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回想/紅条穂邑2

 あれは、十一年前の夏の日。

 今となっては喪われてしまった思い出の中で、三人の少女が出逢う。


  ◆◆◆


 廃れ、寂れた公園。

 いつも小学校から帰る途中にあるその場所へ、ひとりの少女は寂しさを紛らわせるようにふらりと立ち寄っていた。


 少女―――穂邑は、端的に言って友達がいなかった。

 人と仲良くする気がないわけではなく、ただ単に『自分が他の子達とは違う』という、謎の思い込みみたいなものが枷となって、どうしても友達を作ることができなかった。


 まだ六歳という若さでありながら、穂邑はどこか達観していた。言葉数は少ないし、性格はどこまでも平静、冷淡。

 女の子ではあるけれど、髪は短く、見た目は少年のよう。普段着もボーイッシュな風貌を好んでいて、私服通学なためか彼女を男の子だと勘違いする子達も多い。


 この年頃の子供にはまだ男女の区別もさほど生まれはしなかったが、それでも穂邑にとって自分とはただの女の子ではなかった。それでいて別に男の子のフリをしたいわけでもなく、ただ『自分が他とは違う』という精神状態がそうさせていた。


 子供らしい強がり、ともまた違う。

 過去になにかあったわけでもないし、物心付いた頃からこうだった。それ故に、穂邑にとってそれが異常であるという感性はなく、周りがおかしいのだ、と半ば決めつけてしまっているのは否めない。


 だから、ひとりぼっち。

 穂邑は誰と遊ぶわけでもなく、ただひとりで公園を歩き回る。


 人気はほとんどない。夕暮れ時だということもあるが、そもそもこの辺りは地域の特性上、厳しい家庭が多いこともあり、こんな時間に子供が遊んでいることは稀だった。


 まるで少年のような少女は、なにを思うわけでもなく、無心でその場の空気に身を任せていた。


 学校のように大勢の人間に囲まれた世界とは違う。

 ここは自分ひとりだけの世界だ―――なんて、強いて言うなら、穂邑はそんなことを考えていたかもしれない。


 だからこそ。

 ブランコに座って呆けている銀髪の少女の存在が、とても際立って見えたのだ。


『……?』


 穂邑はそこでようやく感情らしいものを顔に出す。珍しいものを見たような、それでいて少し機嫌を悪くしたような。


 関わり合いになる前にここから立ち去ろう。

 穂邑はただそう思い、いつもの公園を後にした。


  ◆◆◆


 翌日、穂邑はまた同じ公園で、同じ少女の姿を見つけた。

 ブランコに座って、どこを見つめているのかわからない虚ろな瞳をしている、銀髪ツインテールの少女―――


『…………』


 あんな派手な髪の色をしていれば嫌でも目につく。

 今日もひとりの時間を邪魔されて、少し気分を悪くしながらも、穂邑は諦めたようにそそくさと帰路に着く。


  ◆◆◆


 ……まただ。

 またあの女の子がいる。


 三日連続ともなると、さすがの穂邑も苛立ちが表に出始めていた。

 普段は物静かで無表情な穂邑であったが、この公園でのひとときがあってこそ、その精神が保たれていたのかもしれない。


 そうして、穂邑は嫌々ながらもブランコへと近付いて行った。

 少女が気になったわけではなく、自分の世界を取り戻すために。


『ねえ、なにしてるの?』


 穂邑は当たり障りのない、単純な疑問を少女に投げかけた。

 すると、その少女はゆっくりと穂邑の顔へ視線を動かして、


『家出……してますの』


 銀髪の少女は、そんなことを言ったのだ。


  ◆◆◆


『ぼくはほむら。きみは?』


 年頃の少女にしては低めなハスキーボイスで、穂邑は少女に対して自己紹介をした。


『……わたくしは、百合花と申します』


 百合花、と名乗った少女はどこまでも陰鬱な雰囲気を崩さないまま、ただ穂邑の顔をジッと見つめている。


 穂邑が抱いた第一印象は『お人形さんみたいな子だな』なんてものだった。


『ゆりかちゃん?』


『はい。あの、ほむらさんはおいくつですかしら』


『ろくさいだけど』


『わたくしは七歳なので先輩です。いいですか。初対面の、それも年上の先輩には、きちんと敬称をつけなければいけません』


『……けいしょう?』


『ああ、ごめんなさい。まだほむらさんには難しかったですかしら』


 くすり、と少女が笑った。

 先程までの沈みきった表情は失われている。


 それを見て、穂邑は感じていた。

 この子はこれまで見てきた他の子とは違う。なにか特別なものを持っている、と。


『ゆりかちゃん、どうして家出してるの?』


 穂邑にしては珍しく他人に興味を抱き、気が付けばそんな質問までしていた。

 この瞬間から穂邑は百合花に惹かれていたのだけれど、それを当の本人は理解していない。


『わたくし、養子だって聞いたんです』


『……ようし?』


 どこまでも純粋に言葉を掛ける穂邑に、百合花は溜めてきたものを吐き出すように語り始める。


『簡単に言うと、わたくしの両親は、本当の両親ではなかったのです』


『おとうさんと、おかあさんが?』


『はい。わたくしにはふたつ下の妹がいるのですが、その妹とも血の繋がりがないのです』


『えっと、つまり、ゆりかちゃんは他のおうちの子どもってこと?』


 穂邑はなんとか理解しようと必死になって百合花の話を聞いていた。普段はまったく他人に関心なんてないのに、どうしてかこの少女に対しては積極的になってしまう。


『他の家……なんて。そんなものすら、無いのかもしれません』


『……?』


 百合花が何を言いたいのか、穂邑はあまりよくわからないままではあったが―――


『ぼくもね、おうち、ないんだ』


 どこまでも優しい口調で、そんなことを言ったのだ。


『……え?』


 目を丸くして驚いた百合花は、口を開けたまま穂邑の顔を凝視する。


『ぼくのおうち、こじいん……? なんだって。子どもがいっぱいいるんだよ』


『なるほど、孤児院ですか。確かに、大きなものが近くにひとつありましたわね』


『だからさ、うらやましいよ』


『……羨ましい?』


 うん、と答えながら、穂邑は百合花の隣にあるもうひとつのブランコに座って、


『だってさ。ほんとうじゃなくても、おとうさんとおかあさんが、いるんでしょ?』


『それは―――』


『それに、そんなにキレイだし』


『え……?』


 穂邑はブランコを漕ぎながら、夕暮れの空を眺めながら言う。


『ここ、ぼくのとっておきなんだ。いつもひとりで遊んでる。だから、きみがここにいるのをみて、ほんとうはちょっといやだった』


『ほむらさん……?』


『ぼく、友だちなんていらないと思ってて。他の子たちをみてると、なんだかいやなきもちになるから』


 言葉の内容とは裏腹に、穂邑の声はどこまでも弾んでいた。きっと、彼女自身はそれに気付いてはいないまま。


『だから、最初はゆりかちゃんのこときらいだったんだ。ごめんね』


『いえ、それは……』


『でもいまはちがうよ? だって、すっごくキレイだから』


『綺麗……ですか……?』


『うん。くらい顔してるの、もったいないよ。さっきみたいにわらってる顔が、いちばんキレイで、かわいい』


『―――っ!?』


 驚きのあまりに瞬きを繰り返しながら、百合花は赤くなった自分の顔を慌てて両手で隠す。


『えっと……ゆりかちゃん?』


『あの、あの……わたくし、その……、―――っ!』


 百合花はいてもたってもいられなくなって、ブランコを勢いよく漕ぎ始め、そのままの勢いで飛び出した。


『うわ、あぶないよ!』


 すとん、と見事な着地を見せて、百合花は穂邑に背を向けたまま、


『わっ、わたくし、帰りますっ!』


『……え、えっ? でも、家出してるんじゃ―――』


『……だって。ここはほむらさんの、とっておき……なんでしょう……?』


 横目でちらりと穂邑の顔色を伺うように、百合花は恥ずかしそうにもじもじとしていると、


『そうだけど、ちがうんだよ』


 夕陽に照らされる百合花を見上げて、穂邑は少し悔しそうな口調で言う。


『べつに、ここはぼくのものじゃないから。ゆりかちゃんがいたいなら、いていいんだよ』


『わたくしは―――』


『うん、ほんとうはいやだったけど。でも、ゆりかちゃんはキレイだから、いいんだ』


 にっこりと微笑んで、穂邑は素直な気持ちを告げる。


『……ありがとう、ほむらさん』


『え?』


『い、いえ。とりあえず今日は帰ります。明日また、ここでお会いしましょう』


『あしたも、くるの……?』


『あ、あれ? わたくし、許して貰えたんですわよね?』


『あはは、じょーだんだよ。うん、わかった。また明日ね、ゆりかちゃん』


 そんな穂邑のどこまでも無垢な笑顔を向けられて、百合花は釣られるように笑みを浮かべながら、


『ええ、また明日……!』


 これが、二人の少女の出逢い。


 ―――そして、その後。

 嵐の如き三人目が、二人のもとへやってくる。

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