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四章 盾仲間


「仕方ないとはいえ、あいつ本当に見てるだけだな」


 公爵が狂気を友人にまき散らしていた頃、オーゼンは本当にただ見ているだけだった。

 身分上仕方ないとは言え、公爵からの依頼をこういう扱いにしていいのかとも悩んだが、出来る事と出来ない事の中でも公爵は出来ない方を選択している。

 しかし竜騎士の訓練をただじっと見ているだけの目に、何とも言い難い気持ち悪さがあったのもまた事実だ。


 だが現状の訓練風景はいつもに比べて豪勢ではある。

 ある程度教えているというアピールも含めて、それなりに大掛かりな訓練をすることで公爵のメンツを保つ様にしている為、竜騎士同士一対一での戦いである旋戦(つむじごと)を行っている。

 これは竜騎士の戦い下から上にクルクルと回りながらぶつかっていく、その衝突を経て最大高度からの急降下突撃が基本である。その戦いの過程が旋風(つむじかぜ)の様だからそう例えられている。


 それを戦闘軌道で行っているのだから、公爵家への配慮としてもよくやっていると言えるものだろう。


 オーゼンは心で笑っていた。

 空へ駆けあがる竜、あそこは竜の王国だ。人は竜がいなければ到達できない場所、いまだに人はあそこを支配する権利を有していない。

 その例外である竜騎士の戦闘軌道での訓練をみて、竜騎士でしかない生物と呼ばれた彼が歓喜しない訳がない。


 そんな状況ではあるが、その中で騎士達が鍛えられて出る無意識の軌道こそを中心に見ている。

 操作における技術はどうあっても無意識に出る物こそが、家伝として残る一から十につながる技術である。そこから発展する技術の指向性を把握し、彼らが意図的に隠している場所の違和感を解消するための技術を見出す。

 オーゼンはそういう事が出来る人間だった訳ではない。

 公爵家の家伝を掌握し、その技術を公爵が氾濫させたからこそ、技術体系のブレによって理解できてしまうようになったのだ。今までの異常な鍛錬が身に刻まれ過ぎた結果であるが、流石生物竜騎士と言われるだけの男である。


 感情と理性の切り替えと言うか両立が異常にうまい彼は、喚起しながら冷静に現状を脳に刻み付けていた。


 しかしながら貴族の中にも変わり者はいる。

 周りから見れば、ただ見上げているだけの気味悪い子供でしかない彼であっても、話しかけたりする例外も稀であるがいるのである。

 シダ伯爵家の六男坊であるウラジロである。


 竜騎士になるために実家からカビタ伯爵家に部屋住みになんぞなるかと門をたたいた人物だ。


「そこのアバラ公爵の所の変なの」


 実際変なのと言われれば、確かにそうですねとしか言いようのない来歴であるが、ぶっきらぼうなその物言いに、孤児時代の仲間たちの言動を彼は思い出す。


「黙るなよ。なんか俺が嫌がらせしたみたいで嫌いだぞ」

「ああ、申し訳ないです。オーゼンと申します、ええっと、あの、貴族様」

「あウラジロでいい。こっちもある意味では、お前みたいなもんだからな」


 ほとんど家出に近い状況で彼は家から逃げ出し、カビタの門をたたいている。

 その際に色々と伯爵に迷惑をかけたようだが、彼も才能がある人物であったようで、若いながらに竜の騎乗を許されるなど、かなりの厚遇を受けている。

 公爵家では竜の騎乗はまだ彼には許されていない。理由としてはそもそも彼に宛がう竜がいないと言うのもそうだが、騎士と竜は一心同体の関係になる。その為専用の騎竜が手に入れば、それ以外の竜に乗る事はまずない。


 練習用の竜など存在しないのである。

 選んだ相手と添い遂げる覚悟がないといけない。なにより竜は決まった相手以外にその背を預ける事など許さない。

 公爵は彼に乗せる竜の種類を悩むと共に、彼に付き合える竜を選ぶためにかなり頭を抱えている。


 とくに後者は、大問題で竜に乗れるとなったら彼に付き合えるだけの竜を選ばなくてはならない。

 スタートラインが寝ない所なのだから、色んな意味で悪質ではあるが、それもある程度の選別を行っている最中である。

 最も彼の騎竜を作るために竜を潰すような選別をしないといけない実情は、公爵としてもそりゃ頭が痛くなる内容である。


「奉竜祭を目指しているという事ですか」

「はぁ、お前それを目指しているのか、物好きもいるもんだな」


 彼としては単純に、俺も孤児みたいなもんだぐら位のつもりで言ったのだが、オーゼンからすれば彼と一緒と言うのはそこを目指す人間である。

 しかしながら竜騎士志望から、奉竜祭を物好き扱いされるとは思わなかったオーゼンは口を半開きにして動揺していた。


 口元から涎が垂れる程度の間が空いて、彼ははっと正気を取り戻す。


「物好きですか」


 相手も罵倒のつもりはないのは分かっていたが、人生を掛けた憧れを馬鹿にされた様で彼は苛ついてしまう。

 それでも感情を平静にしながら、絞り出せたのは怒りの代わりの疑問だ。


「竜に乗れるようになると分かるけど、あの祭りで勝利できるのは風竜だけだ。騎竜だけで勝敗が決まるなら、俺みたいに火竜乗りが勝てる世界じゃないだろう」

「操竜技術だけではどうしようもないという事ですか」

「お前は地竜が空を舞えると思うか。そういう世界の話だよあれは」


 真っ当な意見だ。

 彼ですら空を飛べない地竜は御免である。

 竜の性能と言う面を彼はあまり考えていなかった。自分と言う人間の性能を上げていけば、必然的に竜の性能も上がると勘違いしていた節がある。


「なるほど、なら奉竜祭に出るには風竜を選ぶ必要があると」

「そうだな機動力の風竜、破壊力の地竜、そして万能の火竜、例外として海上、海中における水竜もいるが、三頭竜のどれかから選ぶのが基本だろうな。俺のおすすめは当然火竜だが、あれに出たいなら風竜だろうな」


 竜の知識は流石にあるが、奉竜祭と言う場に関して彼は調べを怠っていたのは事実だ。

 なにせそれよりも自分がその位階に辿り着く事こそが、彼にとっては急務であり、いまですら最低限の力を得たとしか彼は思っていない。


「いまだその機会があるか分かりませんが、竜に関しては私に選択権はありませんから」

「どちらの意味でだ」

「それはきっと思った通りの理由でしょう」


 その決定権は公爵にある。そしてかなりの確率で選ばれる竜は決まっているのだ。

 それが彼が奉竜祭に関して調べていなかった理由でもあるのだ。


「なら、お前は火竜か」

「いえ、間違いなく風竜です」

「あの公爵が戦場の王を選ばないと、またも不思議な話だな」


 火竜は万能と言うが、単純に強いのだ。

 確かに機動力では風竜には及ばず、破壊力では地竜には及ばないが、全て万能にこなし戦場においては、最大の恐怖として語られる怪物だ。

 公爵家は火竜公と言われる初代を持ち、公爵家は今も火竜の生息地を掌握している。

 竜騎士の中でも火竜の伝統ともいえる家なのだ。もっとも戦場で火竜が暴れまわりった結果として公爵家の竜の系譜としての力は劣化したともいえる。


 それを理由は間違いなはずなのに、それでも風竜を選ぶ選択肢がある事に驚く。


「あの人との約束です。私は人生を竜騎士に捧げますが、奉竜祭は譲れません。そこだけが私と公爵の唯一の約束なんです」

「物騒なものいいだが、という事は何だ。ミシダ城伯に頭を下げる事になるという事かあの公爵が」


 ミシダ城伯は北方の最前線を任されているが、本来は北方ではなく西方の風竜の生息地を持つアラシバ公爵家の生れであり、戦の才に優れており彼がいれば北方は安泰だと言わしめる武人だ。

 そして本来は公爵家の跡を継ぐはずだった彼は、その才があるからこそ継げなかったのも事実だ。

 王から直接頭を下げられ、しぶしぶではあるが弟にその跡目を譲り、新たに家を興す際にその生息地を譲り受けたのだ。


 とは言え直接の管理は今も公爵家がしているが、風竜をもらい受けようとするなら、筋としてミシダ城伯に頼むしかない。

 だが公爵はミシダ城伯に嫉妬しているのは、社交界の常識であり、不用意に彼の名前を口に出そうものなら烈火のごとく怒り出す。

 当然と言えば当然の話だが、本来その立場は公爵の手にはあったはずなのだ。


 だがその弱体化が如実に表れた結果が今の状況でもある。

 火竜の名門が失墜したからこそ、風竜の名門がその地位に就いた。結果としてはそれだけなのだが、人の感情はそれを良しとはしない。


「公爵がどういう人か、いまだに良く分かりません。しかしながら下げると思います」


 彼にとってはいかれた竜騎士信奉者でしかない。

 自分を最強の竜騎士にすると言って、地獄を自分に強いた人なのだ。

 だが彼の知る公爵は、破顔し夢を語る面倒なおっさんでしかない。


「言い切るかぁ、あの偏屈公爵が」

「問題は私が竜に乗る事をミシダ城伯が納得するかという問題ですよ」


 所詮は自分はアバラの色子ですから。

 その言葉を聞いてウラジロは一瞬だが言葉を詰まらせて、何かを納得したように何度か頷いた。


「そういえば、お前はそう言う立場だったな。実際がどうか分からない所だが、公爵殿のご酔狂である事は変りそうにもない」

「まったくもってその通りです。どこぞの孤児を捕まえて、最強の竜騎士にすると言ってるんです。そりゃ酔狂も酔狂でしょう」


 簡単に言うオーゼンに驚くが、何の気負いもしていない彼の態度に、一瞬だがこいつなりのユーモアかと裏白は思うが、笑うには少しばかり嘘が無さ過ぎた。


「なにせ私が公爵に選ばれた理由も、死んでも構わないからですよ。そう言いながら死にませんでしたが、あれを貴族の子弟には出来ない事をするために選ばれたんですよ」


 死んでは困るが、死んでもいい程度の事はする。

 だが周りの方が最初に折れるとは公爵も思っていなかった。だからこそ彼を鍛える為の騎士にそう言われた時は、狂気も忘れて慌てて何でと本気で聞き返している。


 あまりにもあんまりな言動に、流石に唖然とするウラジロは流石に言葉を詰まらせる。


「色子でなくて、酔狂ではなく、本気だったらそいう事ですよ」

「いや、いや、え、いくら孤児でもやって良い事と悪い事が貴族にも」

「だから酔狂の限りを尽くして、結局本気だから私は命を賭けますし、公爵は名声を捨てたわけです」


 別に自分と公爵の契約がばれた所で別に困る事はないので平気で語るオーゼンだが、これを公爵の娘に聞かれれば怒りのままに彼に剣を向けるだろう。

 いつかと言わず、いつでも爆発しそうな爆弾が、家中にある事を彼も公爵も気付いていない。


「軽く言うもんじゃないぞ命を賭けるなどと」

「逆です逆、私は奉竜祭に出たい訳ですから、そこで孤児に賭けられる代物なんて命しかありません。むしろそれ以外価値がいないんですから、使いどころを間違わないように努力しないと生きてけないですよ」


 私は大成功した方ですけどねと言うが、誰も孤児は喜ばないだろう法構成であったのは間違いない。

 ウラジロは生憎と孤児の生活など知りもしなかったが、知ったとなれば耳を塞ぎたい内容もいくつかある。


「聞きたくなかったわ、その地獄みたいな孤児の現状」

「その辺りは貴族と王様にお願いするしかないですね。孤児の六割が病気か暴行で死にますから」

「わざとやってるだろお前」


 割と明確に地獄であるが、その中で徒党を組んでゆっくりと弱小の犯罪組織が出来て、大きな組織に飲み込まれるか、新たな勢力となって台頭するかの二択である。中には飲み込み返すようなのもいるが、基本的に後者の可能性は絶望的に低い。


「実家に言って、ちょっとだけでも孤児を救える何かをしてもらうからちょっとやめてくれない」

「犯罪の抑制と治安維持には使えると思います。スラムって闇だけなら深いですから、改善すれば多少はマシにはなるんじゃないですか」

「意外とちゃんとした助言してくるなお前、その事にもびっくりだよ」


 ユーモアがない訳でもない。

 彼の狂気に纏わる部分を見ていなければ、かなり気の置けない人物ではある。

 この会話も相手を楽しもうとした結果である。そういう意味ではユーモアのセンスは絶望的であろう。

 

 だがこのジョークの根底には孤児の生き死になど、彼にとっては興味のある内容ではないのからこそ出る冷たさの部分でもある。

 生憎と彼はそこに対して裂くだけの余裕は人生にはない。


「楽しんでいただけたようで」

「楽しんでねーっての。最もお前みたいなのがいないと、そういう別の世界のお話は聞こえもしないから、新鮮ではあったけども」

「人殺しの訓練してるんですから、耐性があるものだと思ってたんですが」


 そういう問題ではない。


「あのな、普通の感性持ってて子供が当たり前のように死んでいくなんて聞きたくないんだよ」

「その辺りは分からない感覚ですね。今まで捨てていったのに、今更掬い上げると言う感覚が、なら捨てるなとしか言いようがないんです」

「その辺りは捨てた奴らに言え、俺は生憎とお前たちを捨ててないんでな」


 そんな人間じゃないのだから、聞きたくないようでもあるのだ。

 皮肉の様になってしまうオーゼンだが、彼とすれば当たり前の事過ぎて理解が出来ない類の内容だ。そもそも命を投げ捨てる類の人間である為、その価値に本質的な価値を求めていない。

 必要な時に使う自分の最後の手段と思っている節がある。


「確かにそういえば、私は別に捨てた人以外に捨てられたわけではないのに、どうにもこの国の全てに捨てられた気になっていますね」

「お前と言う人間が本質的に抱えてる闇が怖いわ」

「あそこにいるとそう思いますよ。一度体験してみると、世界中が全て敵に感じるので人間歪みます」


 その世界で竜が飛ぶ姿を見ただけでこうなった彼もかなり特殊な人間だ。

 ただ吹いた風に歓喜し、ただその情動のままに公爵家の馬車の前に飛び出す。


 正気を失ってるとしか思えない。


「オーゼンと言う男が変な奴だと言うのは分かったが、悪い奴ではないのは分かったよ」

「良いか悪いかの分類なら、人としては劣悪な分類ですよ私」


 そりゃやってる事が人外だから当然だが、ウラジロはその彼の言葉を苦笑いする。


「お前はその分類なら変な奴だ。そして自分の善性を否定できる人間は、基本的に悪い奴じゃあない」

「いやどう考えても、生まれも育ちも生き方も」

「ちょいと黙れ、お前面倒臭い奴だな。じゃあ嫌いじゃない奴にしてやるからそれでいいだろう」


 悪い奴で、変な奴で、面倒くさい奴で、嫌いじゃない奴、少しの間に色々と自分を例える言葉が増えた事に驚く。孤児との会話には利益と打算が多く、生きる事に対する必死さがあったが、ウラジロは彼に打算もなくそう言う言葉を掛ける。


「また不思議な例えですが」

「お前って本当に面倒な人間だな。誉め言葉として受け取っとけ、何せ命も賭けないただの言葉だ」

「なんか安っぽいってことですか」


 よく言ったと呆れかえるが、そういう奴なんだと諦めたウラジロは頭を振る。

 どういう反応をするのが正解なのか分からないオーゼンは、彼の行動に戸惑っていた。


「平気でそう言えるお前の精神性は間違いなく変な奴だが、俺はそう言うお前の言葉は別に嫌いじゃない。

 ただ他の人に言う時は、もう一つ二つの飾りをつけとけ。孤児で竜騎士を目指してるなら、お前の言い方は確実に敵を作って、お前の目標への道を阻むぞ」

「ありがとうございます。そういう配慮が理解できなかったので、明確に注意されれば改善できると思います」


 だがウラジロは何を言ってるんだと笑う。


「あからさまに竜騎士になる事に対して態度変えるな馬鹿が、そういう態度が敵を作るんだよ。もう少しだけ周りに興味がある振りしろ竜狂い。何度も会う事にはなると思うが、絶対に今の会話を俺以外にするのはよくないぞ。

 公爵のお呼びがかかってるようだし、今日はこれでお終いだ。

 個人的には竜騎士になれることを祈ってる。何度も言うが安っぽくてもいい言葉だろう」

「それは確かに、安っぽくてもいい言葉です」


 そんな風に別れる二人だが、


「お前の騎竜が決まった。火竜で行くぞ」


 なんて公爵の言葉がいろんな意味で二人の別れの言葉を台無しにする言葉を口にした。


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