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⑥なんでもないよ

 シルヴィのいじめ疑惑が持ち上がってから、一週間。


 新井先生が頑張ってくれているのもあってか、今日もシルヴィが特別何かされたというようなことはなかった。


 逆に、何もされていなさすぎるのが問題なわけだが、シルヴィが傷ついていないならまだ大きな問題にはならない。


 とはいえ、これをパパさんに報告するのしないのとは、話が別である。


 現在、西園家にて、シルヴィが熟睡中。そこへ帰ってきたパパさんを呼び止めて、話を始めた。


「料理をしながらでもいいかな?」

「はい。大丈夫です。ただ、手元が狂わないようにお願いします」


 不安だ。過保護気味なパパさんのことだから、ショックで指を切るかもしれない。念のため、包丁を握っていないときに話を始めよう。


「落ち着いて聞いてほしいんですが」

「どうしたというんだ、そう深刻そうな顔をして。この間は順調だと言っていただろう」

「それがですね、もしかするとシルヴィは、いじめを受けているかも」


 言い終わらないうちに、パパさんの表情から色が抜け落ちた。


「待った待った! どうして包丁を持つんですか!」


 何を思ったか、ひと呼吸を置いた後にパパさんは包丁を手に取った。せっかく包丁を持っていないタイミングを図ったというのに。


 というか、その包丁で何をしようというのか。


「シルヴィをいじめているのはどこのどいつだ?」

「ひぇっ」


 もともと強面気味なだけに、本気で凄むと怖い。


 とはいえ、パパさんを殺人鬼にするわけにもいかない。


「落ち着いてください。まだシルヴィ自身も気づいていないくらいです」

「どういうことだね」


 包丁をまな板に置きなおしたパパさんに胸をなでおろし、それから事情を説明する。


「そうか。まあ、子供のすることだからな」


 話しているうちに、相手が幼稚園児であることを思い出してくれたらしい。


「しかし、君がついていながら」

「僕だっていつでも一緒じゃありませんから。それに、僕だって幼稚園児ですよ」

「ん、ああ、そうだったな」


 大人っぽく見られている、とは素直に喜べない。


 監督不行き届きで刺されてはたまったものではない。


「どうすべきだと思いますか?」

「先生に注意してもらえばよいのではないか?」

「どの子でもシルヴィみたいに聞き分けがいいわけじゃありませんから。変に刺激して、状況が悪化しても困りますし」

「ふむ」


 パパさんは顎鬚を弄りながら考えている。


 シルヴィに対する親馬鹿が絡まなければ、どこからどう見ても尊敬できる男性だ。難しい顔も様になっている。


「シルヴィが気にしていないのなら、現状は様子見でもいいと思うんですが」

「いや。先手を打っておくに越したことはないだろう」

「と言いますと?」

「シルヴィとその子供たちの仲を、どうにかして取り持ってほしい」

「僕が、ですか?」

「そうだ」


 そんなことができるものか。シルヴィはともかく、その子たちは遠目から見た程度の関係性しかないというのに。


「なるべく穏便に事を進めるには、そうするしかないだろう」

「はぁ」


 思わずため息が出た。パパさんも無茶を言う。


「どうしても無理なら、君の言う通り様子見でも構わない。今は大事な要件があるからな」

「大事な要件? お仕事が忙しいんですか?」

「いや。シルヴィから聞いていないか?」

「何のことです?」


 パパさんは意外だとでもいうように目を丸くして、小指で軽く自分の頭を掻いた。


「シルヴィの誕生日だ」

「へ? たしか、五月の二十五でしたよね」

「そうだ」

「まだ二週間は先の話じゃないですか」


 あんまりな気の早さに呆れてしまう。


 しかし、社長のタイムスケジュールとしては、それくらいの時間感覚で準備をしておかないといけないのかもしれない。


「慶太郎君からも、簡単なもので構わないから何か考えてあげてほしい。シルヴィも喜ぶだろう」

「もちろんです。一番の親友ですから」


 そう返すと、パパさんは満足そうに笑って、夕食作りを再開した。






 それからまた一週間と数日。


 今日は日曜日。シルヴィの誕生日は金曜日だから、あと五日だ。


 パパさんではないが、今はシルヴィの境遇をどうこうするというよりも、シルヴィを喜ばせることに注力しなければならない。


 といっても、四歳児の力でパパさんを超えるプレゼントをあげられるかといえば、そんなことは決してないのだが、要は気持ちだ。


 がしかし、幼稚園であれどこであれ、シルヴィは僕にべったりである。気持ちを込めたいからといって、手作りのものをあげようにも、作っている過程をシルヴィに見られることはまず間違いない。


 見られたからどうというわけでもないのだが、できればサプライズがいい。


「ミクちゃんがね、今日ケイと一緒にお出かけするって言ったら、デートだねって。これってデートなの?」


 その当のシルヴィはというと、今僕の横で小首を傾げている。


 日曜日ということで、父さんに近くの公園へ連れてきてもらったのだ。当然のようにシルヴィもついてきて、一緒に歩いている。


「うーん、お父さんも一緒だし、どうだろう」

「お、父さん邪魔か? 何なら車で待っててもいいぞ」

「それで何かあったらどうするのさ」

「慶太郎が一緒なら大丈夫だろ」


 この親は。テキトーがすぎる。パパさんが聞いたら無言で包丁を取り出されるだろう。


 信頼されているといって喜べるほど、僕は自信家ではない。


「ボク、デートしてみたい」

「ほら。シルヴィアちゃんもこう言ってるし」

「でも」

「ケイ、二人っきりは嫌?」


 瞳を潤ませてシルヴィが脅してくる。そう、これは頼みというより脅しだ。ここで断ろうものなら、僕の良心が物凄い勢いで締め付けられること間違いなし。


「わかった。じゃあお父さん、呼んだら来られる場所にはいてよ」

「心配性だな」

「わーい、デートだぁ!」


 父さんはかっこつけて、ひらひら手を振りながら僕たちから離れていった。そしてシルヴィは無邪気に喜んでいる。


「行こっ、ケイ!」

「シルヴィ、あんまり離れないでね」

「うん!」


 手を繋いで、舗装されていない遊歩道を歩く。両側には色とりどりの花が咲いていて、ロマンチックと言えばロマンチックだ。


 すれ違う人は大抵お年寄りだが。


 幼稚園児らしいというか、ムードもへったくれもない。しかしまあ、シルヴィが満足してくれるよう、せいぜい彼氏役として頑張るとしよう。






~シルヴィア視点~


「ケイ、そのパンの耳ってどうするの?」

「まあもう少ししたらわかるよ」


 ケイはパンの耳を袋に入れて、ボクとつないでいない方の手に持っている。


 おやつかな。でも、ケイが用意するおやつなら、もっとお洒落な気がする。だってケイは大人っぽいし。


 じゃあ何に使うんだろう。食べる、んだとは思うけど。


「ほら、シルヴィ。ここから下を覗いてみて」


 ケイと並んで歩いていたら、いつの間にかちょっとした休憩所みたいなところに着いた。


 公園の池に突き出すようにして作られた柵の間から手を出して、ケイはその下、池の水面を指さしている。


 柵の間に頭を挟むようにして、覗き込んでみた。


「わっ、お魚さんがいっぱい」

「鯉って魚だよ。餌が欲しくて、よくここに集まってるんだ」

「餌? あ」


 ケイが袋を開ける。この鯉はパンの耳を食べるんだ。


「シルヴィ、これを小さくちぎって投げ入れてみて」

「うん」


 ケイから袋をもらって、中のパンの耳をちぎり、柵の間から投げ込む。


「わっ、あっという間に食べられちゃった」


 食べた鯉も食べられなかった鯉も、もっともっとって口をパクパクしてる。


 続けて投げ入れたら、向こうの方からもっといっぱい鯉が集まってきた。楽しいけど、水面全部に鯉がひしめき合ってて、ちょっと怖いかも。


「シルヴィ、後ろ」

「ふぇ?」


 特に気を張ったわけでもないケイの声に、振り向く。


 何もいない。そう思った瞬間に、下の方から、くるっぽーって聞こえてきた。


 足元で、灰色の鳥が赤い目でボクの手元を見つめている。


「わっ、鳩さん!?」

「餌が欲しくて来たみたいだね。でも、あげちゃだめだよ」

「どうして?」

「シルヴィ、食べたものってどうなると思う?」

「えーっと」


 そりゃあ、うんちになって体から出ていく。でも、ケイの前でそういうはしたないことを言うのは恥ずかしい。


「えっと、トイレに行く」

「そうだね。それは鳩たちも同じだ」

「うん」

「でも、鳩はシルヴィほど賢くないから、トイレには行かない」

「じゃあ、どこでするの?」

「どこでも。それこそ、飛んでるときでもだよ」

「えぇ」


 つぶらな瞳でこっちを見る鳩さんが、ちょっとばっちく思えてきた。


「だから、そもそも鳩に餌をあげちゃいけないんだ」

「で、でも、ずんずん近づいてくるよ」


 その手にあるものをよこせとばかりに、鳩さんは臆することなく近づいてくる。飛び掛かってこられたらと思うと、怖い。


 なんともないように落ち着いている、ケイの陰に隠れた。鳩さんはそれでもケイを回り込もうとしてくる。


 そのまま逃げ惑うように、ケイの周りをぐーるぐる。


 そしたらいつの間にか、他にも鳩さんが集まってきた。


「ど、どうしようケイ」

「大丈夫だよ」


 逃げ場を塞がれたような気持ちでケイを見ると、ケイはボクに笑いかけてくれる。それでボクは少し落ち着いた。


 そして次の瞬間、ケイはダンと思い切り足を踏み鳴らした。


「ひゃわっ!?」


 鳩さんもボクもびっくりして、身体が飛び跳ねた。それから、鳩さんたちはそそくさとケイから距離を取る。


「び、びっくりした」

「そうだね。びっくりさせたら鳩は逃げていくから」


 いたずら成功。そんな感じの笑顔を見せるケイ。なんだか初めて見たかも。


 これがデートの力ってことなのかな。


「それから、逆にこっちから追いかけるようにしても逃げて」

「すとっぷ」


 実演して、鳩さんたちの方に近づいていこうとするケイの袖を引っ張って止める。


「離れちゃだめって、ケイが言ったんだよ」

「あ、ああ、そうだったね」


 もう鳩さんはこりごりだからってケイを留めたら、ケイはちょっと顔を赤くしていた。なんでだろ。


「じゃあ、向こうに行こうか」

「うん」


 気を取り直して、という風にケイはボクと手を繋ぎなおして、歩道を歩いていく。


 花壇に囲まれた道と、池の上にかかった橋を越えたら、ボクたちより年上の子たちがたくさん遊んでいる広場に出た。


「ここで遊ぶの?」

「そうだね」


 ケイは頷く。でも、体もおっきい知らない子たちがいっぱいで、ボクはちょっと怖い。


「あの子たちに混ざるの?」

「そうじゃないよ。急に僕たちが行ったって、困らせちゃうしね」

「そっか」


 ほっと胸をなでおろす。


「混ざりたい?」


 言われて、ぶんぶん首を横に振ると、ケイはそうだよねと笑った。


「僕たちはこっちの隅っこで遊ぼう」

「何するの?」

「えっとね。花冠を作ってみようかなって」

「はなかんむり?」


 ボクが首を傾げると、ケイは広場に生えている草の中で、白い花をつけたものをたくさん千切ってきた。


「これがシロツメクサっていう花なんだけどね、これで冠を作るんだ」

「かんむり?」

「そう。見てて」


 ケイの手が器用に動く。茎の長い花を次々と編んでいって、十分もしないうちに、白い花と茎の輪っかが出来上がった。


「これが花冠。こうやって、頭に乗せて使うんだ」

「へぇ」

「僕には似合ってないと思うけどね」


 照れくさそうに笑いつつも、ケイは作った花冠を自分の頭の上に乗せた。


 確かに、ケイにはあんまり似合ってない気がするけど、可愛いのはわかる。


「シルヴィにはよく似合いそうだと思ったんだ」


 そう言ってケイは、ボクにその花冠を乗せてくれた。


 どんな風になっているのか、ボクからは見えないけど、ケイは満足そうに笑っている。それなら、ボクも嬉しい。それに、ケイからのプレゼントだからなおさらだ。


「ね、ボクも作ってみたい。作り方教えて」

「いいよ。まずこうして」


 ボクも何か、ケイにプレゼントしたい。ケイがくれたよりも、もっともっと大きいのを作って、ケイにプレゼントしよう。






 お空が赤くなってきたから、もう帰らないといけない。


 今日はケイと二人で色んな初めてのことをして、楽しかった。


 すごく時間はかかったし、ケイほどうまくできなかったけど、ケイにはお花のネックレスを作ってあげることができた。


 嫌な顔一つせず教えてくれたり、お花を取って来たりしてくれたから、ケイは本当に優しい。


 だから少しでも、恩返しみたいなことができたかなって、嬉しくなった。ありがとうって言ってもらえたし。


「おぉ、お洒落だな」


 車に乗せてもらうとき、ケイのパパさんにもそう言ってもらえて、嬉しかった。


「それで、慶太郎、例のものは手に入ったのか?」

「うん。問題なく」

「それはよかった」


 でも、突然ケイとパパさんがわからない話をし始めた。


「何の話?」

「なんでもないよ」


 ケイが珍しくはぐらかした。なんだか仲間外れにされてるみたいで、面白くない。


「むぅ」


 それを思いっきり顔に出したら、ケイはまた苦笑いして、ボクの頭を撫でた。


「シルヴィが四歳になったらわかるから。もうちょっと待ってて」

「うーん、わかった」


 ムッてなったけど、待っててと言われたら待ってればいい。あともうちょっとで四歳だ。ケイは嘘をつかないから、四歳になったら絶対わかるんだろう。


「偉いね、シルヴィ」


 それに、ちゃんと待てたらこうしてケイが褒めてくれるし。


「楽しみにしてて」

「ん? うんっ」


 あと何日かすれば、ボクもケイと同じ四歳。学年は違うけど、ケイとおんなじなんだって思うとワクワクする。

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