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兄様は平和に夢を見る。  作者: T138
四天動乱編
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奇策と激突

 舞台はいよいよ準決勝、アデル達対Sランク聖騎士隊こと“白風ヴァンブランシュ”との対戦の番になる。

 殆ど全てものが聖騎士達が勝つと踏んでいるのだろう。声援はアデル達に『頑張れ』だの『少しは良いとこ見せろ』だの、中には酔っ払いか、『3分くらいは持たせろよ』などと言う声まで聞こえる。

 2回戦、彼女らにとっての初戦で実力を目の当たりにしているので、アデルも取り敢えずは『前衛は一人一撃は加える。あわよくば一人落す』と目標を述べたが、本音はやはり一泡吹かせたいというところだ。その為には連携含めいくつかの奇策の用意もしていた。

 しかし、先にそれを見せたのは聖騎士パーティ、“白風”の方だった。

 リーダーのイリスとサブリーダーであろうアンジェラが、1回戦の長剣&楯ではなく、騎槍ランスを模した武器を選んできたのである。攻撃力を重視したのか、或いは違うレンジの武器による連携を考えているのか、これだけでは量りかねる。

「どうする?」

 ニルスが声を掛けてくる。

「基本的に最初の通りだ。ただ相手の組み分けは様子見をした後かな。」

 アデルはそう返す。アデル達の当初の作戦は、戦場を無理やり2つに分断し、2対2+1の状況を作ろうと言う作戦だ。アデルとアンナ、ニルスとミルテ、そして姿を消したネージュが“上”から観察し、やれそうな相手を倒す。

 まずは準備タイムだ。今回もニルスとミルテの武器には“火力付与エンチャントウェポン”を掛ける。その後、ネージュに“不可視インヴィジュアブル”を掛けた所で、周囲が驚きと困惑の声を上げた。アンナが初期から修得していた為忘れがちだが、“不可視”の魔法は精霊魔法でもかなりの高位に当たる魔法なのだ。と、同時に白風の面々も一瞬困惑した表情を浮かべるがすぐ険しい表情に変わる。1回戦のネージュの動きは見ていただろう。《暗殺者アサシン》の本気の最初の一撃を、不可視の状態から最低1回は回避しなくてはならない。後衛がいたなら後衛を狙うだろうが、白風は全員が前衛だ。誰がいつどのタイミングで狙われるかわからない状況で、目の前の相手の対処をしなければならない。

「お兄様、タイミングはどうします?」

「……最初だ。最初の立ち位置で2対2に分かれそうな位置を狙え。失敗したら全員で少なくなった方を叩く。起点ならどちらにも移れるからな。」

「なるほどな。」

 アデルの答えにアンナでなくニルスが応えた。失敗した場合の策を正しく理解したからだ。

「用意はいいか?……始め!」

 ブラバドの合図で試合開始だ。相手は前回と同様、いや、今大会(?)のセオリー通り、前衛ライン――あちらは全員だが。を訓練場中央にしようと走り出す。

 一方、アデル達は動かない。

「行け!」

 アデルの言葉と同時に、訓練場の地面に一筋の線が走る。氷だ。

「「!?」」

 攻撃魔法ではないと分かったものの、そのラインの脇を走っていた聖騎士2名がとっさにそれぞれの方向に飛ぶ。次の瞬間、氷の壁とまでは行かないが、高さ1メートル程、聖騎士達の腰から胸の間くらいの高さの氷の仕切りが訓練場を左右に二分した。リーダーであるイリスが槍で仕切りをぶっ叩く。硬い。氷は一片の欠片も飛ばさなかった。飛び越すには高く、破壊するにはそれなりの隙を作る必要がありそうだ。

 そして、次のアデル達の行動、つまりは2対2になるべく仕切りで分かれ距離を詰めてくるのを見てイリスはアデル達の作戦を理解する。

 初戦で見せたこちらの4人での連携を封じつつ、2対2で打ち合い、隙を見てどちらかの誰かを暗殺者が狙う。実力を見る限り、前衛としての穴はレザー装備の少女、アンナだ。元々のパーティもそうであるように、おそらくはそちらが3人になっているだろうと踏む。そして自分は……残念ながらそちらの組ではない。

「このまま2対2で受けるぞ。アサシンに注意しろ!」

「はい!」

 イリスが仕切りの向こうのアンジェラに声を飛ばす。

「舐められたものだ……いや、そう言う時点で舐めているのはこちらか。」

 イリスはそう呟くと、槍を構え一気に加速した。



 アデル達の初手、つまりは氷の仕切りに一時は騒然となった観衆たちだが、その後の経過で少々落ち付いた様だ。とりあえずは最初の1分間での脱落者は出ていない。戦況は白風がやや優勢、ただし白風も初戦で見せた様な圧倒的な力は示せていない。勿論、その理由はその場にいた者なら全員がわかっている。目の前の相手だけに集中できないからだ。ネージュの能力は1回戦で見た通り。誰が狙われているのかわからない状況で一瞬でもその存在を忘れたら重大な結果になりかねない。

 冒険者としてのレベルやランクを考えればもっと圧倒していても不思議はないが、挑戦者ことアデル達はどちらの組も防戦一方ではあるが意外と頑張っている。体格の良い鬼子兄妹の連携は流石と言える域であり、もう一方も戦士がうまく精霊使いを守り、精霊使いも時折自前の楯で攻撃を防ぎながら何かの詠唱を進めている様子で油断ならない。

 そんな状況の中、不自然な行動を取ったのがイリスだ。上からの不自然な風を感じたイリスは一瞬、ぎょっとしたような表情を浮かべ上空に向かって何かを放つ。恐らくは神聖魔法の中級魔法である、“風弾エアブラスト”だろう。空気を硬化し、数十センチほどの見えない弾と化して打ち込む魔法だ。殺傷能力は見込めないが、見えない為回避が難しく、直撃すれば重装備の戦士でも数メートルは吹っ飛ばせるというものである。

 イリスのその行動に一瞬困惑したのが彼女の仲間で“同じ組”にいたティルダだった。突然、目の前の相手から目を背け、魔法を使ったイリスの動きがわからなかったのだ。しかしそれはすぐに思い知る事になる。

 突然、膝裏に強い力を受け、そのまま背中から地面にひっくり返されてしまう。

 そこへ双子の容赦ない振り降ろしが襲い掛かり、躱す間もなく強烈な打撃を受ける。息が止まりそうになるが、意識はある。回復魔法を使えば立て直せると思ったが、次の瞬間、審判であるブラバドから退場を告げられる。

「ティルダ、それまで!」

 首筋にネージュが木の短剣を押し当てていたためだ。

「なっ!?」

「おおおおおおお」

 ティルダの驚きの声は観衆の大きな歓声にかき消されていた。

「くっ!」

 己の失策をイリスは悔やんだ。切っ掛けはネージュだが、決定的な隙を作ったのは自分の行動だと悟ったからだ。

(あの風は何だ?精霊魔法の攪乱か?……あの少女にそんな余裕はなさそうだが……いや、違う。ブラバドに聞かされていた筈だ。『“青き竜騎兵”の“後継”となりうるパーティだ』と。まさか“そこまで”なのか?)

 イリスは双子の猛攻を受け流しながらネージュの姿を確認する。所詮では精霊使いが着ていたものと同様のパーカーを羽織っている。角らしきものは見えないが……しかしこうなると少々分が悪い。それでもまだ勝機は十分ある筈だ。色々な制限のある余興の席とは言え、Sランクがそう簡単にCランクに負けるわけにはいかないのだ。

「なかなかやってくれる。」

 番狂わせの歓声が一瞬で引っ込むほどの凄みを持った口調と表情を浮かべ、イリスは見た目からは想像もできない雄たけびをあげて、双子へと猛攻を始めた。



 周囲から突如巻き起こった歓声にアデルはチラリと仕切りの反対側を覗く。どうやらうまく1人落したらしい。相手がリーダーだとしても、ニルスとミルテならそう簡単にはやられないだろう。そう考えたアデルは2段目の奇策を発動させる。

 楯を持つ聖騎士に強烈な突きを見せ楯を下げさせると、足で強引にその楯を蹴り上げる。

「今だ!」

 アデルの声と同時に強烈な光が聖騎士を襲った。アンナの強力な光の灯明の魔法だ。少なくとも攻撃魔法ではない。

「ぬおおおお!?」

 普段なら兜くらいは被っているのかもしれないが、今日は誰も被っていない。模擬戦と分かっている中、その状況でわざと頭部を狙うものはいないのだ。ある意味やさしい世界だが、今回はそれが仇となった。突然の強烈な閃光に聖騎士は目をやられる。その隙にアデルは腹と胸、正確に2発の突きを聖騎士に叩き込んでいた。

(よっしゃああ!)

 アデルは歓喜した。だがしかし……

「サーラとアンナはそれまで!」

「何!?」

 聖騎士、サーラという名前の様だ。と同時にアンナまで退場の指示を受ける。

 驚いたアデルがそちらを見ると、アンジェラの槍がアンナの頭上で寸止めされていた。

「……甘いか。」

「お互いにな。」

 アンジェラが憮然とした表情で槍で空を切ろうとしたのを見て、アデルは一旦飛び退き、両者仕切り直しをした。



 試合は終盤を迎えていた。片方ではイリスが烈火の如き猛攻でニルスとミルテを圧倒している。それでいてネージュの行動に対してもステップや楯できっちりと対処しているところは、それを見てる観衆までも圧倒していた。圧巻とはまさにこの事である。

 一方、アデルとアンジェラの方は膠着状態だ。どちらも鋭い攻撃を見せるものの、その寸前の所で防御なり回避なりをされてしまう。何となくお互いの次の一手が見えるという不思議な感じだ。

(まいったなぁ。奇策その3とその4がダメになってしまった……)

 そう内心で呟くのはアデルだ。アデルの残りの策にもアンナが必要不可欠だった。1つは投擲と“氷の棒”による奇襲と攻撃レンジの変更。もう一つはアンナを不可視状態にしてあちらに送り込み、ネージュと交代させる作戦だ。目くらましでサーラを落せるかどうかは半々のつもりでいたが、そこでアンナまで一緒にやられると言うのは想定外だった。自分に向けられたものではないとしても、あの閃光の中正確にアンナの頭を捉えたアンジェラの実力を認めざるを得ない。

 アデルがそんな思案に陥っている中、あちらでまた別の歓声が上がった。状況が動いた。そう感じてチラリと様子を見るとどうやらミルテがやられたらしい。楯が投げ捨てられていた所を見ると、初戦同様、防戦一方に焦れて本気攻めに転じた所をうまくあしらわれた様子だ。

 こうなるとあちらからの増援は望めない。と、同時にアンナに指示をして氷の仕切りをなくすことも出来なくなってしまっていた。

 何とかしてアンジェラを倒さなければならない。しかし、こちらの攻撃は突きから2段突きに、或いは2段突きから3段目に移行しようとすると楯か直前の牽制に潰されてしまう。と、同時に同じ片手槍使いとして明らかに上手と見えるアンジェラの超速の突きも自分でも意外なほど正確に受けとめ、受け流す事に成功している。

(呼吸が似ているのか……そうなると、レンジ変更できなくなったのはもったいないなぁ。)

 そこから3合くらい攻守を繰り返した後、アデルは判断する。

(結局人のこと言えねーな。)

 アデルは楯を構え、次で決めるとばかりに渾身の力を込めて一歩踏み出し……楯を下から放り投げるように投げると、目いっぱい右手の槍を突きだす。

 槍は狙いより少し下に逸れて、アンジェラの下腹部あたりを激しく叩いたが……アンジェラが倒れる事はなかった。アンジェラは少しよろけながらも踏みとどまると、楯を構え、無慈悲に回復魔法を使った。

 その後、もう3合ばかり攻撃を打合ったが、結局、全てアンジェラに正確に受けられ、2段突きに行こうとしたところを完全にカウンターで返されてしまった。先ほどの意趣返しか、腹に強烈な一撃を貰った所でアデルは息苦しさで動けなくなる。最後はうずくまったところにアンナ同様、頭のすぐ上で槍を寸止めされたところでブラバドから退場を命じられた。

 その瞬間、周囲から一際大きな歓声が沸き起こる。アデルの意識が全部アンジェラに向けられていた間にイリスがニルスとネージュを打ち破っていた様だ。

 壁は厚い。薄れる意識の中そう感じたアデルを光が包むと、暖かい光がアデルの痛みを和らげた。

「正直、何度かはひやりとさせられたよ。」

 アンジェラの回復魔法だろう。そしてアンジェラから手を差し伸べられる。

 アデルは一つ深呼吸をして息と気持ちを整えると、

「有難うございました。」

 アンジェラの手を握り立ち上った。


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