幕裏 黒月夜羽
―――超記憶症候群。
現在から過去にかけて、いかなる内容の記憶でも瞬時に思い返すことのできる異様な特質。
わたし、黒月夜羽が生まれ持った才能―――いや、障害。
ある人はこれを『神の祝福』だと称え、羨望した。
黒月の人間として相応しい、特筆すべき能力であると。
『いいかい、夜羽ちゃん。人はいつか死んでしまうものだ。それがいつになるのか、今の自分には予想できないけれど……少し思い浮かべてみてほしい。死ぬ直前の自分を』
『死んでしまう、前の……?』
その青年は淡々と、けれどもどこか希望に満ちた声色で、幼少期のわたしにそんなことを語った。
『走馬灯、という言葉を知っているかな?』
『それは……ええ、わかるけど―――』
『俺や君がこうして見ている『今』はさ、死ぬ前の自分が見ている走馬灯に過ぎないんだよ。時の流れは残酷で、生命は必ずいつしか終わりを迎える。人の一生なんてものは、広大な宇宙のスケールからすればほんの些細な……一瞬のうちの出来事なんだ』
それは妄言のようにも聞こえるが、当時のわたしは彼に対して絶対的な信頼を寄せていたこともあり、ただ黙ってそんな言葉に耳を傾けていて―――
『過去に戻ることはできない。けれどそれは物理的な面での話だ。人間には『記憶』がある。それを思い起こすことで、いつだって人は過去に思いを馳せることができるんだ。死ぬ直前の自分ってのは未来がないだろう? だから、これまでの人生すべてを思い返すことしかできないんだ』
『でも、普通の人は思い出せなくなったりすることもあるんでしょう?』
『そうだね。しかし、走馬灯―――死の直前になると観えるらしいそれは、とても鮮明に過去を思い返すことができるらしいんだよ。死ぬ直前になって脳が覚醒するのか、最後の灯火とでも言うのか……まあ、俺が言いたいのはさ。死の直前に見る過去の記憶ってのは『今』なんだよ』
『……だから、今がその走馬灯だ、って?』
『まあ厳密には違うんだけどね。未来は自分の手で選び取っていくものだから。ただ……結局俺達がこうして生きている今が、最後の最後になって走馬灯のように思い起こされる記憶でしかなくなるってのは……なんていうか、とても―――』
そこまで言って、その青年は黙り込んだ。
その続き―――彼が何を言おうとしたのか、なんとなくではあるけれど、わたしにも理解できた。
わたしは何時でもどんな記憶だって思い起こせる。
だから、今こうして見ている景色が、光景が―――聴こえる声が、音が―――感じるすべてのものが、一分後のわたしにとっての過去であり、現在になり得る。
今この瞬間に見たものですら『過去』であり、死ぬ前に見る走馬灯でしかないだなんて、そんな思考はとても悲しいものだけれど。
―――黒月夜羽にとっては。
理解の範疇でしかない、ただの『当たり前』だった。