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兄様は平和に夢を見る。  作者: T138
四天動乱編
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苦難の年明け

 1月中旬、まずはアンナの新装備が出来上がろうかと言う頃、新年の若干緩んだ空気を一気に引き締める話が複数同時にコローナ王都に届いた。

 届け出順に、まず南西部で魔物の群れが襲来、いくつかの村がそのまま押しつぶされたと言う話。次に、北部貴族連合が本格的にオーレリア連邦赤国に進攻、戦闘が激化してきたという話。その次にフィン王国がグラン王国に本格的に侵攻し、グラン西部はほぼフィンの手に落ちたという話。そして最後に東部エストリア辺境伯領に蛮族軍が侵攻、こちらでも複数の村が滅ぼされ、一部の町も大きな襲撃を受けたと言う話。

 3日という短い期間に立て続けに起きた事態にコローナ王都は市井から王宮、衛兵隊から騎士団に至る迄ハチの巣をつついたか様な状態である。特に自国領に深刻な影響が出ている東西の状況には各方面、対策に必死だ。南北の事案も流通・経済的にも、国としての面子的にも予断は許されない状況となっていた。

 四方の騒ぎに当然、国のほぼ中央にある王都の冒険者の店も各店フル稼働状態とならざるを得ない。我らがブラーバ亭も勿論その例外では無かった。

 一部は北へ出ずっぱり。そして新年祭で共に盛り上がった各パーティも、西へ東へと稼ぎ時とばかりに遠征に向って行った。“白風”は当然の如く、報が届いたと同時に馬で西に飛び出していった。


 そんな中、アデル達は王都のトレンドに逆らってブラーバ亭でのんびりしていた。いや、のんびりしていた……とは少々違うか。

 表向きの理由としては、もうすぐ出来上がる予定の新装備の納品待ちというものがあるため、ブラバドも他の店員もアデル達の尻を叩くような真似はしていない。しかし、言葉や視線の端々には早く仕事に行けという圧も混ざっているのは確かだ。冒険者ギルドに加盟している手前、今の状況でBランク付近の冒険者を遊ばせておくと言うのは体面も悪いのだろう。また、新装備とは縁のないミルテは早く仕事をしたいとソワソワし出している。

 そんな中でアデルはまずは各方面の情報収集に努めていた。

 まずは夜間の内に、ネージュとアンナを組ませ西方面の偵察に出す。アンナには新たに生まれ変わった古のゴーレム素材のブレストプレートとアデルのお下がりのグローブ、そしてアデルの暗視付与の兜を持たせる。兜の視界に中々馴染めなかった様子だが、2晩かけてだいたいの状況を調べ上げてきた。確認した範囲ではアデルが当初懸念した敵性の亜人、所謂蛮族の存在は確認できなかったようだ。潰された村はかなり悲惨な様子だったようだが、喰うものが少なくなったのかだいたいの魔物が既に移動した後の様で数が少なくなっていたようである。その内2つの村跡地で『残飯漁り』をしていた魔物を間引いて魔石にしてきたとネージュから土産を貰った。

 次に東だ。こちらも同様に3晩かけて調べて状況をまとめた他、ソフィーが住む町にも立ち寄り、というより、拠点にさせてもらって情報交換をして来た。ネージュからソフィーに地図の写しを渡し、ソフィーからは町に集まる情報を貰う。おまけで、ヴェルノにはエスター達の件と、ヴェーラの活躍を伝えた。ヴェルノは少し悲しそうにその話を聞いていたと言う。

 そしてアデルはというと、その間に北の戦況を調べる。《指揮》の技能の推薦をしてくれた司祭に挨拶がてら情報収集を行ったり、馬をフォルジェ領まで走らせて、神殿や冒険者などから情報を集めて戻ってくる。それらすべての情報を持ちよりまずはカイナン商事、ヴェンの元へと向かった。

 アデルはまずニルスとミルテを紹介すると、ヴェンも少し驚いた様子を見せる。

「鬼子の双子ですか……“見るのは”初めてですね。よろしくお願いします。」

 と、二人の手を取って頭を下げた。

「こちらこそ。よろしくお願いします。」

 今迄されたことのない、丁寧なヴェンの挨拶にニルスが少々恐縮しながらそう返す。

 そして、本題。アデルはネージュ達が集めた東西の概況図、そして自らの北の聞き込みの報告をしつつ、ヴェンにグランやドルケン方面の話を尋ねた。

「……なるほど。2人の価値がよく判りますね……」

 ヴェンはまずそう呟いた。歴戦の傭兵であったヴェンが見ても、ネージュとアンナが調べ上げてきた地図は相当の評価の様だ。

「どういう指示を?いや、教育と言うべきですか?」

 ヴェンの言葉にアデルは苦笑した。

「いや、そんな大事では……まあ、蛮族の有無、地形と各戦力の概況、攻防が起きそうな場所の様子を調べて来いと。タイミングが出来すぎていたので、実は東と西の蛮族が手を組んだんじゃないかと心配したのですが、今のところそんな様子はなさそうですね。」

「どうだろう?西の蛮族勢力が大きく動いたせいで魔物が大量に押し出されたと言う可能性も……まあ、我々としては目下の懸念は東だけどな。」

「東?南でなくて?」

「南は……まあ、予測通りといった感じか。これはミリアには黙っていてくれよ。」

 口調を商人モードから傭兵モードに切り替えてヴェンが言う。

「南は概ね予想通りなんだ。予定外なのは東だ。辺境伯め。余計な事をしてくれた。」

「……年末の掃討戦ですか?」

「……知っていたか。そう、あれだ。魔の森東の蛮族は東に戦力を集中させたいらしく、西には最低限の陣地のみでほぼ放置されていたのだが……アレのせいで西に視線が向いてしまった。竜人の目撃情報もあると聞く。ただまあ、規模や動きからして恐らく今回の攻撃は侵略でなく、報復と言ったところだろうな。」

「……違いがよく判りません。」

 ヴェンの言葉にアデルが首を捻る。

「侵略は領土を得る目的での大規模な攻勢だ。長期の駐留を目的としてそれなりの規模の軍勢を維持する為にも、奇襲が奏功したなら物資は極力奪うか奪い去る筈だが……少なくとも今回の目的は物資や生活圏の破壊に見える。それは恐らく、今回はやられた仕返し、これ以上下手な手出しはするなと言う警告的な意味合いが強いだろう。侵略にしては数も少なく、この図を見た限り引き上げも早い。田舎出身の君には心が痛むかもしれないが、今回の被害はおそらく見せしめの範囲だろう。深追いしなければ攻勢はすぐに止むだろうが……国主、領主の面子として指をくわえて見ていると云う訳にはいかない筈だ。泥沼にならない程度にうまく痛み分けしてくれればいいんだが……」

「…………」

 ヴェンの言葉に思わず黙り込んでしまうが、自分達が持ち込んだ地図と話を照らし合わせると納得せざるを得ない。アンナ以外も同様といった雰囲気だ。アンナはただ心を痛めている様子だ。

「コローナの東部やグラン内陸部に戦火が広がるとドルケンにもいろんな影響が出るだろうからな。お嬢の交渉や帰還にも影響が出るかもしれない。」

「早めに迎えに行きますか?」

「いや、もう少し推移を見定めてからになるだろうが……そうだな。ネージュとアンナで一度繋ぎを取ってきてもらいたい。前金で一人1000、無事つなぎがとれたら成功としてさらに2000出す。どうだ?」

「俺の出る幕ない感じですね。まあ、いいか。ワイバーンて夜目は効くんですか?」

「いや、ない筈だ。翼竜騎士団も夜間はほとんど飛行していない筈だ。」

「それなら……1週間、10日くらい見れば行ってこれるか?」

「往復するだけなら余裕。むしろ、片道2日で何とかしたい感じ?何となく町に立ち寄りたくないし?手紙のやり取りだけなら私が一人で行くけど?」

「む?」

「……まあ、ちょっと不便なことが発覚しまして。二人とも不可視状態になると、お互いの位置が分かりづらくなるんです。今回は主に夜間に行動したので“不可視”を使わない時間の方が多いくらいでした。どうしても必要そうなときは、私が先行して、ネージュに風を頼りに追いかけてもらうという形をとったのですが、その場合、速度が出ません。」

 ネージュの言葉にアデルが首を傾げると、少し困った様子でアンナが説明する。

「なるほど……“不可視”は声を出すだけで効果が切れてしまうからなぁ……」

 今まで集団で使ったことがなかったので気づかなかったが、“不可視”の魔法にはそう言う制約があるらしい。解けた場合は改めてマナを消費し再起動しなければならないため人数が増えれば増えるほど非効率となっていく。またお互いに見えない相手を意識して動かなくてはならなくなるようだ。

「そう言う事なら1人でお願いしたい。一応、入国許可証は持ち歩いておいてくれ。」

 ヴェンはそう言うとネージュに先日の入国許可証を手渡した。

「ん。すぐにでも発つ。」

「こちらの状況を知らせる手紙を用意する。少し待っていてくれ。」

 ネージュがヴェンにそう告げるとヴェンはすぐに手紙の用意に掛かる。

「そうそう。ところで今回のヴェンさんの見解を他人に伝えても宜しいですか?」

「ん?東の話か?」

「ええ。侵略でなく報復だろうと言う奴です。」

「……まあ、構わんが。出所は伏せてくれよ?」

「それはお互いさまという事で。」

 アデルはそう言いながら地図をたたむ。つまりは“話の出所は言わないが、地図の話もしないでくれ”という意思表示だ。

「君も、直接口に出さずにやりとりが出来るようになったようでなにより。」

 ヴェンは商人口調でそう言うとにやりと笑った。


 カイナン商事を辞した後、ネージュが手紙を持ってすぐに発つと言うのでアンナが初回分の“不可視”の魔法をかける。今回は状況や額を考慮し、パーティ内で相談の上、店を通さないで個人的な“お遣い”として向かったとう体にした。

 その後、アデル達はすぐにブラーバ亭に戻りまずはブラバドに話を持ちかける。東西2枚の概況図をどこかに売れないかという話だ。

「これをか?……信憑性をどこまで担保できるか、だな。どうせ誰が作ったかは伏せてとか言うんだろ?」

「基本的には。ただネージュの身元保証に……まだ早いか。」

「む?」

「これと今迄の魔石を含めたら身元保証くらい受けられないかと思ったけど、時期が悪いかなと。」

「まあ、この図を作れるヤツが手元にいるとなりゃ、黙っちゃいられないだろうな。」

「そうなると……まあ、換金したい訳じゃないのでこっちの地図はブラバドさんに差し上げます。」

 そう言いながらアデルは西方面の概況図を畳む。

「いや、こんなものを貰ってもだな……」

「“白風”あたりに届けられませんか?それを元に活躍したら被害を減らすと同時に店の方の評判も上るんじゃないかと。」

「届けると言ったってどうやって……いや、適任が1人いるな。」

「ほう?」

「良いだろう。この地図は俺が買い取ったことにしてやる。ヒルダに頼んで、信憑性に俺の保証をつけて、“白風”に届けさせよう。すぐに金は出せんが、何かしらお前たちの役に立つ物を考えて支払おう。」

「ではそれで。」

 実際、これを換金する気はなかったアデルは何かの物品になって戻って来るなら儲けものとばかり即答した。

「東は……直談判に行ってみます。もしかしたらいくつかあっちの依頼を受けるかもしれませんが宜しいですか?」

「暁亭の物なら構わんぞ。」

「ではそれで……とは言え、ネージュにもう一つ“お遣い”を頼んじゃった後だからなぁ……いいか、もしネージュが戻ってきたら、暁亭に向ったから、俺の装備が出来たか確認したあとに暁亭に向ってくれと伝言をお願いしてもいいですか?」

「まあ、それくらいなら。何を頼んだんだ?」

「東の――エストリアよりも東の状況確認といったところです。」

「そうか。確かに今これだけの図面をすぐに用意できるの者は他にいないだろうしな。」

 店を通さない“依頼”となったため、若干心苦しくも嘘をつかない程度の説明する。カイナン商事も最初こそ微妙な関係だったが、今となっては貴重な東、南方面の情報源であり、払いの良いそこそこ融通の利くスポンサーでもある。今後の活動がコローナ東方面になるならこちらもある程度融通を利かせた方がお互いの為になるだろうと言う打算もアデルにはあった。ただ何となくナミ以下、カイナン商事幹部の視線はコローナよりもグランに向いているのが気になる所である。その割に今回のフィンによるグラン侵攻を何食わぬ顔で折り込んで考えているあたりが少々不思議でもあるのだが。

 ヴェンの懸念の様に、泥沼化する前になんとか働きかけが出来ないものか。アデルはそんな事を考えながら東へと向かう。


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