祭のあと
結局、準決勝の後に行われた3位決定戦もアデル達は善戦むなしくあちら側のシードに敗れたAランクパーティに敗れてしまった。
シード同士の決勝戦は、やはり安定した試合運びで白風が完勝し、ランク付けの的確さを周囲に知らしめて終りとなった。
新人の部では、以前『アンナをくれ』とほざいて転がされまくった男が準優勝をしていたらしい。表彰後早速アンナに猛アピールを掛けてきたが、あっさりと撃沈した様である。
余興の後は立食パーティ的な会になり、アデル達はここぞとばかりに高価な食材を皿に取りまくっていた。白風、特にイリスは他の女性冒険者に囲まれていろいろな話をせがまれている様だ。イリスはコローナの四天とまで呼ばれる辺境伯家のご令嬢であり、“聖騎士”であるにも拘らず柔かな、時折真剣な表情を浮かべながら後輩たちに話を聞かせている様子だった。
そんな中でアンジェラがアデル達の所にやって来る。
「ブラバド殿に言われて戻ってきた甲斐があったよ。人間相手にあそこまで苦戦したのは久しぶりだ。」
「ブラバドさんに何てを言われたんですか?」
「む?そうだな。『“蒼き竜騎兵”の後継になるかもしれないパーティが現れた。』と。」
「「え?」」
アンジェラの言葉に驚いたのはアデルとネージュだ。そもそもそれ以外は“蒼き竜騎兵”の具体的な話を知らないだけなのだが、その言葉に色々含まれるものを感じたアデルとネージュは無意識に顔を見合わせていた。
ディアスたちの活動は主に西方面だった筈だ。野暮とは思いつつもアデルはつい尋ねてしまった。
「ディアスさん達とお知り合いですか?」
「知り合いも何も……彼らは主に我らがウェストン領で主に活動していたからな。共同戦線も何度も張ったさ。」
「そうですか……」
「君達も知っているんだな?」
「正直に言うと冒険者としての活躍はあまり……引退後……引退間際になるのかな?彼等3人の引っ越しの手伝いの依頼を受けました。解散の瞬間に立ち会ったと言うのは自慢できるのかできないのかよく判りませんが。」
「そうか。引退の原因は?」
「聞いています。」
「そうか……彼等には本当にすまない事をしたと思っている。」
「え?」
「私も含めて皆……イリス様ですら彼等には嫉妬した時期もあったんだよ。聖騎士となるべく、なった後も一切の妥協なく精進を重ねてきたのだが、それでも彼等には勝てないと。」
「マリーネさんの事ですか?」
「マリーネにもディアスにも……彼らは本当に強かった。特にマリーネは我々がどうあがいても出来ない事を簡単にやってのけるしな。」
「まあ、そうですよね。マリーネさんには会った事はないですが、話は聞いています。」
「……」
「どうして聖騎士に?」
「きっかけはイリス様だ。私たちの出自は聞いているのか?」
「イリスさんが辺境伯ご令嬢、アンジェラさんが系列貴族からの護衛?後はわかりません。」
「そうか。まあ、充分だろう。元々ウェストン領を始めとするコローナの南西部はエストリア東端以上に魔物や蛮族の被害が大きかった地域だ。南西部で一番大きい都市であるウェストンは一時期難民も多くてな。イリス様が一度辺境の視察に同行された時、蛮族に襲われた村の生活跡とそれを壊された惨状を目の当たりにされてな。自分に何が出来るのかと考えた結果が、自ら剣を取り騎士になるという事だった。当時ウェストン辺境伯様の元に仕えていた槍の師がいてな。私とイリス様は共にその師から槍を習い、その師の勧めでイリス様が15になられた時に、テラリアンアカデミーに辺境伯様から留学をさせてもらえることになった。コローナの貴族家の女子としては騎士になる事自体が異例だが、留学して聖騎士になるとなると異例中の異例だったな。」
「そういえば、コローナだと女性の騎士は珍しいですよね。何か事情があるんですか?」
「ん?コローナ以外だと珍しくないのか?」
アデルの質問は逆に質問で返されてしまった。
「……そうですね。テラリアだと割と珍しくなかった気がします。あそこは個人の実力が最優先されるので、家を継ぐのも大抵は正妻の子の中で一番優秀である子が継ぎますから。そうか、正妻以外の女性の立場があまり良くないからみんな自立を目指すのか?いや、違うか。貴族の考えることはよくわかりません。連邦は農業以外は兵士か傭兵くらいしか仕事がないので女性兵士や騎士も珍しくないってどこかで聞いた覚えがあります。」
「君は……テラリアの出身なのか?」
「ええ。俺の所も村が蛮族に滅ぼされて……一か八かでコローナに逃げてきました。まあ、難民に含まれるんでしょうね。あちらは帝都から距離が離れれば離れるほど“人”の立場も下がってきますので……辺境から中堅都市に移ってもほとんど碌な仕事も生活も無理だったでしょう。故に……そうか。俺らくらいの辺境民が都市部に出ても結局男女関係なしに食べる為に兵士になるしかないから……連邦と同じなのか。いや、あっちは元々男には徴兵制があるのか。まあ、女性軍人が多いという理由は同じなのかも?」
いわゆる経済的徴兵制と言うものである。徴兵制ではないテラリアが下級兵の数にそれほど困っていなかったのは結局、多くの民が経済と地位に嵌め込まれていたためだ。故にテラリア軍末端は士気が低く、督戦隊の存在も公然の秘密として知られている。その隊の隊長を聖騎士を務めることが多いことも。
――故に聖騎士には良い印象がありません。という言葉は流石に飲み込んだ。
逆からみれば、信頼してその手の汚れ役を任せられ、粛々とこなせるのがテラリアの聖騎士であるのだ。
「そうだったのか。なら猶更、親と辺境伯様、そして国には感謝せねばならんな。」
「……そうですか。国に感謝……ね。」
そこでアデルは言葉一旦飲み込んだ。だが思い浮かんだ疑問をつい口にしてしまう。
「なぜ師匠は留学を勧めたんでしょうね。よそ者ってだけで相当な苦労があったでしょうに。」
「ああ、最初の頃は特に酷かった。何をするにも異物扱いだったからな……」
アンジェラは昔を思い起こしたらしくそこで言葉を止める。そして――
「そうか、そういうことか。私たちがマリーネにしていたことも結局は…………アカデミーの同期達を見て『自分たちはああはなるまい』と2人で心に決めていたのに……結局は……」
何かに思い至り、アンジェラは言葉を失ってしまう。
「……すまない。」
アンジェラは片手をあげそう言うと、暗い表情でアデル達の所から離れていった。
「……今のは?」
アンジェラの突然の変容に不思議そうな表情でアンナがアデルに声を掛ける。
「……気付かないほうが楽だったことに気付いちゃった感じかな?どちらかと言えば気づいてくれた方が俺達には有り難いんだが……」
(結局は聖騎士も人それぞれか)
アデルにもそう思えた時期がありました。




