表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
兄様は平和に夢を見る。  作者: T138
邂逅編
9/373

《暗殺者》

「初仕事は上々の結果だったようだな。」

 アデル達の報告にアリオンは上機嫌で応えた。

「成功報酬と討伐報酬だ。18体じゃお前らには少々物足りなかったかもしれんなぁ。」

 小さな袋にまとめられたゴブリンの討伐証明となる右耳を確認しつつそう言ってくる。

「私とヴェルノは結局最初から最後まで何もしてませんでしたけどね……」

 フォーリが小さくそう言う。

「バックアップがあるかないかで探索や作戦の幅が一気に変わるから、実際の仕事量は気にする必要ないと思うけどね。」

「そうだそうだ。それを言い出したら俺達よりもネージュの方が仕事してたしなぁ……」

 アデルとエスターがそうフォローするが、フォーリの表情は晴れない。

「パーティってのはそう言うもんだ。みんなで受けた時点で後はどう安全に効率よく仕事を果して帰って来るかだ。それよりもネージュがどうしたって?」

「探索で大いに活躍しましてね。」

 アリオンの問いにアデルとエスターがネージュのやんちゃぶりを伝える。

「エスターはともかくお兄ちゃんがそれを把握できてないのはどういうことだと思うがな。まあいい。あとでその辺の適性も見てやろう。場合によっては限定的に冒険者技能として認めてやれるかもしれん。」

「限定的とは?」

「うちの店で依頼を受ける場合に限り、探索系技能者として数に加えてやれるかもと言う事だな。テラリアじゃ亜人を捨て駒の偵察にすることも珍しくないらしいが……?」

「いやいやいやいやいや。帝都の奴らじゃあるまいし……」

 おそらく冗談であろうことは表情から伝わるが、それでもアデルは全力で否定する。

「まあ、今日くらいはゆっくりすると良い。技能レベルの更新は次の機会でいいだろう。魔物討伐の依頼はそれなりにあるから、次の依頼の事も考えておくんだな。どれ。少しお転婆姫の相手をしてやろうじゃないか。裏へおいで。」

 アリオンは店員にカウンターを任せると、ネージュに裏の訓練場へ来るように誘う。

「まあ、ちょっといってくる。報酬の分配は最初に決めたとおりで充分だ。今後もあるだろうしあまり深く考えずに取っておいてくれ。後衛なしじゃ良い依頼は受け難いが、後衛の仕事は無ければそれに越したことはないんだし。」

 アデルはヴェーラ達、とりわけフォーリに向けてそう言うとネージュを連れて裏口へと向かった。


「まずは座学からだな。王都みたいに訓練向けの遺跡とかがあれば一番いいんだけどなぁ。」

 ネージュとアデル、それに結局すぐにやる事が見つからずになんとなくついて来たヴェーラ達にアリオンが言う。

「訓練用の遺跡ですか?」 

「訓練用ではなく、訓練向け、な。何、王都近くの、とうの昔に攻略された遺跡を改造してな。新兵や一部の冒険者たちの訓練に使ってるんだ。殺傷力を落したトラップがそこかしこに仕組んである。」

「なるほど。実技研修的な施設ですか。」

「そうなるな。まずは基本編だ。この問題を解いてみろ。」

 そう言ってそれぞれに3枚の紙を渡してくる。

 内容を確認すると、それぞれ森や山での注意事項、遺跡や罠の構造、薬や薬草の使い方などをテスト形式にした問題集だ。

「あ……」

 そこで一つ問題が発生する。何事かとアリオンが訪ねると、ネージュが『字がよく判らない』と答える。

 会話ができたとしても読み書きができるとは限らない。識字率皆無の田舎村でも日常会話は出来るのだ。

「あー、まあそうか。街の一般家庭ならともかく、田舎村、況してテラリアの辺境じゃ仕方ないといえば仕方ないな。」

「それなら、俺の分の試験はパスで。もう《狩人ハンター:3》は貰ってますしね。俺がネージュに替ってネージュの答えを記入するってことで行けますか?」

「うーん、まあそうだな。ある程度字は読めないと困るだろうが、別に読めるやつが近くにいればそうそう問題ないだろうしな。それでいいぞ。1時間後に回収しに来るからそれまでに出来るだけ埋めておけ。当然相談はなしだぞ?成績次第で《狩人》、《斥候スカウト》、《薬師ファーマシー》のレベル1を進呈するぞ。エスターは既に《狩人:3》の実技分は持ってるから他を優先してくれてもいい。」

 アリオンはそう言うと部屋出て行った。本来なら不正をしない様に監視を付けるところだろうが、すでにアデル達を信用しているのか、或いは不正をしても結局困るのは自分たちと思っているのか特に監視がある訳でもなく時間が過ぎる。

 アデルの膝の上で問題を読み聞かせてもらっているネージュをなぜかヴェルノが羨ましそうにチラチラと見つめていたことに気付けたのはやはりネージュだけだった。

 


「うーむ。こりゃあまた……」

 ほぼぴったり一時間後に戻ってきたアリオンは、テストを回収し採点を終えると、唸る様に声を発した。

「こりゃ驚いた。予想はしたけど、やっぱり驚かざるを得ないな……」

 何とも複雑な表情でアデル達を見て言う。

「一番出来がいいのがネージュ、次いでヴェルノだ。」

「ほう」

「おお!」

 出来が良いと評されたネージュとヴェルノがそれぞれ全く異なる反応を見せる。

「一つ確認しておくが、ネージュの解答は、全部ネージュの知識で、アデルと合同で解いたわけじゃないんだよな?」

「8割方その通りです……」

 アリオンの言葉に少しばつの悪そうにアデルが答える。

「8割方?」

「薬草や薬の名前が判らなかったようなので。あと、罠の構造部分で一部わからないところをちょっと手伝いました……」

「個別の名前はまあ仕方ないが、罠の構造は……うーむ。その辺は追加テストだな。それ以外の結果を言うが……

 ネージュには《狩人》と《薬師》のレベル1、ヴェルノは《薬師》のレベル1進呈だ。それ以外はだめだな。欲しいならもう一度勉強して再テストだ。

 そして一番の懸案たるネージュの《斥候》だが、成績自体は悪くないが、一部アデルの手助けがあるというなら保留だ。実技試験で合格すればそれに見合ったレベルを認定してやろう。

 昼までには終わるだろうからこのまま試験としようか。ネージュと保護者、あとは希望者のみでいいぞ。ちなみに試験だけで教えることはないから、現時点で脈がない奴は来ても時間の無駄だぞ?」

 その言葉について行ったのは結局ネージュとアデル、それにエスターだ。ヴェーラ達は買い物等他の準備をすると言い別行動となった。


 その後、アリオンに提示された課題を次々とネージュはこなした。罠の発見、解除、設置、不安定な足場での行動、気配の読み合いなど、斥候として求められる基本的な課題に取組み、その能力の評価を得る。中にはアリオンに舌を巻かせるくらいの実力も見せつけ大いに感心させた。試しにエスターと対決させた所、ネージュの全勝と言うエスターにはやるせない結果となる。

「これなら、年齢というか、外見というか的に他の店では難しいだろうが、うちの店で仕事を受けるなら《斥候:8》として実力を認めよう。新米冒険者じゃとても到達できないレベルだぞ。一体どういう生活をしたらこんな風になるのか……」

 アリオンはえらく感心したような口調で言うが、最後にちくりとアデルを睨んだ。

「やる気と環境じゃないかな?」

 ネージュもニヤリと笑ってアリオンに言葉を返す。そしてさらに言う。

「ついでにもう一つお願いがあるんだけど……」

「何だね?」

「もう一回、1対1で勝負してほしい。いきなりレベル認定してとは言わないけど、その上で何が足りないか、或いはどんな武器が良いか教えてほしいんだけど。」

 ネージュの一転して真剣な表情にアリオンは頷く。

「やる気と環境か。わかった。少し相手してやろう。やるからには多少痛い目見るのも覚悟しろよ。」

 年齢に不釣合いなやる気にアリオンは応えてくれるようだ。



 アリオンとネージュの手合せにアデルとエスターは見入っていた。

 ネージュの細腕では到底歴戦の冒険者であるアリオンに痛打を与えることは叶わないが、動きは悪くない。アリオンの方もそれを理解し、あえて片手剣と盾というアリオン本来の戦闘スタイルでネージュの相手をしている。

 試合前に聞いたところによると、アリオンの最盛期の技能は、《戦士ファイター:36》《狩人:21》《斥候:15》だそうだ。概ねそれぞれレベル30で一流、レベル50が一つの到達点であると言う。

 上級職も存在し、基準は各国で異なるが、血統以外で騎士として叙任される場合、だいたいの国が《戦士:25》《騎手ライダー:20》で《騎士ナイト:10》相当だそうで、高レベルの騎士が如何に強いかがうかがえる。さらに《聖騎士パラディン》という上位クラスも存在するが、こちらは実力だけではなれないらしい。尤もアデルに騎士になる気はないのだが。

 狩人はレベル30くらいになれば単身で山に籠って生きていけるくらいとの事。斥候もレベル30となれば単身で敵軍の前線司令部の中枢付近まで忍び込める程度の実力だそうだ。レベル30ともなればそのクラスと本人の特徴や功績にちなんだ二つ名が付くようになるらしい。レベル36であるアリオンに二つ名を聞くと、照れくさそうに、それでいて少し嬉しそうに《東の大楯》だと教えてくれた。

 数十年に一度くらいの確率で起きる、魔の森からの大量の魔物の襲撃、スタンピードからエストリアを守るのに大きく貢献した功績が主に讃えられての二つ名だそうだ。

 (数十年に一度……か。)

 自分で聞いておいて難だが、アデルはアリオンの二つ名の由来よりもそちらが気になってしまったが口には出さないでおいた。

 (その数十年に一度が魔の森の東側で起きた……という訳じゃないんだろうなぁ。)

 アデルの内心をよそにアリオンの説明は続く。

 新米はどれか一つの技能レベルが10に届くと一人前と認められる。《戦士》などの基本的な技能はレベル10未満は駆け出し、先述の《騎士》ならレベル10未満の者は士官学校を出たばかりのどこぞのお坊ちゃまと言うことになる。

 尤も少し経験を積めば基本クラスのレベル10、さらに長く訓練すればレベル20くらいまではやる気さえあれば誰でもなれるそうで、そこから上はその方面での資質がないとなかなか伸びなくなってくるとのことだ。


 さて、アリオンとネージュの手合わせの話に戻ろう。

 引退して幾ばくか経ち、最盛期と比べれば何割か動きが落ちている事、多少の手加減も見て取れるが、それでも元一流とそれなりに渡り合えている。ネージュに合せて木刀の太刀筋も次第に鋭くなってきていた。当初ネージュは「一回」と言っていたが、アリオンが切り上げの宣言をしないのをいいことに既に5回くらい挑んでいる。最初の2回は全く手も足も出なかったネージュだが、だんだんと盾を潜り抜けられるようにはなってきていた。もちろん、それを受けてアリオンの方も手加減度を修正してくるのでそう何回も出来る訳でもないが。

 これはアデルにとっても良い勉強となっていた。得物のリーチや用途が若干違うとはいえ、楯の基本的な使い方や攻撃との連携の仕方など参考にすべき点は多い。同じく、片手剣と楯が主な戦闘スタイルのエスターにとっては言わずもがなだ。

 8戦ほどしてネージュの動きが明らかに落ちてきたところでアリオンが終了を宣言する。ネージュがアリオンに打撃を加えられたのは3回だ。どれも楯をなんとか潜り抜けての苦し紛れの一発であったため、有効打とは認められない。

「動きは申し分ない。素手同士の1対1で試合をするなら駆け出しの拳闘士くらいなら遅れは取らんだろう。が、実戦ではまだまだ厳しいな。」

 それはそうだ。その辺の子供とは格が違うとはいえ、なんの武器もなしに10歳付近の子供が実戦で武装した相手に適うわけがなかった。

「悩ましいところだな。《拳闘士》のスタイルにこだわるなら、アイアンナックルとメタルブーツなんだろうが、お前さんの腕力でそれじゃ何の脅威にもならない。適性的には《暗殺者アサシン》が一番だが……子供に目指せとオススメできるクラスでもないからな。」

 困ったという表情でアリオンが言う。

「《暗殺者》なんてクラスがあるんですか?」

「《戦士》と《拳闘士》と《斥候》の複合クラスというか……な。実力は申し分ないが、《暗殺者》なんてクラスは下手すりゃ仲間からも敬遠されかねない。さらにそれで有名になるとそれ系の仕事があらゆる手段で舞い込んでくる恐れもある。」

「有名な暗殺者ってそれもどうかと思うのですが……」

「ああ、その筋で有名ってな。」

「で、ネージュはそれが一番向いていると?」

「今の動きは見ていただろう?ネージュにダガーとマンゴーシュの扱いを慣れさせてもう少し腕力を付けたあたりで勝負してみろ。お前らでも間違いなく苦戦するだろう。下手すりゃ負けかねんぞ?今の状態でもそこらのひよっこ冒険者じゃ1対1で勝つのは難しいだろうな。」

 アリオンの言葉にアデルはそれを想像してみる。アリオンの剣撃を躱し大楯を潜り抜け、胸部や脛に一撃を加えていた。もう少し攻撃の精度を高めて、防具の弱い部分を狙えるようになったら……確かに分が悪そうだ。

「あと悩ましいのは足だな。蹴りも足払いも得意なようだが、それでいてほんの数歩の助走で自分の背丈以上の跳躍が出来るというのは得難い資質だ。これも《暗殺者》向けだな。」

(やはり跳躍は目をつけられたか。)

 アデルは内心で付け加えた。ネージュというより竜人の特性なのだろう、2~3歩の助走からの跳躍でだいたい自分の身長くらいの高さまで飛び上がれるのだ。そこからさらに翼を展開し、ほんの数秒で高度十数メートル、建物なら3階くらいの高さまで浮き上がることができる。実際、魔の森での狩りの折、体高3m強のグリズリーを相手にしたが人目のない事をいいことに、「翼が鈍る」との名目でネージュが単身で相手をした。1軸増えることにより行動の手数がぐんと増え、グリズリーの攻撃を手玉に取るように躱し、頭部や頸部に攻撃を加えていた。結局はやはり力不足で倒すには至らず、ネージュに集中していた隙をついたアデルの槍で仕留めたということがあった。

(これに暗視と飛行が付くんだもんなぁ。そりゃ暗殺者向けだわ)

 無意識乍らも少し渋い表情になったアデルが尋ねる。

「クラスを《暗殺者》とした場合、利点と不利点はどんな感じなんですか?」

「飽くまでクラス、戦闘技能としての分類だからな。実際にそいつが暗殺を生業にしているという訳じゃない。ただレアなクラスだから、依頼人も含む一般人やら一部の冒険者が知らずに耳にすれば悪い印象を持たれかねない。敬遠されるかもしれんな。特に《騎士》などの軍人ぽいやつらからは疎まれる傾向にある。利点というかはわからんが、店やギルドからの信用さえ得られれば割りのいい仕事も入ってくる。何せ《暗殺者》の時点で優秀な《戦士》であり《斥候》だということだからな。」

「なるほど。ちなみに、アリオンさんの見立てだとどれくらいのレベルと認められるんですか?」

「武器を持った状態でさっきと同等の動きができるなら……《暗殺者:12》くらいは固いな。」

「おおー」

 いきなりのレベル10超えの評価にアデルとエスターが驚きの声を上げる。

「じゃあそれで。」

「「「…………」」」

 逡巡も葛藤も一切なくネージュがそう言った。ここにいろいろレアな一端の冒険者が誕生したのである。



実は話の展開はだいぶ先まで出来ているのですが、分かりやすいクラスとレベルの設定がなかなか定まらずに……レベルやクラスの設定は後日こっそり変わるかもしれません。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ