とは別のアプローチをしている事でも有名な家だ。

 それが品種改良であり、様々な混雑種を作り混ざりの家などとも揶揄されるのが、この伯爵家であった。


 その中でも、火竜の純血統と、火竜と地竜の混血を掛け合わせた王冠位を要請すると言う。普通であれば決闘騒ぎになってもおかしくない注文をしたのである。

 公爵はその為に伯爵に頭を下げ、明確に友人である伯爵を脅したのだ。断るのであれば容赦なく潰し、お前の家を奪い取ると言うとんでもない脅しであったのだ。


 一応であるが領地が隣接しており、関での優遇や火竜の提供など、決してマイナスではない材料を用意しての取引ではある。しかし核兵器を持っていてそれを人に渡すのはゲームの世界だけであるのと同じだ。

 権力を振り回し相手を殴りつけるような行為であるのは間違いなく、貴族であるからこそ品が無く、まして自分の色子にうつつを抜かし過ぎで、色に狂うにしても常識を覆し過ぎていた。


 しかしそんな公爵の状況を知らないオーゼンは、ただ風竜ではない事と自分が非常識な存在である事を本当の意味では理解していなかったようである。

 なにせ自分に付き合える竜がいないなんて発想がそもそもなかったのだ。

 選ばれた竜と奉竜祭に向かうと言うのが、彼の想像の限界点であり、自分と言う存在のゆがみを彼は本当の意味では理解もしていないのだ。


 分かりやすく生物として失敗作になっている分際で、まだ自分が人間と思っている節がある。

 だが彼に付き合う事になる竜は、そんな人でなしの異常行動を受け入れて耐えられる竜でなくてはならない。


 しかし竜は人と比べれば確かに強大な力と耐久力を持っているが、彼に付き合える竜がいるかと言われれば、要る筈もないのである。ながらくアバラ公爵家がその軍事の一切を担っていたのも、火竜の方が圧倒的に風竜よりも耐久力などの環境適応能力に優れているからでもある。

 風竜は次点の戦力であり、戦場の王は火竜である理由は相応にあるのだ。


 だがその火竜ですら彼に付き合える竜はいないと判断された。

 だからこその混血という方法を取ったのである。竜は全ての竜で混血が可能であり、最も耐久力の優れた地竜の血を入れる事により飛行能力などでは劣化するが、頑丈な竜を作る事には成功したのだ。

 その中でも最優良の王冠位であれば、彼に付き合えるようになるのではないかと言うのが公爵の判断である。


 しかしそれは彼にとっては望まない方向であったのは間違いない。

 なにせ王冠位とは言え、飛行能力は火竜以下であり、最も優秀な面が空の飛べる地竜と言っても過言ではない所である。

 それを聞かされてありがとうございますとは簡単には言えないのも彼としては本音としてある。


 だがこの竜以外お前に最後まで付き合うのは不可能だと公爵に言われた彼は、確かにと納得する部分がようやく頭にもたげる程度であったのだから、客観視と言うのは下手糞だったようだ。

 最も彼の性能面だけで語るなら竜騎士の中でも優秀と言われる程度の能力しかない。

 だがまだ彼は十六である。このとしで竜騎士の中でと言われれば、国の最精鋭の一人であると言われているようなものだが、竜にも乗れない彼の評価が正しくされる事はないだろう。


「地竜と火竜の木偶の様な混血でなければ、周囲の反発が大きすぎたと言うのも理由にはある。だがこれが駄目ならお前は竜を殺しながら乗る事になる」

「確かにそれは現実的ではありません。だからこそ最低限飛べる竜という事になったわけですか」

「そうだ駄竜と言われても差し支えないが、お前に生涯付き合ってくれる相棒ではある」


 だがこのままでは旋戦どころか、機動力ですら絶望的だ。

 彼はこれを改善しなくてはならない。だが公爵は仕方ないと言う顔で、これでも無茶苦茶をやった結果であり、このために伯爵に経済的支援や王冠位の火竜を提供している。

 公爵は色々な可能性を考えたうえで、オーゼンに与える竜はオーゼンと付き合って死なない竜以外に入ナイト確定させたのだ。


「そうですか、それ以外は竜を殺す乗り手、それが私であったんですか」

「だがお前ならどうにでもなるのだろう。いや、どうにでもして見せろ、どうにかするしかないのだから、今まで通りどうにかしろ」


 しかし公爵はこっちも無茶苦茶をしたのだと笑い。

 条件はいつだって彼の為に整えてくれている。その中で裁量を選んだからこその竜にこれ以上の不満は言えない。

 だったら自分が乗り越えるべきは、今まで通りの艱難辛苦であり、それは今更過ぎる事であった。

 だが客観視が足りなかったが、竜すら死ぬ様な無茶苦茶な事をしている事を理解し少しだけ笑う。

 そのうえで少しの思考を行い「それでは」と口を開いた。


「現象論弁官を派遣してください。特に風と火の使い手が望ましいです」

「どうにかする手立ては出来たと、逆にお前はどういう想定で、どういう結果を次に出すのだろうな」

「そして公爵はいつも通りに笑って、結果を待つだけでしょう。ちゃんと理屈はあるのだから聞けばいいでしょうに」


 だが公爵は彼と話をするときには、いつだって笑っている。

 本来ならば彼自身が鍛えて作り上げる筈だった竜騎士だが、オーゼンと言う竜騎士をみて公爵は自分の様な凡人が、彼の自主性を極端に干渉してはいけないと言う結論を立てている。

 それにしては騎竜を選んでいたりするが、ここだけは彼が干渉できない場所なのだから仕方ない。


 そして公爵は彼の為に選んだ騎竜を間違いだなんて一切思っていない。

 たとえ飛んでも火竜以下の機動力、そして鈍重さを持ち、王冠位と言う名前がありながら駄竜と言うに相応しい竜である。

 だがオーゼンに付き合えるのなら、それだけで最強になりえると公爵は確信している。

 自分が選んだ竜騎士が最強でない訳がない。それだけの圧倒的な自負が公爵にはあり、オーゼンはその期待に応えない訳がないと言う確信を持っていた。


 だがら五十を超えたおっさんは、少年と思うような笑い方で彼の問いを返す。


「お前は物語の最後を一番最初に見る様な無作法をするつもりか、そう言うのはお前が見せてくれれば、その時私はお前にアンコールと言うだけだ」

「それはそれで随分と理不尽なものいいですが、私にだって限界はあるのです」

「だがまだ限界ではないのだろう。そういう泣き言を聞いた覚えは一度もないのでな」


 公爵は息子がいたらとオーゼンの様だったのだろうかと考えてしまうが、残念ながらそうはならないのだろうとも思った。

 共犯者と言うのが正しいのか、夢を一緒に目指す相棒が正しいのか、だが多分それは正しいのだろう。しかし結局の所だが二人は理解者と言うのが最も正しいのかもしれない。


 現在ですら道楽呼ばわりされる竜騎士計画。

 実際に道楽であるのは公爵は否定しないだろうが、道楽に人生を命を賭けてはいけない何て事はない。伊達と酔狂で生きていくなんてのは、結局生き死にの間の何かでしかないのだ。

 だがその歩みは明確に前に進んでいる。しれっと彼に与える竜で貴族たちの視線を逸らしながら、ゆっくりと作り上げられている竜騎士は、彼がそうである事を否定させる理由を持たなくなっていく。


 空への足掛かりを得た男は、生涯彼に付き合う竜を手に入れ、間違いなく夢の片隅に手を掛けた。

 その事を知るのは今はまだ極僅かであるが、公爵はその事実を本当の意味で理解しているただ一人の人物だ。なにせオーゼンは自分に自覚がなく、他の人間は真実を知らないでいる。


 だからこそ公爵は笑う。


 目の前で笑う人間の形をした竜騎士は、間違いなくその存在感を見せつけていく。

 道楽、酔狂、色狂い、そう言われ続けても公爵は怒りもせず何もしなかった。

 彼からすれば当然の事なのだ。お前らはこいつを見てなにも思わないのかと、こんな人間ですらない竜騎士でしかない存在を見て、理解でも出来ない審美眼程度で人に何を言う。


 疑問しかなかった。

 なんで理解できないのだと、そこにいる怪物がどう言う物かも理解できないのかと、そういう意味では怒り出したい感情もあったかもしれない。

 だが人生を掛けた酔狂の結末はそこに在る。彼は竜と共に空を飛ぶとき世界はきっと変わってしまう。


 彼が望んだ最強の竜騎士は間違いなく成るのだと、彼はそのとき世界中に向けて声を上げるだろう。


「しかしお前の望みなら娘が一番の適任かもしれんな。現象論弁官としてなら、統合院からも導技者としての資格を得ている才女なんぞ」

「お嬢様ですか、一度お目にしていらいあった事もありませんが、流石公爵の御令嬢とても優秀な方のようですね」

「そうだな自慢の娘だよ。竜に乗れない以外は同年代でも天才と言っても過言ではないだろうな」


 だが彼は地雷を踏む。

 家族を愛しているが、人の心が人にわかるなどと言うこと自体が烏滸がましい。理解した気になる事は出来ても理解する事など誰にもできはしない。

 彼の仕方のは反吐が出るほど嫌っている男に、自分の唯一の長所を教えてやれという事だ。


 劣等感にさいなまれる公爵令嬢は父の願いを断れない。

 だがそれは明確に自分の娘の心を壊す所業である。


「公爵も子煩悩なお方の様で、自慢はよろしいですが締まりのない表情をしておられますよ」


 だが二人してそんな事を知りもしないのだ。

 だからそうかもしれないなと言って笑い合っている。まるで仲のいい親子の様に、まるで下らない会話をする友人の様に、その姿はとても自然な光景として公爵令嬢には映っただろう。

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