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1話 それは、運命の出遭い

 ごうんごうん、と洗濯機が音を立てて回り始める。

 普段なら雑にやってしまう洗濯だけど、今回は徹底的に、宝物を扱うよう優しく入念に。


 ふう、と息を吐いて一段落。

 僕は洗濯機に腰を預けながら、()()()()()()を思い返す。


 真夜中のコンビニ。

 なんとなく小腹が空いたので夜食を調達しに行った、それだけのつもりだったのだけれど―――


(まさか、こんなことになっちゃうなんてなあ)


 僕は深呼吸を繰り返す。

 別に緊張しているわけでも興奮しているわけでもないのだけれど。


(平常心、平常心)


 なんて自分自身に心の中で言い聞かせながら、僕は洗濯機のある洗面所を後にした。


 ここは僕が暮らしている寮の一室で、寮と言うのは、僕が通っている学校の一部生徒が利用している『茨薔薇の園(いばらのその)』という学生寮のことである。


 そう、学校。

 僕―――紅条穂邑(こうじょうほむら)は学生なのである。


 今年で十七歳、学年にして高校二年。

 成績は中の上くらい。

 友達はあんまりいない。


 容姿は仲の良い友人によると悪くないらしい。女の子に告白されたこともあるし、自分ではわからないがそこそこの見た目なんだろう。


 まあ少し貧相な体型であるとは思うが、実際インドア派だからスポーツは不得意なのである。


 さて、そんな平々凡々とも言うべきこの僕が遭遇した事件について思い返してみよう。


 あれは、そう。

 言うなれば、運命の出逢いだった。


  ◆◆◆


 深夜のコンビニ付近。

 この時間帯は辺りに人影はなく車も走らないため静寂に包まれている。そんなこの場所が僕はなんとなく好きだった。


 だから、というわけでもないけれど。

 ただ少し気分が乗って寮からこっそり脱走して夜食を買いにやってきた、ただそれだけのつもりだった。


 真っ直ぐ伸びる舗装された道路。

 昼間なら危なくて歩けるような道ではないがこの時間帯なら問題ない、なんて僕は悠々とそんな道を歩いていたら、道端に白い影が見えた。

 壊れかけの街灯がチカチカと照らしているそれは、遠目に見てもわかる。


 ―――人間だ。

 それも、華奢な身体付きをした少女だった。


「ちょっ……え?」


 あまりの出来事に我を忘れそうになったものの、僕はすぐさま少女のもとへと駆けつけた。


「ええと……大丈夫……?」


 声をかけても反応はない。

 少し躊躇いつつも背に腹は変えられない。心の中で少女に触れることを謝罪しながら僕はその身体を揺さぶった。

 しかし、少女が意識を戻すことはなかった。


 最悪の状況を想像する。

 まさか、いや―――そんなことは。


 近くにあるコンビニへ向かって救助を要請する?

 それともスマホで救急車を呼ぶ?

 いや、何かしらの事件に巻き込まれたのかもしれないし警察か―――


 駄目だ、唐突すぎて思考がまとまらない。

 とにかく、これは僕一人では抱えきれない問題だ。この少女のためにも、僕にできる最善手を取らなければ。


 僕がなんとか平常心を取り戻そうとしていると、ぴくりと少女の身体が動いた。


「ちょっ……だ、大丈夫!?」


 僕は思わず少女の首元に手を潜り込ませ、抱き起こすようにして長い黒髪に隠されていたその顔をこちらに向けて、


 ズキン、と。

 なにか得体の知れない頭痛のようなものが急に襲いかかる。


「……ぁ……」


 小さくか細い声が聴こえる。

 少女の口元が微かに動く。

 僕は頭の痛みを無理やり抑え込んで、彼女の声に神経を集中させる。


「た……すけ……て……」


 助けて、と。

 彼女は確かにそう呟いた。


「わ、わかってる。大丈夫。僕が今から救急車を呼んで―――」


 がしり、と腕を掴まれる。

 もうそんな気力も残っていないだろうに、それでも力を振り絞って、懇願するように。


「それは……ダメなんです。出来れば……隠れられる場所……。誰にも……見つからない、ところに……」


 ホテルみたいな個室を望んでいるのだろうか。

 なんにせよ僕は彼女の要望に全力で応えてあげなければならない。なぜかはわからないけれど、そんな気がしたのだ。


「わかった。でも、ここら辺にそんな場所は……あ、いや……」


 あると言えば、ある。

 それもお金もかからない、絶好の場所が。


 だけど、それって法律的に大丈夫?

 誘拐とかになっちゃわない?

 なんて僕が悩んでいると、


「おね……がい……します。た、すけ―――」


 少女の力が抜ける。

 それはまるで眠り姫のようで、少女の整った顔つきが余計に美しく見えて。

 僕は、そんな少女を抱きかかえて、立ち上がる。


「うぐ……。やっぱり、どれだけ華奢でも重いものは重い……」


 それでも、と脚に力を入れる。

 ここから寮までさほど距離はない。

 まあ、間違いなく明日は筋肉痛だろうけど、それくらいで済むのなら無問題だ。


 僕は決意した。

 やっぱり理由はわからないけれど。

 理屈ではなく常識は捨てて、感情だけに身を任せた愚かな行為なのだとしても。

 

 僕はこの少女を助けたい。

 助けなければならないのだと、心の底からそう感じたのだから。

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