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兄様は平和に夢を見る。  作者: T138
四天動乱編
98/373

2度目はない

「こんにちは。」

 アデルとアンナ、そしてニルスとミルテが声を掛けるとアリオンは少し驚いた顔を見せ、そしてアデルの装備に少し眉を顰めた。

「来てくれたのか?……装備は?」

「間に合いませんでした。防具屋も今かなり忙しい様ですしね。当初は月末くらいって話でしたが、個人の仕事なのでもしかしたら国の仕事の後に回されるかもしれません。」

「そうか……前の装備は?」

「軽量が売りの素材でしてね。今はこの通りです。」

 アデルはアンナの胴鎧を軽くたたいて見せる。

「そうか……」

 アデルが装備しているのは、アデルが最初に暁亭に訪れた時と同様のレザーアーマーだ。その時点でアリオンは、アデルが前線に出るつもりで来ていない事を悟る。

「魔獣狩りか、防衛系の依頼はないですか?……いや、それよりも……この前、ニルス達を紹介してくれた部屋を借りられますか?アリオンさんに話があります。」

 アリオンがニルス達を会わせた部屋、即ち内密の会談用の部屋である。本来なら自分かワケアリの依頼主に有料で使わせる為の部屋だが、状況とアデルの様子を見て了承する。

「……わかった。」

 場所を移動してまずはアデルが動く。

「単刀直入に。この二つをレナルドさんに届けてもらえますか?」

「これは?……おいおい。」

 アデルが見せたのは先日までネージュとアンナで調べてきたエストリア領の現況図だ。

「こんなにひどいのか……」

 最初に口を開いたのはアリオンだ。現況図には蛮族の侵攻状況、滅んだ村。襲撃に遭ったソフィーが住む町の被害状況などが纏めてある。被害に遭って滅んだ村には、暁亭で依頼を受けたものの追い返されそうになったあの村も含まれていた。

「数日前の物なので、今の状況はもう少し変わっていそうですがね。あとこれをレナルドさんに。」

 アデルはそう言って封書を手渡す。

「これは?」

「戦争に詳しい方の意見を参考に俺がまとめた意見書です。ネージュが合流したらもう少しはっきりするかもしれませんが、今回の侵攻は侵略でなく、報復ではないかと。実際、例の蛮族拠点も、西よりも東に備えてあった様な感じでした。なぜあのタイミングで攻めたのか色々と疑問が残る所です。」

 アデルの言葉にアリオンが一層深刻な表情で言う。

「少し待っていてくれ……いや、すぐには無理か。夜にもう一度来てくれ。何とかしてレナルドにつなぎを付ける。」

 アリオンの反応に、こちらでも何かしらあったのだろうとアデルは察する。レナルドに直接説明&問い合わせ出来る機会が得られるならそれに越したことはない。

「わかりました。夕食でも食べてゆっくりしてます。依頼の物色はその話のあとかな?」

「ああ。そうしてくれ。」

 アデル達は一度その場を離れた。




 そして夜、時刻は21時少し過ぎた辺りだろうか。店員がアデル達を例の部屋へと呼んだ。

「先日は……世話になった。」

 部屋にいたのはレナルドとアリオンだ。レナルドはアデル達の姿を見るなり、立ち上がり軽めに頭を下げる。

「1人……あの童女か。足りないようだが?」

「今別件で動いてもらってます。数日したら合流できるでしょう。」

 レナルドくらいの年になると、ネージュは童女に見えるのか。まあ、一昨年初めて見た時はアデルも幼女であると認識したが、以降まともな物を食べれるようになってからはそれなりに成長したと思っているのだが。

「概況図と意見書は見させてもらった。私も概ね同じ意見だ。」

「ほう?」

 レナルドの言葉にアデルは少々驚いてみせる。

「滅ぼされた村の数や様子までは確認できていなかったが、戦闘が起きた場所付近の状況はこれの図にある通りだ。いつの時点の物かはわからないが……少し前のものだろう?」

「俺らが王都を出る前だから……5日くらいは前になるかな?」

「王都にいてこれだけの情報が入るのか。いや、王宮ではすでにこの辺りまで把握できているのか?」

「さあ、その辺は。出所が特殊ですし、その図は今のところ、アリオンさんとブラバドさんの他にはその意見書の元にした方にしか見せていませんので。」

「そうか……この図はこちらで引き取っていいのか?意見書は……同意はするが流石に他には見せられないな。」

 おそらくは“上”、辺境伯に見せるかどうかということなのだろう。

「構いません。出所は暁亭であるという以上の事を言わなければ。」

「いや、そこでうちの名前を出されても困る。続報を寄越せと言われてもな?」

 そこでアリオンがアデルを見るが……

「うちの斥候も先ほど言った通り今いませんし……」

 暗にすぐに続報は出てこないと伝える。

「そうか、善処しよう。で、だ。先日の攻めの件だが……」

 レナルドがアリオンに視線を送る。

「ああ。アデル。落ち着いて聞いてくれ。」

 アリオンがそう前置きをする。つまりはアデルが黙っていられないような出来事があったのだろう。

「先日、聖騎士達に雇われて東へと向かった冒険者だが……」

 そこでアリオンの顔に怒りの表情が浮かぶ。

「うちの店の者達も含めて全滅したようだ。」

「全滅?……聖騎士も?何があったんですか?」

「いや、聖騎士たちはまんまと東に逃げおおせた様だ。“潰された”のはコローナの冒険者。うちの店の冒険者がなんとか一人だけ生きて戻ってきた。Bランク目前のパーティの斥候だったが、そいつも結局は毒にやられて死んだがな。」

「……あれだけいて全滅ですか?別の拠点でも通ったのか?いや、それなら揃って全滅はないか。馬にも乗っていたようだし……」

「この図に少し書き足しても?」

 レナルドがそう尋ねてくる。

「どうぞ。状況は変わっている様ですし、元々それはそちらに差し上げるつもりでしたし。」

「話を纏めると、この辺りに我々が攻めたよりも小規模な砦――大きな関所に近いか。があったようで……細部は違うだろうが、この辺りからこういう道がある様だ。馬が2頭ならんでギリギリ走れるくらいの道だそうだ。」

 レナルドはそう説明しながら図に×印を付けると、左右、つまりは東西に向って線を伸ばす。

 印が付けられたのは、先日アデル達が攻めた蛮族拠点の北西だ。線は魔の森を東西に伸ばされ、森を抜けた所にある村はネージュの図によって壊滅が確認されている村だ。

「砦は蛮族80弱ほどの駐屯地だったらしい。彼らはそこを強行突破したらしいのだが……」

「聖騎士の奴らめ……強行突破で抜けさせた後、馬に何か細工をして、馬がそれ以上東に向かわないようにしたのだ。」

「……?」

 レナルドの後を継いだアリオンの話の意味が解らずにアデルが顔に疑問符を浮かべる。

「聖騎士達が抜けた後、冒険者たちを囮にするべく、冒険者たちの馬をそれ以上東に行かないようにしたのだ。」

「……どうやって?」

「そこまではわからん。戻ってきた奴の話によると、聖騎士6人が先に抜けた後、何かを撒くと馬が突然暴れ出して向きを西、つまりは蛮族どもの集団に突撃する様に変えたと言う。」

「どういう仕掛けをすればそんなことが出来るんだろう……まあ、手があって……ふむ。」

 アリオンの懸念に反して冷静なアデルに逆にアリオンが疑問に思った。その表情を察してアデルは言う。

「あいつら、他国どころか自分の国の民すら駒程度にしか見ていませんから、何の不思議もないですよ?差し詰め、グラン経由でコローナ王宮に対魔の森の共同戦線……むしろ、蛮族の矛先を西に向けさせようと企んで交渉した結果、北と南の不穏を理由に王宮が拒否したから、帰り道を確保しつつ、辺境伯を焚き付けて無理やり蛮族の目を西に……合理的といえば合理的ですなぁ。で、辺境伯と冒険者はまんまと踊らされて、東部領の5分の1を焦土にしたと。」

「何だと!?」

「お前!」

 少し侮蔑のニュアンスが含まれたのを察したかレナルドとアリオンが声を荒げる。

「“聖騎士”って名称に過度な期待してませんか?奴らはテラリア皇家……いや、テリア神殿とその上級幹部と言うべきか。を守る為なら手段を選びませんよ?国立の士官学校アカデミーではしっかりと教えている様ですが……結局あちらの権力側に組み込まれたら、テラリア中央以外の者にとっては碌な結果を齎さないと思っていた方が良いかと。クーンの領主はまだマシな方だと思ってたんですけどね。」

 イリスやアンジェラのおかげで少しだけ回復していたアデルの聖騎士への評価がすっかり戻っていた。

「…………」

 アデルの言葉に2人は絶句する。

「とにかく、戦線はこれ以上広げない方が良いと……」

「それだと辺境伯や王宮の沽券に関わるでしょうから……森に追い返すくらいはした方が良いと思いますがね。この状況なら、王都に応援要請をしても無碍にはされないと思いますが。まあ、滅んだ村と人は戻って来ませんが……そうか。結局、事情を知らないと俺と大差ないのか。」

「どういうことかね?」

 アデルの自嘲にレナルドが尋ねる。

「『毎年きっちり徴税されていたにも拘らず、肝心な時に領主は何もしてくれなかった』と感じる事です。俺以外にも村で死んだ人や保護されなかった人はみんなそう思っている筈です。収穫の半分以上は残しているだろと思うかもしれませんが、じゃあ、開拓村の重労働の半分の半分以上の労力を国や領主、国軍がやっているように見えるかと言うとどうでしょう?町にいれば、都市の整備や巡回兵等、恩恵を感じるようになるかもしれませんが、辺境の民にはほとんど……道の整備は恩恵として取れますが、物を運ぶのはもっぱら商人ですしね。まあ、エストリアでは随時魔獣やら猛獣、妖魔の討伐を行っていたりと、日ごろの行いはテラリア地方領よりもよっぽどマシとは言えるんですがね。」

「胸が痛むな……」

「……皇国の“聖騎士”ならその痛みを感じる事すらないでしょう。その辺りはコローナの《聖騎士》はまともと言えるか。エリート意識は高いけど、少なくとも領民の保護を最大の名誉と考えているだけでも大分違う。」

 アデルが最初に思い浮かべたのは最初に出会った聖騎士ことローザの印象だ。ローザはアデル的に良いというか、マシという面でイメージ通りの聖騎士だった。そして先日のイリスとアンジェラを思い出す。

「そうなると“白風”は随分と人が出来ているのか……些か失礼だったかな?いや、当人たちの目に付くように悪態は付いていなかったと思うけど……もしかしたら、本来、学校ではしっかり教えているのかもしれませんね。皇国で出世を目指すと性格が歪むのかも。」

 アデルとしてもテラリアの“聖騎士”とコローナの冒険者の《聖騎士》は明確に区別できる。出所は同じアカデミーの筈なのだが……学生時代の理想は同じでも仕官以降の環境によって全然別になり果てるのだろう。

「いや、今はそこじゃないか。いろんな意味で“死人に口なし”というのは事実かもしれませんが、周辺の村が襲われ、滅んだ後でも何も有効な手が打てないでいたら周囲の村の者はどう思うか……」

 危険に遭遇する数は間違いなく今の方が多い。しかし、今の生活を考えると、当時していた苦労はなんだったのか。結局襲われて死ぬのであれば、細々と農業や林業、開拓にただひたすら精を出すのはあまりにも馬鹿げていないか?勿論アデルは隣家に駆け落ちの元騎士団長という、武・智・そして知の師匠に巡り合えたという開拓村に生れ落ちた者としては破格の大きな幸運に助けられているというのは分かっている。

 アデルは一人、暗い表情で独り言を続けていた。

「どちらにしろ、悪いうわさが拡がるのは早いらしいですし、裏が取れるまで迂闊な事は表に出さない方が良いでしょうね。」

「そこは同感だ。当面は外で口にしないようにしておいてくれ。」

「奴らが王都で何をしていたのかわかればいいんですけど。」

「……その辺はこちらで調べる。」

 レナルドの言葉には並々ならぬ意思を感じた。レナルドとしても上からの命令があったとはいえ、焦りの余り碌に考えが回らず、結果として今回の襲撃の直接の引き金を引いたのは自分であるという悔恨があった。様子からすると辺境伯に対しても何かしら思う処があるように見える。

「ではその話は……俺らはこれ以上関係しないことにしましょう。」

 アデルは静かに息を吐いた。出立の直前、ルイーセはアデル達にも甘い言葉で勧誘を掛けてきていたのを思い出す。それを受けていたらどうなっていたことか。一寸先は闇とはまさにこのことなのかもしれない。環境に追い詰められていたとは言え、エスターとフォーリはそれに手を出すしかなかったのだろうか?ヴェーラやヴェルノが聞いたら怒るだろうか?それとも悲しむだろうか?アデルはもう一つ大きく息を吐く。

「うむ。で、今後だ。」

「攻めてくるなら防衛、小康状態になるなら様子見ですかね。うちの斥候は合流まで1週間くらいかかるかもしれません。」

「ふむ……どちらにしろ手が足りない。王都に援軍要請をしつつ、冒険者の店に協力を仰ぎたいところだが……」

「先日の様な強引な真似はしない方が良いだろうな。勿論、自分たちの故郷を守るに否やはないが、碌な事前説明がないところで攻めに駆り出すと言うのは今後否定的な反応をされるだろうな。」

 レナルドの言葉にアリオンがやんわりと釘を刺す。先日の強引な攻めは兵士の損失以外でも大きな影を落としているようだ。

「分っている。……今後は情報の裏付け、裏取りは徹底する。無謀な攻めは2度とせん。」

 レナルドは決然と、見ようによっては憮然とした表情でそう宣言したのであった。

「これが5日前の状況だとして……今はどんな感じなのかわかりますか?あと、“東の勇者”の動向はわかりますか?」

「“東の勇者”の動向に関しては耳にしていない。被害状況を含めて、防衛隊の交戦状況以外はほとんど情報が入って来ていないのだ。ただ、イスタを襲った部隊だが、撤退後は一旦この辺りまで引き上げたと言う話だ。」

「イスタとは?」

「エストリアの第2の都市だ。ここだ。」

 どうやらソフィーのいた町はイスタという名前らしい。

「ああ、そこがイスタなんだ。となると現地の人から話は聞いています。襲撃は東からのみ。前回俺達が相手したオーガ小隊が5隊くらいだったそうですね。町の防備を考えると……やっぱり本気攻めじゃなかったのか?東側の外郭付近を少し焼かれた程度だと聞いています。それでも先日の陣地と同程度の軍が単独で動いているのか。この辺りってあの村か。徒歩だと4日くらいかかった気が……数はわかりますか?」

「詳細な数はわからない。少なくとも例の陣地規模の軍が5つは来ていると思ってくれていい。」

「単純に考えると500~600ですか……竜人がいた形跡は?」

「今のところ目撃情報はない。どちらにしろ、エストリアとイスタ以外では町だとしてもこの1軍団を撥ね退けるのは難しいだろう。もしこれが一度にまとまってこられると、イスタでも危ないかもしれん。」

「侵攻ルートや数がもっとはっきりするといいんですけどね。イスタを徹底防衛する方向ですか?」

「……何とも言えん。それだとエストリアからイスタにいくらか兵を派遣しなければならんが、その状態でエストリアを狙われるとエストリアが危なくなりかねない。」

「王都からイスタに増援を頼むしかない感じですかね。まあ、その辺は俺らにゃどうにもならんか。アリオンさん、イスタ防衛の依頼とかってあります?」

「……いや、イスタにはイスタのギルドがあるからな。現時点では来ていない」

「そうなると、待機しつつ情報待ちか。馬なら半日あれば移動できるだろうし。」チラッ

 アデルの視線にニルスとミルテが渋い顔をした。どうも彼らは直接地に足がついていないと落ち着かないらしく、馬が苦手のようだった。

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