ルーシとウークリアの紛争未満。始まる前に終わらせてみた。
エウロペアの東、極地に接する広大な国、ルーシ。
その南に内海に接している普通の国ウークリア。
二つの国は昔は仲が良かった。
そもそも、ルーシのかつての王朝、その発祥の地が現在のウークリアのあたりなので、二つの国は言わば兄弟ともいえるのである。
一昔前には、他の国々と合わせて連邦を組んでいたのだから、他国よりはずっと近い関係であり、言語も近ければ、民族も近い。
それぞれお互いの母国語を話す人々も、お互いの国にたくさん住んでいる。
その関係が変わったのは、連邦が崩壊してからだろうか。
さまざまな政変が互いの国に起きたが、それは省く。
今はウークリアが、エウロペア連合に近寄り、軍事同盟に加入しようとした事から、それを良しとしないルーシのプチネンコ大総統が、ウークリアに軍事的に侵攻するかどうかの瀬戸際にあることだけ理解していれば良い。
ルーシは数年前にも、ウークリアの内海に面した半島を、自領に勝手に編入した経緯もあり、世界的にも非難されたが、戦争になることを恐れた各国の弱腰対応で実効支配を事実上認めてしまった過去がある。
今度もそれを狙っているものと思われるのだが。
やはり綺麗事、建前を重んじる各国は直接的な軍事支援は行えずにいた。
何故なら、まだウークリアは軍事同盟には入っていないのだから。
ルーシ側は、すでに東部二郡の半分を実効支配している。
ルーシ軍ではないと主張しているものの、装備はルーシ軍のものであり、民兵だと言っても信じる者は誰もいなかった。
さらには、友好国のベルローシにも派兵、ウークリアの国境沿いに、自国の兵力の7割強を配備まですれば、誰もが軍事侵攻を疑ってしかるべき、いや確信した者もいたであろう。
ルーシは否定するが。
そんな状況の中、空気を読まないチートが勝手に参戦して、勝手に終わらせるのである。
「やれやれ、馬鹿な独裁者を頭にすると、やることなすことひどいねえ。
言ってることと、やってることの矛盾に気付かないのかね?」
「最初から分かってやってるんでしょうよ。
今度もうやむや、なあなあのうちに、支配領域を広げるつもりなんじゃない?」
「・・・人間は昔から進歩が無いですね。
呆れ果てますよ。」
「ま、まあまあ、みんなには苦労をかけるけど、手伝ってくれないかな?
軍人が戦争で殺し合うのは自業自得だけど、それで迷惑を被るのは罪のない一般市民だからね?」
「市民にまったく罪が無いわけないじゃない。
自国の政府を監視して、投票で指導者を決めるのが民主主義なんでしょ?
独裁者の暴走を許した段階で自業自得なんじゃないかしら。」
「・・・ジブリルの言うことはもっともだけどね。
それでも、今回のことは侵攻される側よりも、する側に多くの責任があると思う。
被害が多く出るのは当然、される側だからね。
自国はともかく、他国の政府の監視まで責任を負わせられないよ。」
「分かってるわよ!だからあなたの召喚に応じてあげたんじゃない!
それにしても、一兵たりとも殺さずに終わらせるなんて、無駄に難易度上げてどうするのよ!
わたしたちだって不死身じゃないのよ⁈」
「それでも、この世界の通常兵器で傷つくことはほぼないだろう?
魔力や精霊力、神力を伴わない兵器では君達は傷付かないはずだ。
まあ、念のために隠形はかけておいてね?」
「そのくらい分かってるわよ!」
「ま、簡単なお仕事だな。」
「・・・次からは下らない用件で呼ばないでくれますかね。」
三人の男女は、最後にそれだけ告げると、丘の上から姿を消した。
「やれやれ、それじゃ俺も始めるとしますか。」
それからキッカリ1時間後。
東部二郡、南部半島、北部隣国のそれぞれ展開していたルーシ軍に悲劇が訪れる。
いや、ある意味では喜劇か。
東部方面隊の駐屯地では、戦車や地対地ミサイル、ヘリなどの、配備兵器はじめ、小銃、機関銃、迫撃砲から手榴弾に至るまで、兵器という兵器が使用不可能になった。
何故なら、それらは全て塩に変化してしまったから。
何を馬鹿なと思うだろうが事実である。
塩と化した戦車や装甲車は、まるで精巧に作られた雪像のような美しさであった。
数分とたたずに崩れて塩の山になってしまったが。
兵器だけでなく、倉庫の食糧はじめ、衣類、医薬品などの軍需物資までがすべて塩になってしまったのだから、軍事行動は実質不可能である。
兵力はいても、素手で戦うわけにはいかないのだから。
東部二郡に侵入していた部隊はもっとひどい目にあっていた。
着ている服や下着まで塩になってしまったのだ。
寒空の下、突然素っ裸になる兵たち。
目出し帽で顔を隠すどころか、フル○ンである。
もはや侵攻どころか自身の尊厳を守るために、そして凍死を免れるために、それぞれが近くの建物に避難して、着るものを恵んでもらうしかなかった。
サイフと中身まで塩になったのだから。
ここで失われた数万人分の数ヶ月の食糧ならびに、武器弾薬、兵器類の価格は数千億とも数兆とも言われ、後にルーシの財政を圧迫するのである。
一方、北部国境では。
国境沿いに部隊を展開させているルーシとベルローシの混成部隊の前に、文字通りの巨大な壁が立ち塞がっていた。
巨岩でできた高さ20メートル、厚さ10メートルもの城壁かと見紛うばかりの壁が、国境線にそって800キロメートルに渡り伸びているのである。
突然の事態に驚くのは部隊指揮官だ。
何故ならこの壁は、今、部隊の目の前でそそり立ってきたのだから。
しかも、偵察させてみると、壁の岩に継ぎ目一つ無い。現状では世界最長の一枚岩であるかもしれないが、それは余談である。
物理的に破壊することも可能といえば可能かもしれないし、土木工事によってスロープを作って無力化することもできるだろう。
しかし、目の前で起きた出来事が、指揮官に壁を越えることを躊躇させた。
常軌を逸している。
常識では測れない事が起きたのだ。
ここは一旦退いて、本国の指示を仰ごうと決断、国境線から退却していったのだった。
同じ頃、半島沖に停泊していたルーシ内海軍の艦船は小型のボートから戦艦、駆逐艦、空母に至るまですべて座礁していた。
その上に、半島と大陸をつなぐ陸橋が断絶して、海水が流れ込んでいるのである。
半島に住む住人、軍属は完全に孤立してしまったのだ。
当然、侵攻するどころではない。
最後に空では。
ルーシ空軍が、ウークリアの軍事施設に空爆をしようと領空に侵入しようとしたその時。
突如、戦闘機が次々に消えていったのである、
消えたのは戦闘機だけなので、搭乗しているパイロットたちは当然、空に投げ出される。
混乱しながらも、正気に戻った者から順にパラシュートを開いていく。
何人かは、ウークリア側に落ちていったが、捕虜になっても自業自得だろう。
後続の編隊は、突如としてレーダーから消える味方機に、さすがに恐ろしくなり帰投の許可を求めるのだった。
彼らも軍人として、パイロットととして厳しい訓練を積んできた自負がある。
しかし、そんなものはまったく通用しない事態なのだ。
撃墜されたわけでも、故障で脱出したわけでもなく、目の前で僚機が、フッと消えて、後には1人落ちていくパイロットが残るだけ。
何をどうしたら、そんなことが可能なのか?
基地に帰還する機体を操縦しながらも、後続部隊の隊長は、背中を冷たい汗が流れるのを感じていた。
「ふう。ざっとこんなもんかな?」
俺は空に浮かんだまま、息をついた。
戦闘機の機体消失事件のタネは簡単な話だ。
隠形術をかけたまま飛んで近づき、アイテムボックスに機体をしまっただけ。
一応、パイロットがパニックになって、パラシュートを開けない⁈とかにならないように、精神安定の術式は待機していたし、それでダメなら自分で助けるつもりだったけど、特に問題はなかったようだ。
東、北、南の三方面も、彼らが上手くやってくれたようだ。
さっすが俺の仲間たち、頼りになるね!
セラフィムにまで進化したジブリルは、武器類を塩に変えて戦闘不能に。
ベヘモトであるモスは、万里の長城、ウークリア版を作って物理的に隔てて。
レヴィアタンであるリヴィウスは、艦艇を座礁させ、なおかつ陸橋を破壊して。
そして俺はアイテムボックスで戦闘機を回収して、アホな侵攻を防いだんだよね。
しかし、異世界召喚からの、魔王、邪神討滅からの、元の世界に戻ってみたら、紛争が始まる寸前とか勘弁してほしいわ!
俺、働きすぎじゃね?
ん?
大総統様は諦めが悪いな!
この期に及んで、まだやる気か。
弾道ミサイルまで引っ張り出すとはね。
まさか、弾頭はニュークリアとか言わんよな?
はあ⁈マジか!
奴さん、ガチで狂ったか?ハハハ・・・。
(ブチ)
っざっけんな!!!
人が住めない土地を奪って何がしたいんだよ、お前は!
弾道ミサイルが音速の何倍だろうと知ったことか!
飛んで近づき、ハイ!
アイテムボックス〜〜♪
一発何億か知らんが、アイテムボックスの肥やしにしてやるぜ!
戦闘機ともどもな!
最後の頼みの弾道ミサイルまで消されたことで、流石に心を折られたプチネンコ大総統は、一人、宮殿の奥のシェルターで震えているのだった。
戦闘機やミサイルを消した者が、次は自分も消しに来るのではないかと恐れ、怯えながら。