幕裏 百瀬百合花/8
わたくしは百瀬の正当な血筋を引いておらず、真に百瀬の後継者として相応しい存在は他にいる。
二つ歳下の妹―――百瀬亜里華。
彼女の歩むべき道と、わたくしのそれは別であると思っていたのに。
『通達完了。それでは、これより学院側の制圧作戦を開始致します。ふふっ―――あがいても無駄ですよ、お・姉・さ・ま?』
突如として茨薔薇の敷地に押し寄せてきた白い車の群れと、通話越しに聴こえてくるアリカの言葉。
それらが、まったく予想の付かなかったような事態を引き起こしていく。
―――なぜ、アリカがこんなことを?
頭の中は疑問で一杯だったが、考え込んでいる暇は与えてくれない。
紅条穂邑、渋谷香菜、黒月夜羽、濠野摩咲。
彼女ら四人と共に、わたくしは新たに起きたこの事件を解決しなければならないのだから。
◆◆◆
紅条穂邑と濠野摩咲は寮方面へ。
わたくしと渋谷香菜が学院側に滞在している生徒達の避難誘導。まずは講堂に篭城し、白百合の軍勢から身を守る事を優先した。
黒月夜羽はいつの間にか姿を消している。どうやら単独行動を選んだようだ。この事態で愚行に走るとは思えないし、何かしらの理由があるのだろう。
講堂への誘導は学院の教師達と渋谷さんが積極的に行い、わたくしはいち早く講堂側へ向かって拠点を作り、腰を落ち着けていた。
さて、これからどうすればいいのだろうか。
わざわざ百瀬直属の実行部隊である『白百合』を引き連れて来たのだ、只事でないのは確かである。
些か軽率な強硬手段―――これがアリカの独断による反抗ならまだしも、白百合を率いているところからして百瀬本家が関わっているのは明白だ。となれば、直属の警備会社として契約している濠野も動けないだろう。
生徒達の半数はすでに講堂に集まっている。
残りは早朝にまだ登校していなかった寮側の人間だが、そちらは既にアリカ達によって囚われていると見ていい。
まずはこちら側の安全確保、そして後に寮側の生徒達を救出する。大事になる前に事態を解決しなければならないが―――
「ここにいたのね、百合花」
思い悩むだけで時間は過ぎ去り、気付けば夜羽達が合流を果たすのだった。
◆◆◆
わたくしは意を決して講堂で演説を試みたが、途中で乱入してきたアリカによってほぼすべての生徒達が彼女に付き添っていってしまった。
残ったのはわたくし、穂邑、夜羽、渋谷さん、濠野さんの五人。
話し合いの結果、茨薔薇から脱出して百瀬本家へ直談判する方向へ進んでいたのだが、
「迎えに来たぞ、百瀬。ああ、なんだ、お前達も一緒にいたのか。黒月夜羽も―――なるほど、それなら都合がいい」
濠野さんの姉―――寮監、濠野美咲によって、わたくし達は濠野本家へと連れられる事になったのだった。
◆◆◆
濠野邸での一日はめまぐるしく過ぎていった。
当主、濠野咲耶との会合。浮かび上がる、百瀬本家とアリカの関係性への疑問点。下手をすれば濠野、百瀬、黒月の抗争にすら発展しかねない状況。
どうにも複雑な現状だったが、濠野がこちら側に付くと言質を戴けたのは大きな収穫だろう。
それから夕食を終え、露天風呂を頂き―――
「あら、渋谷さん。何をされていますの?」
二つの客室をわたくしと渋谷さん、穂邑さんと夜羽でそれぞれ分けて。
わたくしが客室へ戻ると、ベッドの上でスマホの画面に釘付けになっている渋谷さんがいた。
「……ん。あ、百瀬先輩。お疲れ様です」
よく見れば目元は腫れていて、声は少しばかり掠れている。
「どうかなされたのですかしら?」
「いえ……ちょっと」
浴室に現れた時は何やら苛立っていたように見えたものの、わたくし達の悪ふざけにも付き合ってくれた彼女だったが―――
「酷いお顔してますわよ。そんなところ、穂邑さんには見せられませんでしょう」
「―――へっ!? あ、えっと……!!」
渋谷さんは慌ててスマホを投げ出し、備え付けの鏡台へと向かう。
「うわ、確かに酷っ……百瀬先輩、教えてくれてありがとうございます……!」
「ふふ。鏡を見る暇もないほどに夢中になるような何か、ありまして?」
「えっと……少し、調べものをしてて」
「調べもの?」
わたくしが問い返すと、渋谷さんはどこか暗い顔をして、
「あたしに出来る事、探してるんです」
そう言って、再びスマホを手に黙り込んでしまったのだった。
◆◆◆
あの渋谷さんも蚊帳の外であることを望まず、必死になって自分に出来る事を探している。
わたくしには、いったい何が出来るのだろう。
アリカを説得し、百瀬と黒月の同盟を破綻させて、茨薔薇をもう一度この手に取り戻す。
その為に何をすべきか。
深夜になっても寝付けなかったわたくしは、それをずっと考え続けていた。
目を閉じて、思考を巡らせる。
これまでに起きた事、自分の持っている情報―――それらを照らし合わせ、成すべき事を導き出すしかない。
まず一つ目、百瀬アリカについて。
あの子は二つ下の妹で、幼い頃から共に百瀬の令嬢としての教育を受けてきた。よって、一通りの教養はわたくしと同レベルで叩き込まれている。
この学院に彼女を誘う事はしなかった。それは彼女こそが百瀬の跡取り足り得る、真の血統だからであり、わたくしとは歩むべき道が違うと考えたからである。
かつて、わたくしは百瀬の娘ではないことにショックを受けた。いずれ不必要となって捨てられてしまうのではないか、なんて幼心ながらに不安になっていたのだ。
そうして出逢った穂邑、夜羽の二人との誓いを経て、わたくしは茨薔薇女学院を設立した。百瀬の長女として立派な人間になることは当然、いずれ巣立つ事をも見越して。
百瀬百合花であること。
それは勿論、とても大事なことだけれど。
本当に百瀬を継ぐべきなのはアリカの方だ、と―――年を重ねるにつれて、そう思えるようになった。
……だから、これはすれ違いだ。
アリカは恐らく姉であるわたくしを越えようとしている。無駄な努力だ、と一蹴してしまうのは簡単だが、それだけでは彼女は納得などしないだろう。
どちらにせよ、百瀬の跡取りとなるのはアリカであり、わたくしは身を引く事を決めているのだ。
きっとアリカはわたくしが本当の姉ではないと言う事を知らなくて、対抗意識を燃やしている。
ならば、その勘違いを正す―――いや、それだけで本当に彼女は納得するのだろうか?
わたくしの計画上では、茨薔薇を卒業して正式に学院長として就任を果たしてから行動を起こすつもりだったが、どうやら今こそがその時なのかもしれない。
すなわち、百瀬との縁を切る―――
後はどうやってそれを成すか。どうすれば百瀬の当主である父を説得できるのか。その方法を考えなければならない。
百瀬と黒月の同盟。
何故、百瀬と黒月なのだろう。黒月の計画に百瀬が何かしら加担していた、ということだろうか?
百瀬と黒月の繋がり―――となると、思い付くのはひとつだけ。
けれど、それがどう関係してくるのかはまだ解らない。
わたくしはとある家系から百瀬へ養子に送られた。
自分の生まれについては既に調べがついている。それを公にするつもりはないし、夜羽の様子を見るに彼女はそれを知らないだろう。
つまり、黒月の血筋―――
何を隠そう、わたくしは黒月の娘なのだ。
もしも、百瀬が何かしらの理由で黒月に手を貸しているのだとすれば。
わたくしという存在が、何かしらのキーパーソンになっているのかもしれない。
ならば、すべきことは―――
「……それしか、ないのでしょうね」
茨薔薇を取り戻すため、そして今まで見て見ぬ振りをしてきた問題を片付けるため。
―――覚悟を決める時が、訪れたのかもしれない。




