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【完結済】天使の棺 −虚ろな罪人と無垢なる少女−  作者: 在処
天使の梯子 ―エンジェル・ラダー編―
105/133

4話 真実は陰謀の中に潜んでいる

 一方その頃。

 本物の黒月夜羽は、黒月の研究所へとやってきていた。


 彼女はすでに警察の事情聴取を受け、百瀬本社ビルの爆破とは無関係であることを証明している。

 しかしながら、ビル内部に設置されていたカメラにはハッキリと『黒月夜羽に似た少女』が百合花、アリカと共に社長室へ向かうところが録画されていた。


 そんな状況で夜羽がアリバイを証明できたのは、彼女もまたその時に百瀬本社ビルに来ていたからであり、一階の受付に足止めを食らっている間に事件が起きたという経緯があったからなのだった。


『……は? ちょっと待って。わたしは百合花達とはまだ―――』


 そこで異変に気付いた夜羽が百合花のスマホへ連絡。

 しかし彼女の忠告は間に合わず、クローンの少女は百瀬源蔵を銃殺し、自らの身を証拠隠滅の為に爆発させてしまったのだ。


『あたくしは確かに見ました。あれはミカエルシリーズの―――』


 アリカの証言により犯行現場の状況は警察に伝えられ、重症を負った百合花は救急車によって病院へ搬入。

 夜羽とアリカは警察の事情聴取を受けた後、百合花のいる病院へと駆け込んで、


『あ、はい。百瀬百合花さまでしたら―――』


 数時間、待合室にて待機することになったのである。


 そうして面会を終えた後、夜羽は単身で黒月研究所へと向かう事にした。

 ミカエルシリーズが事件を起こした元凶である以上、黒月財閥が関わっているのは明白である。そして、その旨については既に警察にも伝えられているのだ。


 案の定、黒月本社には警察が立ち入っていて、事業の一時停止、研究所含むすべての施設の捜索が始まっている。


 いくら黒月の娘であるとはいえ、事件現場に居た夜羽が警察の介入している本社に足を踏み入れることは難しい状況となっていた。


(……このままいけば、警察がすべての証拠を掴んで事件を解決させるでしょうね。でも―――)


 果たして、その程度の計画なのだろうか?


 百合花の言っていたエンジェル・ラダー計画について夜羽は何も知らない。

 少なくともこの黒月本社、ならびに黒月研究所にて行われている事業の大半は把握しているはずなのだ。


 何よりミカエルシリーズが動いているというのは本来あり得ないことだった。

 彼女らは夜羽のクローンであり、その利用目的はあくまで『天使の棺』計画によるものだったはずなのだ。


 夜羽は自分でさえ理解の及ばない現状に苛立ちを隠し切れなかったが、だからこそ自身の目で真相を確かめなければならないと考えているのである。


(わたしのクローンを捨て駒のように扱って、わたしの大切な人を危険な目に合わせるなんて……そんなの、許せるワケがない)


 一度は己の潔白を証明した上でなお事件に足を突っ込もうとすれば、再び警察から嫌疑を掛けられてしまってもおかしくはない。


 それでも、夜羽は見過ごすわけにはいかなかった。


(もし、本当にわたしの知らない、大きな陰謀が蠢いているのだとしたら)


 黒月本社ビルを前にして夜羽は腕を組み、堂々と仁王立ちしながら思考する。


(ここには、何もない……ってこと?)


 警察が調査を進めている以上、この場所に件の計画に関わるものは無いのかもしれない。

 天使の棺については解体したが、ミカエルシリーズは既に別の施設からこの場所に―――と、夜羽はそこまで考えて、


(そうか……ミカエルシリーズ……!)


 カプセルに保存されて眠っていた十二体ものクローン達。

 それらをここへ移動させたのはこの黒月夜羽ではなく、ミカエル・プロトタイプ―――偽の黒月夜羽だった。


 一度は計画の実行の為に研究所へと運び込まれたが、天使の棺を解体するにあたってクローン達の処分も既に決定していたのだ。


(はあ、やられたわ。灯台下暗し……ってこと?)


 そして。

 それらを再び移送するとすれば、必然的にその場所は限られてくる。


(いや、まさか……()()()()()()()()()()()()()()()()?)


 夜羽はこの場所にミカエルシリーズが残っていると考えていた。当然、移送されるならその情報も伝えられて然るべきであったからだ。


 しかし、それは彼女には伝えられていない。


(まさか……そういうことなの?)


 夜羽は気付く。

 そして、一人の少女の姿を思い浮かべる。


(警察は未だにここを捜査している。進展はなさそうだし、あの様子だとミカエルシリーズは確実に移送されているでしょうね。そして、その事を()()はわたしに伝えなかった)


 百合花でもなく、三日月絵留でもない。

 本物の黒月夜羽と接触していた、数少ない人間。


 それは、もはや一人しかいなかった。


(貴女の仕業なの? 船橋灯里ふなはしあかり……―――)


  ◆◆◆


 とある地下施設にて。

 並べられたカプセル状の機械―――それらは合計で十二個あり、そのうち五つの中身は空になっている。


「それで、次の狙いは如何されますか?」


 艷やかな黒髪を三つ編みにして黒いドレスを身に纏う一人の少女が静かに問う。


「急く必要はありません。物事はひとつひとつ慎重に。まずはプロトタイプ……いえ、三日月絵留でしたか? アレを手にする事が最優先事項ですからね」


 返答したのは、四十も半ばといった風貌な銀髪の女性。

 それはカプセルのひとつに手をかけながら、まったく無表情のままにそう言った。


「どうやら(セブン)が失敗したようです。データリンクが途切れています。反応は消えていないので自爆すらできていませんね、これは」


 三つ編みの少女が淡々と業務的に言葉を紡ぐ。

 それを聞いてなお、銀髪の女性は表情を変化させることはなかった。


「ならば(エイト)に処分させなさい。保険として同行させているのでしょう」


「はい。ですが、私個人としてはこの時点で撤退を優先すべきかと―――」


()()()。口を慎みなさい」


 亜里華と呼ばれた三つ編みの少女はびくりと身体を震わせる。

 銀髪の女性は無表情のままだが、その言葉に底知れぬ圧のようなものが感じられたのだ。


「失礼、訂正だけさせて頂けると助かります。私は灯里あかりです」


()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。私が亜里華と呼ぶのは、この世にただ一人しか居ません」


「……、はい」


 亜里華と呼ばれる少女―――もとい、()()()()は渋い顔をしながら言葉を濁す。


「百瀬源蔵は死去し、百瀬百合花はその実権を放棄した。このまま順当にいけば百瀬アリカがその座を継ぐことになるでしょう」


「はい。アリカ様はまだ幼いですが、いずれ必ず百瀬当主として―――」


「当主として? 面白いことを言うのですね、亜里華は」


 言葉とは裏腹にその無表情は変わらず、銀髪の女性は冷めた視線を灯里に向けて、


「あれはね、()()()()()()()()


「―――……それは」


「世界を変えるのは他の誰でもない。貴女なのですよ、亜里華」


 目の前の女性がいったい何を言っているのか理解できず、灯里は目を見開いて口を押さえる。


「他力本願のつもりならお辞めなさい。貴女にはその責務があるの。()()()()()()()()()()()()()()、貴女はこの私―――黒月夢幻理くろつきゆめりにとって唯一の希望なのだから」


 船橋灯里。

 それは彼女にとって仮初の名前であり、


「百合花と亜里華、そして夜羽。黒月の正当なる後継者となるべき者が誰なのか。そろそろ自覚するべきです」


 ()()()()()

 それこそが、彼女にとって真の名前であった。


「百瀬には最後まで道化を演じて頂きましょう。すべては黒月の悲願―――」


 そうして。

 無表情のままであったそれが、変貌する。


「エンジェル・ラダー計画の、実行を!!」


 眼球が飛び出るほどに目を剥いて。

 その口元は歪みきり、裂けてしまいそうなほど大きく開かれていて。


(私は……―――)


 灯里は顔を伏せ、自問自答する。

 これまでの自分の行いを振り返り、それらを頭の中で振り払う。


(本当の人形は……いったい、誰の事なのでしょうね……)


 彼女にはそれでも立ち止まれない理由がある。

 だからこそ数多くのものを犠牲にし、裏切り、騙し、切り捨ててきたのだから。


(ねえ、漓江りこう……こんな私でもまだ、貴女は友達だって言うの……?)


 もう戻ることはできない。

 汚れた手と足は既に洗い流せない。


 少女は、迷い―――それでも、歩みを止めるわけにはいかなかった。


  ◆◆◆


 百瀬アリカは、百合花の入院している病院から使用人に車を走らせて茨薔薇へと向かっていた。


 アリカが白百合の騎士と呼んでいる、百瀬財閥直属の精鋭部隊―――その実は武装集団というわけでもないのだが、百瀬が実力行使に乗り出す場合の隠し玉、といったもの。

 それらの指示権を一時的に持っていたアリカではあったが、既にその権利は失われていた。


 しかし、入院している百合花の護衛という建前で集まっていたその白百合の騎士たちの中から二人に声を掛けたアリカは、次期当主という肩書きを利用して彼らを付き従える事に成功していたのである。


「ところでアリカ様。なぜ茨薔薇へ向かわれているのです?」


「そうそう。百合花様を置いて……いえ、もちろん我々の他の面子が護衛についてはいますが―――」


 前の座席にいる二人に声を掛けられ、アリカは難しい顔をしながらそれに答える。


「今回の件、あたくしだけでは到底どうにかできるような事態ではありません。夜羽さんを見つけ出すにしても、あたくしは彼女の連絡先さえ知りませんし……」


「それで? 茨薔薇にいったい何があるって言うんです?」


「ある、と言うよりは……いる、と言った方が正しいでしょうね」


「もしかしてあの濠野とかですかい? いやあ、それにしてもあの時は驚きましたなあ。まさか濠野が我々百瀬に楯突くだなんて!」


 運転している方の男性は飄々とした口調でそんなことを言う。


 以前、アリカは白百合の騎士を従えて茨薔薇の侵略を試みた。

 大袈裟にも高額なモデルガンを揃え、ハッタリにしては大掛かりな作戦―――


「あの、濠野の次期当主候補の姐さん……あー、名前は忘れましたが、あの人と―――そう、黒月夜羽! あの二人が強いのなんのって!」


 それを抑えたのが、茨薔薇の警備を担当している濠野組。次期当主候補、というのは学生寮の寮監を務めている濠野美咲のことである。


「美咲さんは武道を一通り習得されていると聞きました。夜羽さんは……知りませんが、どうせあの何でもかんでも覚える頭で色々な知識を付け、トレーニングもされていたのでしょうね」


 軽口に対して真面目に受け答えするアリカを背に、運転手の男性はつい苦笑いを浮かべてしまう。


「そうなんですねえ。なるほどなるほど、つまりアリカ様は我々の力が借りれないと踏んだや否や、次は濠野のヤツを従えちまおうって魂胆なんですね?」


「まあ、それも一つではありますが。あたくしの目的は別にありますわ」


「……へえ? あの茨薔薇に、他に何があるって言うんです?」


「それは―――」


 問い返されて、アリカは言葉を詰まらせる。

 彼女の脳裏に浮かび上がるのは、一人の少女。


「……今回の件、協力者が必要になるでしょう。無関係な方々を巻き込むつもりはありませんが、あの夜羽さんが一人でケジメを付けようとしているのです」


 アリカにとっての夜羽とは『茨薔薇女学院に通っている三日月絵留を名乗っている黒月夜羽』であり、彼女はまだ『一年間姿を隠していた本物の黒月夜羽』という存在を認知していないのだ。


「ですから、彼女の事を止められるのはあたくしではなく、彼女に一番身近な存在を―――」


 そこまで言って、アリカは歯噛みをする。


「アリカ様?」


 助手席にいる方の男性が後ろを振り返ってアリカの様子を伺う。


「あ、いえ……少し、思い出していただけですわ」


 アリカは姉である百合花と戦い、敗北した。

 それは百合花が実権を放棄してまで茨薔薇を死守しようとした、強硬手段とも呼ぶべき予想外の手を打ってきたからではあるのだが。


 もう一人、アリカにとって辛酸を舐めさせられた相手がいるのだ。


「ともかく、協力者を得ない事には始まらないと言う事です。お二人とも、よろしく頼みましたよ」


 その少女の姿を思い返すたび、アリカの胸は苦しく痛みを訴える。

 自分を負かした相手、それに何より、あの姉が唯一と言っていいほどに好意を寄せている存在―――


「はいはい。まったく、俺達も貧乏くじを引かされたなあ」


「おい。アリカ様に対して流石にその物言いは失礼過ぎるだろう」


 それこそ、アリカにとっては()()()()と言って差し支えないような、一人の少女。


(お姉さま……あたくし、きっと……)


 アリカは覚悟を決め、拳を握りしめる。

 ここまで来たからには形振りなど構っていられない。


(あたくしに出来る最善を、選んでみせますわ……―――)


 だからこそ。

 彼女はただひたすらに、前を見続けるのだ。


  ◆◆◆


「―――ミカエル・プロトタイプ……って、何のこと……?」


 茨薔薇の園、四階、黒月夜羽の部屋。

 突然の電話に応答した絵留よはねは、通話越しに聴いた単語に動揺を隠せないでいた。


『知っているでしょう。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 夜羽の記憶の中、その単語は確かにあった。

 ミカエル・プロトタイプ―――それは黒月夜羽の遺伝子をベースに生み出されたクローンの中でも、一番初めに造られた『試作品』、文字通りプロトタイプのことを指している。


「それがいったい何? わたしは黒月夜羽そのものよ。確かに今は、三日月絵留の記憶も持ってはいるけれど―――」


『まだ気付けていないようですね。無理もありませんが、貴女は現実を知るべきです。わたし達と同じように……貴女もまた、ただ利用される為だけに生み出された存在なのだと言う事を』


「まさか……―――」


 そこまで言われて勘付かないほど絵留よはねも馬鹿ではない。


「わたしが……ミカエル・プロトタイプだって言うの……?」


 それは試作品にして唯一『寿命の安定化』に成功した素体であり、計画の要として別の施設に隔離されていたのだが、その所在を知っているのは所長である紅条一樹と黒月夜羽、その他黒月に関係のある者だけだった。


 そして、今の夜羽としての記憶を持つ彼女にとっての違和感―――およそ一年間、かつて存在していたはずのプロトタイプの在処がいつの間にか解らなくなってたことを思い出して。


「……そう。ああ、そういうこと?」


 パズルのピースが嵌ったように、頭の中ではカチリと音を立ててひとつの違和感が払拭された。


『やっと気付きましたか』


 通話越しに聞こえる声。

 それは間違いなく、()()()()()()()()()()()()()()()()()()―――それについては第一声から勘付いていた絵留よはねだったが。


「貴女はミカエルシリーズのひとり。そしてわたしはそのプロトタイプで……本物の黒月夜羽は別にいる、そういうことなの?」


『その通り。わたしはナンバー(エイト)。既に茨薔薇の地にはわたしの他にもミカエルシリーズが潜入済みです。百瀬本社で起きた事件を思い返しなさい。貴女が言う事を聞かなければどうなるのか……解りますね?』


「どういう事? まさか、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……そう言いたいの?」


『その場にいた貴女ならとっくに気が付いていると思いましたが?』


「さあ。何の事だか解らないわね」


『……なるほど。どうやら齟齬があるようですね』


「それで? 貴女達のお望みは? わたしの身柄だけって言うなら、大袈裟な事態を引き起こすのは勘弁して貰いたいところだけれど」


『では敷地の外へ。そちらの寮にいるナンバー(セブン)と共に、わたし達についてきて貰いましょう』


 それだけ言うと、プツリと一方的に通話が途切れてしまう。

 絵留よはねは溜め息を吐きつつ、スマホをポケットに突っ込んだ。


(……まったく。やっと自由になれたと思ったのになあ)


 百瀬本社で起きた爆発事件。

 その時、百瀬源蔵がミカエルシリーズによって銃殺されたのだとアリカから聞いている以上、相手側は手段を選ばない集団だと言う事になる。


 ようやく手に入れた平穏、その象徴となるべきこの茨薔薇の地を、再び血で汚すわけにはいかない。


 絵留よはねは覚悟を決め、部屋から飛び出して―――


「……あっ、える!?」


 部屋を出た先、円卓の間にて―――慌てた様子の紅条穂邑と出くわしたのだった。

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