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4話 茫然自失のヴァールハイト

 特別管理区域『茨薔薇』。

 都市部と隔絶された一等地―――高級住宅街を抜けた先に位置する学院区画。


 それは広大な庭のようになっていて、規則正しく並べられた樹木を壁と共に囲まれたその場所は、決して外部からの侵入を容易く許さない。


 出入り口となるのは唯一、住宅街をまっすぐに突っ切るようにして敷かれたアスファルトの道路を抜けた先にある大きな関門、その一箇所のみである。


 それを越えた先にあるものは、例えるならば乙女の花園。男子禁制の絶対領域。数多のお嬢様が通う神聖なる世界。


 そんな場所へ、次々に突入していく白い車の列があった。

 その数はゆうに二十台を超えている。それらはすべて高級車であり、並の庶民が手に入れられるような代物ではないのは明らかだった。


「なんだ……あれ……?」


 ―――茨薔薇女学院、校舎屋上。

 僕こと紅条穂邑は、そんな常識外れの光景を目の当たりにして思わず声が漏れていた。


「あれは、白百合の―――」


 隣で同じくそれを眺めていた少女、百瀬百合花は、そんなことをぼそりと呟く。


「おい、まだ来やがるのか……!? いったいどうなってやがんだよ、これは……!!」


「ちょっと待って。あれって、あたしが攫われた時に見た車と同じ……?」


 濠野摩咲と渋谷香菜もまた驚愕や戸惑いの入り混じった表情でそれを見つめ、


「……ふうん。なるほどね」


 黒月夜羽だけが、ただ無表情のままに立ちすくんでいて―――


「アレは殺し屋なんかじゃなくて、貴女の直属の配下だったってこと?」


 そして。

 百瀬百合花に向けて、そんなことを言い放ったのだ。


「ど、どういうこと……?」


 僕は意味がわからずに問い返す。

 しかし、夜羽はそんな僕へ目もくれず、ただ百瀬百合花ひとりを睨み付ける。


「正確には、百瀬の……と、言ったほうが良いかもしれません」


 百合花は背後にいた夜羽へと振り返り、そんな言葉を投げかける。


「あれは白百合と呼ばれる百瀬財閥直属の実行部隊。つまり―――」


 と、そこまで言ったところで百合花が眉をしかめながら言葉を詰まらせる。

 そのまま手に持っていたバッグからひとつのスマホを取り出して、その画面を見つめ、


「……そんな、まさか」


 それだけを呟いて、素早い手付きでスマホを操作する。


『おはようございます、お姉さま♡』


 ―――そして。

 大音量で、そんな音声が流れ始めた。


「……これは、貴女の仕業ですかしら?」


 百合花は手元のスマホに向けて渋い表情をしながら声を掛ける。どうやら通話が掛けられてきたようだった。


『あら、これを見てもまだおわかりになられない? ところでお姉さま、今はどちらにおられますの?』


「それこそわからないのかしら。わたくしは学院長なのですから、当然、学院にいますわよ」


『ああそうなのですか、それは好都合ですね。それでは、これより通達を致します』


 その音声は若い少女のような甲高い声色をしていた。それになにより、百合花のことを『お姉さま』と呼んでいることが気になってしまう。


()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 そして、その少女と思しき存在は、そんなことを平然と言ってのけたのだ。


「まるで意味がわかりませんわ。何故この後に及んで貴女がでしゃばってくるのです、アリカ。この学院の権利は確かにわたくしが勝ち取ったもの。いくら貴女とはいえ、このような暴挙は―――」


『うふふ。まだわかっていないのですね、お姉さま』


「……なんですって?」


()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。それがどういった意味であるのか、お姉さまならすぐにおわかりになるのでは?』


 話の内容はよくわからない。

 どうやらアリカという少女は百合花の妹のようだったが、それの言葉は部外者である僕には理解のしがたいものばかりだった。


 けれど、いま確かに黒月財閥と聞こえた。

 そしてそれは夜羽も気付いたようで、


「ちょっと待ちなさい。わたしはそんなことなにも知らないわよ。黒月が百瀬と同盟? なにワケのわからないことを言って―――」


『あら、そちらには夜羽さんもいらしたんですのね? それなら尚更ちょうど良いですわ。哀れなあなた達に、現実を突きつけて差し上げます』


 くすくす、と。

 まるで嘲け笑うかのように、通話越しに聞こえてくる少女の声色はそれだけハッキリとしていて、


()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。おふたりとも、今までお人形さんのお役目、ほんとうにご苦労さまでした♡』


 どこまでも楽しそうに。

 愉悦の込められた口調はスマホ越しでも伝わり、それがどのような意味であるのかは、この僕にでさえ理解できるものであった。


「なん、ですって……?」


 百合花はこれまでに見せたことのないような、動揺の隠せない震えた声を漏らし、


「代理を剥奪……? そんなの―――そんな権限を持っているのは、ひとりしかいない……!」


 夜羽は無表情だった顔色を一変させ、目を見開いてそんなことを口走る。


『通達完了。それでは、これより学院側の制圧作戦を開始致します。ふふっ―――あがいても無駄ですよ、お・姉・さ・ま?』


 ブツリ、と通話が一方的に途切れる。

 手に持ったスマホを眺めながら、百瀬百合花は全身を震わせていた。


「ちょっと、どういうこと!? アリカって誰!? 制圧ってなんなの!?」


 香菜がひとり声を荒げるが、それを受けても百合花と夜羽は呆然と立ち尽くしたままで。


「アリカってのは、百瀬百合花の妹……ってのを、姉貴に聞いたことがある」


 そんな中、静かに口を開いたのは摩咲であった。


「それが……アンタの身内が、茨薔薇の園にあんな連中を連れ込んで……挙げ句の果てに、今度はココへ押し寄せてくるってのかよ!?」


 摩咲は一気に激情を露わにして、


「オレは行く! 警備を任されている濠野組の次女であるオレが動かないワケにはいかねぇし、それに―――このままナメられて終わるのだけは勘弁だからな!」


 それだけ言い放ち、その場から立ち去っていってしまう。


 僕は未だに理解が追いつかないままではあったが、明らかに異常な事態が起こっているのは確かではあった。


「……香菜、僕達も行こう。摩咲の言う事に従うのはシャクだけど、ここにいたってなにも始まらない」


「う、うん。それは、わかってる。だけど―――」


 香菜は訝しむように百合花の方へ視線を向けて、


「……百瀬先輩。なにが起きてるのか、あたしにもまだハッキリとはわかりません。でも、このままジッとしていて……それでいいんですか?」


「わたくしは―――」


 そんな香菜の言葉に百合花が反応するものの、その表情はどこまでも暗く、普段の凛とした雰囲気が完全に失われている。


「……ああもう、考え込むのは辞めた。そうね、香菜の言う通りよ」


 そして、それを眺めていた夜羽が吹っ切れたように声を上げる。


「アリカが―――いえ、百瀬と黒月がいったいなにを始めたのか。このわたしも、そして貴女も……まったく知らない、知らされていない。この認識は合っているのよね?」


「それは、ええ。わたくしは、なにも―――」


 狼狽する百合花の腕を、夜羽ががっしりと掴み取る。


「それなら確かめに行くしかないでしょう。アリカの言っていることが真実なのか―――あの子のことだもの、全部いたずらで口からデマカセでした、なんてオチもあり得るかもしれないじゃない?」


「ですが、これだけ大規模な……とてもアリカひとりの独断では―――」


「ああもう、ウダウダ言ってんじゃないわよ! やっぱり昔の頃のクセ、まだ治ってないんじゃないの?」


 夜羽はどこまでも真っ直ぐに、ただ百合花ひとりだけを見つめ、


「わからないなら確かめればいい。もし仮にすべてが事実なのだとして、貴女の夢はこの程度で閉ざされてしまうような代物だったの?」


「―――それは」


「ほら、行くわよ。今は違うかもしれないけれど、貴女にはまだあの時の仲間が残っている。ほら、ちゃんとこっちを見なさい。肩に力ばっかり入れて気張ってたからこうなるのよ」


「夜羽、穂邑……さん―――」


 百合花は、夜羽と僕へ交互に視線を向けて、


「……行きましょう。この学院だけは、必ず死守しなければ」


 そうして、再びその瞳に確かな火の光を灯したのだった。

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