プロローグ
黒月地下研究施設。
穂邑たちを待ち受けていたのは黒月夢幻理ではなく、三体のミカエルシリーズたちであった。
「どこに」「行くの」「待って」
表に待機させていた白百合の二人、ミカエルナンバーⅦ、Ⅷの安否を確認するため、穂邑たちはこの場から立ち去ろうとしたのだが―――
「プロトタイプ」「これを」「あげるよ」
「え……?」
ミカエルたちが手渡そうとしているもの、それはひとつのヘッドセット。
穂邑たちはそれが何なのかは未だ知らない。
天使の梯子―――エンジェル・ラダーと呼ばれるその装置は、それぞれを介して記憶の送信と受信を行うことのできるものだった。
「える、構わなくていい! 早くここから―――」
「……いえ。これ、見覚えがあります。ミカエルたちが装着していたものと同じ……」
穂邑の忠告を無視し、絵留はそれを受け取った。
「これを」「つければ」「ひとつになれる」
「ひとつに……?」
「三日月さん!」
その様子を見て、たまらずに声を荒げて呼びかけるアリカ。
絵留は逡巡したあと、それを返すことなく握りしめてミカエルたちに背を向ける。
「……わたしを、逃がしてもいいの?」
「まだ早い」「大丈夫」「いずれひとつになれる」
ミカエルたちは不気味に口を揃えて同じ言葉を発している。
その様子は特に何かしかけるようでもなく、本当に穂邑や絵留をここから見逃そうとしている。
「貴女たち……どうするつもりなの?」
絵留が背中を向けたまま問いかけるが、返答はない。
「えるっ!!」
「―――……はい、今行きます!」
そうして、ミカエルたちとの邂逅は終わった。
これが壮絶なる悲劇の始まりであることを、この場の誰として知る由もなかったが―――ただ、それぞれがその予感を得たのは間違いなかった。
◆◆◆
爆風が収まり、周辺の土埃も晴れてきた頃。
自爆を敢行したミカエルⅨの姿は跡形もなく、側にあった白百合の車も大破―――その中身がどうなっているかなど、想像せずとも理解が及ぶだろう。
「っ……く、はぁっ……!」
爆発の衝撃をもろに身体に受け、吹き飛ばされた夜羽であったが―――咄嗟の判断により間一髪、受け身を取ることに成功し、即死だけは免れることができていた。
白百合の二人も同じく―――しかし、彼らの身の安否などを確かめている余裕は今の夜羽にありはしない。
(やられた……完全に、迂闊だったわね……)
思考は回る。
しかし、肝心の四肢はぴくりともしない。
かろうじて呼吸は微かに行えるものの、このままでは間違いなく死が待っている。
(ああ……わたし、百合花に約束したってのに……このまま、死ぬのかな……)
アリカを庇い、全身に火傷を負いながらベッドの上で眠っていた一人の少女の姿を思い返しながら―――夜羽は、自らの意志とは裏腹に笑みを浮かべていた。
(走馬灯……なんて、はっ……このわたしに、そんなもの……今更、なのよ……)
―――それは、自嘲。
か細い呼吸は次第に途切れていく。
(死ぬ前の自分……ああ、そうなのね……)
そこで、夜羽は動くはずのない身体を駆使して仰向けになり、目を開き、夜空を見上げる。
(貴方は……この瞬間に後悔したくなかったんじゃなくて……これが、当たり前だからこそ……―――)
目を閉じる。
息は絶え、今度こそ身体は動かなくて。
(……ごめんなさい、百合花。わたし、約束……守れそうにない……)
―――黒月夜羽の意識は、そこで途切れた。