7話 立ち上がる為に必要なもの
「それでは、百瀬アリカの名の下に円卓会議を開廷致します」
アリカの宣言により、総勢七名の少女達によって円卓会議という名の話し合いが始まった。
「まずは順を追って説明をしていきます。何か質問、意見がある場合は挙手を」
アリカが周りを見回し、それに全員が無言で頷き返す。
「昨日、百瀬本社にて起きた爆発事件。ニュースにもなりましたし、皆様すでにご存知だとは思いますが、詳しい詳細はマスコミも掴みきれていないのが現状です。その裏側―――クリスから三日月さんに直接伝えられている事実、それをまずはお知らせ致します」
「わたしに……ということは、百合花さんの事ですね?」
「はい。皆様もお気付きとは思いますが、あたくしの姉であり、この学院の学院長でもある百瀬百合花が事件現場にて爆発に巻き込まれ重症を負いました。その時、あたくしも傍におりましたが……お姉様に庇って頂いたおかげで、幸いにもご覧通りほぼ無傷ですわ」
言いつつ、アリカが両腕を広げて見せる。
「お姉様はそのまま病院へ搬送。本日の昼頃には面会が叶い、無事なお姿をこの目で確認しています。意識も取り戻されて、少しばかり話も致しました。その時に聞いた内容なのですが、それこそが今回の事件の本質とも言えるものでしょう」
「事件の本質……?」と、穂邑が小声で聞き返す。
「それについては後でお話します。その時、あたくしと一緒に夜羽さんもいらっしゃいました。彼女は『ケジメを付ける』と言って病室から単身で去っていきました。あたくしにお姉様の事を任せる、とも……。けれど、あたくしはお姉様に頼まれたのです。夜羽さんの事を助けてあげてほしい、と」
「……本当の、黒月夜羽―――」
絵留が反応するも、アリカはそれを無視して話を続ける。
「そうして、あたくしは病院に百瀬本社から白百合を招集。お姉様の護衛に数人と、あたくしの足として二人を付き添いに、この学院へと戻ってきたというわけです。そこでミカエル―――皆様の情報からナンバーⅧと呼ばれる個体と遭遇。白百合の二人によって気絶させ、武装解除して確保した、という流れになりますわ」
「なるほど。アリカちゃんは夜羽を探しにここへ来たってわけだね?」
挙手しつつ、穂邑が質問を投げかける。
「ええ、ですがそれだけではありません。あたくしがこの学院へ来た目的は別にあります。もちろん、最終的には夜羽さんに協力し、事件の裏側に潜んでいるものを暴く事に変わりはありませんが―――」
「もしかして、それが倉敷さんと蜜峰さん?」
「それも必要なキーパーソンですが……ふう。なんだか胃が痛くなってきましたわ……」
しかめっ面を浮かべながら、アリカは恨めしそうに穂邑を睨みつけた。
「あたくしが必要としているのは貴女です、紅条穂邑さん」
「……、え?」
まるで意表を突かれたかのように、穂邑は驚きを隠せないまま口をぽかんと開ける。
「以前、あたくしは貴女に敗北した。お姉様だけではない、貴女は確かにあたくしを負かしたのです。そんな貴女の力を、あたくしは借りたいのです」
「いや、ちょっと待って。あれはさ、別に僕は何も―――」
「あれだけ酷い事をしていながら虫が良すぎる、という事は承知の上です。それでも、あたくしはお姉様の願いを聞き届けた。自分よりも他人のことを守ろうと必死になっていた、あたくしの知らない……いいえ、知ろうとしなかった本当の姉の心を、今度はあたくしが守りたい」
「アリカちゃん……」
アリカの気迫に圧されて反論を詰まらせる穂邑。しかし、それを聞いて黙っていられない人間が他にいた。
「オレは反対だぜ。あれだけ大掛かりな事をしておいて、今度は助けて欲しいって? どのツラ下げて物言ってやがるんだ、って話だろ」
「……うん。正直、あたしもまさきちに同意かな。過去にアリカがやったことはともかく、今度もまたほむりゃんを物騒な事件に巻き込もうとするなんて、いくらなんでも都合が良すぎだって思う」
「摩咲さん、香菜さん……」
遠慮なく自分の意見を述べる二人を見て、絵留は迷いの表情を浮かべる。
「……そうですね。あたくしも身勝手な物言いだと理解はしています。それに、一度負けた相手に助けを求めるだなんて……百瀬時期当主として、ただの恥でしかありません」
「アリカ、あんたねえ……!」
「香菜、ちょっと待って。アリカちゃんは僕を頼ろうとしているんだ。それなら、その返答は僕がするべきだと思う」
「ほむりゃん……それは、そうだけどさ」
穂邑は深呼吸をして、目を閉じる。
それからゆっくりと瞼を開けて、アリカの目を見つめた。
「アリカちゃん、君の気持ちは解ったよ。正直、僕からしてみれば以前の因縁とか、そういうのは全然気にしてない。僕に出来る事があるなら協力したいと思うし、個人的にはアリカちゃんのこと、僕は好きだしね」
「すっ……!?」
「でもさ。今回の事件はニュースにも、警察沙汰にもなってる。相手は拳銃なんかを持ち出してて……とてもじゃないけど、僕みたいなただの学生風情には荷が重い案件だ。……それに、アリカちゃんは僕が君を負かしたというけれど、僕は本当に何もしていないんだよ。あれは百合花さんや香菜、摩咲がいたから何とかなっただけなんだから」
穂邑は自嘲気味にそう言って、上げていた手を下ろす。自分の意見はこれが全てだ、という意思表示のように。
「それが、貴女の考えなのですか?」
だが、しかし。
アリカはそれでもなお引く事をしなかった。
「そうだよ。僕には何の力もない。君の助けには、なれないよ」
「紅条さん。あたくしはね、貴女の事が嫌いです」
「……、へ?」
「あたくしは、貴女に負けたと断言します。これは嘘偽りない本音。貴女には何の力も無い、ですって……? そう思っているのは貴女だけですわ」
まるで駄々をこねる子供のように捲し立てるアリカだったが、その言葉の節々には強い意志が込められていた。
「いや、僕は―――」
「ここにいる、あたくしと紅条さんを除く五名の皆様にお聞きします。そこにいる紅条穂邑は、本当に何の力も持たない非力な人間であると、貴女がたはそう感じていらっしゃいますか?」
アリカのその言葉に、一同はそれぞれ目を合わせ、困惑しながらも全員がその首を横に振った。
「え、ちょ、みんな……!?」
「これが現実です。いい加減、お気付きになったら如何ですか? 貴女はね、貴女が思っている以上に周りの者達に影響を与えているのです。貴女だからこそ、非力ながらも立ち向かう事を諦めなかった貴女がいたからこそ、結果としてこのあたくしを打倒するに至った―――それをこの身を通じて感じたあたくしが言うのですから間違いはありません」
「いや、えっと……僕は、でも……」
「まあ、だからといってほむりゃんがアリカに手を貸す理由にはならないけど? アリカの言い分はその通りだと思うし、あたしもちょっとびっくりしてるけどさ?」
香菜の冷静な反論に、アリカはたじろいでその勢いを落ち着かせた。
「そうですね。少し、熱くなってしまいました」
「なあ紅条。オレは辞めとけって言っとくぜ。オマエが黒月やら百瀬やらのゴタゴタに足を突っ込む義理はねぇよ」
「う、うん……そう、なんだけど―――」
周りに気圧され、穂邑は一向にたどたどしい振る舞いを見せていたが―――先程とは違い、迷っているようでもあった。
そんな彼女の様子を見ていた絵留は、意を決したかのように挙手をする。
「わたし、アリカさんに協力したいです」
「える……?」
「自分が黒月夜羽じゃない事はもう受け入れました。……いえ、実際はまだ頭の中がごちゃごちゃで、上手くまとめきれていないけれど―――でも、わたしは今回の件に関して無関係だとは言えないから」
「ミカエル・プロトタイプでしたか。あたくしも初めて聞く名前です。天使の棺計画についてはそれなりに知識を有してはおりますが、ミカエルシリーズにプロトタイプなるものがあったとは知りませんでした。どうやら、彼女らの目的は貴女のようですけれど―――」
「……はい。黒月夜羽でも三日月絵留でもない、この『わたし』を求められている。その理由は解りませんが、わたしの中にある二人の記憶、そのどちらでもない『わたし』が関係していると言うのなら―――もう、見過ごすワケにはいかないんです」
「ちょ、ちょっと待ってよえる!」
「ごめんなさい。でも、アリカさんの話を聞いて決めました。これはきっとわたしの問題なんです。ほむらさんが危ない事件に関わる必要なんてない。本物の黒月夜羽がケジメを付けると言うのなら、わたしだって動かなきゃ筋が通らないですから」
そう言って、絵留は決意に満ちた眼差しでアリカを見つめる。
「それで、アリカさん。どうしてほむらさんを頼ろうと思ったんですか?」
「それは……いえ、紅条さんの力というよりは、彼女が立ち上がることで動くものを頼りたいと―――」
「香菜さんの人脈、摩咲さんや美咲さんの家である濠野組、倉敷さんの警察に通ずる情報網、蜜峰さんの黒月夜羽に関する情報……ですよね?」
「え、ええ。その通りですわ」
絵留は満足げに頷くと、円卓に座るそれぞれの少女達へ視線を配り、
「皆さん、お願いします。わたしなんかの頼み、聞いて貰えないかもしれないけれど……わたしとアリカさんの為に、力を貸してくれませんか?」
「える……」
「えるるんの頼みでも、あたしは無理……かな」
「オレは、どうだろうな。濠野組が動くかどうかは姉貴や母上次第だ。そういう意味じゃ、オレに出来るコトなんて何もねぇよ」
香菜と摩咲は断固として反対側であったが―――
「私は……そうですね、情報提供だけなら。とはいえ、娘だからといって重要機密まで聞き出せる訳ではありませんので、そこはご了承のほどを」
「私も黒月先輩についての資料を持っています。科学研究部に所属していた頃、一度だけ彼女の私有施設に連れて行かれた事があって。三日月さん、覚えていますか?」
八代と漓江は賛成側。
そして、そんな漓江の質問に対して絵留は、
「……いえ、記憶にはありません。つまり、蜜峰さんは本当の黒月夜羽と接触していたんですね?」
「ええ、そうですね。ずっと疑問には感じていたんです。学院生活を送っているはずの彼女が私有施設を所持し、ほぼ独力で運営していたこと……私のしている研究を、まるで初めて見たかのように興味津々だったことも。今にして思えば納得ではありますが」
「倉敷さんには現在の警察の捜査状況、蜜峰さんには過去に黒月夜羽の私有施設にて得た情報をそれぞれ提供して頂ければ充分ですわ。そこから先はあたくしが―――いえ、あたくしと三日月さんが何とか致します」
アリカの言葉に八代と漓江は無言で頷くと、それぞれ持参していた資料を提示した。
「渋谷さんは残念ですが、確かに無関係である貴女がたに頼るというのもおかしな話……。申し訳ありませんでした。あたくしの事は恨んで頂いても構いませんが、お姉様の事だけは―――」
「いや、あたしも別に恨むとかまではないからさ。それにアリカが百瀬先輩の為に頑張ろうとしてるのは伝わったし。関わり合いになるつもりは無いけどさ……その、応援してるから」
「……ありがとうございます、渋谷さん」
そうして、香菜は身を引く事を選択。
それに対して絵留が何か口を挟んだりはしなかった。
「で、オマエはどうするんだよ、紅条」
摩咲が穂邑に向けてぶっきらぼうに問いかける。
しかし、穂邑は依然として黙り込んだまま。
「……紅条さん。あたくしは三日月さんと共に夜羽さんを追います。お姉様や夜羽さんとも関わりのある貴女にこそ協力して頂きたいと思ってはいましたが、必要最低限の準備はすでに整いました。この場を整えていただけた……それだけで充分だと言えるでしょう。お姉様に代わり、あたくしがお礼を申し上げます。ありがとうございました」
「アリカちゃん………」
「大丈夫ですよ、ほむらさん。わたし、今度こそ上手くやってみせますから。アリカさんが付いているんです。それに、わたしは本物の黒月夜羽と立ち会って、真実を確かめなくちゃいけないから」
「える……僕は―――」
穂邑は何も言えない。
どれだけ賛辞を受けようと、自分自身の非力は己が一番よく理解している。
何よりも、香菜や摩咲の言う通り、穂邑には立ち上がる為の明確な動機が存在していない。
天使の棺に関しては、兄である一樹との決別という自分の為の目的があった。結局のところ、これまでずっと穂邑は自分の為に行動していたのだ。
これは正真正銘、大規模な事件だ。警察やマスコミが動き、大企業である百瀬財閥が大打撃を受けるほどの。
その裏側に潜む者達は危険であり、命に関わるような蛇の道であることは疑いようがない。
だからこそ、解らない。
自分なんかの出る幕ではない、そう感じていながらも、どこかずっと引っかかっている違和感―――その正体を見つけない限り、穂邑は立ち上がる理由を明確に出来ないままだ。
「百瀬ビルはミカエルⅥを名乗る者によって爆破されました。まさか茨薔薇までミカエルの襲撃があるとは思いませんでしたが……それも二人となると、向こう側にとって三日月さん―――ミカエル・プロトタイプの存在はそれほど重要なものなのでしょう」
「……ええ、わたしもそう思います。だからこそ、やっぱりここにはもう居られません」
「ミカエルが連番になっているところを見ると、恐らくは残り四体。それらが暴れ、百瀬の事件の二の舞になる前に、あたくし達と夜羽さんで何とかしなければなりませんわ」
「はい」
アリカと絵留はいつ行動を始めてもおかしくはない。
そんな中、穂邑は歯を食いしばる事しかできなくて―――
「おい、お前ら! まだ話し込んでたのか!」
そこに、焦った様子の美咲が駆け付けた。
「姉貴、どうしたんだよ?」
「いや……それがな。ああ、何から話せばいいんだか。とりあえずアリカと三日月、あと摩咲、アタシについてきてくれ」
「わたし、ですか?」
「ミカエルの二人が目を覚ました。今はクリスが監視している。尋問するなら今しかないだろう」
「―――! それは朗報ですわね。今すぐ参りましょう」
そうして、円卓会議は閉廷した。
アリカ、絵留、摩咲の三人は美咲に連れられて、役割を終えた八代、漓江は挨拶を残してその場から立ち去った。
円卓の間に残されたのは、香菜―――そして、穂邑の二人だけ。
去っていく者達に何の言葉も投げかけず、ただ意気消沈している穂邑の傍に、香菜が近寄っていく。
「ごめんね、ほむりゃん」
穂邑の背中から、優しく包み込むように身体を寄せる香菜。
「……ううん。正直、僕もどうすればいいか、解らなくて。香菜の気持ちは、伝わってるつもりだよ」
「そっか。それなら良かった」
穂邑は目を伏せて、思い耽る。
今回ばかりは完全に部外者な彼女だったが、それでも、アリカに言われた言葉が脳裏を駆け巡って。
……そして、何よりも。
守りたいと思っていた少女が、自らの意思と覚悟を持って去っていった事が、穂邑にとっての迷いそのものだった。