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【完結済】天使の棺 −虚ろな罪人と無垢なる少女−  作者: 在処
天使の扉 ―ヘヴンズ・ゲート編― 上
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7話 愛情《アフェクト》

 三日月絵留から送られてきたメッセージ。

 紅条一希と話した内容―――三百人委員会、百瀬憂零。


 それらを踏まえ、わたしと灯里と百合花の三人で手を組んだこと。

 これまでに起こったことすべて、わたしは包み隠さずに穂邑と香菜に話し終えた。


 二人は真剣な面向きで聞いていて、信じられないような内容でも疑うことなく耳を貸してくれた。


 そうして、そんな二人が出した答えは―――


「何もかも終わったわけじゃなかった、ってことだよね?」


「なんていうか、最近ほんとにおかしなことに巻き込まれてばっかだよねぇ、あたし達」


「あの……ほむらさん、香菜さん。わたしがこれを話したのは、お二人にそれを聞く権利があると思ったからです。だからって関わるべきだとも思いません。できれば、お二人には―――」


 平穏な学院生活を送っていて欲しい。

 そんな言葉が、喉元で止まる。


「前も言ったけどさ、僕はもう迷わないよ」


 穂邑はまっすぐに、わたしの目を見つめて言う。


「兄さんが死んだことに関しては、正直に言えばなんとも思ってない。薄情な妹だって軽蔑してくれてもいい。控えめに言って―――いや、本心から僕はあの人の事が世界で一番嫌いだったから」


「ほむらさん、でも……」


「そう、世界って表現は控えめなんかじゃない。何よりも嫌いで、この手で殺してしまいそうだったくらいの……そんなレベルで。だから別に兄さんを殺したのが誰かとか、だからどうとか、そういうのは気にならないし、考えてもいなくてさ」


 かつての穂邑の言葉を思い出す。

 彼女はきっと、あの時の夜羽(わたし)に向けて改めて言っているのだろう。


「夜羽にとってはどうかは解らないけど、僕にとってはその程度の相手だから。でも……そうなんだけど、だからって人が死んだなんて、やっぱりいつまでたっても慣れるものじゃないよ。そんなことが身近なところで起きている……そういうことに、何よりも危機感を持ったというか」


「……はい。だからこそ、話しました。もしかするとわたし達も無関係ではないかもしれない。確証はないけれど、警戒はすべきだと―――」


「うん。だからさ、それを知って……いや、そんなことが起きているのに、僕だけのんびり平穏になんてできないよ」


「でも、それは……香菜さんだって、そんなのは反対―――」


「あー、無理無理。あたしもう諦めちゃったから。ほむりゃんがこう言ってるんだもん、それをあたしが止めるなんて出来ないって解っちゃったからねぇ」


 そこで、予想外の返答。

 香菜は絶対に穂邑を守ることを優先すると思っていたのに。


「あはは、うん。ごめん香菜、ありがとう」


「その代わり、もうあたしを除け者にしないこと! ほむりゃんが行くなら、絶対にあたしも一緒に行くからね!」


 そう言えば、一ヶ月前のあの日も香菜が後から追いかけて来てくれていなければどうなっていたか。

 記憶障害となり入院している黒月夜羽も、彼女が助けなければ今はもうこの世にいなかったかもしれないのだから。


「ねえ、えるるん。あのさ……あたしもずっと頑なだったと思う。でも最近、ようやく解ってきた気がするんだよね」


「香菜……さん……?」


「皆でアリカから茨薔薇女学院を取り戻した時みたいに、手を取り合うことが大事なんだよ、きっと。今のえるるんが、船橋さんや百瀬先輩に力を借りようとしているのと同じで……あたしやほむりゃんだって、えるるんの力になれるかも知れないじゃん?」


「僕も香菜は反対するかなーって思ってたよ。なんていうか、はは……嬉しいなぁ」


「ほむりゃんはもう少し反省すること! 言っとくけど、今の話はほむりゃんにだって言えることなんだからね〜?」


 そんな二人のやり取りを見て、わたしはもう考え込むのを辞めた。


「ふふっ……二人とも、ほんとに……」


 遊びなんかじゃない。

 危ないことだってあるはずなのに。


「本当、だから……楽しかったのよね……」


 これは夜羽としての、彼女が得ていた感情だ。

 でもそれは、やっぱりわたしのものでもあって。


「貴女達だから、わたしは―――」


 この学院に入学して、幼馴染である百合花や穂邑と再会して、そうして香菜とも出会って、他のつまらない人間達とは違うものを感じて。


 だからこそ、楽しかったんだろうな、と。


「……うん。わたし、もう迷いません」


 巻き込むとか、そんな風に思うことはきっと失礼なのだろう。

 ただ、それでも―――彼女達の身の安全は最優先であり、わたしの目指すべき理想の形は、二人を含む皆が平穏に過ごせる世界だから。


 責任を負い、全身全霊をかけて、守り通す。

 その上で―――手を取り合い、助けて貰うのだ。


「ほむらさん、香菜さん。覚悟はいいんですね?」


「「もちろん!」」


 昔と今は少し違うかもしれない。

 香菜はまだ夜羽のことを許せていないだろう。


 けれど、それでも。

 わたしの中の夜羽は、かつての友人同士で再び手を取り合うことに、心のどこかで暖かいものを感じていた。


  ◆◆◆


 わたくし―――百瀬百合花は、病室で一人思い耽っていた。


 退院まで残り三日。

 絵留から連絡が来て知った、紅条一樹の死去。

 裏で暗躍しているのが母である百瀬憂零なのだとすれば、手を回したのは母の仕業かもしれない。


 今の百瀬を支えているのは誰でもない、百瀬憂零なのだ。

 彼女が事件の糸を操る存在で、その裏側を暴くということは、百瀬そのものを崩すことになりかねない。


 そうなれば、次期当主であるアリカが百瀬を支えなければならなくなる。

 当然、そうなったとしてもしばらくはお飾りになるだろうし、下の人間が円滑に会社を動かしてくれるだろうけれど―――


「失礼致します、お姉さま」


 聴き慣れた甲高い声が室内に響き渡る。

 部屋へと入ってきた少女―――百瀬アリカは、わたくしの顔色を伺うようにこちらへと近寄って来る。


「あら、アリカ。今日はどうしましたの?」


「いえ、その……お見舞い、あまり来れなくてごめんなさい。今日は少し近くまで来ていたものですから」


「近くまで?」


「あっ、いえ……なんでもありませんわ。これ、お姉さまの好きなお菓子です」


「ありがとう、気が利くわね」


 わたくしはアリカの見舞い品を受け取ると、近くの棚に置き、再び彼女の方へと向き直る。


「わたくしには言いにくいことなの?」


「え……?」


「何か用事があったんでしょう? はぐらかそうとしているの、見え見えですわよ」


「それは、その……お母様に、お呼ばれしていまして。久しぶりに日本に戻っていらしたから」


 ……なんとなく予想はしていたが、なるほど。


 母である百瀬憂零は、わたくしよりもアリカのことを溺愛している節がある。

 それもそのはず―――彼女にとってわたくしは黒月の子であり、自分の腹から産まれたのはアリカただ一人だけなのだから。


「決して、お姉さまのことを蔑ろにしていたわけではなくて……!」


「いいのよ、アリカ。今更姉面するつもりもありませんし、貴女は貴女の好きなようにすればいいわ」


「お姉さまは、本当に……百瀬を……」


「三日後、わたくしはここから退院します。学院に戻って、色々と消化しなければならないことも多いですし……アリカとは、またしばらく会うこともなくなるでしょう」


「え……―――」


「貴女が茨薔薇女学院に通うことは、学院長として許可できません。寮にしばらく滞在させていたのも、一人にさせるわけにはいかなかったからですしね。お母様がお戻りになられた以上、わたくしが貴女の監督役になる必要もありませんから」


 突き放すわけではないけれど、これはケジメでもある。

 元々茨薔薇に通わせるつもりはなかったが、アリカが行った事件は完全に学院に対する暴虐であり、生徒達も悪印象を持っているだろう。


 だからもう、アリカは茨薔薇に―――わたくしの守るべき世界に、これ以上足を踏み入れてはいけない。


「あたくしは、お姉さまに……」


「ねえ、アリカ。わたくしは過去を悔いています。それと同時に、貴女のやったことを憂いてもいる。貴女が姉であるわたくしに対して抱いている感情も、すべてとは言いませんが理解はしているつもりです」


 そして、何よりも。

 これ以上、百瀬と縁を断ち切ったわたくしと道を同じくする事は、アリカの為にはならないだろうから。


「その上で言います。わたくしはもう貴女の姉である資格も、権利も、理由すら……ありはしないのよ」


「だけど、あたくしは……!」


「ねえ、アリカ。こんなわたくしを、貴女はまた軽蔑するかしら。嫌いだと、吐き捨ててしまうかもしれないわね」


「そんな、こと……」


「決めるのはわたくしじゃない。貴女自身なのよ、アリカ」


「……あたくし、ですか?」


 百瀬として生きることを放棄したわたくしは、もはやアリカの姉として相応しい存在とは言えない。

 だからといって、突き放すような真似をするのも違うのも解っている。


 資格も、権利も、理由も無くなって。

 けれど―――それでも、彼女を守りたいと思う気持ちは確かに存在しているから。


「自分の目で見て、考えて……決めるのは貴女自身なのよ、アリカ」


 百瀬憂零が黒幕だとすれば、きっとアリカの存在は何かしらの意味を持っている。

 わたくしの知らぬところで何かが始まろうとしている、そんな気配をひしひしと感じた。


 だからこそ、わたくしは自分に出来る事をやり遂げる。

 アリカとは違う道で、百瀬を捨てた身で、それでも―――そんなアリカや百瀬の為に。


 それがどれだけ身勝手で、筋の通らない話であるとしても。


「だから、頑張りましょう。お互いに」


 わたくしは、もう二度と見捨てたりはしない。

 突き放しても、手を離しても、その上で守り抜くと決めたから。


  ◆◆◆


 私―――船橋灯里は、自室の窓から夜空を見上げていた。


 空は曇っていて、月は見えない。

 それがこの先の未来を暗喩している気がして、胸の中がざわつく。


 百瀬源蔵の死、黒月夢幻理の死、ミカエルシリーズの死、紅条一希の死。

 まともな感覚なんてとうの昔に喪っているけれど、それでもこれほど人の死が積み重なると流石に気が狂ってしまいそうになる。

 そのどれもが自分の関わってきたものであるから尚更だ。


 そして、そんな非常識な事件の裏側に潜んでいる存在―――百瀬憂零。

 黒月と百瀬の関係は多少なりとも理解しているつもりではあったが、それはあくまで源蔵と夢幻理のものでしかなかった。


 三百人委員会、海外で活動していた百瀬憂零。


 ……完全にノーマークだった。

 私や夢幻理だけではなく、本物の黒月夜羽ですらその手の上で転がされていたのだろう。


 黒月夜羽は表で活動させていたプロトタイプの意思を尊重しつつ、自分の目的を果たす為だけに行動していた。

 私はそのサポートをしつつ、お母様によるエンジェル・ラダー計画が動き出し、百瀬アリカを利用する為に暗躍した。


 自分のした事を棚に上げるつもりはない。

 許されたなどと勘違いしているわけでもない。


 夢幻理が死に、自分を縛るものはなくなった。

 だからこそ自分に出来る全てを賭して、これまでの落とし前をつける。


 三日月絵留が生きているかどうかは解らない。

 彼女を救い出したいという、プロトタイプの意思を尊重するつもりもない。


 これは償いであり、義務であり、付けるべきケジメなのだ。

 きっと他の誰よりも、私がすべきことだと思うから。


(お母様……私は、今度こそ……)


 ずっと持ち得なかった『自分』。

 誰かに使われ、命令され、利用される事だけが生きる目的だった―――これは、そんなくだらない人間でしかなかった私が『自分』で選んだ戦いだ。


(今度こそ、自分の手で……止めて見せますから)


 ―――三日後、決戦の日。

 今度こそ、私は『自分』を手に入れるんだ。

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