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6話 天衣無縫のドミネーター

 茨薔薇の園、四階、円卓の間。


 円卓を囲むように、合計で十に及ぶ席が等間隔でぐるりと並べられていた。


 円卓序列一位―――かつて百瀬百合花が頂いていたその席に、一人の少女が腰を下ろしている。


 百瀬アリカ。

 桃色がかった長い髪をツインテールに纏め、体型は幼く、色白い肌と幼い顔つきからとても高校生ほどの年齢とは思えない。


「アリカ様。こちら側へ賛同したレベル5の女生徒五名。協力者である船橋灯里、および捕獲した濠野摩咲、紅条穂邑の三名。合わせて計八名、こちらへ集いました」


 そう言いながら会釈するのは、百合花のメイドであったはずの金髪の女性―――クリス。


「ありがとう、クリス。今日からは貴女もこの円卓の一員よ。さあ、これで十人揃ったわ」


「アリカ様、ワタシなどにそのような大役は―――」


「あら、貴女も多少なりとも不満があってこちらへ付いたのだと思っていたけれど、違ったかしら?」


「それは……いえ。まだ一人、適材が居るというだけの話です」


「適材……それって夜羽さん? それとも渋谷の御令嬢?」


「後者です。紅条穂邑がこちらに居れば、彼女は大人しく従うと愚考致しますが―――」


 アリカとクリスがそんな会話を繰り広げていると、それを見ていた一人の少女が口を挟む。


「私もそれには賛成です。渋谷様は聡明であり、人望も厚い。これから体制を整え、全校生徒をまとめていく為の人材として、これほど優秀な方はおられません」


 おかっぱ眼鏡の少女―――倉敷八代は、自信満々な口調でそれだけを言う。


「ふうん。渋谷香菜、ね……。あたくし、会ったことも話したこともありませんし少し不安ですわぁ」


 そんな言葉とは裏腹に、アリカはとても楽しそうに口元を歪ませながら笑う。


 そして。

 そんな光景を黙って見つめている僕、そして摩咲。


 僕は意識を取り戻した矢先、この場所まで連れて来られた。そこには摩咲の姿もあり、円卓の間にはかつてその席に座していたレベル5の少女達が揃っていたのである。


 百瀬百合花の席に座っているひとりの少女。

 あれこそが百瀬アリカ。今回の暴動を引き起こした張本人であり、百瀬百合花の妹であるらしい存在である。


「さて。それではそろそろ始めましょうか。真の円卓会議―――この百瀬アリカによって生まれ変わる、新たな茨薔薇の幕開けをね」

 

 アリカがそう宣言すると、僕と摩咲を除くすべての人間が立ち上がり、彼女に向けて一礼をする。


 しかし、それを眺めていたアリカはどこまでもつまらなさそうな表情をして、


「ああ、それってもしかして今までずっとやってきたの? だとしたら今すぐ忘れなさい。ここに身分の違いや差別などはありません。貴女達はあたくし、百瀬アリカと同列の位置に立つ者としての権限を持ってここにいるんですよ?」


「……それは、どういう?」


 アリカの言い分に疑問を挟んだのは、僕もまだ名前を知らないひとりの少女―――いや、見た目はとても大人びていて、背丈も高い。短くさっぱりとした黒髪は少年らしさすら感じられていて、少女という形容は正しくないのかもしれないが―――だった。


「どうもこうもありません。お姉さまのやり方を真似していては真の改革は成されない。そもそも円卓とは本来、それぞれの立場や権力を平坦にした上で行われる会議の場、という意味でしょう?」


「あー、なるほどー。それはそうかもー」


 またもや別の少女が声を上げる。

 見た目はお嬢様とは正反対なイメージ―――長いウェーブがかった金髪、濃い化粧や派手なネイル、胸元のボタンは外されて全開になっており、スカートの丈は明らかに短い―――風紀を全力で乱していそうな外見をしている少女。


 ……まずい。

 名前すらわからない人間が多すぎる。倉敷さんはギリギリ覚えているが、他の四人については本当にまったく知識がない。


「ハッ、よく言うぜ。力づくで寮や学院を制圧しちまった権力者代表サマがよ」


 そして。

 そんな空気の中、摩咲が閉ざしていた口を開く。


「下手な手段では無意味な抵抗を生みます。そんな無駄な時間は必要ありませんし、それによって無為に傷付く者達だっているでしょう。だからこそ圧倒的な力を以て、抵抗する気力すら削いで差し上げたのですよ?」


「あー、そうかよ。おかげでウチの面目丸潰れ、ってヤツだぜ。それともアレか、そっち側で既に手回しされていて、いつの間にか濠野組ですら飼い犬に成り下がちまってたか?」


「濠野組は残念ながら未だにこちら側に付かないそうですわ。まあ、それも時間の問題ではあると思いますけれど」


 にやにやとした薄ら笑いを続けながら、アリカは摩咲に向けてそんなことを言った。


「……チッ。姉貴のヤツ、今頃どこでなにしてやがんだか」


「摩咲、気持ちはわかるけど少し落ち着いて。僕達は囚われの身だ。それでもここにこうしている意味はきっとある」


 僕がそうして小声で隣に座っている摩咲へ声を掛けると、


「わかってるよ。今のはあくまで情報を引き出す為のアレだ、アレ」


 なんて、どこか気恥しそうにそう呟いた。


「アリカ殿、少し宜しいか?」


 僕達がそんなやり取りをしている中、先程の大人びた女生徒が手を挙げる。


「ええ、どうぞ。五月雨(さみだれ)さん」


「濠野摩咲はもちろん、船橋灯里に関しては直属の部下ということで理解が及びますが、そこの紅条穂邑はいったいどのような権限があって円卓の席に?」


「ああ、それはもちろん―――」


 そうして、アリカはこちらへ一瞥をくれてから、


「お姉さまの大切な人を奪い取って、お姉さまの絶望した顔が見たいからに決まっていますわ♡」


 どこまでも無邪気に、しかしどこか邪悪さを感じさせる笑みを浮かべながら、そんなことを言い放った。


「うーわ、マジかー。アリカっちハンパねーわー」


 金髪ギャル少女が茶々を入れながら笑いコケていると、倉敷八代が呆れた表情をして、


「……まったく。いくら円卓の場の定義を改めたとは言え不敬にもほどがありますよ、双葉(ふたば)様」


「えー、ウチってずっとこんなんだしー。今まではさー、遠慮してー、あんま喋んなかっただけでー」


 そんな二人のやり取りを見て、アリカは口元に手を当てながら、上品に笑いを堪えているようだった。


(……みんな、見かけは普通の女の子でしかない。それなのに、どうしてこんなことになったんだ……?)


 僕はそんな疑問を抱きつつ、極力黙って事の成り行きを見守ろうとしていたのだが、


「……オイ、紅条。オマエ、どうするつもりだ?」


 摩咲が小声でこちらに問い掛けてくる。


「どうするもこうするも―――」


 僕はチラリと背後にあるエレベーターホールへ向かう通路に視線を向ける。


 そこには白スーツの大人達が複数で道を塞ぐように立っていて、変わらずその手には銃器が握られていた。


「ここから逃げるのは無理だよ。別に拘束されてるわけでもないし、発言権だってある。歓迎されているならそれはそれで好都合だ。しばらくは様子を見て、情報を集めるのが良いと思うけど―――」


「……フン、なるほどな。オマエに従うのはシャクだが、良いぜ。今はその手に乗ってやる」


 百瀬アリカによって新たに生まれ変わる、新生『茨薔薇』―――それがどのようなものかはわからない。

 そもそもこの敷地は百瀬財閥によって管理・運営されているものだ。恐らくは百合花側とアリカ側による内部抗争に巻き込まれた形なのだろう、と僕は推測している。


 百瀬百合花が学院長代理と呼ばれていた理由、そしてそれを剥奪し、アリカが新たな学院長となるべく行動を起こしたとするならば、


 僕はどちらに付くべきなのか。

 当面のうちはそれを見極める必要がある。


(まあ、でも……答えは、きっと―――)


 わかっている。

 どれだけの理由があろうとも、どれほどの正当性があり、大義名分を掲げていたとしても。


 これだけの暴挙を平然とやってのける、百瀬アリカという人物を支持することなどできない。


 そして、なによりも。

 三日月絵瑠という掛け替えのないひとりの少女を殺した存在が、もしも百瀬アリカに関わるものだったのだとすれば―――


(それだけは、絶対に……許せない)


 だからこそ、今だけは心を鎮めて。

 すべての真実を自分自身で確かめる。その為なら、僕は道化だって演じてみせよう。


(無事でいてよ、香菜、夜羽……百合花さん)


 今もなお、きっと学院側で抵抗を続けているであろう友人たちの顔を思い浮かべながら、その安全を願う。


 夜羽はまあ、ついでというか。

 彼女もまた百合花と同じく、どうやらこちら側の人間であることは間違いなさそうだったし。


 それなら今頃は彼女も、きっと香菜や百合花さんと一緒に―――


「アリカ様! ご報告します!!」


 唐突に背後から放たれた野太い声が円卓の間に響き渡る。

 驚いて振り返ると、そこには白スーツがひとり焦った表情で額から汗を流して駆け付けた様子だった。


「何事です?」と、アリカが問う。


「侵入者です! 一階エントランスホールの警備はほぼ全滅……! たった二人の女によって、こちらの防衛が突破されつつあります……!!」


「―――なんですって?」


 眉をぴくりと動かして、アリカは訝しげな口調で言う。


「エレベーターを緊急停止させなさい。何者かは知りませんが、ここまで上がってくる前に押し留めて―――」


 と、アリカがそれだけを言った瞬間。


「ぐわあっ!? お、お前は―――」


「速いっ……クソ、銃は使うなと言われて―――」


 エレベーターホール側からこちらに向けて突き抜けてくる、ひとつの影。

 それは次々と白スーツ達を薙ぎ払い、圧倒していく。


「……ふふっ、なるほど。そういうことですか」


 そして。

 それを眺めながら、アリカは何故か愉悦の声を漏らしていた。


 そこに現れたのは、見間違うはずもない。

 長い黒髪を靡かせながら、華麗なる体捌きで投げ技や蹴り技を繰り出している少女。


「穂邑、お待たせ。助けに来たわよ!」


 ―――黒月夜羽が、現れたのだ。

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