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①緊急事態と作戦変更

〜シルヴィア視点〜


 このままではいけない。


 中学生になって一年を過ごし、そう感じた。


 この数年間、ボクはずっとずっと我慢に我慢を重ね、喧々諤々の脳内議論を理性で制し、ケイとの接触を極力避けてきた。


 どんなトラブルがあってもケイを頼らず、どれだけ心が疲れてもケイに甘えず、ケイを見かけても決してボクからは話しかけず、自分を抑えに抑えた。


 それもこれも全部、ケイに一人前と認めてほしかったからだ。いつまでも子ども扱いは嫌だから。


 ケイがいなくても大丈夫。その上で、対等な関係としての友達でいたかった。


 先達としてではなく、友として、ケイを必要としている。正しくそう思ってほしくて、心を殺して距離を置いた。


 しかしどうだ。現状、何も進展していない。


 むしろ、幼少期の甘えたがりなイメージが染み付いているせいで、今もそう思われている可能性が高い。


 作戦開始当初は、目を合わせることすら照れくさくて、それを誤魔化すためでもあった。


 そこは作戦の成果か、もうクリアしている。


 いや、ドキドキはするけれども、目を逸らさずに済むくらいには慣れた。


 何のメリットも無くなったこの作戦は、もう撤廃するしかない。


 そう確信したのは、ボクが二年に上がってすぐのことだった。






 春の麗らかな日差しが差す放課後。


 いつものように帰り支度をして、二階の廊下から何気なく窓の外を覗いたとき、ケイの姿が見えた。


 窓の下は人気のない校舎裏。よっぽどのことがない限り、誰も訪れないような場所だ。


 そこに一人、誰かと待ち合わせている様子で辺りをキョロキョロしながら立っている。


 何か猛烈に嫌な予感がして、ボクは早足に階段を降り、靴を履いて、現場に直行した。


 校舎の陰から、様子を観察する。


 ボクが到着する前に、ケイの待ち合わせ相手は到着していた。


 ボクは岡本のことが苦手だが、この時ばかりは岡本の方が良かったと思った。


 お相手は、女の子だった。リボンの色を見るに、ボクと同じ二年生。


 中学は小学校と違って人数が多い。恐らく彼女は、ボクとの面識がない子だ。


 とはいえ、何かの拍子でケイと仲良くなっている可能性もある。


 そして、こんな所で待ち合わせた以上、只事ではないだろう。


 何より、彼女はボクより胸が大きい。シャツの膨らみがまるで違う。


 ボクの中で強い警鐘が鳴った。


「ケイ、こんなところで何してるの?」


 気づけばボクは出ていって、ケイに話しかけていた。


「えっ」


 相手の女の子が、驚愕に目を見開いている。


 出てきてから、少し後悔した。彼女が振り絞った勇気を、ボクが踏みにじってしまったことになる。


「シルヴィの方こそ、なんでここに?」


 ケイも恐らく、同じことを考えたのだろう。


 声音には現れていないものの、非難するような目でボクを見ている。


「ケイがここにいるのが、あそこから見えたんだよ」


 甘んじてそれを受けつつ、正直に告げる。


「シルヴィ、これは秘密の話し合いなんだ。わかるよね?」


 やっぱりケイは、子どもを叱る親のような目でボクのことを見ている。


 少しイラッとした。


 いちいち言われなくても、そんなこと分かりきってるのに。そんなにボクが頼りないか。


「うん。ちょっと驚かしたかっただけ。それじゃあね」


 苛立ちそのままに、ぶっきらぼうに言って、ボクはその場を立ち去った。


 十秒ほど歩き続けて、頭が冷えてくると、今のがかなりの悪手であることに気づいた。


 結局、彼女の告白を止められなかった。それどころか、ケイからのボクの印象をマイナスにしてしまった。


 もしかしたらボクに傾いていたケイの気持ちを、今ので揺らがせてしまったとしたら。


 もしもケイが、あの子と付き合うことになってしまったら。


 熱いと言うにはまだ足りない日差しの下、冷や汗が流れる。


 しかし、今更戻ったところで更に心象を悪くするだけだ。ケイに告白の結果を聞くなんて以ての外。ただの野次馬として見られるのが関の山だ。


 ボクが首を突っ込んだことで、ケイがボクの気持ちにも気づいてくれれば良いけど、今の今まで距離を取っておいてそれは、あまりに図々しい考えだ。


 とにかく、ケイとの距離を詰めよう。


 もしケイを取られたとしても、取り返せばいいだけだ。ケイは優しいから、略奪は難しいかもしれないが、何もしないよりよっぽど良い。


 しかし、かといって、甘えん坊の妹的存在として近づくのではだめだ。きちんと女の子として、ケイに近づく必要がある。


 これは、会議を開く必要がありそうだ。






 翌日の放課後。ボクの家には、ミクちゃんを筆頭とするイツメンと呼ばれる女子たちが集合していた。


「えー、ただいまより、緊急会議を始めたいと思います」


 ボクが緊急事態だと言うと、すぐに集まってくれる気のいい仲間たちから、疎らな拍手。


 何故か家にあったホワイトボードに、今回の議題をデカデカと記す。


「えー、テーマは略奪愛です」


 議員がザワつく。


「議長!」

「どうしましたか西川議員」

「そもそもの経緯を説明願います」

「わかりました」


 一先ず昨日の出来事を話し、ケイがあの子の手に落ちた可能性を示唆する。


「まずはその真偽から確かめる必要があるよね」


 議員ロールプレイをやめて、ミクちゃんが真っ当な意見を出す。


「でも、ケイに直接聞く訳にもいかないし」

「その女の子の方は? もしかしたら友達かもしれないし」


 そうだった。ミクちゃんの交友関係は幅広い。今年はクラスも違うし、ミクネットワークに引っかかるかもしれない。


「特徴とかある?」

「えーっと、ボブカットで、鼻が高めで、目が大きくて」

「ふむふむ」

「あと胸が大きい」

「わかった。あの子だね。同じクラスだよ」


 胸の情報で決定するのは少し不憫だが、敵に同情する余裕はない。


「ミクちゃんから見て、どう?」

「ケイさんに懸想してるって噂は無かったけど、あんまり恋バナとか積極的じゃなかったからなぁ」

「今日の様子は?」

「いつもと変わらなかったと思うよ。元々、恋愛云々を表に出さない子だし、私もそこまで仲良しじゃないから、わからないけど」


 有益な情報はなし。いずれにせよ不確定なままだ。


「ミクちゃん、その子からそれとなく聞き出せる?」

「やってみるよ」


 心強いお言葉だ。そこについては、ボクが下手に動くよりもミクちゃんに任せた方がいいだろう。


「ありがとう」

「ふふん。長年シルちゃんを応援してるからね」


 ボクと同じくらいの平たい胸を自信ありげに叩くミクちゃん。感謝してもし足りない。


「それで、どっちに転んでもケイに近づく方策は必要だと思うんだけど、どう思う?」

「そうだね。最初っから私は距離を取るなんて反対だったんだけど」

「それについては、言い訳のしようもなく」


 素直に頭を下げる。


 ミクちゃんの言う通り、ボクがずっとケイの隣に居たら、否が応でも皆が勘違いして、こんなことにはならなかったろう。


 多少目を合わせられないくらいでケイはボクのことを嫌いになんてならないだろうし、ボクだって我慢せずに済んだ。


 しかし、それが無ければ、今のこの緊急会議はボクの脳内で行われていただろう。


「でも、そのお陰でミクちゃんたちとはもっと仲良くなれたから。トントンかな」

「シルちゃんっ。お前って奴はよぉ」

「何キャラなの、それ」


 笑いながらミクちゃんと肩を組む。


「これからはケイと過ごす時間が増えると思うけど」

「気にしなくていいって。私たちも部活あるし」

「そっか」


 話が逸れてしまった。今日は皆に作戦を考えて欲しくて招集したのだ。


「それで、ケイの気を引く方法、何かないかな?」


 本題を切り出すと、皆一様に黙りこくった。


 ボクだって、ただケイと関わりを持つだけなら何とでもできる。


 いや、実際は土壇場になって勇気が出なくなるかもしれないが、案としては出せる。


 問題は、ケイに甘える形にならないようにという部分である。


「とにかく、シルちゃんの可愛さを全面に押し出す必要があるよね。かと言って、子どもっぽいのはだめだし」


 頭を悩ませる。


 ケイは可愛いものが好きだ。ケイの気を引こうというのであれば、子どもっぽい方がむしろ良いだろう。


 ただし、それではボクの気が済まない。いつまでも子ども扱いでは、昨日みたいに苛つくことがあるかもしれない。


「とりあえず、ベタベタくっつくのはやめよう。あれは子どもっぽすぎるから」

「それは、うん。というか、ドキドキしてできないよ」


 去年、幼稚園の頃を再現するために、ケイの誕生日に手を繋いで写真を撮ったが、あれだけで顔から火が出そうだった。


 幼稚園の無邪気だった頃が懐かしい。


「んー、ケイさんって受験生だもんね」

「ケイは賢いから、心配はいらないと思うけど」

「はいはい。そういうことじゃなくて、接する機会がないよねってこと」

「たしかに」


 今更部活なんてできないし、いくらケイだって、帰宅すれば勉強せざるを得ないだろう。今までもそうだったような気がするが。


「じゃあ行事とか?」

「良いと思うけど、ケイさんってそういうの、人に任せそうじゃない?」

「頼まれたら断らないと思うけど、そうだね。積極的には行かないかも」


 ボクが一緒にやりたいと言ったら、それこそ子どもっぽいだろう。


 他の人にケイを説得してもらわなければならないが、あまり良いツテはない。メインの策としては不十分だろう。


「あー、もう無理っ。何も出ないっ」


 ミクちゃんが匙を投げてしまった。ボクも思いつかないし、これ以上進展しそうにない。


「もういいじゃん。とりあえずデートしてきたら?」

「で、デート!?」


 それは果たして、とりあえずで出していい単語なのだろうか。というか、まだ付き合ってもいないのに。


「別に驚くようなことじゃないじゃん。去年はケイさんの方から誘われたんでしょ?」

「あー、うん? あれってデート?」

「そりゃそうだよ。二人で出かけたんでしょ?」

「パパはいたよ」


 言うと、ミクちゃんは頭を抱えた。そしてすぐ立ち直る。


「まあ、小学生だったしね。今度こそはデート」


 真面目な顔で言う。誘う度胸がないなんて言ったらビンタされそうだ。


「そんな不安そうな顔しなくても」

「顔に出てた?」

「うん」


 バレていた。そんなボクに、ミクちゃんはやれやれと肩をすくめる。


「もうすぐシルちゃんの誕生日でしょ? そのときに誘えばいいんだよ」

「で、でも」

「去年のお返しって言ったらいいの。変じゃないでしょ?」


 たしかに、最初に言ったのは向こうだから、変じゃない。果たして意識して誘ったのか、定かではないけど。


 あれ。よく考えれば、最初にお出かけって単語を出したの、ボクの方じゃなかったっけ。


「ちょ、ちょっと」

「はい決定。議会の決定は覆りませーん」


 嵌められた。おのれミクちゃん。


 背中を押してくれているのだから、恨みなどしないが。


「じゃ、じゃあ、どこ行ったらいいと思う?」

「んー、シルちゃん、ケイさんに服見てもらったら?」

「服?」

「そう。ケイさんって可愛いもの好きなんでしょ? シルちゃんの可愛さで悩殺しちゃえ」


 面白がっているようで、本気の目をしている。確かに、ケイとのショッピングデートは、物凄く楽しみだ。


「でもでも、ケイに気を遣わせない?」

「と言うと?」

「ショッピングだと、なんていうか、プレゼントを催促してるみたいで」


 そんなつもりは全くないって、分かってくれると思う。それくらいには信用されていると思うけど、不安だ。


「大丈夫だって。シルちゃんが断ればいいでしょ?」

「それは、そうかもだけど」


 ケイって変なところで頑固だったりするから。可愛いからって押し付けるみたいにプレゼントしてくれる可能性もある。


「それに、そこを利用する手もあるよ」


 苦悩するボクとは対照的に、ミクちゃんは悪い笑みを浮かべた。


 その後、ミクちゃんの作戦を全て聞いた上で、ボクはケイをデートに誘うことにした。

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