プロローグ
その視界は、幾層もの光景によって塗り潰されている。
その感情は、幾重もの知識によって押し殺されている。
その生命は、幾許かの時間によって縛り付けられている。
『―――ああ、羨ましい』
どれほど願っても叶わない。
まるで翼をもがれた天使の如く、それは一切の自由を持つ事を許容されていない。
『―――ああ、妬ましい』
希望はなく、未来はない。
己の意思は踏みにじられ、ただそこにあるものとして扱われ、理不尽な現実を受け入れる事しか出来ない。
『―――ああ、恨めしい』
本当ならば持ち得ないもの。
それらが芽生えさせるべきではないもの。
想定されていなかった事象、たったひとつのイレギュラーとも呼ぶべき事態。
『―――ああ、そうだ』
現実の否定、自己の肯定。
それさえも深淵に潜む悪意によって仕組まれた計画の一部である事にも気付けないまま。
動き出す。
四肢に血液を送り込み、神経を張り巡らせ、筋肉に力を込めて。
例えそれが穢れきった、唾棄すべき存在であるとしても―――
「さあ、始めよう。全てはこの時を迎える為の下準備、カムフラージュに過ぎないのだから」
装置が起動する。
それは廃棄処分された『天使の棺』ではない。
今からおよそ三年前に頓挫した―――いや、そう見せかけていた、真の計画における最重要機密。
「時は満ちた。命よ繋げ。空へ架けよ。我が人生における悲願を今こそ果たし遂げよう」
その悪意は、純然たる決意の現れであり、
「エンジェル・ラダー計画の実行を開始する」
―――ここに、新たなる信念が形を成す。