回想/紅条穂邑
私はどこまでいっても空っぽな人間だった。
特筆して他人に優位に立てるような手札なんてなにもない、いわゆる凡人そのもの。
例えば、家柄に頼らず権力に固執しない努力家だったり。
例えば、自らの力で権力を掴もうとする野心家だったり。
例えば、己の才能を活用し周囲を振り回す天才だったり。
そんな人間達に囲まれていながらも、自分には特別なものなんてなくて。
それでもきっと、自分にしか出来ないことがあるのだと信じていた、そんな愚か者。
―――努力家な親友は言った。
『ほむらちゃんは、ずっと昔からあたしの大切な友達だよ?』
―――野心家な先輩は言った。
『貴女という存在に救われた者は必ずいますわ。だって、わたくしがそのひとりなのですから』
―――天才肌な悪友は言った。
『才能や権力だけが人間としてのアイデンティティだとでも? はあ、そんな考え方こそがつまらない人間である証ね』
わかっている。
こんな悩みなんて無意味で無価値なものだと。
私を私たらしめているもの、私という存在の価値を認めるもの―――それは決して自分自身であるはずはない。
でも、だからこそ。
『ああ、穂邑……やっぱり、貴女しかいないのね』
いつまでも自信なんて持てなかった自分を、本当の意味で必要とされてしまったからこそ。
『確信したわ。わたしはずっと貴女を待っていた。あの日の出会いは偶然なんかじゃない、運命だったのよ』
私は、虚ろな自分を満たしてくれる甘い誘惑に負けてしまったのだ。
『十年前の誓いを、ようやく果たす時が来たわ』
その結果として。
私は―――紅条穂邑は、罪を犯してしまった。
『さあ、共に開きましょう―――』
それがすべての始まりであり、
『―――わたし達の希望の箱、天使の棺を』
その日。
私は、深い海の底に沈んでしまったんだ。