回想/濠野摩咲2
第一回『円卓会議』での言い争いから幾日。
オレは黒月夜羽のことを目の敵にしていたというのに、気が付けば教室でヤツの姿を追うようになっていた。
向こうから喧嘩をふっかけて来ることは無くなった。それは本来好ましいコトだし、面倒ごとが減ったのだから嬉しいはずだ。
だというのに、なぜか。
自分という存在に対して興味を持たれていないという事実に、得もしれぬ不快感を覚えていたのだ。
◆◆◆
入学から二ヶ月ほどが経ったある日。
黒月夜羽が初めて教室に現れなかったあの時、オレは気付くべきだった―――それが異常な事態であった、というコトに。
それから数日が経ち、担任の教師から伝えられたものは、
『とても残念ではありますが、黒月さんは退学処分となりました』
そんな、言葉とは裏腹にどこか安堵したかのような表情で言う、理不尽極まりない一言だった。
そして、この教室からいなくなったのは黒月夜羽だけではなかったのだ。
『オイ、渋谷。オマエ確か紅条のヤツと仲良かったよな?』
とある日の放課後、オレは別のクラスにいる渋谷香菜を呼び出していた。
オレが紅条の名前を出した瞬間、ソイツはどこか寂しそうな表情をして、
『あれ……濠野さん、ほむらちゃんの知り合いだったんだ。そっか、同じクラスか……』
『なんだよ、いつもの元気はどこいった? もしかして、アイツに何かあったのか?』
入学初日から黒月と二人で揉め事を絶やさなかった女―――紅条穂邑。
騒がしくて鬱陶しいコトは間違いなかったが、オレにとって、そんなヤツらの姿はどこか―――
『ちょっとね、色々あって入院中。復学に向けてリハビリ頑張ってるみたいだし、そのうち戻ってくると思う』
『入院って……まさか、黒月のヤツがいなくなったコトとなにか関係あんのか?』
『ごめん。あたしも、よくわかんないんだ』
それだけ言って、渋谷香菜はその場から去って行った。
なにかがあったのだと言うコトは解ったが、これ以上の詮索は無駄だと察した。
黒月夜羽。
どこまでも偉そうで暴虐無人な女だった。
自分以外の誰もを見下すような態度に幾度となくイラつかされていたが、こうして急にいなくなった瞬間、物足りなさのような気持ちに苛まれていたのもまた事実だった。
そして、そんな女に唯一歯向かったのが紅条穂邑だった。
あの二人は互いに斬り合うコトを恐れない、それでいて自らが傷付くコトも厭わない。
そんな関係性、人間としての異端さ―――いや、今思えばアレが正しいのかもしれない、なんて思わせるほどの、強靭な精神性。
オレは、ただ横目で見ていただけだったけれど。
黒月夜羽と正面からやり合おうとして、結局相手にされなかった程度の人間だとしても。
あの二人の生き様に、心のどこかで憧れのようなモノを抱いていたのは間違いなかった―――
◆◆◆
そしてさらに一ヶ月ほど経って、紅条が復学を果たした。
しかし、その様子は以前とは打って変わったものだった。
生気のない瞳、やる気のない態度、周囲への無関心―――その姿見だけが同じであるだけの別人のようだったのだ。
いったい何があったのかなんて解らない。
それでも黒月がいなくなったこの場所で、この女のこんな腑抜けた顔だけは見たくなかった。
これもオレの自分勝手な言い分なのだろう。
結局、なにも関わるコトのなかった、ただ傍観していただけの人間には、きっと何も言う権利なんてない。
それでも、オレは知ったのだ。
己が刃の如く、触れれば傷付けてしまうモノなのだとしても。
結局のところ、それはただ自らが傷付く覚悟がなかっただけの、臆病者ゆえの杞憂に過ぎないのだと―――
それを、今は抜け殻のようになってしまった一人の女に、確かに教えられたのだから。
それならば、せめて自分だけは。
止まってしまった時間、失ってしまったモノへの虚無を―――今度こそ、自分の手で動かしてやると決めたんだ。