安珍と清姫
この物語は、フィクションであり、実在の人物、団体、事件等とは、一切、関係ありません。
第1幕
真砂清姫。17歳。クール系女子。趣味は、読書と爬虫類飼育。
そんな私が、一目惚れとは。そんなことは、ないと思っていた。
「北高から転校してきました。安珍道成です。人からは、小動物のようだと言われます。早く、みんなと仲良くなりたいです。よろしくお願いします。」
「では、安珍さんは、真砂さんの隣の席に座って下さい。それから、授業を始めますので。」
「はい。よろしくね。真砂さん。」
「はい。もう、あなたなしにはいられません。」
「…。」
その後、授業は、何事もなく進んで行った。
第2幕
「真砂清姫です。趣味は、読書と爬虫類飼育。好きなものは、パンケーキとアミメニシキヘビ。」
「へぇ…。そ、そうなんだ…。で、何で、真砂さんの周りには、たくさん、爬虫類がいるのかな…?」
「この子たち、休み時間になると、どこからか寄ってくるのよ。ほら、あそこにも。」
「え…?」
窓の所には、体長10mのアミメニシキヘビが木に巻き付いて、赤い舌をチロチロとさせていた。
「うわぁあ!?」
「ペットのエリザベス。」
「ペット…!?」
「ええ。安珍さんは、趣味は何かしら?」
「え…、趣味?」
「ええ。」
「ええと…。読経…?」
「度胸…?」
「いや、読経。実家がお寺なんだ。」
「へ~。」
「シャー。」
「シャー…?」
振り返ると、やつがいた。そう、体長10m。ワニさえも補食するアマゾンの怪物。窓から入って来たエリザベスである。
「ぎゃあ!!南無観世音菩薩!南無観世音菩薩!助け給え…。」
「こら、エリザベス。人様を驚かしては、ダメでしょう。」
「シャァ…。」
「はあ…。はあ…。」
「それで、安珍さん。早速なんですが、今日の昼食、ご一緒しませんか。」
「え…。でも、僕は、他の人たちとも、仲良くなりたいし…。」
さっきから、二人の周りには、爬虫類の他に、哺乳類は誰も寄って来ていなかった。
「そんなこと仰らないで、ぜひ!!」
「シャア!!」
「分かった!?分かったから…!?」
「ああ、よかった。それでは、お昼休み、中庭のベンチでお待ちしてますね。」
第3幕
「来ない…。」
昼休みは、もう30分過ぎてしまった。中庭のベンチに、腰掛けていた清姫は、エリザベスや、他の爬虫類と伴にいた。安珍を探しに出た清姫は、廊下でクラスの女子生徒と出会った。
「すみません。安珍さん見ませんでしたか?」
「え…。安珍くんなら、プールの横で、男子とお弁当、食べてましたよ…。」
「お弁当…。」
清姫の体からは、赤い炎が上っていた。
「へ~。安珍くんの家って、お寺なんだ。」
「そうなんだ。小さいお寺だけどね。」
安珍はクラスの男子たち4~5人で、弁当を囲んでいた。
「なら、安珍くんも、将来、お坊さんになるわけ?」
「そうなんだよ。」
「修業とか、大変そうだよね。」
「慣れると、案外、気持ち良いものだよ。」
「え~。でも、戒律とか厳しそう。」
「そうでもないよ。」
「へ~。でも、お坊さんって、嘘ついたらいけないんでしょう。」
「え…。ああ、そうだね。」
後ろから女子の声がした。
「シャア…。」
「シャア…?」
「シャア!!」
「ぎゃあ!!エリザベス…?と真砂さん?」
振り返ると、清姫とエリザベスがいた。何故か、清姫の背中からは、赤い炎がメラメラと燃え上がり、彼女に巻き付いたエリザベスが、それと同じ色をした舌をチロチロとさせている。
「安珍さん。あなた、将来、聖職に就く者でありながら、嘘を付くとは。」
「な、なんのこと…?」
「よくも、いけシャアシャアとそんなことを。」
「シャア!!」
「何か、人違いしてないかな…?」
「人違い…?」
「うん。僕は、君のこと、よく知らないから。」
「…。あなた、本気ですか?」
「何のこと?じゃあ、僕は行くね。行こ。皆。」
男子たちを連れて、安珍は、そそくさと、プール横に駆けて行った。
「大丈夫?安珍くん。」
「ああ。それにしても、真砂さんって、いつもああなの?」
「いや…。たぶん、それは、君だから…。ほら…。」
「え…?」
安珍は後ろを向いた。
「おのれ、待てええい!!どこにも行かせぬぞ!!」
そこには、エリザベスの背に乗り、プールの真ん中を駆けて来る清姫がいた。
「ぎゃあ!!」
第4幕
安珍は駆けた。校舎内へ走った。
「どこか、隠れる場所は…。」
「おのれ、逃さぬぞ!!」
「このロッカーの中しかない…。」
安珍は、生物室のロッカーの中に隠れた。
「おのれ、どこに隠れようと、エリザベスのヤコブソン器官はだませぬわ!!」
「(何だよ…。ヤコブソン器官って…。)」
※ヤコブソン器官とは、犬などが持つ嗅覚器官。蛇は、口の中にあり、舌で臭いを感知している。
「そこか!!」
「ぎゃあ!!」
安珍の入ったロッカーを、エリザベスが巻き付き、締め上げた。アミメニシキヘビの締め付け力は、平均300mmhg程と言われる。それほど高くはないが、人間の血流を止め、窒息させることは可能である。
「エリザベス。トレーニングの成果を見せて上げなさい!!」
「シャア!!」
「ちょっと…。待って!!何、トレーニングって!?」
バキバキと音を立てて、ロッカーが歪み始めた。通常のアミメニシキヘビより巨体のエリザベスは、更に、日頃のトレーニングの成果もあり、その締め付け力は、普通のアミメニシキヘビの数倍となっていた。
「南無観世音菩薩…。南無観世音菩薩…。」
生物室の中では、ロッカーの破壊音と、安珍の読経の声が、シュールに響いていた。
終幕
「あ~ん。」
「あーん…。」
めでたく、安珍と清姫は、交際することになった。
「シャア。」
「しゃあ…。」
二人の傍らには、エリザベスを始め、たくさんの爬虫類がいた。
「おいしいかしら?」
「ああ…。おいしいよ…。」
「よかった。苦労して手に入れた蛇肉。気に入ってくれて。」
「蛇肉…。…。」
「はい。あ~ん。」
「シャア~ン。」
「あーん…。…。」
清姫から差し出された蛇肉に食らい付きながら、安珍は、いつまで、このような交際が続くのかと思った。そして、自分は、清姫にとって、人間の彼氏ではなく、ペットの一匹なのではないのかと。
「たくさん食べて丸々と太って下さいね。」
しかし、安珍は知らなかった。彼は、清姫にとってペットではなく、ペットの餌の小動物でしかないのだと言うことを。
「シャア。」
「あらあら、エリザベスは食いしん坊ね。でも、まだ、お預けよ。はい。あ~ん。」
「ははは…。あ~ん…。」
それを安珍が知るのは、まだまだ、先のことであった。