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⑦停滞の進展

大遅刻です。申し訳ない。

 俺が中学生に上がって、もうすぐ一年が経つ。


 小学生の頃から生活リズムはほとんど変わっていない上に、人間関係も大差ない。


 もう少ししたら、シルヴィも中学に上がってくることになる。


 私立受験がどうという話も聞かないので、きっと学校で会うような機会もできるだろう。


 少なくとも、今年よりは関わりが増えるはずだ。


 この一年、本当に平凡以上のことが起こらなかった。


 俺が言う平凡以上の何かというと、基本的にシルヴィ絡みだ。


 シルヴィに無視されたとか、逆にまた甘え始めたとか、そういったことが一切なく、ただただ学年が違う友達をしている。


 どちらかと言えば疎になった、というくらいの言葉で、今年の僕らの関係は完結してしまう。


 シルヴィに関すること以外にしても、取り立てて述べるべきという変化は少ない。


 強いて挙げるとするならば、一人称が僕から俺へと変わったことだ。


 今でも目上の人の前では僕を使うが、岡本や、その辺りの男友達の前では俺を使うのが普通になってきた。毒されたと言うと人聞きは悪いが、似たようなものだ。


 もう一つ、あえて挙げるとするなら、パパさんから貰った教材に新しい仲間が入った。


 科目は英語。参考書は勿論、ネイティブ発音のCDと、おあつらえ向きに辞書まで用意してくれた。


 所々折れ曲がっていたりするところに年代を感じるが、中古でも文句は言うまい。語学の勉強に辞書は必須だ。多分。


 特に、CDについては毎日聞くように厳命された。


 自分で言うのも何だが、真面目なので、言われるまでもない。特別なことでもない限りは欠かすことがないだろう。


 そのお陰で、めでたく帰宅部なわけだが。


 と、こんな風に、語ることが自分のことしかない時点で、灰色と言われても仕方の無い中学時代を過ごしていることは明白だ。






 そんな調子で冬を越し、いよいよもって空白の一年を過ごしたと悲観していたのだが。


 日曜日、久々に家に遊びに来たシルヴィの一言から、挽回のチャンスが到来した。


「今年、ケイの誕生日ってどうする?」


 そうだ。まだ俺には誕生日があった。


 毎年、俺とシルヴィは誕生日を祝い合っている。


 今年度、シルヴィの誕生日は西園家ミクちゃんたちが呼ばれてパーティをしていたから、やはり俺の出る幕は無かったのだが、逆は違う。


 岡本や他の男子たちはパーティなんて柄ではないし、少ないお小遣いを叩いてまでプレゼントを贈り合う文化もない。


「家で何かするって言ったら、シルヴィは来てくれる?」

「うん。勿論」


 真剣な顔で神経衰弱を遊びながらも、即答してくれるシルヴィ。


 それを嬉しく思ってしまう辺り、いつの間にか、俺の方がシルヴィに甘えたがっているようだ。


 いや、いつの間にかと言うより、最初からそうだったのかもしれない。


 初めはシルヴィの甘えが激しかっただけで、俺こそがずっと、シルヴィとの親密な関係を望んでいるのだ。


 今更気づくには遅すぎて、素直にもっと仲良くしてくれとは言えないわけだが。


「ケイ? それでどうするの? パーティ的なことする?」


 っと、今更すぎる自己分析をしている場合ではない。今のうちに、シルヴィに約束を取り付けておかなければ。


 俺の誕生日は三月七日。一週間後だ。


 問題はそこで何をするか。


 パーティと言っても、親とシルヴィだけでは、あまりに寂しい。いや、シルヴィがいるだけで十分華やかなのだが、パーティと呼ぶには少なすぎるだろう。


「シルヴィは何かしたいことある?」

「ふふっ。ケイの誕生日だよ? ケイが決めないと」

「確かに」


 あまりにすっとぼけた発言に、自分で苦笑する。


 今気づいたが、シルヴィの笑い方が随分お淑やかになった気がする。


 大笑いするような話ではないから。と言えばそうだが、昔は手を口元に当てる仕草なんてしなかった。


「ケイはしたいことないの?」

「うーん」


 シルヴィと何かするとなれば、何でも久々という形容が付くので、誕生日に相応しい貴重さを孕んでいる。


「せっかくの日曜日だし、どこかお出かけするとかどう?」

「なるほど」


 シルヴィとお出かけ。それ自体久々で、場所によっては初めてともなる。名案かもしれない。


「あっ!」

「ん?」

「べ、別に、ボクと二人っきりに限ることないからね?」


 わたわたと、慌てて補足するシルヴィ。


「シルヴィ、僕と二人は嫌?」

「えっ!? 全然! 全然嫌じゃないよっ。むしろ嬉しいっていうか」


 良かった。俺の被害妄想だったようだ。


 素直に言い過ぎて、恥ずかしそうにモジモジするシルヴィに微笑む。


「じゃあ、動物園に行こう」

「動物園?」

「うん。幼稚園以来かな」


 もう随分と記憶が薄れてしまっているが、幼稚園の遠足で、確かに行った覚えがある。


 卒園アルバムにも写真が載っているだろう。


 一つ下とも合同で、シルヴィと一緒に色々と回ったはずだ。


「シルヴィ、覚えてる?」

「うん。レッサーパンダが可愛かったよね」

「ハッキリ覚えてるの?」

「うーん、所々? 全部が全部じゃないよ」


 ほっとする。


 忘れていた。シルヴィの異常な記憶力。


 一年前の俺の宿題を覚えているくらいだ。遠足の風景なんて尚更だろう。


 この数年で動物園がどう変わっているか知らないが、退屈な思いをさせるのは申し訳ない。


「えっと、それじゃあ来週。動物園ね」

「そうしよう。楽しみにしてるよ」

「ふ、二人で?」

「うん。だめかな?」

「だ、だめじゃないよ、うん。ボクも楽しみ」


 そう言った笑顔は、朗らかと言うより、恥じらいのあるものに見えた。






 俺の誕生日当日。


 中学生にもなって、楽しみで早起きしてしまった。


 中学に上がってようやく与えられた自室のベッドで、時計を見ると、朝の六時半。外はまだほんのり暗い。


 二度寝しようにも、目が冴えてしまっている。さっさと起きて準備をしつつ、このワクワク感を楽しむことにしよう。


 と、思ったものの。準備を整えれば朝の八時。シルヴィとの待ち合わせは午前九時半。さすがに一時間半は長い。


 ずっとソワソワしているのを親に見られるのも恥ずかしいので、疲れない程度に散歩でもしようと外に出た。


 玄関先で太陽の光を浴びて、ぐーっと伸びをする。


 どの辺まで向かおうか考えていると、何やら向かいの西園家がドタドタと騒がしい。


 今日はパパさんも同伴するし、まだ焦るような時間ではないはずだ。朝っぱらから親子喧嘩なんて、西園家に限ってあるはずもなし。


「ケイっ」


 しばしそのドタバタを聞いていたら、向かいの玄関が開いて、シルヴィが飛び出してきた。


「シルヴィ? どうしたの?」

「どうしたって、行くんじゃないの?」

「まだだよ?」

「まだ?」

「うん」


 息せき切って出てきたシルヴィは、安堵からか盛大なため息をついた。


「よかったぁ。時間間違えたかと思ったよ」

「こんな早くに行っても開いてないよ」

「わかってるよ。時計が壊れてるかもって思ったの。もお、紛らわしいことしないでよ」


 ムスッとして俺を睨むシルヴィ。睨むと言っても、ただのジト目で可愛いだけだ。


「待ち合わせに待ちきれなかったんだよ」


 言い訳ではないが、機嫌を直して欲しくて素直に告げた。


「そうなんだ。まあ、それなら許してあげなくもないかな」


 つれない態度のようでいて、にやけている。


 それからシルヴィはまた身支度に戻っていった。






 パパさんの車に揺られて三十分程度。


 目的地に着いた俺とシルヴィは、パパさんから若干の距離を置いて、動物園を満喫していた。


「シルヴィ、あれあれ」

「わぁっ、可愛い」


 目をつぶって止まり木にいるふわふわのフクロウを指さして、わいきゃい騒ぐ。


 昔行ったときもそう思ったが、動物園は天国だ。何せ可愛いモフモフの動物が沢山いる。


「ケイって、ほんとに可愛いのが好きだね」

「まあね」


 昔、シルヴィにあげたお気に入りの絵本も、可愛い動物が沢山描かれていた。


 シルヴィの目から見ても、俺は可愛いもの好きとして映るらしい。露骨にテンションが上がっているから、当然と言えば当然だ。


「ボクのことも好き?」

「うん。勿論」


 何の捻りもなく、真っ直ぐに答えた。


 自分から聞いておいて、シルヴィは照れて思いっきり顔を逸らした。


「シルヴィは可愛いからね」

「も、もうっ」


 悪戯心で追い打ちをかけると、限界を超えて恥ずかしがったシルヴィは俺を小突いた。


 なんだか、バカップルっぽい。


 シルヴィにその気があるのかは、果たしてわからないが。


 そもそも、小中学生の好きを恋愛のものと一括りにしていいはずがない。


 それは俺自身もそうだ。動物に向ける可愛いと、シルヴィに向ける可愛いが果たして違うものなのか、自信が無い。


 恋愛云々は置いておいて、シルヴィと一緒に過ごすのは楽しい。今はそれで十分だ。


「あっ、ケイ。レッサーパンダだよ」


 照れを隠すように、あるいは本当に興味を持って、シルヴィが走り出した。


「シルヴィ、走ると危ないよ」

「あっ、はーい」


 スタスタと早歩きをして、シルヴィは柵の前に陣取る。


「ケイ、早く早く。可愛いから」

「わかってるよ。僕だって見たい」


 周囲に気を配りながらの早歩きで、シルヴィの隣へ。


 目をキラキラさせるシルヴィの方こそ可愛い。なんて思ったが、さすがにそれはキザすぎて言えない。


「どこどこ?」

「あそこ。台の上」

「おー、寝っ転がってる」


 日向ぼっこでもするように、木製の台の上でゴロンと横になっている。写真に収めたい可愛さだ。


「ケイ、ケイ」

「ん?」

「パパに写真撮ってもらおうよ」

「あ、いいね」


 願ったり叶ったりだ。ちょうど、離れて順路を付いてきていたパパさんも追いついてきた。


「パパ、お願い」


 パパさんはそれだけで、心得たとばかりにカメラを向ける。俺たちに向かって。


「ケイ、ピースしよ」

「え、うん」


 レッサーパンダメインではないのかとびっくりしたが、二人でお出かけした思い出の写真なのだから、普通そうだ。


 シルヴィに言われて、両手でピースを作る。


「違うよケイ。こっちはこう」


 左手のピースがシルヴィによって解かれ、ぎゅっと握られる。


 ドキリと、心臓が跳ねた。思わず、シルヴィの横顔を見てしまう。


「ケイ、カメラ向いて」

「う、うん」


 戸惑ったまま、パパさんが向ける一眼レフに目を向けた。


「ケイ、笑って」


 小声で言ったシルヴィが、ぎゅっと握る手の力を強める。


 手を繋ぐのも久しぶりだからだろうか。温かくて柔らかい感触に、周りの音よりも自分の心臓の音が大きく聞こえるくらいにドキドキしてきた。


「はい、チーズ」


 シルヴィがどんな表情をしていたのかは、パパさんに見せてもらうまでわからない。






 お出かけを終えて、家に帰ってきた頃にはもう夕食時。母さんがいつもより少し豪勢な料理を用意してくれていた。


 それを終えたら、父さんが冷蔵庫からケーキを取り出してきた。


 中学生になってまでケーキを欲しがるような子どもではない。というか、小学生のときだってせがんだことなどなかったのだが、父さんがどうしてもと買ってきてしまったらしい。


 自分が食べたいだけではないのかと呆れてしまいそうになるが、祝ってくれる気持ちは素直に嬉しい。


 それにしても、今日は楽しい一日だった。


 動物園の動物たちが可愛かったのもそうだが、何よりシルヴィに癒された。


 昔からずっと可愛くて、視界にいるだけで目の保養だったのだが、何と言うか今日は「女の子」という印象が強かった気がする。


 だからといって、俺の方から求めに行くと、そんなケイは解釈違いだと言われそうな気もする。


 それに、こうして久しぶりに行ったからこそ、シルヴィの魅力を強烈に感じたのかもしれない。


 今後はともかく、今はまだ、偶に遊びに行くくらいの関係で良いと、そう納得しておこう。


「ん?」


 ケーキとコーヒーを味わって、一息ついたときに、何となく外に気配がした。


 気配なんて曖昧なものを確実に察知する自信はないが、直感を信じて、窓から外を見た。


 まさか当たるとは思っていなかった。玄関先に、シルヴィの姿があった。金髪が光を反射して実にわかりやすい。


「シルヴィ?」

「きゃっ!?」


 インターホンが鳴るより前に出たからか、シルヴィは面白いくらいにビクッとして、可愛い悲鳴を上げた。


「も、もうっ。びっくりさせないでよ」

「ごめんごめん」


 苦笑して謝りながら、シルヴィの目の前まで近づく。


「今日は楽しかったよ。ありがとう」

「あ、うん。どういたしまして。あと、ボクの方こそ楽しかったよ」

「そっか。よかった」


 俺のためだけに付き合わせたことにならなくて安心した。


「それでね、ケイ。今日の思い出だよ」


 まるでラブレターを手渡すときのように、両手で大事そうに握った紙を一枚差し出してくる。


 硬質な紙に印刷されたのは、今日撮った写真だ。


「わぁ、ありがとう!」

「えへへ。ボクとパパからの誕生日プレゼント。これからも仲良くしてね」

「勿論。本当にありがとう」

「うん。それじゃあね」


 シルヴィはひらひらと手を振って、向かいの家に帰っていく。


 家に入った俺は、思い出の写真をじっと見つめていた。


 照れながら笑う俺の隣で、いじらしく微笑むシルヴィ。その奥には、ちょうど立ち上がったレッサーパンダ。


 一日中見ていられるくらい素敵な思い出の一枚だが、何かが引っかかっている。


 この感覚は、そう。あのデジャヴ感によく似たものだ。


「あっ!」


 過去の記憶の中で、ここに来たのは今日を除いて一度きり。その写真が収められているとすれば。


 俺は自分の部屋に駆け戻り、引き出しの中の卒園アルバムを取り出し、開いた。


「あった!」


 卒園アルバム最後の一ページ。思い出の写真を各自で選び、貼り付けるページだ。


 手元にある写真と照合する。


 全く同じ構図、全く同じポーズの写真が、そこにあった。


「ははっ」


 俺は今、泣き笑いを浮かべている。


 背丈も表情も、まるっきり変わっているが、確かにそこには記憶があった。


 懐かしさやら喜びやら、色んな感情が湧き上がって感動を形成している。


 空白の一年を補って余りある、最高のプレゼントを貰った。

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