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【完結済】天使の棺 −虚ろな罪人と無垢なる少女−  作者: 在処
天使の梯子 ―エンジェル・ラダー編―
102/133

1話 復讐の使徒、襲来せり

 秘されし隠れ家、黒月の地下研究施設にて。


「―――エンジェル・ラダー計画?」


 黒月夜羽(くろつきよはね)は、招かれざる客であり実の姉でもある銀髪ツイン縦ロールのゴスロリ少女、百瀬百合花(ももせゆりか)からとある計画について問われていた。


 エンジェル・ラダー―――『天使の梯子(はしご)』と言うその単語、計画名についてである。


 しかし、夜羽にとってそれは初耳であった。


「ふむ。夜羽は何も知りませんのね?」


「そうね、まったくもって聞いた事も目にした事もない名称だわ」


 そして万が一、物忘れをしているという可能性は彼女にとっては皆無である。


 ―――超記憶症候群(ハイパーサイメシア)

 黒月夜羽が持つ、障害とも才能(ギフト)とも呼べる超常的な特性は、これまで彼女が見聞きしてきた全ての事象を記憶し、一切の忘却を許さない。


 よって、夜羽は間違いなくその計画についての知識はまったくもって持ち合わせておらず、彼女のことを信じている百合花はその反応に疑いの感情を持つ事もなかった。


「ただ、()()()()()が知らないとしても、プロトタイプ―――いえ、今の三日月絵留みかづきえるならば知っているかもしれないわ。現にわたしは彼女をこの一年間、わたし自身として活動させていたのだもの」


 三日月絵留は夜羽のクローンであるミカエルシリーズのうちの一人の仮称であり、本人はすでに命を断っているのだが、その記憶だけが他のクローン体である『プロトタイプ』と呼ばれる長命の素体へ最近になって移植されている。

 さらに言えば、そのプロトタイプ自体はおよそ一年前に黒月夜羽の記憶をコピーして移された事により、偽の黒月夜羽としてこれまで活動してきたのだ。


 結果として偽の夜羽の記憶を持ったプロトタイプの脳髄に、三日月絵留の記憶が追加で移植されている状態なので、プロトタイプ自体が三日月絵留であると言える状態かどうかは難しい。

 しかし、本物の夜羽ですら知り得ない事ではあるが、プロトタイプの少女は夜羽と絵留の記憶を持ってなお『自分』を持ち続け、ひとつの人格を保ち、己の意思で『三日月絵留』を名乗っている。


「彼女の活動や見聞きしたもの、それは夜羽と共有されていないと?」


 百合花は怪訝な表情で問いを投げる。

 夜羽の事を疑っているわけではなく、単純な疑問として。


「それはそうよ。そうでもしなきゃ綻びが生まれるでしょ?」


 あっさりと答える夜羽であったが、百合花はどこか納得していない表情のまま黙り込む。


「……そりゃ、わたしが何をしていたのか知っている百合花なら、そう簡単に信用なんて出来ないかもしれないけど―――」


「いえ、そうではなく。それなら余計に彼女は知らないのではないかしら。天使の棺に関する事件こそが今回の真相……そう考えていたようにしか見えませんでしたから」


「更にその裏側に何かがある……百合花がそう感じたからこそ、あの子がわたしでは無いと推測できたって言ってたわよね。それはあの子が()()()()()()()()()()()()、ってコトね?」


「ええ。本当の夜羽ならば何か知っているのではないかと思いましたが……」


 百合花がエンジェル・ラダー計画について知ったのはほんの数日前のことだった。

 学院の利権を勝ち取るため、百瀬財閥の当主の元へ向かった時、そこで父の口からぽろりと飛び出た言葉がそれだったのだ。


「なんにせよ、父に直接聞く他はないという事になりそうですわね」


「ふうん。それならわたしも一緒に行くわ」


「……なぜ?」


「それが何を意味するのかは解らないけれど、天使の梯子(エンジェル・ラダー)だなんてネーミング、どう考えたって天使の棺と関係ありそうじゃない」


 夜羽の口調は軽いものだったが、眉間には薄っすらとシワが寄っていた。


「もし、まださらに奥深くに何かの陰謀が残っているのだとしたら……わたしがこれまでやってきた全てが無に帰すかもしれない。そんなの、見過ごすわけにはいかないわ」


「……そうですわね。解りました。今日いきなりアポを取るのは難しいでしょうし……明日、本家で直接合流しましょう」


「解ったわ。……ああ、そうだ」


「まだ何か?」


 席を立とうと腰を上げている百合花を見据えながら、夜羽はどこか気恥しそうに、


「まだ、その……言ってなかったな、と思って」


「だから、何がですの?」


 すぐ傍にあった百合花の手を、そっと掴んで―――


「ありがとう、お姉ちゃん」


 ただ一言、顔を真っ赤にさせながら礼をした。


  ◆◆◆


 百合花は夜羽と別れ、茨薔薇へと戻ってきていた。


 日は落ち、星の明かりが照らす時間帯。

 そのまま寮へとまっすぐ直帰し、エレベーターに乗り込んで自室のある四階へと向かう。


 間もなくして到着して扉が開かれると、百合花の目先に一人の少女の姿があった。


「お帰りなさいませ、お姉さま」


 そこにいたのは背丈の小さな桃色髪の女の子。

 百合花にとっては義理の妹と呼ぶべき存在、百瀬アリカである。


「……わたくし、この時間に帰るなんて言ったかしら?」


 百合花自身はアリカに対して特に何の連絡もしていなかったはずなのだが、まるで帰りを予知していたかのように待ち伏せしている妹へ怪訝な視線を送る。


「いえ、お部屋の窓からお姉さまの姿が見えましたので」


「ああ、そう言うこと。それで、何か?」


「船橋さんにお会いできたのでしょう? あたくし、少しはお役に立てたのかと気になって」


「え、ええ……そうね」


 正直な話、百合花はここ数日のアリカの様子に困惑を隠せないでいた。


 つい数日前は、百合花の権力を奪って自らが百瀬の時期当主としての地位を手に入れようと画策していたはずのアリカが、最近は姉に懐く妹よろしく素直な態度を貫いているのだ。


「アリカが繋いでくれたおかげでちゃんと会えましたわ。いずれ彼女も茨薔薇へ呼び寄せるつもりよ」


「わぁ……っ、そうですのね!」


 表情を明るくさせて目を輝かせるアリカ。

 百合花の目にはそれが嘘偽りのないものに映るものの、だからこそ急な変化に対応しきれず戸惑ってしまう。


「明日、夜羽を連れてお父様にお会いしてきます」


「えっ……お、お父さまに……? お姉さま、いったいどのような……?」


「少し、確かめたいことがあるの」


 幼少期から百合花自身が感じていたことなのだが、どうやらアリカは百瀬当主である父親のことが苦手らしい。

 逆に母親にはとても可愛がられており、百合花よりもアリカを優先していた節すらあるほどの溺愛っぷりだった。


 今では父が当主として日本に滞在しているものの、母は海外出張の繰り返しでほとんど会えることはなく―――


「あたくし、お母さまのいない百瀬は嫌いです。お父さまは何をお考えになっているのか解りませんし、お姉さまはもう百瀬の後継者としての資格を放棄していますでしょう?」


「……それが、何?」


「そんな今、お父さまがお姉さまをどのように扱うか……あたくし、怖いのです……」


 それは心の底から心配しているような声色だった。

 百合花自身、確かに父への印象は良くはない。荘厳で厳格―――見た目や性格も含めて『怖い』と思うのも無理はない人間だとも感じている。


 だが、それでも知っているのだ。

 本当の父は娘に甘く、表に出さないだけで娘を愛している人なのだ―――と。


「そんなに心配なら、アリカも一緒に来る?」


「ええっ!?」


「この間の騒動のこと、まだ謝罪すらまともにしていないのでしょう?」


「それは……いえ、でも……」


「大丈夫よ。お父様が本気で怒っていれば今頃アリカは本家に呼び戻されていてもおかしくはありませんし。そうしない、ということはいつもの放任主義ということでしょう。まったく……多忙なのは解るけれど、数日もの間、娘からの連絡をひとつ足りとも返さないなんて、ほんとに困った人よね?」


「お、お姉さま―――」


 アリカが顔面蒼白になりながら慌てふためく様子を眺めながら、百合花はようやく薄っすらと笑みを浮かべて、


「明日。これまでの全てが終着するのです。貴女も当事者のひとりなのですから我慢して付き合いなさい、アリカ」


 自然と妹の傍に寄り、その手を取って―――


「お……姉、さま……」


「―――まったく。少しは姉を頼っても良いものだというのに。わたくしは本当に困った妹を持ったものね」


 過去の罪は消えない。

 自分の犯した過ちは拭えない。


 けれど、それでも取り戻せるものはあるのだと―――百合花は一つ残さず、それら全てを守り通すと誓ったのだ。


  ◆◆◆


 ―――翌日。

 百瀬財閥本社ビル、エントランスホール。


「あら、早いわね夜羽。待ち合わせ時間まではまだありますけれど」


 長い黒髪をポニーテールにまとめ、ベージュのコートを纏った長身の少女。

 百合花はその姿を確認するなり、肩に手を乗せて声を掛けていた。


「……ん、ああ。作戦遂行に遅れを取るわけにはいかないでしょう」


「作戦って、そんな大袈裟なものでもないですわよ。ああ、そうだ。今日はアリカも連れて来ましたので」


「ごきげんよう、夜羽さん」


「ええ」


 どこか冷めた口調、表情。

 機嫌が良くないのだろうか、なんて百合花は軽い気持ちで考えつつ、


「夜羽、そのヘッドセットは何?」


 黒髪に紛れ、黒く細いヘッドセットを頭に付けていることに気付く。


「ああ、これは気にしないで。オシャレみたいなものよ」


「まあ、それは良いのですけれど……お父様とお会いする時には外して頂けると助かりますわ」


「解ったわ」


 そうして、三人は受付を済ませて社長室直通のエレベーターへと向かう。

 辺りは社員達が忙しなく働き回っていて、学生の身分である彼女達はどうしても少しばかり浮いた存在となっていた。


 しかし、それでも百瀬百合花の存在感は強く、一部の人間は姿を見るなり一礼をするなど、その佇まいは畏敬の念さえ集めているのが見て取れる。


「……それで、お姉さま? 結局、お父さまにはどのようなお話を?」


 エレベーターに乗り込み、上昇する加重を身に受けながら、アリカがそんな事を口にした。


「とある計画についての詳細をね。アリカ、貴女だってもしかしたら無関係ではないかもしれないわ」


「あ、あたくしにも……ですの?」


 そうこう話している内に、エレベーターは社長室のある階層へと辿り着く。

 それから三人は会話を交わす事もなく、緊張した面向きで百瀬当主のいる社長室の扉を開いて―――


「おう、百合花。ん……亜里華もいるのか?」


 そこに佇むは百瀬財閥のトップ。

 正真正銘、紛う事なき百瀬源蔵その人だった。


「「おはようございます、お父様」」


 姉妹の声が重なる。

 一礼する姿も完璧に一致していて、彼女たちへ叩き込まれた教育の片鱗が垣間見えた。


「随分と仲良くなったようだが。おう亜里華。見事、姉を打ち負かしたようだな」


「おっ……お父さま。いえ、あたくしはお姉さまに勝ってなど―――」


()()()()()()()()()()()()、と言うのか? 時期当主の座を手に入れておきながら、そう宣うと?」


「ひっ……!」


「……お父様、お戯れはその辺りで。アリカが怯えていますから」


 まるで獰猛な野獣に狙われた小動物のように縮こまってしまったアリカを庇うように、百合花は前に出て一言放つ。


「ああ、いや……別に脅すつもりはない。その覚悟のほどを確かめておきたくてな」


「アリカはまだ十五です。是非を問うならせめてあと三年後に。わたくしだってそう決められていたのですし、ここは公平にお願い致しますわ」


「解った解った。……ったく、お前のその強気はどこから生まれてくるんだかな」


「守るべきものがある人間の事は、お父様が一番よくご存知でしょう?」


 百合花の迷いなき言及を受け、源蔵は苦笑いをしながら両手を軽く上げた。降参のジェスチャー、といったところだろう。


「それで、今日は何しにここへ来た? そこの女……いや、その顔は……夜羽ちゃん、か?」


 ようやく百合花の背後に立つひとりの少女に目を向けた源蔵は、目を細めながらその姿をじっくりと見つめる。


「ええ。夜羽も無関係ではない事ですので、今回は立ち会って頂きました」


「……となると、前に話したアレの事か」


「そうですわ。エンジェル・ラダー計画……その詳細について。黒月の娘である夜羽ですら知り得ない極秘のプロジェクトらしきそれについて―――」


 百合花がそこまで言うと、彼女の前にひとりの少女が足を踏み出して立つ。


「……夜羽?」


 その瞬間、百合花の胸元から電子音が鳴り響く。

 それはスマホの着信音であり、マナーモードに切り替えていなかったことに慌てた百合花はそれを即座に取り出した。


「……え?」


 そして、そのスマホの画面には。

 着信:黒月夜羽―――そう映し出されていた。


「お姉さま?」


 隣に立つアリカが疑問の声を上げて、


「お前が百瀬源蔵か」


 百合花の前に立つ、()()()()()()()()()がそう口にして、


『百合花、そこにわたしはいない!! ()()()()()()!!』


 いつの間にか通話を繋げていたスマホから、聞き覚えのある語気の強い声が響いて、


「ナンバー(シックス)、作戦を実行する」


 ―――パァン、と。

 室内に轟く音が、百合花やアリカの鼓膜を破壊するほどの銃声が放たれて。


「……、え?」


 百合花の目の前に立っている少女が持つハンドガンが、勢いよく宙を舞っていた。


「ぐっ―――!?」


「甘いな。その程度の奇襲に対応できない男だと思ったか?」


 あまりに一瞬の出来事で、百合花もアリカも事態に追いついていなかったが、


「なるほど、偽物(クローン)と言う奴か。実物を目にするのは初めてだが、なに―――随分と悪趣味な人形を作り上げたものだな、黒月も」


 パァン、パァン!!

 銃声が二度。立て続けに響き渡るそれは百合花たちの意識をハッキリさせるには充分なものだった。


『ちょっと百合花、今そっちで何が起きてるの!?』


 スマホ越しに聞こえてくる声。

 それは間違いなく黒月夜羽、本人のものであり、


「あッ……ぎぃッ……!!」


 銃弾を両足に受けて立てなくなった少女。

 百合花の目には黒月夜羽にしか見えないそれは、だが決して本人とは違う存在―――


「ナンバー、シックス……六番目か。いったいあと何体いる?」


 銃を構え、少女の頭を狙いながら質問を投げかける源蔵。


 そこで行われているのは、どこまでも現実感の薄れたやり取りであり、


「お、お父さま……いったい何を……!!」


 事態を未だに把握しきれていないアリカが、倒れ伏す少女のもとへと駆け寄って、


「―――っ! アリカ、やめなさい!」


 百合花がそれに気付いてから、アリカを止める事も叶わずに、


「亜里華ッ!!」


 源蔵が娘の行動に気を取られた、その一瞬を―――


「ふ……っ」


 ―――黒髪の少女は、見逃さなかった。


「お父様、危な―――」


 四度目の銃声が鳴り響く。

 今度は源蔵の銃がその手からぽろりと床に落ち、少女の手には()()()()()()が握られていて。


 放たれた銃弾は、源蔵のこめかみを直撃し、


「え……、夜羽……さん……何、を……して……?」


 目を見開いて立ちすくむアリカと、


「作戦……実行、完了。データリンク、完了」


 ひとりボソボソと何かを呟いている少女と、


『百合花、いいから早くそこから逃げなさい!! このままだと貴女達まで殺される!!』


 スマホから聴こえる夜羽の声が、


「なん……ですの、これは……―――」


 それら全てが、()()として百合花へと押し寄せてきて。


「……最終フェイズ発動。()()()()()()()()()()


 ただただ機械的な言葉を紡いで、少女は頭にあるヘッドセットを両手で触れようとして、


『逃げて、百合花ッ!!』


 その瞬間、百合花の意識はただひとつ―――


「アリカっ、こちらへ来なさい!!」


 守るべきものを守る、それだけを実行する為に―――百合花は、呆然と立ち尽くすアリカの手を掴み取り、一目散に社長室から飛び出すように逃げ出した。


 その直後。

 少女のヘッドセットが、世界を巻き込むほどの轟音を立てて―――爆発した。

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