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④思春期の始まり

~シルヴィア視点~


 小学校三年生の夏休み。ケイは四年生。


 お盆でもないうちは、パパはいつも通り忙しい。だから、ボクはよくケイの家に行ったり、逆にケイに来てもらっている。


 ケイと友達になってから、ずっとそんな夏が続いている。それについて全く不満はない。寧ろ嬉しいくらい。毎日だって大好きな友達と遊べるんだから、最高の夏休みだ。


 パパはあんまり迷惑をかけないようにって口うるさく言ってくるけど、ケイもママさんもボクが行くと喜んでくれる。


 去年からママさんには料理も教えてもらって、それなりに上達したし、ケイと一緒にお手伝いも頑張ってるもん。だから、パパが心配するようなことはない。


 今日もボクの家のピンポンが鳴る。ケイが迎えに来てくれた。


「シルヴィ、行こうか」

「うん!」


 ケイとデート。ではなく、一緒にプール開放に向かうのだ。


 夏休み期間中、決められた時間だけ、小学校のプールで自由に遊べる。そんな学校の取り組みを、今年も思う存分活用していた。


 うちの小学校は人数が少ないし、全員参加じゃないから、普通のプールに行くより泳ぎやすいってケイが言ってた。お得なんだって。


 そんなことは、ボクにとってはどうでもいいんだけど。ケイやミクちゃんと一緒なら、人がいっぱいでも少なくても楽しいって思うし。


「見て見てケイ。下に水着着てきた」


 小学校へ向かう道すがら、隣を歩くケイに向かって、スカートをたくし上げてみた。


 それを一瞬だけ凝視したケイは、次の一瞬でバッと顔を逸らした。その顔の赤さは、夏の暑さだけによらない。


「こらシルヴィ。はしたないよ」

「えへへ。ケイ、見たいんでしょ?」


 そうやって煽ると、ケイは困ったように苦笑いする。


 ケイはボクの水着なんて見飽きてるってわかってる。でもだからって、見たくないって言わないのはケイの優しいところだと思う。


「冗談だよ。ケイは紳士だもんね」

「いや、まあ、うん」


 最近、去年ケイの家に泊まった頃くらいから。ケイがこういう、ちょっと破廉恥な悪戯によく反応するようになった。


 ケイの前で、胸元の緩い服を着て前屈みになってみたり、後ろからぎゅって抱きしめたり。そういうときに、ケイは窘める言葉を口にしながら、顔を赤らめるのだ。


 それが面白い、というか可愛くて、ついからかってしまう。


 もちろん、こんなことするのはケイにだけだけど。


 いつも大人っぽい対応をするケイが、そういう反応をするから良いのだ。クラスのお馬鹿な男子たちなんて、勝手に騒いで終わりに決まってる。


「ケイ、手つなご」

「暑くない?」

「これから涼しくなりに行くんだよ。だいじょぶ」


 これはその場のノリにもよるけど、ケイは手を繋いだりするのにも難色を示すようになっていた。お風呂にだって一緒に入ったのに、今更何が恥ずかしいんだろう。


「あ、岡本だ」


 校門を通ると、ケイが前を歩く男の子を見てそう呟いた。そして、自然に手を離す。それと同時に、振り返った向こうもケイとボクに気づいたみたいだった。


「またカノジョと歩いてるのか、ケータロ」


 年上の男の子。ケイの友達だけど、正直苦手。強引すぎるっていうか、自分が全部正しいと思ってそうで、ちょっとナルシストっぽい。


 今も、彼女とか言われてケイが苦笑いしてる。この岡本はボクとケイが一緒に歩いてるといつもそうやってからかってくる。しかもそれがしつこい。


 きっと、ケイがよそよそしくなったのもこの人が原因だ。おのれ岡本。


「こらシルヴィ。睨まない」

「はぁい」


 顔をしかめて岡本を見ていたら、ケイに怒られた。ちぇ。


「行こうぜケータロ」

「うん。シルヴィ、また後で」

「はぁい。すぐ出てきてね」


 更衣室の前で、ケイとはお別れ。


 ここでゆっくり着替えていると、さっきの岡本にケイを取られるかもしれない。でも今日は下に水着を着てきたから、岡本には負けない。






 狙い通り、更衣室から出てきたケイをすぐさま捕まえて、一緒にプールサイドへ。


 出待ち中、男子にすごい変な目で見られたけど、それは関係ない。ボクの目当てはケイだけだから。


「ケイ、今日はクロール教えてね」


 先生の合図で準備体操をしながら、小声でケイに話しかける。


 ほんとはあんまり良くないけど、これくらいなら皆やっていることだ。真面目に体操さえしていれば、先生も何も言わない。


「いいよ。シルヴィはプールが好きだね」


 同じく小声で返してきたケイが、いつもみたいに優しく微笑む。


「ケイと一緒のプールが好きなんだよ」


 ちょっぴり恥ずかしいけど、素直な気持ちに訂正すると、ケイは微笑みを苦笑に変えた。


 ケイの苦笑には色んな種類がある。呆れてるパターンと、困ってるパターン。それから、照れているパターンだ。


 今回は、その照れているパターン。普段より頬っぺたが赤いのが特徴だ。


「それに、早くケイみたいに泳げるようになりたいから」

「そっか。頑張ろうね」


 話題を変えると、ケイは安心したような声で相槌を打った。


 正直なところ、ケイがいないプールは寧ろ苦手な方だ。全然上手く泳げないもん。


 授業中、それで皆は応援してくれるけど、それが逆に情けなくなってくる。それは別に、皆が悪いわけじゃないけど。


 ケイはと言えば、終わってただ一言、頑張ったねって言ってくれる。それだけで、なんだか報われたような気になるから、ケイと一緒は好き。


 思えば昔から、ずっとケイはそうだったかもしれない。運動が苦手なボクの練習に付き合って、出来たら褒めてくれる。それが染み付いているのかも。


 まあ、なんでもいいや。今ケイと一緒で、楽しい。それで十分だ。


「ケイは、プール好き?」


 順番にシャワーを浴びて、プールサイドへ戻りながらもケイに話しかけた。


「うーん、僕はあんまりかな」

「そうなの? 泳ぐの上手いのに?」


 帽子を被りながら、首を傾げた。


 ケイの泳ぎ方は、ボクから見て凄く綺麗だ。なんていうか、水がケイを押しているみたいに、スーッと泳いでいく。


 スイミングスクールに行ってる友達も、あんな感じで泳ぐ。ケイはそういうのには行ってないはずなのに。


「だって、シルヴィの綺麗な髪が隠れちゃうからね」


 そう言いながら、ケイはボクの顔に触れる。


 ドクンって心臓が跳ねるのがわかった。ケイの濡れた手に触れられたところに、体の熱が集中する。


 そんなボクの状態など露知らず、ケイは帽子からはみ出たボクの髪をきっちり収めてくれた。


「これでよし。ゴーグルに引っかかったら痛いからね」

「ありがと」


 ボクから触れると恥ずかしがるくせに、自分から触れてくるときは何ともないような顔をしている。


 ボクはケイに触れるとき、いつだってドキドキしてるのに。


 ケイにとって、ボクのお世話を焼くことは癖になっているのかもしれない。


「シルヴィ、こっち」

「うん」


 もう何度も聞いた先生の注意事項の後、ケイと一緒に入水する。


「まずはちょっと水に慣れようか」

「うん」


 鼻を摘んで潜る。水中でケイに手を振ると、ケイも手を振り返してくれた。


 それから、ケイは水車みたいに、何度も水中で前転を繰り返す。凄技のような、そうでもないような。


「ぷはぁっ」

「シルヴィもやってみる?」

「ボクはいい」


 頭が下を向いてるときに息がなくなったときのことを考えると、ちょっと怖い。ケイが間違いなく助けてくれるだろうけど。


「じゃあ、力を抜く練習をしようか。こんな感じで、ぷかーって浮いてみて」


 ケイはボクの前で、仰向けに浮き上がった。お腹に腹筋の線が見える。


 ケイはそのまま見本として、沈むことなく浮いていた。ゴーグルをつけて、帽子を被ったケイの顔。


「えいっ」

「ぷおっ!?」


 悪戯心が働いて、その顔に水をかけてみた。


 ケイは面食らって、浮くのをやめる。ゴーグルで表情は分からないけど、口元は笑っていた。


「やったなぁ?」

「きゃあっ」


 ケイもやり返してきた。


 それからはもうクロールの練習なんて忘れて、ひたすら水の掛け合い。


 真面目に練習して、ケイに褒めてもらうのも楽しいけど、こういうお巫山戯っぽい遊びも楽しい。


「いくぞシルヴィ」

「きゃーっ!」


 最後には、ケイがボクのことを抱っこして、水面にばしゃんって投げたところで、先生に注意されちゃった。


 あー、楽しかった。






 あっという間に時間が経って、プールはおしまい。


 結局、ほとんど泳ぎの練習はしていない。でも楽しかったから万事オッケー。


 名残惜しいけど、疲れたし、着替えてケイと一緒に帰ろう。


「あ、あれ?」


 気分よく、タオルを体に巻く。水着を脱ぎ、体を拭いてプールバッグから着替えを取り出そうとして、気づいた。


 パンツがない。


 思えば、家で水着を着たのはいいけど、パンツをバッグに入れた覚えがない。


 しかも、こういう日に限ってスカートだ。ケイへの悪戯ばかり考えて、リスクを見落としていた。


 慌てそうになるけど、こういうときこそ冷静に。ケイみたいな感じで。


 よし。打開策を考えよう。


 まず。行きみたいに、水着を下に着て帰る。バレないわけがないし、服をびしょびしょにするとパパに怒られる。


 次。パンツを穿かずに帰る。最悪ケイになら見られてもいいけど、他の人に見られるかもしれないのはどうしても嫌だ。


 最後。ケイに家からパンツを持ってきてもらう。すっごい恥ずかしいし、時間もかかるけど、これが一番確実かな。


 でもでも、ケイにパンツを持ってきてもらって、その場で穿くって恥ずかしすぎる。


 そうして悩んでいたら、いつの間にか女子更衣室には一人もいなくなってしまっていた。


 とりあえず、ケイにコンタクトを取ろう。ケイならもっと良い方法を考えつくかもしれない。


「あ、シルヴィ。遅かったね」

「う、うん。ごめんね」

「ここで待ってたら、ずっと女の子から不審がられるんだよ。だから、もうちょっと急いでくれたら嬉しいな」


 困ってるタイプの苦笑をして、ケイが言う。


 ケイはいつも、何か要望を言うときに理由を言ってくれる。だから、聞いてあげたいっていう気持ちになるんだ。


 と、それは今は置いといて。


「帰ろうか」

「あ、あのねケイ」


 校門に足を向けたケイを呼び止めて、片手でスカートを押さえながら、もう片手で手招きする。


「パンツ、忘れちゃった」


 傍まで来てくれたケイに、ヒソヒソ声で打ち明けた。


「え、穿いてないの?」


 動揺に揺れる声で尋ねるケイに、おそるおそる頷きを返す。恥ずかしくて、耳まで熱くなるのがわかった。


 それを受けて、ケイは苦笑どころではなく、本気で困った顔をした。


「え、えーっと。僕のパンツ、穿く?」


 それから、言いづらそうに、小声で提案をくれた。


 考える。ケイはパンツがなくても、ズボンだから大丈夫。ボクはケイのパンツを穿くこと自体それほど嫌じゃないし、ケイも恥ずかしいだけで、嫌ってことじゃなさそう。


 さすがケイ。こんな時でも一番良い案を出してくれる。


「そうする」

「わかった。じゃあちょっと待ってて」


 ケイは男子更衣室に入って、一分もせずに出てきた。


 その手には、黒い布。


「はい」

「ありがとう」


 目を逸らしたケイから、温かい布を受け取って、女子更衣室に戻る。


 とりあえず、その布を広げてみた。ボクが持ってるパンツとはちょっと違う、短パンみたいな形。


 ケイが穿いてた、プール後だからかちょっと湿っている気がするパンツ。


 何となく、ケイの匂いがするのかなと思って、顔に近づけていく。


「シルヴィ? 早く帰ろう」


 外からの呼びかけにビクッとして、嗅ぐのをやめた。


 落ち着いて考えれば、ケイだって嫌がるだろう。ボクだって、ケイに匂いを嗅がれるなんて死ぬほど恥ずかしい。


 気を取り直して、ケイのパンツを穿く。


 ブカブカで、ずり落ちないか心配になるけど、気をつけて歩けば大丈夫そう。


「おまたせ。帰ろっ」

「うん」


 すっかり人気の無くなった校庭を背に、家に向かう。


 どうにも気まずくて、会話はない。


 それに、ずっとケイのパンツに気を配っているから、話したとしても集中できないだろう。


 さっきから、ケイのパンツをボクが穿いてるって意識する度に、すごくドキドキして、お腹の辺りが熱く感じる。


 なんだか、変な感じ。


「き、今日はこれからどうする?」


 無言の時間を終わらせようと、ケイが口を開く。


「ふぇ、えーっと」


 突然声を掛けられて、間抜けな声が漏れた。


 とりあえず、今はまだ昼前。ご飯は一緒に食べるとして、それからどうしよう。


 遊んだり、お手伝いをしたりするには、今日はもう疲れすぎたと思う。


「寝ちゃうかもしれないし、家にいようかな」

「わかった。僕も家にいるから、気が変わったら呼びに来てね」

「うんっ。ありがと」


 多分ケイは、帰ったらちゃんとお手伝いか勉強をするのだろう。偉いなぁ。






 とりあえず、パンツは明日にでも洗って返すことにして、ご飯の後で帰ってきた。


 ごろんと、カーペットの上に寝転がる。


 気温は、今日はマシな方だ。ぐったり疲れて、絶好のお昼寝日和。


 すぐに眠気が襲ってくるかと思ったけど、まだ穿いたままだったケイのパンツが気になって、寝るに寝られない。


 もう上半身を起こす気力はないのに、時間が経つごとに意識してしまう。


 いつの間にか、お腹辺りの熱は、ジンジンとした疼きに変わっていった。

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