5話 無垢なる理由
僕は夕食の準備をするということで、少女を部屋で待たせつつ台所に立っていた。
ちなみにあれから特に話が膨らんだりはせず、少女の反応というのも、
『その……なんと言ったらいいのか……』
余計に混乱させてしまった様子である。
こればっかりは仕方ない。嘘は言っていないし、彼女の疑問に素直に答えた結果なのだから。
冷蔵庫にはまだ買い溜めしていた食材が少し残っていた。この際なので全て消費してしっかりとした夕飯を用意してやろう。
あの子もビックリするほどの、頬が落ちるくらいの、すごいやつだ。
(ああ、そういえば。名前……まだ聞いてなかったな)
乾燥機にかけてからベランダで干していた白のワンピースを少女に返却したので、今頃は着替え終わっていることだろう。
いつまでもお互いの名前すら知らないというのは不便なものだ。それに、彼女がどうしてあんなところで倒れていたのか。
聞きたいことは山ほどある。落ち着いてきたことだし、次はしっかり会話をしなければ。
(よし、カレーにしよう。食材の申請をしに行くタイミングも考えなきゃだし、多めに作って何日かはこれで―――)
方針も決めたところで、僕はさっそく準備に取り掛かった。
◆◆◆
「よーし、できた! ほら、食べて食べて!」
少女は僕の作ったカレーを見て目を丸くしていた。口も半開きになっているし、よほどお腹が減っていたのかもしれない。
「えっと、その……これ、食べてもいいんですか?」
「もちろん。あ、特に変なものとかは入ってないから。安心して食べて」
「い、いえ。なんと言いますか―――」
少女はまるで、見たこともないものを見るような瞳で、
「これは、なんという食べ物なんでしょうか?」
「知らない? ウソでしょ?」
……え、マジで?
カレーですよ、あの国民的料理の。いや日本が発祥ではないとはいえ、この世界でカレーを知らない年頃の女の子とか、いる?
それとも僕が作ったコレが、まともなカレーには見えませんとか、とても食べられるものとは思えないとか、そういう煽りの一種ですか?
「あっ、あの、その。ごめんなさい! とてもおいしそうだなって、思うんですけど……見たこと、なかったから」
「これ、カレー、です」
思わずカタコトになってしまった。
「カレー……?」
「え!? ほんとに知らないの!?」
ショックと言うよりは戸惑いに近い。
まさかこの少女は、この清廉潔白そうな見た目そのままの存在だとでも言うのか。純白であり無垢。そんな人間がこの世にいるのか?
「ごめんなさい。その、驚かせてしまうかも知れないんですけど」
少女は意を決した表情で、僕の目をまっすぐに見つめて、
「―――わたし、記憶喪失なんです」
それは、聞き間違いなどでないのなら。
僕にとって決して見過ごすことのできない、無関係とも言えない事実であった。




