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【完結済】天使の棺 −虚ろな罪人と無垢なる少女−  作者: 在処
天使の扉 ―ヘヴンズ・ゲート編― 下
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1話 少女達の決戦前夜

 深夜―――茨薔薇の園、外縁部。

 部屋の窓から外に出るとそこは庭園になっていて、花壇や木々が立ち並んでいる。


 少し先には茨薔薇の敷地を囲む壁があり、その高さは三メートルを越えていて、とてもではないが人がよじ登れるようなものではない。


「えっと、ここ……だよね?」


 僕―――紅条穂邑は、小声で隣りにいる百瀬アリカに問いかける。


「はい。二階部分をご覧下さい、あそこ―――」


 アリカが指差す先、そこに位置する部屋の窓がガラリと開く。

 薄暗くてはっきりとは視認できないものの、そこから一人の少女が顔を出し、こちらへと視線を向けているようだった。


「ほ、本当にやるのですか……?」


 掠れた声でそう問いかけてくるのは、その部屋に住まう少女―――船橋灯里。


「早く……! 監視カメラが無いとは言え、外側に見張りが巡回している可能性は充分にありますから……!」


 アリカが急かすように声を掛ける。

 少しばかりボリュームが大きいぞと突っ込みを入れたい気持ちを抑え込みつつ、僕は万が一に備えてじっと構えていた。


「ああ、もう……えいっ……!」


 そうして、灯里は意を決して二階の窓から飛び降りた。

 その先には用意していたマットレスがあり、灯里は危なげなくその上へと着地に成功した。


「っ……とと……」


「だ、大丈夫? 船橋さん―――」


「穂邑さまはお部屋に戻る準備をお願いしますわ。ほら、船橋さん。お手を」


 僕が駆け寄ろうとするのを静止して、アリカが灯里に手を差し伸べる。

 確かに急がなければならない―――僕は頷いてマットレスを引っ張りながら、自室のある窓まで駆け足で戻っていく。


「もう、こんな無茶……したくありませんわよ……っ、足いた……」


「この寮、無駄に一階ごとの高さがありますから。文句ならお姉さまに宜しくお願いしますわ」


「私が文句なんて言えるわけありませんでしょう、まったく……」


 そんな二人のやり取りを横目に、僕はマットレスを部屋の中に押し込む。


「―――よし、アリカちゃん、船橋さん……!」


「はい、穂邑さま! 行きますわよ、船橋さん!」


「はいはい、解りましたわよ……!」


 僕とアリカが考えた作戦、その一。

 たった二人では何も成し遂げられない。だからこそまずは仲間を集めなければならない、と言うことで。


「紅条さん、灯里ちゃんは―――」


 部屋に戻ると、黒髪おかっぱ眼鏡の少女―――蜜峰漓江の姿。


「大丈夫。すぐに来るよ、ほら」


「ああもう……まさかこんな……って、漓江……?」


「灯里ちゃんっ!」


「船橋さん、早く中に入って下さいませ……!」


 そして今、合流を果たした黒髪三編みの少女―――船橋灯里。


「んしょっ……はい、閉めますわ!」


 最後に部屋に戻ってきたのは、桃髪ツインテ少女―――百瀬アリカ。


「よ、よし……バレてない、よね?」


「ええ、問題ありません。ミッションコンプリートですわ」


「……はあ。もう、遊びじゃありませんのに」


「灯里ちゃん、飛び降りたんだよね? 脚とか痛くない?」


 こうして、僕を含め四人の少女が集まった。

 ここにいる全員が、ひとつの目的を共にする『仲間』―――


「よし、それじゃあ改めて……作戦会議、しようか」


 茨薔薇奪還作戦、再び。

 あの時は敵だったはずのアリカたちと共に、僕はまた大切なものを守る為に立ち上がる。


  ◆◆◆


 深夜の病棟は静寂に支配されている。

 いかに百瀬財閥の刺客である白百合でさえも、病人でない以上は長居は許されない。


 病室は個室なので、わたくし―――百瀬百合花は完全に一人きりである。

 恐らく病院周辺は監視されているだろうが、この機会をみすみす逃すわけにはいかなかった。


(さて……どう動く……?)


 この病院は東館、西館に分かれている。

 わたくしがいるのは東館であり、白百合達はこの東館を重点的に監視していると見ていい。


(夜羽がいるのは、西館だったわね……)


 この病院に黒月夜羽が入院しているということは秘されている。

 渋谷香菜が個人的に手配しているので、百瀬憂零がそれを知ることはないはずだ。

 知っているのは渋谷さんと、定期的に見舞いにきている絵留、あの場に居合わせた穂邑やアリカ、後はクリス辺りか。


 ―――クリスが百瀬憂零に寝返る可能性はゼロではない。

 元々は百瀬直属のメイドなのだ、命令されれば拒むことは出来ないだろう。


 けれど、彼女が自分からわざわざ情報を吐き出すことは考えにくい。

 その点で言えば、クリスはまだ信用に値する。


 つまり、西館はおよそノーマークだと言って良いはずだ。

 夜羽の安全は確保されている、そう信じるべきだろう。


(流石のお母さまと言えど、あの渋谷財閥を敵に回すような真似は……いえ、するかもしれませんが)


 百瀬憂零という女性は、己の母親でありながら掴みどころのない存在であった。

 父である百瀬源蔵は言動や行動に一貫性があったが、百瀬憂零はよく海外に飛んでいたこともあって、あまりまともに会話した覚えすらなかった。


 だから、今回の件も未だに理解が及ばない。

 本当にすべてが百瀬憂零の仕業だったのだとしても、その理由が、目的が―――あまりにも不明なのだ。


(なんとか西館へ……そこから見付からないように外へ出て……徒歩で向かうには、少しばかり遠いけれど―――)


 わたくしは、確かめなければならない。

 母としてではなく、わたくしの大切なものを奪おうとしている敵―――百瀬憂零の思惑を。


 そして、それがどんな目的であったのだとしても、必ず茨薔薇女学院はこの手に取り戻す。


 世界でただひとつしかない、わたくしの居場所を―――


  ◆◆◆


 あたし―――渋谷香菜は、閉じ込められた部屋の中でスマホと睨み合っていた。


『もう夜なのにまだ男達がうろついてます!』『なんなのあいつら〜マジでウザいんですけど』『まあまあ、落ち着け双葉』『四階は駄目ですね。エレベーターも非常階段も見張られています』『一人ぐらいならオレと五月雨でなんとかできんじゃねぇか?』『あらあら、物騒ですわねぇ』『早まるなよ濠野。我らがすべきことは無闇に動くことではないはずだ』


「……はぁ。どうすればいいかな、これから」


 円卓グループライン―――レベル5のお嬢様だけで構成されたメッセージチャット内では、未だに多くの意見や愚痴が飛び交っている。


 あたしは発言する気力もなくなり、溜め息を吐きながらそんな画面をただじっと見つめ続けていた。


(百瀬先輩は……既読、付かないかぁ……)


 今日退院するはずだった学院長―――百瀬百合花もまた同じグループに属しているが、一向に反応を見せる気配はない。

 病院で何か起きたのかもしれない、そう心配する声も時折混じっていたが、今はこの現状を打破するのが先決だという話になりつつ、この有様である。


 唐突に始まった白百合による襲撃。

 肝心の三日月絵留は音信不通、退院して病院から帰還予定だった百瀬百合花もまた姿すら現さない。


 穂邑は一階の自室にいるので会うことはできず、円卓の間には白百合の男達が監視の目を光らせている。


 以前のように濠野組が動くことも無い。

 摩咲からの情報によると寮監である美咲すらも連絡が取れないらしく、恐らくは身柄を拘束されているのだろう。


 正真正銘の絶体絶命、もはや為す術もない。

 あたし達はそれでも諦めずに話し合いを続けているが、百瀬百合花のいない現状、誰一人として今の円卓をまとめられるものはいなかった。


 あたしに出来ることは限られている。

 この学院に通う生徒たちの大半と連絡先を交換しているあたしにしか出来ないこと。


(ほむりゃん……)


 連絡が途絶えてしまった、親友の顔を思い浮かべる。

 無茶をするなとは言っておいたけれど、彼女は間違いなくこの状態を抜け出す為に動くだろう。


 それを理解した上で、あたしは胸が苦しくなる。

 誰よりも近くにいる存在だと自負していたはずなのに、いつしか頼られることが少なくなってきて―――


(あたしだって……今度こそ……)


 頭を振りながらあたしは決意する。

 何より指を咥えて待っているのは性分ではない。


 自分の足で動き、自分の手で掴み取る。

 これまでもずっとそうやって生きてきたのだから。


  ◆◆◆


 わたし―――三日月絵留は、学院長室にて一人の人間と対峙していた。


「はじめまして、ミカエル・プロトタイプ。ワタクシの名は……もちろん、知っていますデスわよね?」


 ―――百瀬憂零。

 腰まで伸びたブロンドの髪をウェーブ状に巻いていて、白のスーツをぴっちりと着こなしつつも派手な指輪やネイルがギャップを感じさせる女性。


「どうして百瀬のトップがこんなところへ……?」


「ここがワタクシの―――いえ、アリカが主導者として行われる計画の実験場となるからデス」


「計画……それが、三百人委員会によって命じられたもの……?」


 わたしがあえてその名を出して聞き返すと、憂零は眉をぴくりと動かしてあからさまな反応を示した。


「それをいったいどこで知ったのデスか?」


「さあ、どこでしょうね。てっきり気付いているのかと思っていましたが」


「……まあ、いいでしょう。それを知ったところで貴女は何も出来はしないデスからね」


 まさか、憂零は本当に知らないのだろうか。

 わたしが紅条一樹から情報を聞き出したことで彼が始末されたものだと思っていたけれど、もしかするとそれとは関係のない理由があったのかもしれない。


「それで、その実験とやらにわたしが必要だってことですか?」


「ええ、そうデス。ミカエルシリーズの唯一の成功例にしてただ一人の生き残り。黒月夜羽は未だに行方を眩ませている。となると、超記憶症候群(ハイパーサイメシア)を持ちうる存在は貴女だけなのデスよ」


「となると、天使の棺や天使の梯子(エンジェル・ラダー)が関係しているのは間違いなさそうですね」


「そこまで理解されているのでしたら話は早いデス。貴女には人権など存在しませんし、戸籍もなければ居場所もない。もはや逃げ場などありはしないのデスよ。大人しくワタクシ達の言う通りに働いて頂きましょう」


 両腕は後ろ手で縛られており、背後には睨みをきかせている白百合のエージェントが三人。

 それぞれが()()()()を携帯していることは把握している。


 アリカの時とは比べ物にならない。

 彼女のことを馬鹿にするつもりはないけれど、あれが単なるお遊戯だったと実感させられるような、正真正銘の驚異―――


「……わたしに、何をしろと?」


「貴女はエンジェル・ラダーを介して高性能AIの思考を現実世界へアウトプットする役目を担うのデス」


「高性能……AI……?」


「人間の記憶を貯蓄するスーパーコンピューター。貴女達に馴染みのある呼び方をするならば、『天使の棺』デスよ」


「天使の棺……って、あれは廃棄されたんじゃ―――」


「あの計画は確かに頓挫しましたが、莫大な資金を投じて作り上げた装置をむざむざ廃棄処分するなど、貧乏臭い黒月の人間達が許すはずはありませんデスわよね?」


「まさか、貴女が……?」


 黒月にとって資金面でスポンサーとなっていたのが百瀬なのだとすれば、百瀬が金を積んで天使の棺を引き取ったとしてもおかしくはない。

 何より、百瀬憂零が裏で糸を引いていたのだとすれば尚更だ。


「人間の記憶をデータ化し、保存し、それを別の人間へとインプットする。黒月の研究員の中でも紅条一樹は特に優れた才能を持っていました。それだけに、残念デス」


「残念、って……―――」


「彼の頭脳はワタクシの下で活用されるべきだった。それが、確保に失敗しただけではなく、自決させてしまうだなんて、ねえ?」


「自決……自殺したっていうんですか、あの人が?」


 まさか、と思う。

 確かに久しぶりに見た彼の姿はやつれていて、生活力なんてどこかに捨ててきたかのような荒れ様で、生きる目的を見失っていたように思えたのは間違いない。


 けれど、それでも。

 あれだけ自己の消失を恐怖していた紅条一樹が自ら死を選ぶようなことがあるなんて、昔から馴染みのある黒月夜羽としてはそうは思えなかった。


「まあ、そんな彼の頭脳……いえ、知識すらも保存はされているのデスけれどね」


「天使の棺……そうですね、それはそうでしょうけど―――まさか、わたしがそれを?」


「第一段階としてはそうなります。しかし、この計画の目的はそれだけではないのデス」


「……この学院を制圧したことに意味がある、と?」


「イエス! 学院とは学び舎であり、そこに通う生徒達はみな知識を必要としています。ワタクシの用意したヘヴンズ・ゲート計画は、そんな者達が平等に莫大な知識を得られる、素晴らしく革命的な教育プログラム―――」


 百瀬憂零は、まるで悪意の感じられない満面の笑みを浮かべながら高らかに宣言する。


「この学院を卒業することこそ世界中の子供達の夢である……と、後々そう語り継がれることになるであろう、我が百瀬財閥の一大プロジェクトなのデスよ」

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