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【完結済】天使の棺 −虚ろな罪人と無垢なる少女−  作者: 在処
天使の扉 ―ヘヴンズ・ゲート編― 上
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2話 死者《デッドマン》

 わたし宛に送られてきた一通のメッセージ。

 そこには意味深な文章と共に、送信者の名前がハッキリと記されていた。


 送信者:三日月絵留

 本文:お願いします。

 わたしを殺してください。


(何これ……いったい、どういうこと……?)


 死んだはずの三日月絵留から送られてきた、謎のメッセージ。

 よりにもよって、その内容が『殺して』だなどと、悪趣味にもほどがある。


 本来ならイタズラで片付けてしまうようなものだったが、しかし―――わたしは、そうは思わなかった。


(ミカエルシリーズが、まだ生きている……?)


 生前、わたしとほぼ接する事なく息を引き取った三日月絵留本人から、黒月夜羽として活動していたわたしの所持しているこのスマホへメッセージが送られてくるとは思えない。

 

 いや、そもそも彼女は死んだのだ。

 記憶だけは確かにわたしの中にあるけれど、三日月絵留は間違いなく息を引き取った。


 ―――考えうる可能性としては、ふたつ。


 一つ目は、ミカエルシリーズがまだ生きていて、三日月絵留の記憶データを何かしらの方法で入手―――それをインプットする事で、今のわたしのように三日月絵留として活動していること。


 二つ目は単純で、ミカエルですらない何者かが生前の三日月絵留のスマホを使い、成りすましている可能性。


 そこまで思考して、わたしはすぐに二つ目の可能性を脳裏の隅に追いやった。


(わたしを殺して、だなんて……そんな文章をわざわざ送りつけてくる理由が浮かばない。あり得るとしたなら、やっぱり……)


 三日月絵留が生きている。

 いや、正確にはわたしと同様に、偽物として記憶だけを引き継いだ何者かが存在しているとしたら。


(わたしが、わたしを殺して欲しいだなんて思うとしたら……)


 しかも、()()()()()()()()、だ。

 どうやってこの連絡先を手に入れたのかは不明だが―――本来、三日月絵留が黒月夜羽を頼ろうとするはずがない。


 もしも夜羽を頼るしかない状況に陥っているのだとすれば、それは相当危険な状態だ。

 絵留自身に被害が及ぶという意味ではなく、例えるなら、絵留の存在が他の誰かに危害を与えてしまうといったような―――


(百合花でも、穂邑でもない。このわたしを頼る理由は……もう、ひとつしかあり得ない)


 三日月絵留―――ミカエルⅩⅢの遺体は『天使の棺』に収容されたままだ。

 装置は機能停止させられたはずだし、施設も封鎖され、誰の手も触れられない場所にある。


 ―――唯一、このわたしを除いて。


(まだ……終わってなかったっていうの……?)


 そもそも、おかしいとは思っていた。

 天使の梯子(エンジェル・ラダー)が如何に優れた装置であろうとも、あれだけの小型な機器のみで人間の記憶を抽出できるはずがない。


 可能性があるとすれば、何かしらの中継機―――そう、まさに『天使の棺』のような装置が間に挟まりでもしない限りは難しいのだ。


 そして、一ヶ月前のミカエルたちの言葉。


『いずれひとつになれる』


 その()()()が今まさに訪れようとしていたら?


(わたしに天使の梯子(エンジェル・ラダー)を手渡したのは……そういうことだったの……?)


 あのミカエルたちのように、ひとつの記憶を相互で通信しあえば、自分という存在が複数いる事になるだろう。


 それこそが天使の梯子の目的であり、黒月夢幻理はそれに適応する能力を持つこのわたし―――プロトタイプを欲した。


 クローンでありながら人間と変わらない寿命を持つこの身体を本体とし、複数のミカエルシリーズを意のままに操り、世界規模で展開させる事で莫大な利益を得ようと画策した―――それが彼女の計画である、と船橋灯里は語ってくれた。


 ミカエルシリーズでありながらまともな人格を形成した三日月絵留と、黒月の娘として生きてきた黒月夜羽の記憶、その両方を持ち得たわたし。


 それは唯一無二の存在だった。

 だからこそ計画の要として欲したに過ぎない。


 ―――けれど、もしも。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()


(わかったわ、絵留)


 すべては終わってなんていなくて、わたし達がまんまと欺かれたのだとしたら―――


(わたしが終わらせてあげるから)


 成すべき事は、もう決まっている。


  ◆◆◆


 茨薔薇の園、二階―――船橋灯里の部屋。

 何だかんだと色々あり、結局この学院へと戻ってきた灯里だったが、現在はレベル3の生徒として学生寮に住んでいる。


 元々は外部からの通学だったが、復学における百瀬百合花の出した条件が、


『卒業までの間、寮生活を許容すること』


 というものだったのだ。

 

 そうして灯里はその条件を呑み、一ヶ月前からこの茨薔薇の園で暮らしている。


 わたしはそんな彼女の部屋の前へとやってきていた。

 要件は言うまでもなく、天使の梯子についてのより深い情報を聞き出すこと。


 あれから一ヶ月の間あまり会話を交わすこともなかったが、今回ばかりは腹を割って話し合う必要があるだろう。


 わたしは意を決して、インターホンを―――


「……っと……、……めて……! っあ……りこ……」


 ―――押そう、とした瞬間。

 扉越しに微かに聞こえる少女の声があった。


「……んで……、……もう……こんなの、使っ……!」


(え、なに……?)


 わたしは嫌な予感がして、思わずドアノブに手をかけて、


「っだ……んっ……! ……こう……バカ、……れ以上……っ」


 まさかの鍵は掛かっておらず、そのまま勢いのままに部屋の中へと飛び込んで、


「船橋さんっ、大丈夫で―――」


 玄関からまっすぐ、そこまで距離のないリビングの中央。

 ソファの上で絡み合う、二人の少女の姿があった。


「……えっ!? あっ、ちょ、待って……! なんで鍵、閉めてな……んあっ……!」


「もう、他の方なんて見ないで……? 今は私達の大切な時間なんだから……」


 船橋灯里が仰向けになり、その上に馬乗りになる形で跨っている少女―――蜜峰漓江。


 これまで見たこともないような表情、聴いたことのない声色をした彼女の姿は、上半身が薄いシャツ一枚、下半身は白のシルク生地のパンツのみ。

 灯里は服は着ているものの、漓江の両手が胸元を弄り、もはや半脱ぎ状態になっている。


「え……ええと……」


 わたしは呆然としながらそんな光景を見つめていた。


「あの、三日月さん……わ、私はその、違いますから……!」


「違うってなぁに、灯里ちゃん。私はこんなにも大好きで、気持ち良くて、蕩けてしまいそうなのに……?」


 端的に言って、どうやら襲われているようだ。

 蜜峰漓江が二重人格であること言う事は知っていたけれど、まるで普段の彼女とは思えないほど……なんというか、妖艶という言葉が似合う様だった。


「お願いだから……見ないでぇ……!!」


 それに何よりも、船橋灯里のこんな姿を見る事は珍しい。

 普段は澄ました顔をしつつ、礼儀正しいお嬢様然とした態度を貫きつつ、その腹のうちは読みきれない策士―――そんなイメージがあったのだが。


「あら……絵留さん。そんなところでずっと突っ立って……見ているだけで、よろしいのですか?」


「……、はい?」


「この部屋はもう既に私の作った媚薬で充満しちゃってますし……あと少しもすれば貴女もしたくなってきますわよ……?」


「あー、その。わたしは……ええと……」


 イメージ、崩壊である。

 今そこにいるのは親友に為す術もなく犯されようとしている幼気な少女と、ただ性欲に支配され我を忘れてしまっている愚かな少女のみ。


 真面目な気持ちで話し合いに来たというのに、まったくもって興醒めだ。


 久しぶりに感じる、この沸々とした苛立ち。


「……ああ、もう」


 他人の部屋だと言うのにも関わらず、わたしはズカズカとリビングを突っ切って窓際まで歩み寄っていく。


「え、あの……三日月さん……なにを……?」


 自分の部屋に突如現れた人間、しかも醜態を晒した相手にも関わらず、灯里は冷静を装うように声を投げかけてくる。


 しかし、容赦などしない。

 別に彼女を助けたいとか、目の前でいちゃつく二人の邪魔がしたいとか、そういうワケではないんだけど―――


「あらあら三日月さん、もしかしてやる気に……って、え?」


 漓江の言葉すら無視して、わたしは窓に手を掛け―――それを一気に開け放った。

 外から流れ込む空気が、部屋の中に充満していた薄桃色を吹き飛ばす。


「やだ、ちょ、寒っ……!?」


「三日月さん貴女、いったい何を―――」


 薄着な二人がそれぞれの反応を見せる中、わたしはくるりと彼女達の方へと向き合って、


「申し訳ありませんけど、つまらないじゃれ合いはそこまでにして貰います」


 強く、きつく言い放ち。

 有無を言わせず、文字通りその場の空気を一変させた。


  ◆◆◆


 窓を閉め、わたしは改めて二人の少女と向かい合う。


「い、いったい……急になんの要件です……?」


 先程までの感覚が抜けきれていないのか、船橋灯里は歯切れの悪い言葉でそう問い掛けてきた。


「あの、三日月さん……ごめんなさい、私……」


 一方、蜜峰漓江は興奮が冷めたのか、元の人格へと戻っている。

 何があったのかは一通り理解しているのだろう、申し訳なさそうにもじもしとしている様子は、やはり二重人格さながらと言う他ない。


「わたしがここに来た理由、これを見てもらえれば解ると思います」


 そうして、わたしは間髪入れずにスマホを取り出し、例のメッセージを彼女達に向けて提示した。


「っ……なんですか、これ……!?」


 最初に驚いた声を出したのは漓江。

 それに反し、灯里は口元に手を当てて目を見開いている。


「当然、イタズラではありません。わたしが無意味にそんなものを見せるワケがない……それくらいは理解して貰えると思いますけど」


「そ、それは、はい……でも、どうしてこんな……『殺して』だなんて……?」


「ハッキリとした理由はまだ。ですけど、見当はついてるんです」


 そんなわたしの言葉を聞いて、灯里は何を思うのか顔を伏せる。


「……三日月絵留は死にました。彼女が持っていたスマホはそのまま廃棄された、そう思っていたけれど……そうではなかった」


「この送信先が、その……本物の三日月絵留のものだと?」


「わざわざフェイクを用意して、こんなメッセージを送りつける必要性がありませんから」


「それは……そう、ですね……」


 納得するように考え込む漓江。

 しかし、灯里は依然として口を開こうとはしない。


「何か、心当たりでも?」


 そんな彼女に向けて、わたしはそう言い放つ。

 しばらくの沈黙のあと、灯里は深く溜め息を吐いて、伏せていた顔を上げて目を合わせてきた。


「これがもし、本物だとしたら……―――」


「だとしたら?」


「恐らくは、天使の棺が関係しているでしょう」


「……やっぱり、そうなんですね」


 予感は的中した。

 天使の棺は、その名前通り死んだ三日月絵留を収容した棺と化している。

 それがもしもまだ機能しているのだとすれば、そこに保存された三日月絵留の記憶データも健在だと言う事だ。


「それに、天使の棺だけではなく、天使の梯子だって関係しているのでは?」


「……! それは……ええ、そうですね。その可能性も否定はできませんわ」


「ど、どういうこと、灯里ちゃん……?」


 漓江が戸惑った様子を見せる中、灯里は彼女に説明するような口調で、


天使の梯子(エンジェル・ラダー)は本来、天使の棺を介して記憶の送信を行う、いわば子機のようなものなの。天使の棺によって抽出された記憶データを元に、脳から得られた追加データとも呼ぶべき新たな記憶を解析してデータ化、その部分だけを新たに送信する……ようは記憶のアップデートを行う装置、とでも言えばわかりやすいかもしれない」


「つまり、天使の梯子を使う為には、天使の棺が稼働している必要がある、と?」


「正確には『元となる記憶データ』を作る為に必要なのが天使の棺。その役割さえ終えれば、装置が起動しているかどうかは問題点にはなりません」


「じゃあ、単刀直入に聞きますけど……このメッセージの意味って、なんだと思います?」


 そんなわたしの問い掛けに、灯里はほんの少しだけ逡巡して、


「―――……これは、あくまで想像でしかありませんが」


「はい」


「天使の棺に残された三日月絵留の記憶データが、何らかの媒体にアップロードされ……その結果、プロトタイプである貴女が彼女と同じ記憶を持ったように、『三日月絵留』が新しく生み出された……」


「それはわたしも考えました。わたしが聞きたいのは、その『何らかの媒体』がなんなのか……そして、彼女がどうして『殺して』欲しいのか、という事です」


「……そう、ですわね。私にもそこまでは解りません。解りませんが……」


 そこで、灯里は深刻そうな表情で言葉を濁らせた。


「お願いします。少しでも手掛かりが必要なんです」


「三日月さん……」


「もしわたしが……いえ、三日月絵留が生きているのなら、わたしは……―――」


 それがただのコピー、偽物(フェイカー)であるとしても。

 黒月夜羽としての記憶も持つ、こんなデタラメな存在よりも、純粋な三日月絵留としてそこに彼女が生きているとするなら、それは―――


「わたしは、()()()()()()()()()()()()()()()()


 殺してほしい、だなんて。

 そんなこと、絶対に許さない。


「終わらせなきゃいけないんです。こんな、狂気に満ちた非道な計画……そのすべてを」


「……わかりました。私も携わっていた手前、それを否定するわけにはいきません。貴女達の側に付くと決めた以上、わたしは船橋の娘ではなく、黒月の娘として責任を果たさなければいけませんから」


「船橋さん……」


「灯里、でいいですわよ。黒月亜里華の名前は捨てましたが、この名前は気に入っていますので」


「……はい。お願いします、灯里さん」


 こうして、わたし達は手を取り合った。

 ここから始まるのは、自分が自分を取り戻す戦い。


 死者であり、偽物でもあるこのわたしが、今度こそ全てに終止符を打つ為の物語だ。

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