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⑤通学路で進む話

〜シルヴィア視点〜


 翌日の放課後。またも靴箱でケイを待つ。


 昨日帰り道で話し合った結果、下校だけ一緒ということになった。


 朝、ケイはこれまで通り男友達と登校するということで、ボクもミクちゃんたちと登校することにしている。


 ボクだってミクちゃんたちとは話したかったし、帰りだけでも十分効果があるだろうという判断だ。


 家が近いことの特権なのにと、惜しむ気持ちもなくはない。


「おまたせ、シルヴィ」

「んーん。帰ろっか」


 やってきたケイと一緒に校門を出て、疎らに帰宅する生徒たちに見せつけるように、二人並んで歩く。


「シルヴィ、ちょっと近くない?」

「えっ?」


 並んで歩いてはいるけど、どこも触れていない。肩と肩の間は拳一つ分くらい空いている。


「これくらい普通じゃない?」

「それは、昔の感覚ではそうだけどね。もう中学生だし」


 恥ずかしそうに、視線を車道側に逸らすケイ。ちょっと可愛い。


「照れてるの?」

「いや、まあ、うん」


 からかってみたものの、ボクだってドキドキしている。


 でも、ボクにとって、隣と言えばこの距離だ。まして、ケイの彼女としての距離なら、これくらい近くないと。


「あっ」


 つい、声が出た。


 別に大したことじゃない。お互いの手の甲が触れただけ。


 でも、ケイに素肌で触れた。そのことが、ボクの心臓の鼓動を加速させる。


「ほら、近かったでしょ」


 そんなことを言いながら、ケイは僅かに距離を取る。


 でもボクは、開いたその距離を詰めた。


「こ、これが、彼女としての距離だからっ」


 心臓のドキドキを考えれば、距離は取った方がいい。


 でも、ここは意地だ。


 それに、あわよくばもう少し触れたいって気持ちを抑えることができない。


「一緒に帰ってたら、それで十分だよ」

「疑いの余地がないくらい、彼女って、見せつけないと」


 彼女って言葉にする度、息が詰まりそうなくらいドキドキする。


「この距離はちょっと過剰だよ」

「そ、そんなことないもん」


 だって、彼女って言ったら、手を繋いだりとか、ちゅーしたりとか、それから。


「〜っ!」

「シルヴィ? 大丈夫?」

「な、なんでもないっ。それより、この距離は譲らないからね」


 誰からも疑われないくらい、彼女だって見せつけないといけないから。


「分かったよ。でもシルヴィ、なんでこんな」

「もー、昨日さんざん言ったよ。一人じゃ寂しいからって」


 昨日の帰り道、ボクの予想通り、ケイは心配性を発揮した。


 寂しいってことと、ケイの手助けってことで納得してもらえるかと思ったけど、ケイの心配性は予想以上だった。


 その原因は間違いなく、ボクに好きな人がいるって誤解しているから。いや、誤解ではないけど、ケイが自分の事だって気づかないから。


 気づかれたら、それはそれで困るんだけど。


「だってシルヴィ、好きな人がいるって」


 そういうわけで、昨日から、ずっと同じような問答が続いている。


 いい加減、しつこくて腹が立ってきた。


「もう! ケイには関係ないでしょ!」


 ボクのことはボクが決める。なんて言いそうになって、気づいた。ケイの表情が、とても気まずそうなものになっている。


「え、えと、ごめん。今のは間違いで、関係ないことないっていうか、関係大ありっていうか」

「いや、こっちこそごめん。確かに出しゃばりすぎだったね」


 まずいまずい。こんな空気にする予定じゃなかったのに。


「シルヴィだって子どもじゃないんだし、シルヴィなりの考えがあるって、普通気づくのに。ごめんね」

「え、あ、えと」


 ここで意地を張らずに謝れるケイはすごいと思うし、期せずして子ども扱いを免れたけど、何せ空気が悪い。


「き、気にしてないよ。そういう優しいところも、ケイの魅力っていうか」

「ありがとう」


 ボクが困っていることに気づいてか、ケイはそれで打ち切りにしようと、努めて明るく言った。さすが、空気が読める。


「あ、そうだ。ありがとうと言えば」


 ボクも乗っかって、明るい話題に変えることにする。


 正直、話題転換で出したくはなかったけど、あまり先延ばしにするのも嫌だ。


「ケイ、誕生日プレゼントありがとう」






〜慶太郎視点〜


「プレゼント? あげられてないはずだけど?」


 シルヴィの言葉にすっとぼける。


「欲しいって言ってた服、くれたのはケイでしょ?」

「パパさんに告げ口しただけだよ」


 パパさんもそう口裏を合わせているはずだ。昨日の夜、プレゼントを渡すときにそう根回しした。


「そのパパが白状したんだよ。ケイがくれたって」


 ちゃんと隠しておいてくれと言ったのに。


 いや、俺の計画が杜撰だったのが悪いか。誕生日から一週間も経って後追いのプレゼントというのは、怪しまれて当然だ。


 それに、あのパパさんがシルヴィに嘘をつけると思ったのも間違いだった。


「バレちゃったか」

「もお。なんで隠そうとするの? ちゃんとお礼言わせてよ」


 むぅ、と、怒ったフリをするシルヴィ。バレてしまったからには、全て話そう。


「あんまり気を使わせたくなかったんだよ。お返しとか、求めてるわけじゃないからさ」


 気を使って返されると、次もまた気を使わなければならなくなる。俺としては、気兼ねない関係を望んでいるのにだ。


「ケイの気持ちはわかったけど、でもこれ、高かったよね?」

「いや、それほどじゃないよ。ネットで買えば、いくらか安く手に入ったから」


 シルヴィに隠れて写真を撮って、帰ってから通販で検索したのだ。


 それでもそこそこのお値段ではあったが、正確なところは濁しておく。


「それに、シルヴィの可愛さを引き立てるために使ってもらえるなら本望だからね」


 自分のことがどうでもいいとは言わないが、やっぱりシルヴィにお金を使った方が、結局は俺の目の保養になってお得だ。


「そっか。ケイ、ありがとう」

「どういたしまして」

「ふふっ。ケイってば、ボクにゾッコンだね」


 これも彼女っぽい台詞ということだろうか。にしては、言った本人が一番恥ずかしそうだ。


「な、何か言ってよ」

「いや、その通りだったからね」

「っ、もうっ!」


 ぺしっとシルヴィに叩かれた。照れている仕草も可愛い。


 あながち冗談ではなく、ゾッコンかもしれない。






〜シルヴィア視点〜


 それからしばらく経った朝。


 ミクちゃんと一緒の登校。世間話もそこそこに、話題はケイとの関係に移っていった。


「へー、つまり、ケイさんの好感度は高いってこと?」

「だと思うよ」


 ケイがくれたプレゼントのこととか、ボクへの反応とか、色々とその兆候はある。


「ケイから告白してくれる日も近いかもね」


 なんて、さすがに思い上がりすぎかもしれない。


 でも、少しくらい調子に乗ってもいいと思う。


「あまーいっ!」

「うわびっくりした。やめなよミクちゃん、朝から叫んだら近所迷惑だよ」

「それはたしかに」


 ボリュームを落としてから、ミクちゃんはボクに忠言する。


「こほん。甘い甘いっ。グラニュー糖よりも甘いっ」

「いや、うん。それはわかったから。どこが甘いのか教えてよ」

「冷静に考えてよシルちゃん。確かに好感度は高いかもしれない。でも、それはあくまで友達、ないし妹としての好感度だよ」

「ふむふむ」

「シルちゃんが欲しいのは、彼女にしたいっていう意味での好感度でしょ?」

「たしかに」

「それに、ケイさんの友達としての好感度が高いのは既にわかってたことだからね」

「あ、ほんとだ」


 元々そんな報告をしていた。デートの当日にプレゼントしてはもらえなかったが、好感度の程は確認していたのだ。


「つまり、何も進展していない!」


 ビシィッとミクちゃんは断言する。


 全くその通りだ。可愛いとか何とか、ケイは友達としてもよく言うだろうし、何ら変わっていない。


「幼馴染としての好感度に胡座をかいてたら、いつか横からかっさらわれるよ」

「むむぅ」

「それに、来年は一緒に下校なんて言ってられないんだから」


 返す言葉もない。来年になったら、ケイには受験という言い訳もなくなって、より彼女のできる確率が上がる。


 なんとか今年中に、ケイがボクに惚れるよう仕向けなければならないのか。


 どこか楽観的だったけど、状況は思ったより逼迫しているのかもしれない。


「ど、どうしよう」

「そこでシルちゃんに、新たな作戦を言い渡します」


 さすがミクちゃん。ボクの恋愛の神様。こんなこともあろうかと、考えておいてくれたのだ。


「拝命いたします」

「うむ。くるしゅうない」


 恭しく一礼。ミクちゃんの言葉を待つ。


「ずばり! 胃袋を掴むべし!」

「胃袋を、掴む?」


 そんなグロテスクな話があって良いものだろうか。


「その通り。ケイさんの好みの味を覚えて、ケイさんの舌から虜にするんだよ」

「なるほど」


 胃袋を掴むというのは例えか。


 ケイのママさんによれば、ケイは料理が上手くない。


 今のうちにボクがケイの好みを覚えて、それを振る舞えるようになれば。ケイはボクに一目置くだろうし、あわよくば、ボク無しでは生きていけない体にできるかも。


「ケイさんママに料理を教えて貰って、あわよくばケイさんに試食してもらえば、完璧でしょ」

「さすがミクちゃん! 天才!」

「ふふん。まあね」


 問題は口実だけど、ケイのママさんなら、二つ返事でオッケーしてくれるだろう。


 そうと決まれば、早速今日の放課後から、行動開始だ。






〜慶太郎視点〜


 学校からの帰り道。突然シルヴィが、母さんに料理を習いたいと言い出した。


 昔はままあったことで、突然とは言い難いかもしれないが、お立ち台が必要だった頃というのを考えれば、久しぶりと言うにも時間が経ちすぎている。


「なんでまた?」

「んー、ないしょ」


 理由を聞いても、そんな風にはぐらかされる。


 もしかしたら、料理下手だと馬鹿にされたのか。なんて、いくら何でも杞憂が過ぎるだろう。


 何にせよ、スキルを向上させようとしているのだ。理由なんて関係なく、良い事には違いない。


「母さんはそりゃオッケーするだろうけど、夕飯はどうする? うちで食べるなら、材料が」

「晩御飯はパパと食べるよ。じゃないと、パパが可哀想だもん」

「それはそうかもね」


 頷いて笑う。


 個食のパパさんを想像すると確かに可哀想だ。特に、いつもシルヴィがいる光景を思い浮かべると、その落差は圧倒的。反抗期が来たと、俺にまで泣きつかれるかもしれない。


「それに、パパにも習いたいから」


 そういえば、パパさんも料理は上手いのだったか。


「勉強熱心だね。でも、それじゃあ味見はどうする?」

「それはケイにお願いしよっかな」

「え?」


 そりゃ、俺にだって味の善し悪しはなんとなくだがわかる。


 それでも、シルヴィが満足いく料理を作るには、シルヴィの味見が必須だろう。


「自分で食べなくていいの?」

「いいのいいの。ケイの感想を聞かせて」

「いいけど、僕ので役に立つ?」

「うんっ」


 シルヴィは強く頷く。変な信頼を寄せられるのは勘弁なのだが、シルヴィが良いと言うなら、それで良しとしよう。


「わかった。じゃあ次の日の放課後にでも」

「待った。それじゃ遅いよ。そのときの感想を聞かせてくれないと」

「えっと、じゃあどうする?」

「連絡手段なんて、このご時世いくらでもあるでしょ」


 違いない。なぜ対面に拘っていたのか。


「じゃあ夜に電話することにしようか」

「えっ!?」


 せめて口頭で伝えようと思ったのだが、シルヴィには驚かれてしまった。


「あれ? ダメだった?」

「ううん! ダメじゃないダメじゃない! ぜひ電話で」


 言いながら気づいた。改善点なんかは、口頭よりも文字で貰った方が覚えやすいに決まっている。


 そう訂正しようかと思ったが、何だかシルヴィが嬉しそうだったので、ついぞ言い出すことはできなかった。

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