④マーキングミッション
〜シルヴィア視点〜
誕生日デートの日が過ぎ、得た情報を元に、ボクはまたミクちゃんたちと会合を開いた。
議題はもちろん、ケイのこと。
「と、いうわけで、今のところケイが誰かと付き合うことはなさそうだよ」
ひとまず情報を共有すると、話を聞いた皆は胸を撫で下ろした。
ミクちゃんを除いて。
「議長」
「どうしましたか、ミクちゃん議員」
指名すると、ミクちゃんは立ち上がり、声を大にして叫んだ。
「あまーいっ!」
いつぞやにテレビで見た芸人さんみたいなセリフだが、ニュアンスがまるで違う。
「せっかくデートしたのに、それじゃあ振り出しに戻っただけじゃん」
「はっ!」
言われてみればその通りだ。せっかく距離を詰めるチャンスだったのに。
いやでも、距離を詰めればいいというものじゃない。きちんと恋愛対象として見てもらわなければ。
「シルちゃん議長! 状況は逼迫しております!」
「ど、どういうこと?」
「ケイさんはモテるということが発覚した今、悠長にしている暇はありませぬ! 幼馴染という立場に胡座をかかず、早急に手を打たねば、取り返しのつかないことになりますぞ!」
喋り方は議員というより戦国時代の忠臣といった感じだが、ミクちゃん議員の言うことは正しい。
恐らく奥手であるところの女の子から告白を受けたのだ。その気がある女子はもっといるだろう。
「シルちゃんの望むところはよくわかるし、ケイさんをその気にさせるのは超重要だけど、それより先にすることがあるよ」
確かに、今後似たようなことが起きてその度にやきもきするのは、精神衛生上よろしくない。
ボクの知らないところで事が進んで、手を打つ間もなくケイから事後報告なんてことになったら最悪だ。
「なるほどね。少なくともマーキングは必要、と」
「その通り」
一理あるどころか、可及的速やかに対処しなければならない案件だ。
「じゃあ、その方法について考えよう」
「議長。言い出しっぺとして、案があります」
「おお、さすがミクちゃん議員。聞かせて?」
「一緒に登下校をするのです」
かつて幼稚園から小学校低学年までは、ケイと一緒に登下校していた。それでマーキングという感じはしなかったけど。
「効果あるのかな?」
「もちろん! 一緒に帰るカップルは付き合ってるって噂が流れるものだからね」
「そんなに上手くいくかなぁ?」
「大丈夫。少なくとも牽制にはなるよ」
自信満々にミクちゃんは言うけど、昔の経験から、あんまり実感が湧かない。
一緒に登下校してても、ケイに話しかける人はいっぱいいたし。
「ボクたち幼馴染だし、普通だなって思われない?」
「最近は疎遠にしてたんでしょ? 大丈夫だって。私たちみたいに幼稚園から一緒の子はともかく、中学から一緒になった子が大半でしょ?」
ボクたちが通っていた小学校は人口が少ない。それが人口の多い小学校と一緒の中学に上がることになった。
だから、同じクラスでも幼稚園ないし小学校から同じという人はそう多くない。
それを考えれば、ボクたちが幼馴染だと知る人はその程度の数ということだ。
「そういう子から見たら、最近付き合いだしたカップルに見えて、噂が広がるってわけ」
「なるほど」
それなら、効果は十分期待できそうだ。さすがミクちゃん。頼りになる。
「あー、でも」
「シルちゃん? 何か問題ある?」
「どうやって誘おうかなって」
何の脈絡もなく一緒に帰りたいなんて言うのは不自然だ。
この間の誕生日デートでは、ボクの不自然な行動に心配までされてしまったのだから。
「私たちが部活に行って、一人だからって言えばいいんじゃないの?」
「この一年ずっと一人だったんだよ? 今更言ったって怪しまれるだろうし」
「一年間ずっと寂しかったから、ケイさんに目をつけたってことにしたらいいじゃん。納得はしてくれるよ」
「そうかなぁ?」
ケイは疑り深いというか、心配性すぎるきらいがある。
「友達と喧嘩したのか、とか。問い詰められたらどうしよう?」
「そんなことある?」
「なくはないね。ケイは過保護だから」
優しいなって思う反面、子ども扱いされてるんだなって思う。
「そのときはもう正直に言っちゃえば? ケイさんが取られないように牽制してるって」
「い、言えないよそんなの!」
慌てるボクに、ミクちゃんは意地悪く笑う。
「ま、そこはシルちゃんの機転だね。私たちはそろそろ帰るよ」
「あっ、もうこんな時間か。付き合ってくれてありがとね」
部活を休んでまで付き合ってくれる皆には、本当に感謝してもし足りない。
「それじゃ、またね」
「うん。またね。車には気をつけて」
ケイの家の前に停まっていたトラックが発車しそうだったので、軽く注意を促しつつ、手を振って皆と別れた。
その晩。
お風呂上がりにリビングへ戻ると、パパがとある包みを持って待っていた。
「シルヴィ、誕生日おめでとう」
「え?」
パパがその包みをボクに差し出してきた。
反射的に受け取ったそれは、重さと大きさ的に服だと思う。
「ど、どうしたのパパ。大丈夫?」
「どういう心配か知らないが、心配はいらない」
「いやだって、もうボクの誕生日から一週間くらい経つよ? それに、パパからプレゼントはもう貰ったし」
言外に、頭の心配をしていると告げると、パパは頭をかいて苦笑した。
「秘密にしてくれと言われているんだがね」
「誰に?」
「パパとシルヴィに共通の知り合いだよ」
それはほとんど答えているに相違ない。とすれば、これはケイからの誕生日プレゼントだろうか。
「彼からは、パパからのプレゼントということにしてくれと言われている」
「なんでそんな回りくどいことを?」
「さてね」
パパは肩を竦める。
よくよく包みを見たら、どうやらケイがわざわざ手ずから包装してくれたのだとわかる。
せっかくの包装を破らないよう、注意して開封すると、そこには予想通り、一着のブラウスがあった。
「これって」
誕生日デートのとき、ケイを試すために強請ってみた服だ。
確かに欲しいと思ったし、ケイも気に入りそうなデザインだった。とはいえ、結構な値段がしたはずだ。
「これ、ケイから?」
「そう聞かれたら、慶太郎君がパパにシルヴィの欲しがっているものを伝えたということにしてくれ、と言われているよ」
やれやれと、呆れたように笑ってパパは言う。
その言い方はつまり、ケイが買ったものだということだ。こんな高価なものを、ボクのために。
「なんでそんな」
「それは今度、慶太郎君にお礼を言う時に聞くといい」
パパはお礼のところを強調して言って、お風呂に入りに行った。
ケイからのプレゼントを持った手が、わなわなと震える。もちろん、喜びでだ。
欲しい服だから、なんて理由はごく僅かなもの。
ケイが、ボクとのデートをちゃんと覚えていてくれて、こんな高いものでも構わずにプレゼントしてくれた。それが、そこに込められた愛情が物凄く嬉しいのだ。
今すぐにでもお礼を言いに飛び出して行きたいけど、夜も遅いし、さすがに迷惑だ。
今日纏まった話と合わせて、明日の放課後、きっとお礼を言おう。
そんな感じで、ケイがプレゼントをくれたことについて、ミクちゃんたちに報告したり自慢したりしつつ、ルンルン気分で放課後を迎えた。
ホームルームを終えたら一番に教室を飛び出し、靴箱でケイを待つ。
程なくして、ケイがやって来た。岡本とかも一緒かなと思ったけど、一人みたいだ。
「ケイ」
「あれ、シルヴィ。学校で会うなんて珍しいね」
「そ、そうだね。偶然」
ケイを待ち伏せしてたんだよ、とは言えずに、たまたま遭遇したというのを装う。
「ケイ、一人? せ、せっかくだし、一緒に帰らない?」
なんとか言った。声は若干震えたけど、不自然ではなかったと思う。
「あー、今日はちょっと」
「えっ?」
困ったように笑って、ケイはやんわりと断った。
まさか断られると思わなくて、しばし呆然とする。
そして、焦りが生まれた。もしかして、他に約束があるのかもしれない。それも、彼女との。
理由を問いたださなければ。
「先約?」
「まあ、ちょっとした用事」
ケイが言葉を濁す。
ボクに知られたくないことだろうか。彼女との密会というのも、可能性として排除はできない。
「どういう用事?」
「それは言えないよ。相手のプライバシーとかあるし、ね」
相手のプライバシー。つまり、事務的な用事ではないということだ。それも、かなり個人的な用件と考えられる。
いつの間にか握りしめていた手のひらに、汗が滲む。
「相手って女の子?」
「だから、プライバシーがあるんだって」
ボクを窘めるように、ケイは怒ったような顔を作る。
「すぐ終わるなら、待ってるよ。話したいことがあるから」
とはいえ、ボクも引き下がれない。真相を確かめるため、怪しまれない程度に食い下がる必要がある。
「どうかな。そんなにかからないとは思うけど」
話したいこと、という言葉に配慮してくれたみたいで、ケイは譲歩してくれた。
「じゃあ校門で待ってるから。用事が終わったら来てね」
このまま聞き出すのは難しいだろうということで、直後の様子から判断することにする。
ボクと帰る気はあるみたいだから、彼女と一緒に帰るというわけではなさそうだし、焦る必要はないだろう。
校門で待つこと、およそ十分。
疎らに生徒が出ていく校門に、やけに沈痛な面持ちの女の子が早足で下校していった。
リボンの色的に三年生だが、もしかしたら、泣いていたのではないだろうか。
「シルヴィ、おまたせ」
受験やら何やらで大変だろうから。そう結論づけそうになったところで、ケイがやってきた。
なんとなく、疲れているようだ。あまり顔色が良くない。
そこで、さっきの女の子のこととの繋がりが見えてきてしまった。
邪推以外の何物でもないが、一応確かめておきたい。
「ケイ、用事ってもしかして、告白されたとか?」
「え」
ケイはボクの言葉を聞いて、驚いたように目を見開くと、訝しむような目を向けてきた。
「もしかして、覗いてた?」
「違うよ。さっき泣いてたっぽい女の子が通ったから」
正直に言うと、ケイは気まずそうな顔をした。
「そっか。疑ってごめん」
「いいよ。こっちこそ、不躾だったね」
ともかく、予想は当たったらしい。結果など聞くまでもないわけだが。
しかし、こう立て続けに告白されるとは。ケイは思っていた以上にモテるみたい。
いや、モテるのはわかる。それよりも、皆が告白する勇気を持っていることの方が驚きだ。少し羨ましい。
もっとも、告白を受ける側も疲れていそうだ。
「ケイ、大丈夫?」
「ああ、うん。ちょっとね。泣かれると思ってなかったから」
罪悪感があるのだろう。暗い顔だ。
この重い空気で、昨日のプレゼントのお礼なんて言えるわけがない。
「ケイは悪くないよ。泣いちゃうのだって仕方ないけど、覚悟してたはずだから」
「うん」
慰めながら、思う。
きっとボクも、ケイにフラれたら泣いちゃうだろう。でも、告白するときには、それを覚悟しなくちゃいけない。
「ケイは気にしなくていいんだよ」
「ありがとう。でも、これがきちんと向き合うってことだと思うから」
ケイはあまりにも誠実だ。自分が泣かせたことを、責任として受け入れようとしている。
「告白、されたくない?」
ぽつりと、ボクの口からそんな疑問が零れた。
「正直、ね」
後々自分の首を絞めそうな言葉。口にしたことを後悔したが、ケイの耳には届いてしまったらしい。
そして、苦笑したケイの答えは肯定だった。
随分と、ボクの告白するハードルが上がってしまった。
逆に、ケイに惚れさせれば解決はするけど、告白される側の痛みを知ったケイが、果たしてその気になるかどうか。
状況としては、決して楽観視できない。
しかし、作戦を切り出すにはちょうどいいだろう。
「ケイ、ボクと一緒に登下校しない?」
「え?」
どうして急にそんな話に。そんな台詞が顔に書いてある。
「ボクと一緒にいたら、付き合ってるって思われるから、告白されないと思うよ」
「そうかもしれないけど、それじゃあシルヴィに迷惑じゃない?」
「ボクは大丈夫だよ」
むしろ嬉しい。とは言わないが。
それに、ケイがそういう目的でボクと一緒に登下校することを選んでくれるなら、作戦は大成功だ。
「だってシルヴィ、好きな人がいるんじゃ」
「えっ?」
そんなこと言った覚えはない。いや、デートのときに、半分とは言ったかな。
「い、いなくはないけど。いいの!」
いないと言えば、ケイも素直に頷いたんだろうけど、どうも嘘がつけなかった。
「いいって、良くないよ」
「ボクがいいって言ってるんだからいいの!」
そういえば、ケイも半分とか言ってたけど、ボクの提案を受け入れようとしているから、結局いないってことなのかな。
「でも」
「えーっと、そう! パパのことだから。全然大丈夫」
まさか「お前じゃい」とも言えず、テキトーに誤魔化してしまった。
しかし、せっかくうまくいきそうなのだ。このまま押し切ろう。
「いや、それは」
「ねえケイ、ボクと一緒じゃ嫌?」
「嫌じゃないけど」
「じゃあいいじゃん。明日から、迎えに行くね」
強引でも、話を押し進めた。
ずっと一人じゃ寂しかったんだよね、なんて言い訳じみた話をしながら、その日は家に帰った。
多少訝られたものの、作戦は成功だ。