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【完結済】天使の棺 −虚ろな罪人と無垢なる少女−  作者: 在処
天使の扉 ―ヘヴンズ・ゲート編― 上
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4話 真相《トゥルース》

 朝起きると、見知らぬ天井がそこにあった。

 病室のベッドの上、わたしはゆっくりと身体を起こそうとして―――ズキリ、と全身に痛みが走る。


 わからない。

 何故わたしの身体はこんなにも痛むのか。

 どうしてこんな場所にいるのか。


 何よりも、自分自身が何者なのかすら思い出せないのが辛くて、不安で、心細くて。


 鏡で見た自分の姿すら、まるで見知らぬ他人のようで―――


「こんにちは。具合はどうですか、夜羽さん」


 そんなわたしの元に訪れる、一人の少女。


 彼女をひと目見て理解した。

 髪は短いけれど、それ以外はまるでわたしとそっくりで、きっと姉か妹か……どちらにせよ、わたしにとって大切な相手なのだろうと。


 けれど、その少女―――三日月絵留は、どこか遠慮がちな態度を貫いていて。

 わたしが記憶障害であると知ってなお、数日に一度はこうして会いに来てくれているらしい。


 わたしは睡眠を取るたびに記憶を喪ってしまうのだと言う。

 そんな説明を、きっと彼女は何度も何度もわたしが記憶を喪う度に行ってきたのだろう。


 日が暮れ、夜もふけ、今日という一日が終わりを告げる。


 目を閉じ、眠りについたら―――このわたしは消えてなくなり、明日はまた新しいわたしが目を覚ますのだ。


 そんなもの、死んでしまうのと何が違うと言うのだろう?


(怖い……怖いよ……―――)


 今日出会った彼女と話した想い出も、彼女のことすらも、わたしは全て忘れてしまう。

 そんなの耐えられるワケがないと、わたしは痛む身体に力を込めて、ベッドから立ち上がろうとした。


「っ、あ……ぐっ……!?」


 しかし、四肢に思う通りに力が入らず、バランスの崩れたわたしの身体はそのまま転倒。

 ベッドから転げ落ちるように、床に思いっきり全身を叩きつけてしまう。


(どうして、こんな……惨めな、思いを……)


 わたしがどうしてこんな状態になったのか、最後まで絵留は教えてくれなかった。

 どうせ忘れるのだから話す必要なんて無いと思われたのかもしれない。


 できる限り心配はさせたくなくて、わたしは彼女の前では笑顔を浮かべ、明るく振る舞っていたつもりだけれど―――もしかしたら本当は嫌われているのかも、なんて。


 涙が、頬を伝う。

 わたしがいったい何をしたのだろう。

 身体は不自由、記憶は無くなる―――こんな仕打ちを受けるほどの罪を、わたしは犯してしまったのだろうか。


 きっと毎夜のように、こうして消えゆく自分を嘆き、苦しみ、悲しみ、恐怖しながら眠りについて。

 明日なんてない、過去すらわからない……そんなわたしに何の価値があるのだろう―――?


  ◆◆◆


 とある都市部にあるマンション、その一室。

 わたし―――三日月絵留と船橋灯里は、その部屋の持ち主である紅条一希と話し合う為に訪れていた。


「……驚いたよ。まさか、君の方から会いに来るなんてね」


 髪はボサボサで、お世辞にも清潔にしているとは言い難い外見の青年は、やつれた顔色をしながらしわがれた声で開口一番そう言った。


「貴方に聞きたい事があるのよ。コンプライアンスとかそんなものは気にしなくて良い。貴方の知り得るだけの情報をわたしに提示してくれればそれで良いわ」


 わたしは敢えて黒月夜羽として振る舞う。

 この男はもはや終わった人間だ、これ以上関わり合うつもりはなかったが―――今回ばかりは形振りなど構っていられないのだ。


「解ったよ。黒月に見捨てられた今の俺なんかに答えられるような事であれば」


 わたし達は部屋の中に案内されるも、異臭の立ち込めるその場所はあまりに居心地が悪くて、つい顔をしかめてしまう。


「掃除とか……しないの?」


「なんていうか、もう……何もやる気が起きなくてね。こんな汚い部屋に女の子二人も招き入れるだなんて、そんな事になるとは思っていなかったし……」


 まるで抜け殻だな、と思った。

 あれだけ夢に向かって突き進んでいた人が、妹に負わされた怪我を完治させ諦めずに戻ってきた男が、今ではもはや―――ただの、つまらない人間に成り下がってしまっている。


「それで、聞きたい事って言うのは?」


 リビングは酒の空き缶やコンビニ弁当の残りなど、乱雑に散らばったゴミの数々が床一面を支配しており、およそ座る場所なんてありはしなかった。


「……あの、夜羽さん。私はここで」


 灯里は部屋の中に入る事を拒むように、リビングの入口付近で立ち止まる。


「いいわ、すぐに終わらせるから。そこで待っていて」


「はは、いや……すまないね」


 一希のそんな乾いた笑みも、まるで生気のない死にかけの老人のようだった。


「……ふう。それじゃ、単刀直入に問うわ。天使の梯子……エンジェル・ラダーについて、何か知っている?」


 わたしが溜め息を吐きながらそう問い掛けると、一希はぴくりとこめかみを震わせる。


「そうか……知ったのか、夜羽ちゃんも」


「その様子だと、貴方は知っていたみたいね?」


「まあ、そうだな。ミカエルシリーズが何の為に生まれたのか、天使の棺計画だけではなく、黒月の本命は別にあった。俺も、療養していたここ一年間……三ヶ月前くらいに知ったよ」


「三ヶ月前……つまり、施設に復帰する前、ってこと?」


「ああ。黒月夢幻理に聞かれたんだ。ミカエルシリーズのプロトタイプはどこにあるのか、ってね」


 一希は感情を顕にもせず、ただ淡々と続ける。


「夜羽ちゃんも知っているとは思うけど、プロトタイプは一年前には廃棄処分されているだろう? 俺は直接立ち会ったわけではなかったが、特に疑うこともなくそれを信じ込んでいた。だが、どうやらプロトタイプは生きていたようでね。それをとある計画に利用したいのだと話を持ちかけられた。それこそがエンジェル・ラダー計画だったんだよ」


「……そうね。わたしも、そう思っていたもの」


 実際のプロトタイプはわたし自身なのだが、ここは知らないフリを通す事にした。


「夜羽ちゃんにも話していない、とは言っていたけど……本当に知らなかったんだな。だが、申し訳ないけど俺もあまり詳しくは知らないんだ」


「その計画についてはあらかた理解しているわ。わたしが知りたいのはその先……貴方が天使の棺を使って利用した三日月絵留についてよ」


「夜羽ちゃんは彼女の記憶を脳にインプットされているんだろう? その上で君としての人格が残っているのだから、超記憶症候群(ハイパーサイメシア)ってのは本当にとてつもない能力だよ」


「話を逸らさないで。貴方は彼女の記憶を抽出して、それを本当はどうするつもりだったの? わたしに使う為だけに、わざわざ死んだ彼女の記憶を抽出する必要なんてなかったはずよね」


「……なるほど。君が何を知りたがっているのか、ようやく理解したよ」


 一希はそう言いながらテーブルの上に置かれていた缶に手を伸ばし、それを一気にあおって―――


「だが、これ以上はやめておいたほうがいい。世の中には知らないほうがいいこともある。これはその類の話だ」


「貴方が何を知っているのかは解らない。でも、わたしはそれを知る義務があるのよ。他の誰でもない、黒月夜羽として」


「……、そうか」


 天井を見上げ、息を吐く。

 そんな様子をわたしは黙って見つめ続けて。


「わかった、話すよ。ただしこれは他言無用。そこの子も部屋から出て行って貰う。いいかい?」


「ええ、お願い。灯里、悪いけれど―――」


「言われなくても。早く外の空気が吸いたかったし、丁度良いですわ」


 くるり、と踵を返して部屋から去っていく灯里の背中を見送って、わたしは再び一希の方へと向き直った。


「―――……さあ、話して貰いましょうか」


「……ああ。夜羽ちゃんは、()()()()()()というものを聞いたことはあるかい?」


 それは、まるで聞き覚えのない単語だった。

 

「いいえ」


「そうか。まあ、よくある陰謀論の一種でね。わかりやすく言えば、世界を裏側から操ろうとしている謎の組織、とでも言えばいいかな」


「何それ、馬鹿にしてるの?」


「おっと、信じないならこの話はここでおしまいだよ」


「……はあ、解ったわ。続けて」


「黒月の計画―――天使の棺は、ある巨大なプロジェクトのひとつでしかなかった。黒月と百瀬が共同で進めていたらしいエンジェル・ラダー計画ですらもね。そのプロジェクトこそが、三百人委員会によるものだったのさ」


 あまりに突拍子もない話に、わたしは一瞬混乱しかけたが―――ここにきて嘘や冗談を言う意味はないし、黙って続きを聞くことにした。


「俺の携わっていた天使の棺計画は、知っての通り人間の記憶を保存し、別の個体へ複製することで、才能ある人間達の知識や経験を後の世に残していく……とまあ、夜羽ちゃんからすれば騙されたと憤慨するべき内容だったわけだが、俺だって最初は夜羽ちゃんの―――」


「わたしのことは良い。それで?」


「ああ、まあ……ようするに、そういう計画だったわけだ。そしてエンジェル・ラダーは、そういった記憶をデータとして送信できるようにする為の計画だったと。ここまではいいかい?」


「ええ、問題は三日月絵留の記憶をどうするつもりだったのか、よ」


「そうだね。記憶をデータ化できるということは、脳の機能、仕組みを解明していなければならない。俺は記憶についての研究をしてきたが、実際に脳の機能すべてを理解したわけではないんだ。例えば人工知能を作る事ができるか? と聞かれれば答えはノーだ」


「人工知能……?」


「そう。人としての肉体を必要としない、データ上で思考し、成長するAIとでも言えばいいかな。人間の記憶をデータ化するのは簡潔に言えば0と1を明確にし、その配列を数式に直せばいいだけだが、思考する存在そのものを作るのはとてつもなく難しい。実際、君のような能力―――超記憶症候群(ハイパーサイメシア)に頼らなければ、データ化した記憶を想起させる事は実現できなかった。データだけは用意できても、それを扱う為のOSは作り上げられなかったって事だ」


「その結果、わたしを複製……クローンを作る事でその課題を無理やりクリアした、と」


「その通り。それはエンジェル・ラダーについても同じなんだ。結局、俺達が成し遂げられたのはそこまで。その先―――真のプロジェクトが行おうとしているステージには辿り着けなかった」


「それと三日月絵留の記憶に、どんな関係があるの?」


「記憶そのものに価値はあまりない。必要なのはクローンにして唯一、自我を持った脳のサンプル―――肉体が死んだとしても、その脳を活用する事はできるってことだ」


 そう言われて、わたしの背筋が凍る。

 あの時―――穂邑と共に学院から外に出て、銃殺されたあの日の事を思い出す。


「だが、死体は死体だ。死んだ以上は何も考えない、進歩しない。だから、彼女は確かにあの時に死んでいるし、もう動く事はないけれど―――」


 その先の言葉を、わたしは聞くべきではないのかもしれない。


()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。馬鹿げた話だが、上の人間……三百人委員会はそう思い至ったんだろうな」


「っな……―――」


 人工知能。

 嫌な予感はしていたけれど、まさか。


「その先については俺の関与しないところの話だから、実際にどうなったのかまでは解らない。だけど、もしそれが実現しているなら、ミカエル……いや、三日月絵留の記憶……その脳髄は、その為に利用された事になる」


「そんな計画、黒月では……」


「ああ。黒月はあくまで天使の棺計画にこだわりを持っていたからね。エンジェル・ラダーは過去に頓挫していたもので、それを黒月夢幻理が復活させようと動いていたみたいだけど、そこまでだ」


「それならいったい、どこが―――」


 そこまで言って、ふと気付く。

 黒月と手を組んでいて、それだけ大掛かりな計画を進められるだけの組織―――心当たりは、無いわけじゃない。


()()()()()()


 そうして、一希はその答えをあっさりと口にする。


「正確に言えば日本国内ではなく、()()()()()()()()()()()()()()()()


「それは、まさか……!」


「三百人委員会と直接の繋がりがあり、黒月とも裏で手を組んでいた組織。今は亡き百瀬源蔵の作り上げてきた国内の百瀬財閥とはまったく異なるそれを率いてきた、影の存在―――」


 紅条一希は、畏怖の念を込めるようにその名を告げる。


「―――百瀬憂零(ももせうれい)。最近になって国内に戻ってきたらしい、現百瀬財閥のトップと呼ぶべき女。彼女こそがすべての計画を取り締まり、三日月絵留を利用した張本人さ」

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