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⑤黄金色から

 シルヴィが新しく幼稚園に通い始めて、一ヶ月が経とうとしている。


 これまで泣きついてくるようなこともなく、平穏無事な日々が続いているのは大変喜ばしい。


 がしかし、シルヴィは休み時間になると決まって僕のところまでやって来る。上級生の教室だろうとお構い無しだ。


 果たして、シルヴィは自分のクラスメイトとうまくやれているのだろうか。


「ケイ! かえろー!」

「シルヴィ。ちょっと待ってて」


 手早く鞄に荷物を詰めて、帰りの準備を整える。


 このところ毎日これで、僕のクラスメイトはもう慣れきってしまっていた。


 それどころか、帰りの会が終わった後、彼らの視線でシルヴィが数秒後に来ることを予想できてしまう。


「ケイ、今日は何して遊ぶ?」


 シルヴィと僕は他の子同様、送り迎えのバスが来るか、親が認めるかの時間まで、校庭で自由に遊ぶ。


 パパさんはその裁量に関して、僕に任せると言ってくれているし、母さんは放任主義だ。大抵はシルヴィが満足するまで遊んでいることが多い。


「そうだな、じゃあ縄跳びの練習をしよう」

「えー。あんまり好きじゃない」

「出来るようになったら楽しくなるよ」

「そうかなあ?」


 言いつつも、シルヴィは僕が決めると、それほど抵抗なく受け入れてくれる。


 もう少し駄々を捏ねても良いと思うのだが、これはこれで、信頼されているということなのだろう。


「ねえケイ、そろそろ帰る?」


 もっとも、シルヴィの体力ゲージはそれほど多くないので、周りがポツポツ帰り始める時間には、僕達も帰ることになる。


「そうだね。お片付けしようか」


 縄跳びが好きでないというのは本当のことのようで、


「だいぶ上手くなってきたと思うよ」

「えー、でもケイはもっと上手だし」

「そりゃ、僕の方が長くやってるからね」


 それに、前世の記憶のおかげで、コツを掴むのが異常に早い。ただ、それ以降の成長が微々たるものなのだが。


「いいなぁ。ボクもケイと同じときに生まれたかった」


 そう、ここで一つ、シルヴィに変わったところがあったのを思い出した。


 僕の真似をしてか、一人称がボクになったのだ。


 何度か、ワタシに訂正しようとしたのだが、「ケイと一緒がいい」と突っぱねられている。


 一人称を使えるようになっただけ成長なのだろうということで、あまり口煩くは言っていない。あとは周りに合わせるようになるのを待つしかないと判断した。


「あっ」


 手を繋いで、門まで向かう途中。おそらくバス待ちであろう集団が姦しく騒いでいる。


 そのうちの一人にシルヴィが反応した。僕と繋いだ手と逆の方の手で、大きく手を振っている。


「ミクちゃーん!」


 そう呼びかけると、集団のほぼ中心あたりにいる女の子が軽く手を振り返した。


 あれが、シルヴィの話に出てくるミクちゃんか。広くはない幼稚園、たまに見かけることはあった。シルヴィといると、同い年の女の子数人と一緒にこちらを見ていたのだ。


 改めて見ると、いかにも人気者で、いろんな子に囲まれている。


 ああいう子がシルヴィの友達なら、シルヴィの交友関係に他の子の名前が出るのも時間の問題だろう。


「ケイ、ちょっと行ってきてもいい?」

「もちろん。待ってるよ」

「ありがとう」


 僕が許可を出すと、シルヴィは手を離して、ミクちゃんの元へとてとて駆けていく。


 よかった。自由時間こそ僕にべったりだが、僕より優先される友人もいるみたいだ。僕としては少し複雑だが、シルヴィに友達がいないよりよっぽどいい。


「慶太郎君」

「あ、新井先生」


 シルヴィがミクちゃんとおしゃべりするのを遠目に眺めていると、今日のバスの引率役であろう新井先生が話しかけてきた。


 ちょうどいい。シルヴィの様子を聞いてみよう。


「シルヴィはどうですか。うまくやれていますか?」

「ふふ。お父さんみたいなことを聞くのね」

「あ」

「いいのよ。シルヴィアちゃんが心配な兄心よね」


 新井先生はニコニコ笑ってくれる。


「それはそれとして、シルヴィアちゃんのことなんだけどね」


 まるで相談事をするように、一転して真剣な表情になる新井先生。


 こう言ってはなんだが、新井先生は僕のことをある程度頼りにしているように思える。


 僕は自分が四歳児らしからぬことを自覚しているが、去年も何かと頼まれた覚えがある。例えば、喧嘩の事情聴取や、悪戯の密告など。


 僕のことを探偵か何かだと思っているのかもしれない。


 というのは冗談で、なるべくどの児童にも公平であろうとする先生なりの優しさなのだ。


 僕だけ扱いが違うが、僕がそれで文句など言わないというのは織り込み済みらしい。


「一応、気を付けておいてほしいんだけど、あの子いるでしょ?」

「今シルヴィと話している子ですか?」

「そう、ミクちゃんって子なんだけど、その周りの子たちを見て」

「はい」


 言われて、ミクちゃんとシルヴィの周りの子たちの表情を窺う。


 シルヴィとミクちゃんの顔を交互に見たりして、つまらなさそうな顔をしている。


「あの子たち、シルヴィアちゃんにあんまりいい態度じゃないの」

「そうなんですか?」

「ミクちゃんって、うちの組の人気者なんだけどね。ミクちゃんがシルヴィアちゃんを特別気にかけてるから、それが気に入らないみたい」

「なるほど」


 人気者であるがゆえに、嫉妬を生みやすいのだ。


 今だってそうだろう。ミクちゃんを中心に、みんなで楽しく喋っていたところへシルヴィがやってきた。そうしてミクちゃんの興味を全部持っていってしまったら、あんな顔にもなる。


「なるべく気にかけるようにはしてるけど、先生の目の届かないところで何かあるかもしれないから」

「わかりました。気を付けることにします」

「ごめんね。同じ園児に頼むことじゃないんだけど、そうしてもらえる?」

「はい。シルヴィのパパさんにも任されているので」


 人気者と友達なら、交友関係も広がるかと思ったのだが、そう単純にはできていないらしい。難しいところだ。


「じゃあね、シルちゃん」

「ばいばいミクちゃん」


 新井先生の相談事が終わるのとほぼ同時に、シルヴィも別れの挨拶をして戻ってきた。ちょうど幼稚園バスもご到着である。


「おまたせ、ケイ」

「おかえり。ミクちゃんとは仲がいいみたいだね」

「うん! いっつも応援してくれるし」

「応援?」

「あ、ううん。なんでもない」


 僕と手を繋ぎなおし、誤魔化すように振り返ってミクちゃんに手を振る。


 バスに乗り込んだミクちゃんも手を振り返してくれたが、その周りの子たちは無反応だ。


「シルヴィ、他の子とはどう?」


 この時点で確定したようなものだが、とりあえず先生の言っていたことを確認してみよう。


「えー? うーん、あんまり喋ってくれない」

「そうなのか?」

「うん。ミクちゃんがいたらいいんだけど、ミクちゃんがいないときは全然喋ってくれないよ」


 シルヴィは自覚していないようで、おそらく相手の子たちも意識していないだろうが、これは一種のいじめだ。


 ミクちゃんというセーフゾーンがいるからいいものの、もしミクちゃんがいなければ、いよいよシルヴィの心にも傷がつくだろう。


 もっとも、ミクちゃんがいなければ、そもそもこんな状況にはならなかったかもしれないわけだが、それは言っても仕方のないことだ。


「仲良くしようって思わないの?」

「うーん、でも、ケイとミクちゃんがいればいいや」


 そして、当のシルヴィがこんなだから、なおさら確執は深まっていくばかりだろう。


 とはいえ、こればかりは僕が口出ししてどうにかなる問題ではない。


 シルヴィを解決する気にさせるのも一苦労だし、シルヴィがその気になったところで相手方がどうにかなる保証もない。


 ひとまず、様子見か。機会があれば、パパさんにも相談することにしよう。


「ねえケイ、帰ったら何する?」

「え? あー、どうしようか」


 考え事をしていたら、気づかない間にシルヴィが僕の顔を覗き込んでいた。


「シルヴィの好きなことをしよう。縄跳びに付き合ってもらったし」

「えっと、じゃあね、ケイの家に行きたい」


 そういえば、僕とシルヴィの関係も一か月半くらいにはなったが、家に招いたことは一度もない。


 というのも、シルヴィは幼稚園が始まってから、帰宅すると大概すぐにお昼寝を始めてしまうのだ。パパさんが帰ってくるまで熟睡なんてこともしばしば。


 だから、帰ったら何をするかという会話は無意味なものになることが多かった。


 ただ、最近はシルヴィも慣れてきたようで、お昼寝をしないか、夕方になる前に起きることもある。


 パパさんが帰ってきたときに僕の家で熟睡していたらパパさんに心配をかけてしまうが、その心配はだいぶ少ないとみていいだろう。


「お母さん、いい?」

「もちろん。シルヴィちゃんならいつでもウェルカムよ」


 一応母さんにも許可を取ると、二つ返事でオッケーが出た。それならば、断る理由はない。


「わかった。着替えたら呼びに行くよ」

「うんっ。待ってる」


 嬉しそうに、家に帰っていくシルヴィ。


 難しいことを考えるのはやめて、今はただシルヴィが楽しめるようにしよう。






~シルヴィア視点~


 初めて、ケイの家に遊びに行く。


 今までも何度か行きたいと話していたけど、ボクがお昼寝しちゃうからっていけなかった。だからすごく楽しみ。


 インターホンが鳴る。ケイが迎えに来てくれた。


「シルヴィ、眠くない?」

「んーん。大丈夫」


 ケイに手を引かれて、家を出る。それから、道を挟んで向かいの家の玄関をくぐった。


 本当はちょっと眠いけど、せっかくケイがいいよって言ってくれたから、我慢我慢。


「おじゃまします」

「いらっしゃーい。ゆっくりしていってね。私は二階にいるから、何かあったら呼んで」


 靴を脱いで、ケイの真似をして揃える。そしたら、ママさんが迎えてくれた。


 好きにさせてくれるみたいで、ママさんは階段を上がっていく。


「ね、ケイの部屋はどこ?」

「え? 僕の部屋はないよ」

「そうなの?」


 ケイは何でも知ってるし、本がいっぱいあるお部屋に住んでるのかな、と思ってたから意外だった。


 でも、そういうお家も珍しくないんだと思う。ミクちゃんも、ボクが自分の部屋を持ってるって言ったら羨ましがってたし。


 ミクちゃんも今度、うちに呼んであげたいな。


「シルヴィ、こっちだよ」


 と、今はケイの家に来てるんだから、ケイのことを考えないと。


 ケイはボクを広いお部屋に入れてくれた。カーペットの上にある低いテーブルの周りに、座布団が敷いてある。


「えっと、じゃあケイのおもちゃはどこにあるの?」

「僕のはここだよ」


 隅の方にある、大きい箱。それを開けると、いろんなおもちゃがごちゃ混ぜになって入っていた。ボードゲームっぽいものから、指人形までいろいろ。


「ここにあるので全部?」

「うん。好きに触っていいからね」


 ケイが許してくれたから、箱の中のものを取り出して、底の方まで何があるか見てみる。


 本当に雑多なものが入っている。カードゲームもあるし、楽器みたいなものある。ケイが賢いのは、こうしていろんなものに興味を持つからなのかな。


「何か良いのあった?」

「あ、ケイ」


 振り返ると、ケイがお盆を持って立っていた。その上には、氷とオレンジジュースの入ったコップ。お菓子も持ってきてくれたみたい。


「自由に食べてね」

「うん。ありがとう」

「それで、シルヴィが気にいったのはどれ?」

「うーん」


 正直、好きっていうのはない。ケイとはちょっと趣味が違うのかな。


「ケイはどれでよく遊ぶの?」

「実は、あんまり好きなおもちゃってないんだ。最近は、シルヴィと話してるのが一番楽しいし」

「そうなんだ」


 よかった。ケイと全然趣味が合わないっていう事態は避けられた。


 それに、ボクが一番だって。ボクもケイが一番好きだし、嬉しいな。


「でもそれじゃ、今日はどうする? また話してるだけがいいかな」

「じゃあね、ケイの読んでる本が読みたい」

「僕の本?」

「うん。どんな本読んでるのか気になる」

「わかった。ちょっと待ってて」


 ケイはどたどたと二階に上がっていった。それから、すぐに降りてくる。


「はい。こういうのとかどう?」

「あ、かわいい」


 ケイが持ってきてくれたのは、動物さんがたくさんいる絵本。


 こういうのが好きなんだ。ちょっと意外。


「文字ばっかりの本かと思った」

「そういうのも読むけど、好きなのはこういう本だよ」


 やっぱり読むんだ。ボクはああいうの、よくわからない単語が多すぎて嫌になっちゃうけど、ケイはすごい。


「じゃあさ、ケイ。このご本一緒に読もうよ」

「うん。いいよ」


 ケイと一緒の座布団に座って、テーブルに絵本を広げる。


「昔々、あるところに」


 ケイが読み聞かせてくれる。わからない言葉は教えてくれるし、ボクの目が追いつけるように、ゆっくり文字を指でなぞってくれる。


 静かな部屋に、いつもよりゆっくりしたケイの声が響いて、まるでパパに抱っこされてるような気持ち。お部屋もぽかぽかしてきて、あれ。体から力が抜けていく。






~慶太郎視点~


「寝ちゃったか」


 シルヴィが本に興味を持ったときから、こうなるだろうと思っていた。今日は特別暖かいし、シルヴィが眠くなるのもわかる。


 僕の肩に頭を乗せて、シルヴィはすやすやと寝息を立てている。


 一度シルヴィがこうなってしまうと、ちょっとやそっとゆすったくらいでは起きない。


 だから、悪戯し放題だ。


「シルヴィ」


 名前を呼びながら、シルヴィの金髪を優しく撫でる。サラサラで綺麗な、シルヴィのトレードマーク。僕の心を惹きつけてやまない輝き。


 ふと思う。


 もし、シルヴィが、僕と同じ黒髪だったら、ここまでシルヴィの面倒を見ようと思っただろうか。そもそも、友達になりたいと思っただろうか。


 どうだろう。髪によらないシルヴィの可愛さも、今なら数えきれないほど知っているが、その始まりはあったのだろうか。


「け、い」


 シルヴィに呼ばれて、ハッとする。


 もちろん寝言で、本当に僕のことを呼んだわけではないことはわかっている。


 ただ、夢の中でまで出会ってくれるほど僕のことを慕ってくれる女の子を見て、考えるべきことではないと気づかされた。


「ごめんなシルヴィ」


 今ある現実さえ見ればいい。さっきも思ったが、今はもうシルヴィの金髪にだけ魅力を感じているわけではない。


 僕がシルヴィの面倒を見る理由には、十分すぎるほどだ。

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