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三章 傍とみる人物


 カビダ伯爵家にアバラの色子がやってきた。

 戦後優秀な騎士達を他家にばら撒いた結果だが、見習いや騎士の交流が活性化したと言う側面がある。と言うより公爵家の秘伝をバラ撒いたのだから、下の家が交流を断り辛いと言うのも一つの理由である。

 そんな中で公爵から派遣されたのがオーゼンだが、彼は物静かで整った顔立ちで、鍛えられた体である事は分かるが、どちらかと言えば線の細い印象を誰もが覚えた。


 それは青白い病気の様な顔が、儚さを感じさせたのかもしれない。

 しかし孤児の出である彼とまともな交流をする人間はいない。それどころか共同の訓練の筈なのに、彼を外してただの訓練を行っている始末である。

 これを差別と取るには流石に身分の差が強烈過ぎる。名前を聞いて青い血が流れている事は分かるが、所詮は市井の子であり、これを認めてしまえばお家騒動が酷い事になる。


 結果として孤児である事実によって対応される。

 竜騎士になる者たちは、最低でも男爵以上もっと言うなら領地持ちの貴族か、伯爵以上の次男以降が選ばれるのが基本である。

 こんな彼を対等に扱えと言うのは、そもそも貴族の飯の種を捨てろと言っているようなものなのだ。


 既得権益を持っている側が、その利益を他人に譲ろうとするときは強烈な牙で噛みついてくる。

 だから彼の暗殺だって本来ならあってもいい筈なのだ。実際に何人か送り込まれただろうが、そもそも寝ない人間に強引な暗殺など出来る筈がない。

 訓練にかこつけた事故などもあっただろうが、彼の努力は既に公爵が訓練程度では殺されないレベルに到達したからこそであり、そもそも公爵のお手付きにそんな事をするのはリスクが高い。


 アバラ公爵の地位は道楽の為の領地発展の結果であるが、経済と言う枠においてはもはや武門の出と笑っていられないのが実情だ。下手に敵にすれば、経済によって根を絶やされる様な力を公爵は既に持っている。

 そういった事情が重なり、訓練を見せると言う最大限の配慮となったわけである。


「公爵、随分と道楽が過ぎるのでは」


 伯爵家の一室で訓練を見る二つの影の一つが疲れたように話しかけた。

 その視線の先にはただじっと騎士達を見ているオーゼンがいるだけだが、それそのものが道楽の対象である。


「厳しい事を言うなダゲア」

「竜騎士になれもしない孤児を鍛えて何をするつもりだ。お前の道楽とは言え、趣味が悪すぎる」

「そうか、たしかにお前にはそう思えるか。だが困った事にこちらは真剣でな、あれは竜騎士に何があろうとなるよ。そういう生き物だ」


 嬉しそうに笑う公爵は、爛々と輝く目をオーゼンに向けている。

 しれっと人間扱いしていないが、これが公爵が望んだ人間であるのだから仕方ない。彼としては最大限の評価を下している。


「公爵の拷問趣味に孤児を付き合わせていると評判だぞ」

「色子から随分と変ったが、私の性癖は一体どこまで変化するのかね」


 男色に少年趣味に、挙句が加虐性欲者である。

 その変化を楽しんでいる節はあるが、前者はともかく後者はやっている事だけ並べれば事実だ。その本質をなぜか誰も理解してくれていないが、人は理解できる範囲で物事を完了させる。

 その中に身分と言うのはこの世界では含まれていない。そもそも超える事の出来ない壁だからこそ、身分と言うものが作られたのだ。


「冗談で言っているわけではありません。あの戦争の痛手をあなたは領地の発展によって取り戻したではないですか、なのに悪趣味が流石に過ぎます」

「それは事実なんだろう。だがアバラは竜騎士の名門である。アバラは武門の家であるのだ」

「既にミシダ城伯が新たな竜騎士の名門です。あなたはもはや経済における大家となっております」


 その言葉に一瞬で公爵は怒りを滲ませた。


「何度も言うアバラは武門の家なのだ。我らは竜の系譜であるのだ。誰であろうとも、その地位を揺るがす事を認めてはならない。そのような事をアバラと言う名が認めるなどと許されるはずがない。

 ダケアそなたの家が竜の系譜を捨てられるのか、どのような事になろうとも、家伝の全てをばら撒いたとしても、竜の家が竜によって劣る事など許されてはならんのだ」


 そして言葉に狂気が滲んでいた。


「竜を奪われた公爵が足掻いた結果があれよ。羽をもがれた竜が選んだのがあれだ。あれが竜騎士の頂点となる怪物よ。あれより先はない、全ての竜騎士はあれの後ろにしか存在せん」


 傲慢すぎる物言いであり、確信している言動だ。

 自身の執着と妥協しない筈の公爵から、間違いなくなると言わしめる孤児に伯爵は興味と言うより驚きによって声を上げる。


「公爵、いや友として聞く、所詮孤児でしかない存在に、どこまでの期待を寄せる気だ。拷問趣味と言われるほど、彼に何を強いてきたと言うのだい」


 どういう竜騎士を作るのだと、どうやってそこまで確信を持てるのだと、同じく竜騎士の家である彼には公爵の目を疑う発想は無かったのだ。

 ここまでの凄絶さと覚悟を感じさせる公爵の目に妥協などある筈もないと言う確信もあったのだろう。

 だが公爵はその言葉に友人だとしてもちょっと失礼だぞと思うが、ある意味では同じ穴の狢である彼に宝物でも自慢するように口を開いた。


「勘違いしてもらっても困る。私はあれに一度も強いてなどいない」

「はぁ」


 唖然とした声を上げる伯爵に表情を緩ませた公爵は、これまでの彼の事を思い出して、言う必要ないもんなと思って噴出した。

 なにせ本人から率先して訓練と拷問がイコールで結ばれる様な事に飛び込むんだから、言う必要が一度もなかったのだから当然だ。

 なにより彼は公爵の期待の上を常に行く。


「竜騎士は身分で決められるが、時折だがそうなるしかなくて竜騎士になる者がいる。例えばだが私やダケアの祖先のように、竜に乗る事が定められている人間が」

「彼もそう言う類の人間という事ですか」

「いや違うのだ。あれはなるのだ。あれはどうあっても竜騎士になる。どうあっても竜騎士にしかなれんのだ」


 何言ってんだと思われても仕方ないが、彼の言動と行動を知っていれば、そう思っても仕方ないのも事実だ。


「なるしかないじゃない。なるのだ。どうあってもそれにしかなれんのだ」

「訳の分からん事を言うなよぶん殴るぞ」


 一応だがこの二人は昔からの友人だ。領地も接しており、幼いころからかなり良好な関係ではあるが、伯爵は立場を考えて彼を立てる言動を心がけている。

 だと言うのに説明にもなっていない説明に、二十年ぶりぐらいの幼い時の対応が出てきてしまう。


「剣呑な事を言うな。そちらの対応の方が私としても好みではあるが、殴られるのは御免でな」

「じゃああほな事を言うべきではないでしょう」

「あれと二日もいれば、大抵の人間はそう思う。お前は水の流れが逆転するか、竜が女を背に乗せるか、皇帝が王妃以外と婚約するか、あれが竜騎士になるとはそういう話でしかない」


 勝手になっていくのだからこちらが何かをする必要がない。

 竜騎士になる生物なのだから、ただその道に必要な道具を用意すれば勝手にそうなるのだ。


「孤児に対して過大評価でしかないと思いますが」

「逆だ。これ以上に妥当な評価などこの世に存在しない。一年、二年と、年月を重ねてみろ、誰もあれを竜騎士である事を否定できなくなる。王であってもあれが竜騎士である事を否定できなくなる。

 当たり前の事の様にそうなるんだ。身分などあれにとってそこは大した壁じゃない、私もあれもそうみている場所が一つ違うのだ」


 本来なら自分がそうなりたかったと言うのに、それを曲げてまで地盤を固めた男は、誰よりも竜騎士を求めていた。

 そういう状況であったからこそと言うのも当然あるが、彼は次世代の為に竜騎士を諦めて今を作り出した。

 伯爵はそれを知っているからこそ、彼の執着とあの孤児にとっての竜騎士になる以上の到着点が分からなかった。


 この世界の常識では身分を超えて竜騎士になるのは不可能である。

 公爵家の権力のごり押しでどうにかなるような話ではないのが、竜騎士になると言う話だが彼らはそこは決定事項のままに話をしている。


「で、公爵ご自慢の竜騎士はあそこでただじっと訓練を見ているわけだが、それが何の意味があると言うのだい」

「ないのならせんよ。あれはいつでも最適解の上をいくように動く、訓練をするだけがあれにとっての答えではない」

「人には限界があると言うのに、どこまで期待値を跳ね上げるのだい」


 分からないならそれでいいのだが、基本的には彼を自慢したいと言う理由もある。

 公爵にとってはオーゼンは宝であり、同時に見せびらかしたい代物でもあるのだ。


「たとえあれが人を模した怪物で無かったとしても、お前の想定よりは人の限界はまだ先にある」

「君の弁がそうであったとしても、先程から生き物とか怪物とか、なぜ人とすら彼を言わないんだい。君はそういう事を言うような人間じゃないだろう」

「あれは、人間じゃないんだ。あれは竜騎士でしかない。人にはなる事は出来ないし、人である理由が自分になかった生物だ」


 そんなのが人間として形容していい訳がないと彼は言う。

 オーゼンを見て居れば、彼の言葉には納得しかないだろうが、ちゃんと見ていない人間にとってはそれはただの罵倒でしかない。

 だが古くからの付き合いで、公爵がそんな事を言う人間ではない事はよく知っている。


「痛み受け入れて、眠りを捨てて、生物としての執着を捨て去って、そうやって竜騎士になる存在を人とは私は言えない。それはあれにとっての罵倒であり、人にとっての罵倒だ」


 誰からも言われる異常の論理は、狂気と言われても何ら否定できない行為だ。

 自然と語調が上がり、怒鳴り声にも似た代物になる。


「眠りと、眠りと言ったのか、公爵それは人として道義を外れ過ぎているだろう」

「私もそこまで人でなしではないよ。だがあれは私以上の人でなしだ。言われた時は流石に笑ったさ、私も随分と酷いが、あそこまでやり切ると決めた竜騎士を私は知らない」


 そこまでするのだと、孤児から竜騎士になる行為とは、ここまでの執着があって結実する。

 まだ青年と少年の境にいるオーゼンの事実に対して感情を抑えられない伯爵は、頭を振っていら立ちを吐き出そうとするが、冷静を装うようにさらに問いただす。


「いつからそうなっている。一月、それとも十日、一週間、どの程度の期間彼をそうした」

「あれに強要したことなどない。しなくとも最善手の上をいくのがあれだ」

「私は君の狂気が彼を上回ってるなどと考えられない。君の思想は狂気の代物でしかない。どうやって彼をそんな風にして、どれだけそんな事をさせて追い詰めたのかと聞いている」


 正当な倫理観による言葉に、昔から良い奴だったが今もそうである事に少しだけ安心して笑う。

 そりゃそうだとも納得する。なにせそこまで自分が人でなしじゃないが、自分の言動の全てが疑われるには足る内容だ。

 なにせあれと同じ程度には自分はまともとは言い難い。


「三年だ。三年。あれと出会って一年ほどたって私に唯一願った我儘が法術官の在中だ。当然の事ながら私以外誰もが止めたな、何人か心を病んだ奴もいたがあれが選んで自ら望んだ立場だ」

「止めさせろそんな事をすれば人が壊れてしまう。その方法が何で拷問の一つに選ばれているのか理解しているのか、必ず発狂するからだ」


 今更と公爵は笑う。

 まさかあれが狂っていないとでも思っていたのかと、発狂などとうの昔にしている。

 だが狂っている代物が違うだけだ。


「どうしようもない話だダケア、今更止められやしないのだ。私もあれも、願いが叶うのだぞ、私の、あれの願いが、最短で最悪の最悪手で手に入るのだ。

 それを止めるとなるなら、お前であっても領地を経済的に根絶やしにするだろう。たかが孤児の一人が無謀に竜騎士になろうとしている事を止める為に、お前はその選択を選べないだろう」

「その狂気を見て、彼に選択肢がある様に思えるのか。これは君が狂気に染まる事を止めようとしているだけだ」


 あくまで貴族として必死に狂気に染まる友人を止めようとする。

 彼だって本質的には孤児であるオーゼンは二の次でしかない。

 しかし公爵は手のひらを彼に向けて首を横に振る。


「ダケアあれはもうこれ以上壊れやしない。あれと私はあくまで共犯で、その為だけに四年前に手を組んだ。その日から私達は人としては悪手を積み重ねているだろう。だが私たちの願いにとっては、最も正しい真っ当な手段でしかない」

「だが」

「これ以上は公爵として君の領地を破滅させる事になる。真っ当ではない私達が出来る友人への配慮だ」


 破滅に転がるような光景だ。

 願いの為に行われる光景が、あまりにも極色彩に染まって淀んで見える。止めさせなどしないと、決してそんな風にはさせないと、だが公爵の狂気は伯爵では抑えられなかった。


「そして君の家の家伝はあれが解体して読み切っただろう。その侘びとして一年ばかり君の領地から関税は取らない。だがそれ以外は私は妥協しない、だから友人を破滅させる方法を私に取らせないでくれ」

「狂っているなら人並みの情なんて捨ててしまえ馬鹿野郎」

「狂っていようが私は情に厚いらしいぞ、それはダケアが証明してくれた。そしてあれがどういう存在か、いやでもこの国は気付くさ。自ら人を止めた怪物だぞ、それなりにまともじゃあない」


 多分だが絶縁されるだろうと思いながらも、いま言った約束は間違いなく公爵は守るだろう。

 何せ友人を経済的に脅し、挙句に家伝を盗んでいく自分自身を、公爵自身が許せるわけではない。


 なにせ公爵は人並みには情を持っている人間である事は、たったいま証明されたばかりだからだ。


「最後に君は彼をいつになったら名前で呼ぶんだい」

「あれがあれの願いを叶えて、私が願いを叶えた時に、私達はようやく人としての名を使えるんだ。その程度には自分達が正気じゃない事は理解している」


 その言葉に伯爵は笑った。

 公爵の言動にこの馬鹿野郎と言う感情がまた芽生えて皮肉の一つも飛ばしたくなる。

 

「狂っている事に狂人が気付くな、それは正気のままでいる事の証明だ。世界で一番悪質な狂い方をしやがって、奥さんも娘さんも同情するよ」

「既にもう泣かれているが、これだけはやめられないんだ」


 まったくと、困った奴だと伯爵は彼を止める事を諦めた。


 気づけばすとんと落ちるのだ。

 考えても見れば公爵は嘘を一切つかなかった。つく必要がない事にいちいち言い訳を作る男ではない事は彼自身が一番知っている。


 だからこそあの訓練をただ見ているだけのオーゼンと言う孤児が、公爵と同じ程度には真っ当な精神性を持ちながら徹底的に歪んだ大馬鹿野郎だという事が、いやでも理解できてしまったからのだ。

 狂っていると断言できるのに、彼等は常に正気の道を歩いている。

 その歪さを狂気だと断じた公爵に呆れの感情を伯爵抱いて頭を抱える。


 そんな彼の態度に精一杯の皮肉を込めて、真っ当に狂えなかった狂人共に妥当な言葉を吐き捨てる。


「そうかいご愁傷様、だが当然の事だよ健常者共」


 しかし公爵は予想していなかったようで、目を丸くしてその言葉に驚いていた。


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