4話 Will to confront
日は昇り、早朝。
茨薔薇の園、四階―――円卓の間にて。
円卓序列のメンバーであるあたし、渋谷香菜を含む五名が一堂に会し、登校する為に制服を着用―――監視に勤めていた白百合の男達の元へと集い、抗議の意志を示していた。
「なんだ君達は。学院は休校中だ。速やかに自室へ戻りなさい」
「あたし達はこの学院において最高位のランクに位置する生徒です。いかに百瀬財閥といえど、そのあたし達を拘束する権限は持ち得ないはずではありませんか?」
「君は……?」
「あたしは渋谷香菜。渋谷財閥、と言えば貴方も知っていますよね?」
「……なるほど。うん、君達の言い分は理解できる。けれどね、それは我々にとって問題にはならない。茨薔薇女学院に通っている以上、君達の身柄は百瀬財閥に一任されている」
あくまで冷静に、威圧するような態度こそ見せないものの、男の言動からはその真意を裏付けるほどの確固たる自信が感じ取れる。
確かに、この学院に通っているお嬢様達は誰もが補欠候補のような立ち位置にいて、それぞれの家系においての重要度は決して高くはない。
あたし達は普通の一般家庭とは違う上流階級の血筋に生まれているからこそ、そういった上下関係は明確に存在している。
人間に価値を付けるなんておかしな話ではあるが、そういった世界に産み落とされてしまった以上、自分の意思よりも優先されてしまうものは間違いなく存在しているのだ。
「おい、それはウチの……濠野組ですらそうだってのか?」
摩咲が負けじと食って掛かる。
こういう時、彼女のようなタイプがいてくれるのはありがたい。あたし達は簡単に折れるわけにはいかないのだから。
「そうだ。濠野は警備会社として契約しているが、現在はそのすべての主導権を憂零様へ譲渡されている。だからこうして我々が代わりに警備を担当しているんだ」
「なっ……姉貴と連絡が取れねぇのはオマエらが監禁してるからじゃねぇってのか!?」
「監禁、というのは少しばかり物騒だな。我々は確かに武装し、不穏分子が現れれば処罰のできる権限を持ってはいるが、君達の尊厳は最低限守っているつもりだよ。ただ外に出てはいけない、それだけのルールを敷かせて貰っているだけだ」
「それは詭弁でしょう。現に私達は不自由な状態を強いられている。どんな目的で学院や寮が封鎖されたのかも知らされていない。これが私達の尊厳を踏みにじる行為ではないと言うのですか?」
そう発言したのは倉敷八代だった。
警察関係者である彼女ですら巻き込まれているなんて、これがどれだけ異常な事態であるかが解るというものだ。
「言いたい事は解るけれどね、少しは我慢してはどうかな。まだ一日も経っていないだろう。もうしばらくすれば憂零様から何らかのお達しがなされるはずだよ」
こちらの言葉はまったく届かない。
彼らには彼らの仕事があるし、あたし達が何を言ったところで指示された命令を曲げることはないだろう。
やはり、百瀬憂零へ直接意見しなければ意味はないのかもしれない。
「わかりました。あたし達がここから出られないというのは承諾します。ただ、せめて納得のいく説明だけはして欲しいんです。あたし達だけじゃない……これは、この茨薔薇の園に住まう生徒達すべての総意なんです」
「なるほど。しかし、そんなこと……何故、君に解るんだ?」
「この学院の皆と直接やり取りしているからです」
あたしがそう嘘偽りのない事実を述べるも、白百合の男は信用なさそうに、
「ああ、そうかい。なら皆に伝えて貰えると助かるよ、下手な真似はしないようにってね。もちろん君達も、だ」
「あーあー。香菜っち、コレはダメっしょ?」
傍観に徹していた金髪ギャル少女―――双葉葵依が悪態をつくように口を開く。
彼女の言う通り、これ以上の問答は無意味だろう。
白百合の男達はただの監視役であり、上からの命令に忠実な番犬のようなものなのだ。
「ごめん、皆。一旦、部屋に戻ろっか」
諦めたわけではないが、ここは一度仕切り直す。
外へ出ることが敵わない以上、出来ることは限られている。
「ああ、そうだ。白百合の人。ひとつだけ聞いてもいいですか?」
「何かな」
「黒月夜羽と連絡が取れないんですけど、彼女はちゃんと部屋にいますか?」
「……黒月、夜羽だって?」
「ええ。あれ、知りませんか? 黒月夜羽と三日月絵留は別人なんですよ?」
「それは……つまり、黒月夜羽がここのフロアにいるということか?」
―――これは虚言だ。
もちろん黒月夜羽はここにはいない。
三日月絵留を名乗っている彼女が黒月夜羽でもあるとはいえ、その正体はミカエル・プロトタイプと呼ばれるクローン体。
彼ら―――いや、百瀬憂零がもし本物の黒月夜羽を探しているのであれば、是が非でもその所在に関する情報を欲するはず。
この学院で何を行おうとしているのかは解らない。
けれど、ミカエル・プロトタイプを必要としているであろうことは確かであり、そのオリジナルである夜羽だってきっと重要な存在だ。
ならば、そこに付け入る隙がある。
「あれ、確認してないんですか? もしかして、貴方達……学生の個室に立ち入ることは許可されていないとか?」
「……さて、ね。それを話す義務はないだろう。それはそれとして、貴重な情報を頂いたことには感謝しよう」
「おい、渋谷! オマエなに喋って―――」
「ごめんごめん、ちょっと気になってさ。ほら摩咲も、皆も。諦めて部屋に戻ろっか」
「―――……ああ、解ったよ」
摩咲もなかなかの演技派だ。
あたしの発言の意図を察してきちんとノってきてくれた。
これで白百合達は百瀬憂零に報告するだろう。
茨薔薇の園、四階に黒月夜羽がいたこと―――そして、その姿が見えなくなっていることに焦りを見せるはずだ。
そこで相手が必要とするものは、言うまでもない。
「それじゃあ、ええと……白百合の皆さん。あたし達は大人しく部屋にいますから、物騒な真似だけはしないで下さいね?」
「ああ、それはもちろんだ。我々だって君達のような子供達に危害を加えたいわけではないからね」
そうして、あたし達は解散した。
各々の部屋に戻る際、摩咲がちらっとこちらに視線を向けていたが、あえてそれには気付かないフリをしておいた。
あたしの仕掛けたブラフがどこまで機能するのかは解らない。
けれど、確実に向こう側の動きを誘導させる一手には成り得たはずだ。
(さてと。それじゃ、次の作戦を考えますか)
まだこれで終わりにするつもりはない。
あたしは、あたしに出来る最大限でこの異常事態を突破してみせる。
◆◆◆
百瀬憂零は、学院長室にて一人の男と立ち会っていた。
「……黒月夜羽が?」
その男は白いスーツに黒のサングラスを着用し、疑いの目を向けている憂零に対して怖じ気付くことなく、まったくの無表情で返答する。
「ああ。日本のことわざで『灯台下暗し』というヤツがあるだろう? まさしくあの言葉にピッタリな状況だよ」
「あの病院の入院者リストはすべて調べたのでしょう? まさか、見落としていたとでもいうのデスか?」
「恐らくは渋谷財閥の手による隠蔽工作だ。病室を確保していたのは渋谷名義だったが、その中にいたのは黒月夜羽だった。シュレディンガーの猫箱状態だったというわけだ」
「……そう、なるほどね。それで、行方は?」
「残念だが逃したよ。しかし、その行き先は貴様になら解るだろう?」
仮にも百瀬財閥のトップである憂零に対し、男は礼儀のならない態度を貫いている。
だが、憂零はそれを咎めようとするでもなく、頭に手を当てながらやれやれと肩をすくめてみせた。
「先程、白百合から報告がありました。どうやら黒月夜羽はこの学院に潜伏している、とね」
「……この学院に? それは少し的が外れたな。いや、ある意味では筋が通っている……のか?」
「解りませんが、警戒は十全に行っています。ミカエルシリーズすべてのオリジナル……もしもプロトタイプが駄目になってしまったら、最悪のパターンとして代わりは必要になる。まあ、そうならないという確信はありますし、ワタクシの計画にはなんの支障もないデスけれどね」
「なるほど。それなら自分は傍観させて貰おうか。請け負った仕事はあらかた片付いたのでね」
そう言って踵を返し、学院長室から出て行こうとする男を睨みつけながら、憂零はその背中に一言声を掛ける。
「ジェームズ。貴方は本当に、彼らの言う事が真実であると思っているのデスか?」
「無論だ。そうでなくては、これほど手を汚した意味が無いだろう?」
吐き捨てるようにそう言って、今度こそサングラスの男―――ジェームズは部屋から去って行く。
それを見送った憂零は、デスクに肘を付いて手を組み、深く溜め息を吐いた。
「―――ヘヴンズ・ゲート計画、第二段階。彼女が……プロトタイプが証明してくれるはずデス。天使の棺に眠る数々の記憶、知識……そこから導き出される解答をね」
◆◆◆
百瀬アリカは三日月絵留の監禁されている保健室へと訪れていた。
紅条穂邑が彼女を学院から助け出す為には、確実な侵入・逃走ルートが必要となる。
かといってあからさまに手を貸してしまってはすぐさま百瀬憂零に勘付かれてしまう為、まずは視察する必要があったのだ。
「……アリカさん?」
保健室は入り口付近に白百合が複数人常駐し、室内には絵留以外の人間はいなかった。
手足を拘束されているわけではなさそうだが、窓の外にも白百合が監視の目を光らせており、ここから一人で抜け出すのは不可能に近いだろう。
「ご機嫌よう、三日月さん。ご気分は如何ですかしら?」
アリカは絵留に対してあくまで『憂零側の立場』であるよう振る舞っている。
敵を欺くにはまず味方から―――というわけでもないが、彼女を捕らえた張本人であるのは事実なのだ。
今更になって『味方だ』などと言い出せないというのが何よりの本音であった。
「ええ。手荒い真似はされていませんし、ある程度の自由は許されてます。白百合の人達も優しくしてくれますからね」
「それなら良かったですわ。ここから抜け出そうなんて考えているんじゃないかと心配していましたから」
「……アリカさんは、百瀬憂零の計画について知っているんですか?」
「ええ、それはもちろん。何よりこの計画はお母さまが用意したものではありますが、主導者となるのはこのあたくしなのですから」
「この学院が……生徒たちが実験の対象であることも、ですか?」
絵留らしくもない、強い口調。
それを受けたアリカは唇を噛みながら、ゆっくりと息を吐く。
「……そうですわね」
「わたし、最後まで抵抗しますから」
「……お好きになされば、よろしいでしょう」
耐えられなくなって、アリカは逃げるように保健室から飛び出した。
明確な敵意―――そんな目を向けられることを、彼女は以前にも体験している。
「アリカ様、憂零様がお呼びです」
部屋から出たところで、白百合の一人がアリカに向けて声を掛けてくる。
「ええ……解りましたわ」
アリカは気丈な態度を貫き、その場を後にする。
―――ここから先が本番だ。
もう間違わないと決めた以上、絶対に成し遂げなければならない。
あの時とは違う。
今の彼女は、一人ではないのだから。