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後の後の後の話


 世界に一つの線が引かれた。

 苛烈な音を響かせながらの行進だが、今思えばそれは音を引き連れていたのだろう。

 だから最初それが飛んでいたものだとは分からなかった。


 大きな羽の影が瞬き一つで通り過ぎた。

 影が太陽を隠し視界を覆う。そこに藁ぶきの屋根と共に影は全てを引き剝がした。


 こちらを巻き込むような暴風を後に、衝撃波とでも呼んだのだろうが今はそんな言葉もない。

 風などと言うが、それは空気の壁のようなもので横合いから面で押されるような感覚だ。

 折角真上を除くように用意した椅子から侯爵は転げ落ちた。


 さらに風が引きはがした代物が、大地に降り注ぐ。


 慌てるように逃げ出すが、空から落ちる質量物の雨は公爵にも降り注ぎ彼の体を打つ。

 所詮は貧民街の建造物である小石や藁ではあるが、痛いものは痛く呻き声を漏らしながらも空を見上げ続ける。

 だがそれが彼なりの結果のお披露目ではあった。


 彼の姿は見えず、巻き上げた嵐の残骸は空を舞う。

 その結末は出会いの場所ではなく、自分が何をしたかを刻み付けるための代物だ。

 貧民街よりずいぶん手前からすでに音速を超えた存在は、低空での飛行の難易度の高さに舌打ちする。存外にノイズが飛ぶのには不向きであると、何しろこれは殆どぶっつけ本番だ。


 今までの操竜技術だけではどうにもならない事がいくつもある。

 だがこれは自分達が全てを手に入れた始まり、そしてこれより先に自分しかなく、全てを後ろに追いやる宣言でもあった。

 これは煽りと言われても仕方のない話だろう。


 貧民街を低空で突き抜けると人死にが出るのは明白であった。

 生憎とそこに公爵を巻き込むつもりはさらさらない。だから彼は高度を上げるために背を二度触り、手綱を下に引き竜の首を上に向けた。


 音が吹き飛ぶ、それと同時に砂埃が上と横に弾けた。

 ただ速度が起こす急制動は、体を壊す程の破壊的な反動を体に与える。本来ならばその運動エネルギーだけで、空から吹き飛ばされるであろう代物をアラタアラマズの技術をもってして初めて成り立つ。

 反動を制御し、衝撃を緩和し、力によってそれを屈服させる行為は、後々の事を思えば彼の寿命を縮めた原因の一つであろう。


 彼からすれば、その程度でしかない話でもある。

 一度体を文字通り削ったのだ。音を超える未知を既知に変えた力押しの理不尽は、歩くのすらままならない存在が行っているとは思えないほど自由に空を駆けている。


 しかし今までを知っている者たちからすれば、目の前で起きている風景は鮮烈であったと言えるだろう。

 破壊が移動しているといても過言ではない。音と共に風が破壊をまき散らし、砂煙と共にすべてが宙に巻き上げられた光景は、人の体を震わせるに足る。

 巨人が大地を疾走するような音は、今までの騎士の概念をそれこそ吹き飛ばすような代物だろう。


 それほどの風が、その日貧民街の空を薙ぎ払った。


 空に跳ね上がる竜の影は遠く、そして確かな存在として空に黒点として浮かぶ。

 その後に白い雲が生えて世界に一筋の線を描く。飛行機雲、いやこちらでは竜の尾と呼ばれる代物は、初めて世界に現れたのだ。


 目を見開く、世界初の光景が眼前に現れたのだ。

 身を震わせ、公爵は全てを手にしたように広げながら涙を流した。


 見よと、これこそが、これが武門がアバラの傑作だと。

 竜騎士を生み出し戦場の誉れであったアバラだと。

 これが、これこそが、世界を蹂躙する最強の竜騎士であるのだと、点と線しか見えない嵐を駆る騎士に拳を上げる。


 これは所詮始点でしかない。


 彼が積み上げる破滅的ともいえる結末までに起こされた理不尽。

 歴史に彼の名前が付けられた時代、個人によってまさしく世界が降り回される事になる数十年の間。

 まさしく何を生み出したのだと世界が文句を言う怪物。


 その全盛期が始まったのだ。だがそんなことは公爵にも彼にも関係はない。


 願いは成就し続けている。狂気はここに結実し、彼ら以外には最悪となっているだけだ。

 まさにそれはこの貧民街にすら見えている。

 彼が蹂躙し、住処を奪われた者達が恐怖の中で悲鳴を上げている中で、一人狂ったように感涙の涙を流しながら空を仰ぎ、ありがとうと感謝を叫ぶのだ。


 結局はその縮図がここにある。

 彼の時代とは結局こう言う代物でしかない。


 この二人が作り上げた時代だ。

 この二人だけが満足して、この二人の行動に巻き込まれた者たちが悲鳴を上げた。


 結局そういう時代で、よりにもよってこの二人だけが満足して死んだ。

 まさに狂人が生み出した悲鳴が呪いになり響き渡った時代だ。

 だが生物の流れなんぞはそんな代物でしかない。世の中が理想論で埋まった時ですら、人が行うのは感情論である。


 その極点の様な輩なのだ。当然の帰結である。


 理不尽なのは当然で、それ以外であった方がまともでは無いとすら言える。

 その二人をもってしても、空を駆ける以上は動き続けなくてはいけない。死ぬまで飛ぶことは出来ても、死んでまで飛ぶことは出来ないのだ。

 だから地面に残る者は空を駆ける物を仰ぎ見るだけでお仕舞である。


 好き勝手に飛んで、好き勝手に死んでいく。

 彼らの結末と同じである。片方は取り残されて、片方は泣きながら我儘を言って墜ちていった。


 空を見上げる鳥たちを見る感情だろう。

 最後に残る感情は何時だって孤独でしかないのだ。どんな時間だって同じ事、生きているのなら孤独に死ぬのが義務と言うものだ。

 それは末期と変わらない。寂しさを感じない生き方がこの世にある訳がない。


 影は見えず、空を駆け抜けていった者達の軌跡が一条。

 

 公爵が感じるのは泣きたくなるほどの寂しさだけだ。

 飛び始めた光景を見ながら自分はもう追いつけない事だけは理解して、追いかけようと手を伸ばそうとするが途中で諦める。

 

 これが見たかったと呟く。


 飛び続ける彼を、誰よりも空を求めた怪物を作り上げて、どうやって飛び続けるかを見る事だけを望んだのだ。

 だがいつか自分は彼に本当に置いて行かれるだろう。

 見上げるその軌跡を流星と見間違えるほど苛烈に輝く代物だ。追いつけるほど、彼は遅くは生きてはいないのだから。


 憧れを彼は死ぬまで捨てきれはしない。

 本来は自分がそうなりたかった。だがそれを捨てる事も出来ず、自分が望んだ竜騎士の様になる事も出来ず、自分を投影した存在こそがいま空を駆けている。

 それを妬ましく思う事もあるが、傍観者になった時点であんな風にはなれはしない事を公爵は知っている。


 見せ続けられたのだ。

 お前はあんな風にはなれないと、自分自身が彼を見てそう思わされた。

 そして納得してしまった。


 仰ぎ見て、妬ましくも寂しく思う事しかできない。

 だから願うのだ。

 どこまでも飛んで行けと、全てを蔑ろにして飛んでくれと、世界にあるしがらみと言うしがらみの鎖を引き千切り飛び果てる事を。

 嫉妬も全て認めて、公爵は彼を最後まで見届けた。


 その彼の末期は自殺と言うしかない代物であった。

 病に侵され立てなくなるほどに弱り切った体を動かして、自分を置き去りにして満足しながら死んだバカの下で「追いついた」と、そう言って公爵はその最後を迎える。


 しかしそれすら意味がないことだ。

 彼らにとっての絶頂期は結末ではなくこれからであったのだ。


 これから一つの時代が始まる。

 戦史上における一つの時代、歴史における一つの時代、個人の名前が付けられる世界の中心が彼らにあった時代だ。

 それは世界の一つの雲を生み出し、誰も触れる事すら許されない領域の王が生まれた。


 公爵はその時代を誰よりも待ち望んだ。

 プリュール・グラウクスと呼ばれる空の王の時代は、まさに彼らの絶頂期であっただろう。

 その時代の始まりに誰よりも寂しさを感じながら、自分が作り上げたであろう憧れに追いつけない事実を感じて、喜びと共に涙を流す。


 だが見上げる事しかできなかった男は、それでもついぞその憧れを追いかける事を止める事は出来なかった。

 誰よりも空に憧れながら、立場によって諦めざるを得なかった男は、その象徴に必死に追いつこうと死ぬまで空を仰ぎ続けて、自己満足のまま笑って死ぬのだ。


 本当の意味で一つの歴史が終わった事を知るのは後世の歴史家だけで、二人の夢が飛び続けた時代の終わりは彼の死をもって完結するが、そんなことは二人には関係ない。


 彼らの残骸は後に人が当たり前に空をかける時代への軌跡となる。

 それをなしたのがアラタアラマズであったのは皮肉ではあるのだが、それでも彼らを超えるために足掻いたその結末は人が空をかける時代になった。


 だがそれでも公爵はその手を伸ばす。

 置いて行かれる者は、必死に追いつくために藻掻いていた。

 苦しみ藻掻きながら走り続け、絶望と希望をぐちゃぐちゃに時間で磨り潰し続ける行為こそ、人が人として生きてる絶頂なのだから。

 蒼穹に弦を張り放たれる矢を見ながら、射手である男はその矢を飛び続けろと願う。


 その始まりを生涯忘れないように、飛べと、もっと早く、誰よりも先にと、時代を引き連れる王の外線を見せてくれと瞬きすら忘れて目に刻む。

 失明しても生涯忘れない光景に、死ぬまで追いかけ続ける光景に、公爵は人生のすべてを彩ったのだ。


どうしてもこの作品のヒロインに焦点を当てたかったので追加しました。

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