④温かな報復
シルヴィとの不和を取り除いてから、早数ヶ月。
あれ以降、俺たちの間に亀裂が入るような出来事はなく、学校では適度な距離を保ち、家ではその分イチャついてと、恋人らしい日々を送っている。
合唱コンクールなどの学内イベントもこなしつつ、季節は夏へと移り変わっていった。
もちろん、学業も疎かにはしていない。俺もシルヴィも、互いに励まし合いながら、中間テストでは好成績を収めた。
シルヴィと一緒の高校生活は万事快調。今日もまた、昼休みにはシルヴィと共にお弁当を開いていた。
「今日の煮物は完璧だと思うんだけど、どう?」
「うん。すごく美味しいよ。シルヴィは天才だね」
「でしょ? もっと褒めてもいいよ」
鼻高々といった様子のシルヴィ。何とも微笑ましい。
「ごちそうさま。今日も美味しかったよ」
「おそまつさま。ケイは沢山褒めてくれるから作りがいがあるよ」
「そう? ならもっと褒めちぎろうかな」
「もー、褒めても美味しい料理しか出ないよ?」
「十分出てるよそれは」
時には冗談を言って笑い合う。昼休みにはこうして、恋人とも友人ともつかない関わり方が展開されていた。
「ね、ケイ。ちょっと歩こうよ。腹ごなし的な感じで」
「うん、いいよ」
ただ最近、シルヴィは共有スペースから場所を変えようとするようになった。もちろん、手を繋いで歩いたりはしない。
「うーん、こっちの方かな」
「シルヴィ、どこに行くつもり?」
「んー、秘密」
秘密と言いつつも、行先はいつも似通っている。全部に共通するのは、人気のないところということ。
大抵の生徒は教室内か食堂で昼食を済ませ、校庭やら教室やらで昼休みを過ごす。ということは、教室棟以外の建物にはほとんど人が寄り付かない。
今日は、理科棟の薄暗い階段に連れ込まれた。
「ね、ケイ。ここなら、誰にも見られてないでしょ」
そう言いながらシルヴィは、我慢の限界だというように、俺の胸に飛び込んできた。柔らかい体から温もりが伝わってくる。同時に、今まで仄かに感じていた甘い香りが強く押し寄せた。
「こらシルヴィ、誰かに見られたら」
「だから、誰にも見られない場所に来たんだよ」
うりうりと俺の胸におでこを押し付けるシルヴィ。
外出先ならメイクが剥がれそうだな、なんてぼんやり思った。幸か不幸か、学校では化粧が禁止されているので、俺のシャツにくっきり跡がつくなんてことはない。
もっとも、化粧なんて無くともシルヴィは最高に可愛い。
「ケイからもギュッてして。ね? おねがい」
甘えきった声で強請られると、俺も折れざるをえない。そもそも、人がいないからという理由付けで手を出したのは俺の方だ。
「シルヴィ、好きだよ」
「にへへぇ」
肩幅が一回り違う体を抱き締め返し、オマケに耳元で愛を囁くと、シルヴィはだらしなく笑った。
「はい。もうおしまい」
シルヴィを抱き締めていた腕をパッと放す。しかし、シルヴィの方は未だしがみついたままだ。
「えー。もうちょっとだけ」
「だーめ。誰か来るかもしれないから」
「むぅ。そのスリルにドキドキしない?」
「それよりも、僕は健全なお付き合いを大事にしたいんだよ」
「ちぇー」
コソコソ隠れてイチャイチャしている時点で健全ではないとも言えるが、シルヴィの可愛さに免じざるを得なかった。
渋々、シルヴィが俺から離れる。
「今日は部活ないんだよね?」
「うん」
家庭科部は、毎日活動しているわけではない。週二日、お菓子作りと手芸を交互に行っているらしい。
「なら、六限が終わったらすぐ帰れるから。それまで我慢して」
「はぁーい」
一応は納得した返事をしたものの、シルヴィはおもちゃを買って貰えなかった子供のように不貞腐れた顔でそっぽを向く。
「うりゃ」
「ふにゃ!?」
そんな彼女のほっぺたを手のひらで包み、こちらを向かせる。驚いた顔がまた可愛い。
「せっかくだし、今日はどこか寄り道しようか」
「えっ、うん! どこ行く?」
基本的にいつも真っ直ぐ帰宅するので、たまにはと思って提案すると、さっきまでの不服さが嘘のようにワクワクした顔になった。
やれやれと苦笑しつつも、行先を考える。
「そうだね、ゲームセンターとかどう? 確か、途中の駅の駅ビルにあった気がする」
ゲームセンターにデートで行くのは、学生の特権とも言える。大人になってから訪れるとすれば、子どもがいるときくらいなものだ。
「うんっ! そうしよ! 約束ね!」
シルヴィも飛び跳ねる勢いで賛成してくれた。これだけ喜んでくれるなら、言い出して正解だったな。
「と、シルヴィ、次は体育じゃなかった?」
「あっ! ほんとだ急がないと。思い出してくれてありがと。先に戻るね」
「うん。また放課後」
「約束だからね!」
薄暗い階段を駆け下りて、真昼の強い日差しの中庭を駆けていくシルヴィ。風に靡く金の髪を携えた後ろ姿はあまりに眩しくて、トキメキを覚えるには十分だった。
約束の放課後。校門の前で、シルヴィを待つ。今日は担任の都合でホームルームが無い上に最速で出てきたので、恐らく学校中で一番早い。
何だかんだ、俺の方が楽しみにしているのかもしれない。単にシルヴィを待たせたくないという気持ちもあるが。
そうこう考えているうちに、校舎から駆け足でやって来る金色を見つけた。
「ふぅ。おまたせ」
「走ってこなくても良かったのに」
「だって楽しみなんだもん。早く行こっ」
俺の手を引っ張って駅に向かい歩くシルヴィ。その掴んだ手は少しずつ、恋人繋ぎに変わろうとしていた。
「こらシルヴィ。どさくさに紛れて手を繋がない」
「えーっ、いいじゃんこのくらい」
「見せびらかすものじゃないからね」
「はーい」
そうして諭すと、素直に手を離してくれた。ただ何となく、これでは終わらないような気がする。
その予感が的中したのは、目当てのゲームセンターについてすぐだった。
「ケイ、見て! 超かわいい!」
シルヴィが指さすクレーンゲーム筐体の中には、抱き枕にできそうな大きさの柴犬のぬいぐるみ。デフォルメされているが、等身大と言って差し支えない。
「取れるかな?」
「どうだろう。こういうのは確率だって聞くけどね」
「ふーん。じゃあ運が良ければ取れるんだ」
一定確率でアームの力が強くなるとか何とか、友達から聞いたことがある。この大きさのぬいぐるみを持ち上げるとなれば、その確率を引き当てた上で、しっかりと狙いをつけなければならない。
「一回やってみようよ。運試しってことで」
「そうだね。じゃあ」
硬貨を投入し、レバーを操作する。ちょうど重心の位置を捉えるのは、このくらいだろうか。
「もうちょっと奥じゃない?」
そっと俺の手にシルヴィの手が重ねられた。ドキッとしたのも束の間、シルヴィは俺の手ごと微調整する。それが終わっても、手は離そうとしない。
「シルヴィ」
「なぁに?」
悪びれる素振りもなく、くっついたまま。わざとらしい笑顔だが、憎めない。
どうせ人も少ないし、好きにさせようか。
「じゃあいくよ?」
「うん」
ボタンを押すと、アームが下がって、狙い通りにぬいぐるみを掴む。が、一瞬浮き上がったと思ったら落下してしまった。
「あー」
二人して落胆の声を漏らす。更に悪いことに、落ちたぬいぐるみはバウンドして壁際まで寄ってしまった。
「これじゃあアームは届かないね」
「諦めよっか」
ついてない結果に終わったが、シルヴィはどこか満足げだ。
「今度はー、これやろうよ。何かわかんないけど」
「何かわからないのにやるんだ」
画面のすぐ足元には矢印付きのパネル。その後ろに手すりがついた筐体。
「ダンスゲームだって。二人プレイもできるみたいだよ」
「うーん、ダンスかぁ。ボクはやめとこっかな」
「ゲームだし、誰も笑わないよ」
「下手な前提で言わないでよ、もう。実際そうだと思うけど」
からかうと、シルヴィは膨れっ面を作ってみせる。
「ケイだけでもやってみたら?」
「シルヴィがやらないなら、僕もいいよ」
「ケイってリズム感無さそうだもんね」
ニヤニヤしながら、意趣返しとばかりに煽ってくるシルヴィ。
「もしかして仕返し?」
「事実だもーん。悔しかったら証明してみてよ」
「そこまで言うなら、やろうかな。シルヴィはほんとにやらない?」
「ボクは彼氏のカッコイイとこ見てるよ」
そう言われたら、頑張ろうという気になる。
音楽が始まり、画面に矢印が降ってくる。と、そこに随分久しぶりな感覚がやってきた。
歳を重ねるごとに知らないはずのものは減っていき、この感覚を味わうこともそれに比例して減っていた。
間違いなくこのゲームは初めてプレイする。なのに、動き方は知っている。やったことがあるかのように。
「すごいすごい。できてるよケイ」
「う、うん」
正直、初心者にしては調子に乗った難易度を選んだと思った。しかし、このなんとも言えないデジャヴ感のおかげでどうにか食らいついている。
「ケイ、こっそり練習してた?」
「そんな暇っ、あったと思うっ?」
「だよね。初めてなのに、ほんとにすごいよ」
ここまで褒められると何だかズルをしている気分になるが、前世の記憶もそれはそれで俺の一部だと考えよう。
「うぉ、きつっ」
曲がサビに入り、譜面がさらに激しくなる。どうにか追いつこうとするが、間に合わない。
「ケイ、こっちの手すりに掴まったら?」
「なるほどっ」
手すりに後ろ手をついて足を動かせば、いくらかマシになった。だが、譜面を認識はできるものの、やはり体が追いつかない。
「んっ?」
必死でゲームをする俺の手に、またシルヴィの手が重ねられた。それで気づく。手すりに誘導したのはこのためか。だが、いちいち反応していられる余裕はない。
それが不服だったのか何なのか、シルヴィは手すりから身を乗り出して、俺の耳元まで顔を寄せてきた。
「がんばれ、がんばれ」
色っぽさを孕んだ囁き声に、体がゾクゾクして、反射的に力が抜ける。
そこからはボロボロだった。絶望的にリズムが噛み合わず、一気にクリア失敗。
「にひひ。ざーこ」
項垂れる俺に、反対の耳へ追い討ちの囁き。反応すまいとしても、どうしても力が抜ける。
「シールーヴィー」
「ごめんごめん。ふにゃって力抜けるのが面白くって」
「もう。人を玩具にしないでよ」
手が重なっているから、俺の力の入れ具合なんかはシルヴィに筒抜けだ。少し恥ずかしい。
「まあまあ。ちゃんとかっこよかったよ、ケイ」
「なら良かった」
それから、シルヴィは俺のご機嫌を取るように協力ゲームを持ちかけてきた。他にも、音楽ゲームの最高難易度に挑戦して返り討ちに遭ったり、別種のクレーンゲームに挑戦してお揃いのキーホルダーをゲットしたりと、ゲームセンターを満喫した。
「ゲームセンターって楽しいね」
「そうだね。シルヴィと一緒だと特に」
「ん、もぉ」
直球で言葉にすると、シルヴィは照れて顔を背ける。散々弄ばれた仕返しだ。
「いい時間だし、そろそろ帰ろうか」
「ね、最後にあれ撮ろうよ」
シルヴィが指さす先にはプリントシール機。言われてみれば、このゲームセンターで一番カップルっぽい。
「そうだね。思い出に」
暖簾をくぐって中に入る。画面とライト、あとは全面グリーンバックだった。これも初めて入ったが、どことなく覚えがある。
「ケイは初めて?」
「あ、うん。だから全部シルヴィにお任せするよ」
「はーい」
話しかけてくる機械音声をぶつ切りにする勢いで何やら画面を操作するシルヴィ。結構慣れた手つきだ。俺以外の友達と遊ぶときはよく撮るのだろうか。
「はいオッケー。ポーズは機械じゃなくてボクが指定するから、言う通りにしてね。ぱっぱと頼むよ」
「わかったよ。任せるって言ったしね」
先達の言うことは素直に聞くものだ。
「まず普通に寄り添ってピース」
一枚目は肩をくっつけ合って、カメラに向かってピース。
「次はこうやって、手でハートマークね」
二枚目は俺の右手と、シルヴィの左手でハートを形作った。
「今度は、後ろからボクを抱きしめてほしいな」
三枚目は俺が後ろからシルヴィの前に腕を回して密着。シルヴィの髪の甘い匂いがして、結構ドキドキする。
「最後は、ボクと向かい合って」
「シルヴィ?」
「キス、して?」
俺の正面。頬を染めながら、潤んだ瞳で俺を軽く見上げるシルヴィ。
機械がカウントダウンするのに合わせて、俺を受け入れようと目を閉じる。
俺は、そんなシルヴィの肩に手を置いて。
パシャッ。
俺はただ、シルヴィを抱き寄せていた。キスは、していない。
「もう。意気地無し」
眉を八の字にして、シルヴィは笑っていた。わかってたけどね、と続けて、デコレーションのブースに移動する。
加工は全てシルヴィに任せたが、最後の写真には手書きで「ばーか」と書いてあった。
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