報告と連絡と相談と
最後に2週間弱の討伐依頼を受けたせいでアデル達が王都に戻った時には既に、12月も残す所数日という時期になっていた。
予想よりもかなり遅くなった為、ブラバドは少々心配していた様だが、事情を報告すると「あれに参加していたのか。例の魔の森の討伐の話は既にギルドから概要は聞いている。」とのことだった。改めてアリオンからの書状を渡すと「なるほど。噂の冒険者パーティはお前たちだったのか。5人とあったから別のパーティだと思っていたら……。ついでに“東の勇者”のことも聞いている。」
と苦笑する。どうやら知らない所で噂にされていたらしい。噂とは?と尋ねると、
「ギルドのエストリア支部から緊急の報告が上がってきていてな。魔の森掃討戦で活躍したパーティとそれ以上の実力を持つとされた“東の勇者問題”、あと逃亡したパーティと死亡した冒険者についてだな。パーティに関しては店の事情か、具体的には上げられていないが、“優秀な斥候”は高く評価されていたぞ。」
「ほほう。」
ネージュが身を乗り出す。珠無竜人とはいえ、いや、だからこそなのか、やはり他から評価されるのは嬉しいらしい。元々自己主張――顕示欲が強いとされる竜人であっても、珠がないとずっと下に下に見られてきていたのだ。ここぞとばかりになるのは仕方がないのかもしれない。
そして、アデル達のパーティで斥候は今のところ自分しかいない。いずれ、ノウハウを教えて修業させれば“不可視”の強みを持つアンナも育つだろうが、“暗視”が必要な場面では間違いなく自分が最高の斥候であると言う自負がある。人族の冒険者技能に例えるなら《戦士》《拳闘士》としての活動よりも《斥候》としての実戦経験の方が遥かに多いのだ。
「で、こっちの2人がニルスとミルテか。俺がブラバド、この店の店主だ。アリオンとは昔一緒にパーティを組んでいた。宜しく頼む。」
「こちらこそ。」
ブラバドが差し出した手を、双子はそれぞれ丁寧に握り返した。
「2つの合同パーティと言う形を取るのか。統一するならBランク、まあ、個別でもアデル達の方は条件付きBランクに上げる事も可能と書いてあるがどうする?ランクが上がると、ごく稀にだが、今回の様な半強制的だったり、露骨に強制的な依頼が来ることもあるが、実入りはそれ普段の仕事も含めてでかくなる。」
「ブラバドさん達は?」
「俺か?自慢じゃないが元Sランクさ。実際、そう言う依頼も3回くらいあったしな。その内の一つが、魔の森の魔物の異常発生の制圧さ。Aランクの時に駆り出されて、その活躍でSランクをもらったって感じだな。尤も騎士団の下請けみたいなものだったがね。」
ブラバドの言葉にニルスとミルテが目の色を変えた。高ランクに憧れているのだろうか。
「ディアスさん達も?」
「あいつらは……S目前のAってところだな。」
「なるほど。条件つきの条件とは?」
「人数だな。3人じゃ少々心許ない。レベル25くらいの実力で5人、バランスよくってのが条件だ。そうなると、この5人で組むなら、範囲制圧に少し難があるかもしれんが、前衛、斥候、回復はなんの問題もなさそうだ。」
「なるほど……」
「まあ、年の瀬だしな。すぐに決める必要はない。もし、5人で丁度良さそうな案件が入ったら声を掛けてやろう。」
「お願いします。」
「……意外だな。Cランクで慎ましやかに行きたいとか言うかと思ったが。」
「基本的には……ただ、魔獣――魔石絡みに一枚噛めるなら検討の余地はあるのかなと。」
「なるほどな。Bランク以上限定の魔獣って……それこそキマイラ辺りからだぞ?そうそう出くわす機会はないと思うが……まあBランクともなれば、多少出自が怪しかったとしても実績とその後の期待で評価はされるだろうけどな。」
「実績だけならともかく、その後の期待ってのが逆に恐ろしいところですね。」
「……まあ、そういうことだ。マリーネの二の轍は踏まない様にしてもらいたいところだな。――そうそう。」
ブラバドは少し渋めの表情でそう言うと、一度その話を切った。
「お前らが護衛したあと、北の前線に残っていた司祭達が戻ってきたらしくてな。改めて評価票が来たんだが……司祭と……後詰の隊長の騎士からな、《指揮:16》の技能が妥当だとの評価があったぞ。」
「《指揮:16》?冒険者技能なんですかそれ。」
「まあ一応な。パーティリーダとしての箔が付くぞ。あと、今回の様に軍と行動する場合、場合によっては指揮を任される事もある。今更もしもの話をしても遅いかもしれんが、今回の掃討戦前にこの技能があったら、お前が前夜にしたという相談も一考されてたかもしれんな。まあ、そっちは《軍略》の方が適正ではあるんだが。」
ブラバドの言葉にアデルは驚いた。
「え……前夜の話も伝わっているんですか?」
「隊長の騎士が一度エストリアに戻って増援要請の提案もあったことを報告していたようだが?」
「……そうですか。」
どうやらレナルドは相当堪えたらしい。確かにそんなところまでご丁寧に報告して反省できるのなら、アリオンの言う通り、次期エストリア防衛隊長としては悪くないのかもしれない。今回の戦闘の反省で、より大きな戦闘に少ない犠牲で勝つことができれば、今回死んだ兵たちも無駄死ににはならない筈だ。兵士の方は遺族にも保障もあるしな!とは口に出さないが。
「軍の下請けかぁ。独立して遊撃させてもらえるなら考えますけどね。あと《軍略》ってなんですか?」
「そっちは冒険者技能ってよりも、軍の資格の一つって意味合いの方が強いな。まあ、読んで字が如くだ。冒険者でも戦場に長くいたヤツとか、それくらいの助言が出来る高ランク冒険者に認められる技能だな。」
「……縁はなさそうですね。」
「だと、いいんだがな。」
ブラバドの返事は気がないというかなんというか……何か含んだ言い方だった。
「何か懸念でも?」
「いや……何となく、アデルというよりも、お前らだといずれ縁が出来そうな気がするんだがな。まあ、時間があるときに基本くらいは学んでおけ。基本程度なら図書館でも漁れば論文と解説くらいは出てくるだろう。」
「ナニソレコワイ。」
「後詰の隊長とやらには随分と気に入られたようだな。今回の件も最後に竜人にひっくり返されてなければもっと違う評価もあったかもしれん。突入後の膠着の時に真っ先に側面を食い荒らして戦の流れを一気に引き寄せたという部分の評価が高い。まあ、ギルドが“東の勇者”にいいとこ全部持ってかれるのが癪だったってのもあるのかもしれんが。」
「……まあ、事前に俺らだけ相手の俯瞰図を持ってたってのが大きいでしょうね。そうなると、俺よりもネージュの功績か。補給陣地の奇襲の時も結局はそこにつながるんだよなぁ」
「軍に於いて斥候が重要視される所以だな。」
実際、あそこまで敵の接近を許した北部軍の斥候はあとで大目玉を食らったという話をどこかで聞いた気がする。
「そうなるとこの2人の組み合わせは強いを通り越してずるいな……」
アデルはネージュとアンナの頭に手を置いて苦笑した。
「ん?」
「だって、空から暗視持ちが条件付きとはいえ、不可視状態で探ってこれますからね。」
現代戦に例えるなら、世界で唯一の自律型偵察衛星を運用しているようなものだ。アデルの言葉にアンナは少し喜ぶが、ネージュは少し表情を硬くした。将来その分野でアンナがライバルになりうると認めたのだ。実際、アデルから暗視付与の兜を借りれば、経験以外の条件はアンナに分がある。尤も、細部まで見落とさない、優先度の判断等、その経験こそが一番重要であるのだが。
「そりゃ確かにずるいな。ノール城奪還も城壁内の事前情報の有無がかなり明暗を分けた様だし。軍が見つけたら1中隊を運用できるぐらいの額を払うかもな。戦時統制とかいって、権力を押し付けてこない限りは。」
言外に間違いなく押し付けてくると言っているような気がする。
「まあ、新年まではゆっくり休むといい。来年は――忙しくなりそうだ。ニルス達の部屋はアデル達の部屋の近くで2人部屋ってことでいいか?」
「はい。お願いします。」
ブラバドの言葉にニルスが表情を引き締めて頭を垂れた。
「それでは俺たちは防具屋に行ってきます。アリオンさんが昔の装備をくれたので。」
「ほう?」
アデルの言葉にブラバドが興味を示した。
「これです。」
アデルが、持ってきた包みをほどくと、ブラバドは少し表情を緩めて
「懐かしいな。それこそ、さっき言った強制依頼の魔の森の魔物異常発生鎮圧の褒賞として辺境伯に貰ったものじゃないか。」
「え?そんなに大事なものだったんですか?」
「大事な物だからこそかもな。寝かしておくにはもったいない。まあ、ヤツにもヤツなりの考えがあったんだろう。楯は流石になしか。」
「なんか、再加工して使えって言われたんですが……ある程度は原形を残しておいた方がいいですよね?楯もあったんですか?」
「
「いや、国やら辺境伯家の紋章やらが刻まれてるでもないし……そこまで気にすることはなかろうよ。装備は使ってこそのものだ。楯もセットだったが、楯はアイツのトレードマークみたいなものだったからな。」
ブラバドの言葉にアデルも少しは気が楽になる。
「確か“東の大楯”でしたっけ?」
「おや、よく知っていたな。その通りだよ。俺が“東の大剣”だったがな。」
「そちらは初耳です。“東の”とつくところを見ると、主にエストリアで活動してたんですか?」
「ああ。冒険者としての実績はほとんどあっちで重ねたものだ。まあ、後進の育成ってことで、今じゃこっちでの方が名前は通ってるみたいだがな。エストリアならずっとあちらにいるアリオンの影響力はそれなりにあるだろう。」
「防衛隊長と友人だそうですしね。むしろ師という感じなのかな?なるほど……流石にこれ以上は望みません。むしろこれでも十分を通り越して怖くなるくらいなのに。とりあえず防具は少し考えはあるのでアモールさんに相談して来ます。」
「ああ。だが、少々時間が掛かるかもしれんな。」
「……そうですね。」
アデルは大包みを抱えて、2人の妹を連れ立って防具屋へと向かった。
「こりゃあまた……随分と大事にしてたみたいだな。」
アモール防具店に持ち寄ったアリオンのミスリル鎧を見てアモールは感嘆の声を上げた。
「やっぱりそうですよね。くれた本人は溶かして再加工して使えって言ってたんですが……」
「最初からそのつもりだったなら、こんなに綺麗な状態で保管してはいないだろう。とは言え、出所がはっきりするのも回避したい感じか。ふむ……」
「うーん……肩当か籠手あたりは原形残してもいいのかなと思ったのですが……」
「そうだなぁ。どうせ……というか、正直、無駄に目立つのは避けたい感じなのだろう?」
「はい。そうですね。」
「ふむ。左右対称にこだわるか?」
「……どういうことですか?」
「右と左で対称な構造にした方がいいかということだ。重さのバランスは考えるが。」
「何かいい案でも?」
「左の肩当だけこのまま使おうかと思ってな。他はお前の身体に合ったサイズに作り直す。とは言え……Bランク冒険者には贅沢な逸品だよなぁ。」
「まだBランクに上がった訳では……」
「だったら猶更だ。ランクに合わない装備は、周りの印象が悪くなる上に敵から狙われやすくなる。」
この辺りの懸念が思い浮かぶ辺りは流石アモールである。実際、倒した敵兵からの略奪が許されることの多い戦場では、分不相応に上級な装備はいろんな意味で敵の目を引くことになるだろう。
「なるほど……わざと表面に煤か何かコーティングを施すとか……」
「ふむ。そうだな。うむ。だいたいイメージは出来てきた。とは言えこれだけの代物だ。加工だけだとしてもそれなりには出してもらうぞ?」
「おいくらでしょう?」
「――一式その他で3000ゴルト。それで今付けてる鎧の加工までやってやろう。ネージュかアンナに回すのだろう?」
3人で2か月ほど余裕で生活出来るくらいの額である。素材持ち込みと考えると少々高い気がするが、加工が難しくなる高級な素材で且つ2人分の加工と考えるなら妥当なところだろうか。
「はい。アンナに丁度良い防具にしてもらおうかと。纏めてお願いできますか?」
「1か月は掛かるが良いか?」
「まあ、物が物ですし、時期も時期ですし、1か月ならむしろ有り難いくらいです。」
「うむ。もしかしたら1月の末頃になるかもしれんが……まあ、ゆっくり待っていてくれ。」
「お願いします。」
商談は成立した。
しかし、その1か月ちょっとの期間でコローナ王国を取り巻く状況が一気に急変しようとはこの時誰も想像だにしなかったのである。




