⑥止まり木
〜シルヴィア視点〜
今日はケイとのデートの日。プランはケイにおまかせして、内容は聞いていない。ちょっとしたミステリーツアーだ。
スポーツということは決まっているから、動きやすい服装がいいと思うけど、折角のデートだから、オシャレしたい。
そう思って、早起きしてコンディションを整えているけど、服だけがどうしても決まらない。
ボクの趣味的に、フリフリした可愛いのが多い。ケイもそういうのが好きだって言うから、スポーティなのはクローゼットの端へと追いやられている。
一応、あることにはあるけど、ほとんど夏用で薄着だ。移動中は普段着にして向こうで着替えるとして、室内でもそれではさすがに寒いはず。
「うーん。あ、そうだ」
これなら、夏用でもないし、ケイも新鮮に感じてくれるはず。我ながら天才かも。
「よしっ」
姿見で全身チェック。服よし、髪よし、メイクよし。
朝ご飯は作りに行かず、改札前で待ち合わせ。今日顔を合わせるのはそこが初めてだから、いつもより気合いを入れてときめかせてやる。
〜慶太郎視点〜
受験期には全く出かける用事を作っていなかったため、シルヴィとの外出デートはおよそ一年ぶりだ。
勢いでプランニングを請け負い、流れでその内容もシークレットにしてしまった。二人でなら何でも楽しめると疑っていないが、それでも緊張する。
緊張の分だけ気合いを入れて準備をしたが、空回らないか心配だ。
鏡の前をうろちょろ。髪のセットは大丈夫か。運動して崩れても大丈夫なように、自然体なセットにしているが、あまり慣れていないだけに、これでいいのか不安だ。シルヴィが貶すようなことは絶対にないが、幻滅させないだろうか。
懸念は尽きないが、そろそろ時間だ。気持ちを切り替えて、今日を楽しもう。シルヴィとの折角のデートなのだから。
玄関を出てすぐに鉢合わせしようものなら、駅で待ち合わせにした意味がなくなるが、タイミングは被らなかったようだ。
そのまま駅へ。改札前を軽く見回したが、目立つ金髪の姿はない。鉢合わせしないように、三十分ほど早く家を出た甲斐があったというものだ。
さて、着いたからには連絡しようか。鉢合わせを心配させないで済むものの、しかし急かしているようで申し訳なくもある。
シルヴィとのメッセージ画面を見ながら悩ましく思うこと数分。
「だーれだっ」
ついさっきまで手袋をしていたのか、ほんのり暖かい肌の感触が俺の目を覆う。直後、俺より一回り小さい体がぽすんと背中に寄りかかる。
「シルヴィ。これがやりたくてわざわざ手袋取ったの?」
「そこまでバレてる?!」
「手に取るようにわかるよ」
文字通り、シルヴィの手を取って、手袋越しに包み込む。そのとき振り返ると、天使がいた。
羽衣のような真っ白いポンチョ。動きに合わせて跳ねるポンポンがまた愛らしい。そこへベージュのロングスカートを合わせることで、可愛らしさの中にも大人っぽさを感じる組み合わせになっている。極めつけに、いつもより少しだけ艶めいて見える金髪には、太陽を反射して天使の輪が出来ていた。
「ふふん。見とれちゃった?」
「うん。すごく綺麗だよ」
改めて、彼女の顔をよく見ると、頬に仄かな赤みが差している。メイクには詳しくないが、自然に見える程度に整えているのだろう。そのお陰で、可愛い顔がさらに愛らしくなっている。
「え、えへへ。綺麗とか、ストレートに言われると照れちゃうよ」
見せびらかすように広げていた腕を、照れくさそうに口元へ寄せるシルヴィ。私服姿のシルヴィを太陽の下で見るのは久しぶりで、ある種の感動すら覚える。
「動きやすい服は持ってきてくれた?」
「うん。ばっちり。今日は何をするの?」
「行けばわかるよ」
ここでバラしても構わないが、せっかくなので現地までお預けだ。視覚的にもわかりやすいので、予め伝える必要性もない。
「ちなみにね。ちなみにだけど、運動神経とか反射神経とか必要?」
「大丈夫だよ。激しいスポーツってわけじゃないから」
「そっか。ま、別に? 何でも器用にこなしちゃうけど?」
「そこで意地にならなくても、かっこ悪いなんて思ってないよ」
「運動音痴なこと前提で話すのやめてよねっ」
手袋をはめ直したシルヴィの手がペシッと俺の背を叩いた。
「ごめんごめん。運動音痴なところも可愛いよ」
「むぅ。そういうことじゃなーいっ」
何としても運動音痴の汚名を返上したいらしい。可愛くて賢くて優しくて、今でさえ非の打ち所がないのだから、気にしなくてもいいのに。
「じゃあ今日、カッコイイところを見せてもらおうか」
「任せて。今日のために筋トレしてきたから」
なるほど。それで自信があるのか。一朝一夕の筋トレで筋肉がつくなら、俺はとっくにマッチョになっているはずだが、黙っておこう。
通学定期圏内の駅に降り立ち、繁華街を歩くこと数分。
「こんなところにあるの?」
「うん。ほら、そこにもジムとかあるし」
「レストランの横なのに。変なの」
「都会は進歩してるんだよ」
「進歩なのかな」
他愛ない話をしている内に、目当ての場所に到着した。外観だけ見れば、カフェと言われても疑わないだろう。
「ここ?」
返事の代わりに扉を開け、シルヴィを引き連れて中に入る。暑くない程度に暖房のかかったそこには、壁があった。詳細に言えば、カラフルな凹凸のついた壁だ。
「ボルダリング?」
「正解。シルヴィは初めて?」
「うん。ケイはやったことあるの?」
「友達に連れられて何度かね」
初体験を楽しむ程度に教えるくらいなら、俺でもなんとかなるだろう。
シルヴィは物珍しそうに、そり立つ壁に手足をかけた人達を眺めている。慣れていると言われたら立つ瀬がないところだったが、一安心だ。
「シルヴィ、あっちで着替えておいで。僕はオーナーさんと話があるから。着替えたら、またここで」
「はーい」
シルヴィを見送って、オーナーさんに料金の支払いを済ませる。俺にここを紹介した友人がふらっと訪れないことを祈りながら。
シルヴィに遅れて更衣室に入り、さっさと運動着に着替えて出ると、ちょうどシルヴィも女子更衣室から出てくるところだった。
「ぴったりのタイミングだね。運命かな?」
冗談めかして、シルヴィがキザなセリフを言う。その姿は、長袖の体操服だ。学校指定のそれには、胸元に西園の刺繍が入っている。また、うちの高校では学年ごとに体操服の色が違う。シルヴィの学年は朱色。ちなみに俺は某勇者を彷彿とさせる緑色である。
体育祭なんかでは飽きるほど見たわけだが、改めて見ると、ぶかっとした袖口から覗く白い手先なんかは非常に可愛らしい。
「今日はよろしくお願いしますね、センパイっ」
周りに誰もいないのをいいことに、後輩ロールプレイをしながら抱きついてきた。後輩で彼女。ロールプレイするまでもなく実際の関係なのだが、普段の関わり方とは違って新鮮だ。
後輩として甘えてくるシルヴィに調子に乗らないようにしつつ、粗方のルールとコツを伝えた後、シルヴィの初挑戦を見守ることにした。
「壁に掴まってスタート。足はどこでも大丈夫だから、手は青だけね」
「うん」
少しずつ、壁をよじ登っていくシルヴィ。体の動きに合わせて、邪魔にならないように結んだポニーテールが揺れる。
「足を上手く使って、腕はなるべく使わないようにね」
「ん、よしっ」
難無く最初のコースを突破した。とはいえチュートリアルもチュートリアルで、俺の頭の上あたりの高さにシルヴィのお尻がある。少し視線が向けづらい。
「完璧。下りてきていいよ。気をつけてね」
「はーい」
「安定して登れてたよ。足運びが上手だね」
「よっ、と。ふふん。まあね」
登っていった経路を戻ってきたシルヴィが自慢げに胸を反らす。
「昔さ、ケイが言ってたもん」
「僕が? 何て?」
「三脚みたいに、三点を固定したら平面ができて、立体を安定させられるって」
「あぁ」
高校受験の家庭教師をしているときに、確かそんなことを言った気がする。よく覚えていたものだ。それに、ボルダリングに活用するなんて。
「覚えていてくれて嬉しいよ」
「えへへっ」
頭を撫でようとして、周囲に人がいることを思い出して引っ込める。そこまでの仕草だけで満足して、シルヴィは笑ってくれた。
「じゃあ次、こっちの壁にしようか」
「えっ。これ?」
案内したのは、地面に垂直ではなく、こちら側へ向かって傾いている壁だ。
「初心者がやるコース?」
「少し難しいけど、やることは同じだから」
「お、落ちたらちゃんと受け止めてね?」
「僕じゃなくてマットがね」
「えーっ。じゃあ落ちないように頑張る」
どっちにしたって頑張ってほしい。ともかく、挑戦に次ぐ挑戦に及び腰になりながらも、シルヴィは角度のついた壁を登っていく。
「上手だよ。次はあれを掴んで」
「う、うん」
力みながら、体を上方向にもっていく。細い四肢では体重を支えるのが厳しいのか、プルプルと体が震えている。
「もう少し。頑張って」
体を伸ばしきっているので、ダボッとしたジャージから細いウエストがチラリと見える。厚着しがちな季節だけあって、体のラインが浮き出るとドキッとさせられる。
「もうむりぃっ」
「落ちても大丈夫。着地しっかりね」
諦めたシルヴィが飛び降り、マットに両手両足をついて着地した。カエルポーズの後、すぐに立ち上がって駆け寄ってくる。
「惜しかったね。どこか痛めてない?」
「大丈夫だよ。うー、あとちょっとだったのに」
手がチョークまみれのシルヴィの代わりに、ペットボトルを開けて差し出す。
「あー」
シルヴィは、受け取るのではなく、飲み口を咥えた。そのまま俺に上目遣いの視線を向けてくる。
「傾けて飲ませて欲しいってこと?」
「ん」
そういうことらしい。ペットボトルが汚れることへの配慮なのは分かるが、それで零したら元も子もないような。
気をつけながら、ゆっくりとペットボトルを傾けて、シルヴィにお茶を飲ませてあげる。
目を細めて、こくこくと喉を鳴らしながら、俺が与えた液体を飲み下す。
既視感があった。夢の中のアレではなく、最近似たような見たような。
思い当たる節はある。ペットボトルを俺自身に置き換えればいい。到底こんな清楚なデート中に思い返すようなことではないが。しかし、あのシルヴィと今のシルヴィが同一だと思うと、ぞくりとするものがある。
「んー!」
「あ、ごめんっ」
不埒な妄想に取り憑かれているうちに、ペットボトルを傾けすぎていた。慌ててシルヴィの口から離す。
「ぷはっ、けほけほ。もぉ、飲ませすぎだよ。窒息するかと思った」
心做しか、セリフまでいかがわしく思える。それに、飲みきれなかった液体が口元から滴って、体操服にまで垂れていた。
「ケイ。ん」
シルヴィはさらに一歩俺に近づいて、口元を突き出して拭かれ待ちをする。
これは赤ちゃんのお世話だ。間違っても、キスがしたいだとか、思ってはいけない。体に触れるにしても、変な気持ちになってはいけない。
「はい。きれいきれいになったよ」
「なんで赤ちゃん言葉?」
「ぼ、僕も登ってこようかな」
誤魔化して、俺は壁に向かった。動機としては不純すぎるが、壁だけを相手にするスポーツは都合がいい。
結局俺はその日、自己ベストを更新するほど熱中した。いや、せざるを得なかった。
ボルダリングを終えて、すっかり体力を使い果たした俺たちは、まっすぐ家に帰った。
二人でゴロゴロするのも勿体ないので、勉強をすることに。デート後の雰囲気を壊しかねないが、基本いつでも一緒にいるのだから、その辺は切り替えることにしている。
「ケイまで勉強しなくたっていいんじゃない?」
「まあ、ね。でも、教えられるくらいにならないと」
「そっか。ボクのためってことだよね」
好意的に解釈してくれたシルヴィは、ニコッと笑って再び机に向かった。もちろん、その意味でもあるのだが、本心は敢えて言わないでおく。縁起でもないから。
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