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回想/濠野摩咲

 ―――其は、触れれば切れる鋭い刃物の如く。


 そんな人間だからこそ、誰にも関わるべきではないと思っていた。

 触れたものが血を流すことを、悪いことなのだと決めつけていたから―――


  ◆◆◆


 オレが()()()を初めて認識したのは、この茨薔薇女学院に入学してすぐのコトだった。


『はい、それでは一人ずつ順番に軽い自己紹介をして貰いましょうか。まずは―――』


 クラスが決まり、教室に集まった女生徒達。

 担当の教師がやってきて、それぞれの生徒が自己紹介を始めていって。


『……ふうん。こうして眺めてみて気付く事もあるものね。平凡、凡庸、普遍的。お嬢様が集まる学院だと言うから少し期待していたけれど、なんということもない。つまらない顔ぶれね』


 教室の壇上、隠しもしない尊大な態度で一人の少女が放った言葉。

 ソイツは長い黒髪をわざとらしく右手でなびかせながら、誰しもを見下すような目をしてそう言った。


『ちょっと黒月さん、言葉には気を付けて―――』


『あら先生。わたしはあくまで自分の感じた事を口にしただけですよ?』


 教師の静止も物ともせず、その少女―――黒月夜羽は、それが当たり前であるように答えていた。


 そんな中、オレはさほど興味もなく呆けていた。

 何かワケのわからんヤツが、ワケのわからんコトを口走っている。

 目の前で直接ガンくれながらケンカを売られたのなら別ではあるが、この時のオレには誰とも知らない輩の戯言なんて頭にまでは入っていなかった。


 だが、まあ―――耳障りであることは、確かではあったのだ。


『そ、それでは次……ええと、紅条さん―――』


 五十音順に呼ばれていく生徒の中で、黒月夜羽の次に呼ばれたのが、()()()だった。


『みなさん初めまして、紅条穂邑です。私は特にお嬢様と呼ばれる人種ではなく、生徒手帳にもレベル1と表記されるような底辺の人間ですが―――』


 ただ、なんとなく。

 透き通るような、それでいて強い意思を感じさせる清々しい声色に、つい耳が反応していたのは確かで、


『まだ人となりを知らない相手をつまらないと一蹴してしまうような、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、どうぞよろしくお願いします』


 オレが茫然と聴いていたその言葉の意味を理解し、その物言いに感心を得るまでの数刻で、すでに彼女達の争いは勃発していた。


『……へえ、言うじゃない』


 黒髪ロングヘアの少女―――黒月夜羽が、


『申し訳ないけど、つまらない人とお話するほど器の大きな人間でもないので』


 茶髪ショートヘアの少女―――紅条穂邑と、


『……いい度胸ね。いいわ、気に入ったわよ』


『そうですか、それは残念です』


 入学初日からクラスを騒然とさせるほどの大論争を始め、


(なんなんだよ、コイツら)


 オレにとって、これが一番最初に脳裏に焼き付けた、紅条穂邑(アイツ)の姿だった。


  ◆◆◆


 オレは自分から関わりにいくような面倒なコトはしないタチだった。


 だから、紅条と黒月のやり合いだって、ただ黙って横目で眺めている程度のものだったし、


『ねえ、夜羽。今日の放課後、時間あるなら香菜と一緒に私の部屋にこない?』


『あら、いいわね。ちょうど予定もないし、お邪魔させて貰いましょうか』


 いつの間にか、犬猿の仲であったはずの二人が仲良くなっていたコトにも、特別関心なんてなかった。

 そう―――この時のオレは間違いなく、そんな立ち位置であったのだ。


 しかし、そんなオレの意識は、入学して始めて行われた『円卓会議』の時に確かに変化した。


  ◆◆◆


 茨薔薇女学院にはレベルによって生徒の階級が決められる制度がある。

 

 オレ―――濠野摩咲は、実家である濠野組が、この学院を統括している百瀬財閥との深い繋がりがあるということで、この学院に入学したのだが、


 自分でもあまり良く分かっていなかったが、どうやら自分の実家というのはそれなりに大きなモノだったらしい。


 それだけではなく、学生寮の警備や管理を務める寮監が姉の美咲であるように、百瀬財閥との繋がりの深さは他のどの家よりも強いらしく、オレ自身も階級としては最高位のレベルに位置していた。


 そんなレベルのお嬢様が、十人。


 百瀬財閥の令嬢であり、この学院の長を努めている百瀬百合花を始めとする少女達。

 それらが集まり、定期的に学院の方針や事業、催事などを執り決め、話し合いを行う場―――それが『円卓会議』である。


『それでは。第一回、円卓会議を始めます』


 百瀬百合花が主導し、話し合いを始めるお嬢様達―――その中には、黒月夜羽の姿もあった。

 入学初日、あれだけのタンカを切っただけあって、この女もまたレベル5の位置にいる一人だったのだろう。


 しかしながら、オレはそれに対してまったく興味を持つことはなかった。

 黒月夜羽という人間に対しての関心はなく、会議についても自分から発言をすることはなかったのだが―――


『それにしても。先程から、一言も喋らない人がいるようですね?』


 あからさまに。

 オレに向けて放たれた悪意(ことば)があった。


『……あ?』


 別に気分を害したワケではなかったが。

 ただなんとなく、席が近いこともあり、直接ケンカを売られた気がして睨み返してしまったのだ。


『貴女もこの中の一員なんだから、少しは自分の意見を発したらどう?』


『うるせぇな。オレは別に良いんだよ、なんでも。難しい話とかされてもわかんねぇし』


『ふうん。ここにも()()()()()人間がいるのね』


 その一言で、オレは入学初日のことを思い出す。

 そうして―――何故だかはわからないが、その言葉が一人の少女の姿を脳裏に過ぎらせて、


『つまらないヤツにつまらないって言われてもな』


 真似をするつもりなんてまったくなかったのに、なんとなくそんな返答を口にしていた。


『ステイステイ! 落ち着いてよ、二人ともー!』


 そんなオレ達のやり取りを見ていた一人の少女が、仲裁するように間に入ってきた。


『夜羽さー、もしかして誰に対してもそんな態度なわけー? あたしも最初はさすがにびっくりしたし、イラっとしたんだからねー?』


 この時は、名前すらロクに覚えていなかったが。


『ごめんねー濠野さん。この子ってこういう性格だけど、別に殴り合いたいってわけじゃないからさー。そんなに怖い顔しないで? ね?』


『いや……別に、そんな顔してるつもりねぇけど』


 それが、オレと渋谷香菜の始めての会話だった。


『あ、ごめん。そっかー、君はそういう人なんだ』


『……ああ?』


 どういう意味かはわからないが、その女は何故かオレの顔を見つめて微笑んでいた。


『香菜、そんな人は放っておいて議題に戻らない? バカはバカなりに身をわきまえてるようだし』


『んだよテメェ。そんなにケンカがしてぇならやってやろうか?』


 ここまで言われれば流石に頭にもくる。

 この女の挑発的な顔を一発殴り飛ばしてやろうかと、オレが意を決して席を立った時―――


『まあまあまあ、落ち着いてよ! ほら、百瀬先輩も黙って見てないで、なにか言ってよー!』


『いえいえ。初めての円卓会議ですし、お互いに理解を深め合うのも大切でしょう。時間はまだありますので、思う存分やり合って頂いてもよろしいかな、と』


『あーなるほど! 百瀬先輩はそういう人ね!!』


 外野が騒いでいる中、オレの目線は依然として黒月に向けられている。


 思い返せば、こんなにも他人に苛つかされることはあまりなかった。

 実家ではいつも世話係や親の部下達が頭を下げるし、学院で他人と積極的に関わることをしないオレにとって、


『言っておくけれど。わたし、ケンカ強いわよ?』


 この黒月夜羽という女は、ぶつかり合えば刃こぼれするような―――けれども、オレにとっては間違いなくイレギュラーな存在であったのだ。

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