東の勇者
翌々日、ニルスたちとと共に暁亭で少し早めの朝食を取り、そのままアリオンに挨拶をして合流地点である東門へと向かった。
東門の外ではすでに辺境警備の国軍が出発の準備をしている。その中で唯一、馬に乗った人物が隊長だろうとアデルは近寄り声を掛ける。
「隊長のレナルド様で宜しいですか?」
アデルの言葉に、髭面の隊長は一つ眉を乗せて馬上から見下ろしてくる。
「そうだが?」
「暁亭で依頼を受けたパーティです。アリオンさんの紹介とレナルド様に挨拶しろと。」
「そうか。アリオン殿の。最初は渋っておられたが……うむ。よろしく頼むぞ。」
「……渋っていた理由もご存じなのですか?」
「うむ。聞いている。その辺りは配慮するつもりだ。」
「有難うございます。まあ、個人的にはあちらから喧嘩を売ってこられない限りはギルドの方の事情は気にしていないのですがね。」
「まあ……あちらが無知なだけなのだろうからな。とはいえ、他の店からの参加者もいる。その辺は気にかけておいてくれ。」
「わかりました。」
一応その辺りの話は分かっているようだ。そうすると勇者パーティを引き込んだのは領主の方か。
鬼子の双子を始め、どう見ても(実際に)未成年の小娘にしか見えない二人を目にしてもその辺りに触れないのはアリオンに対する信頼だろうか。アデル達はレナルドの目の届く範囲で兵士たちの動きの邪魔にならないところで腰を下ろした。
その後、何組かの冒険者パーティがやはりアデル達と同様に隊長であるレナルドに挨拶をし、ほどなくして兵士たちが整列を始め、冒険者組もまとめてその横に待機させられた。
「諸君。よく集まってくれた。今回の討伐は魔の森を数日歩いたところにある蛮族の集落だ。数は100程、その大半は木っ端の妖魔だが、中には複数のオーガがいると聞いている。即ちそれを率いる者がいるということだ。妖魔の集団と侮るなかれ。軍同士の戦と心得よ。」
「応!」
「これを放置すれば、さらに数を増やした蛮族共がこの地を荒らしに来ることは必定。そうなる前にこれを叩かねばならん!領民の為、そして君たちの家族友人の為、各員の奮闘に期待する!」
「おおおお~!」
と、レナルドの訓示に兵士たちは大きく気勢を発している。士気は高そうだ。
「冒険者諸君も各店でCランクに認められた者たちばかりの筈だ。豊富な経験をもとに、是非ともわが軍を助けてもらいたい。」
「応!」
「はい!」
こちらの返事はバラバラだ。ちなみにアデル達はただ無言で表情を引き締めただけだった。
領主の名前で各店からCランク以上の冒険者パーティを供出させた感じか。あちらの方が早かったのだろうが、暁亭に元々いたCランク組が聖騎士に持っていかれたため、急遽アデル達にニルスたちを付けて参加させたのだろう。アデルはそう考えた。
アデル達以外には4パーティが参加しているようだ。どれもCランクと言う事なら、実力もほぼ同じくらいとみていいだろう。いつもならだいたいざっと確認しあうのだが、それぞれ所属先も違うし、ぱっと見た感じも、戦士を中心にレベル20代前半から中盤あたりに見えるので今更敢えて確認しようとする者は現れない。見えると云うだけならニルスとミルテ達も十分それくらいに見える。実際に能力はその通りなのだが、レベル的には12と言う事は黙っておいた方がいいだろうとアデルも今回はその辺の確認はしなかった。
国軍120人に冒険者25人、総勢145名、この地域で見ればそれなりの大軍である。は、レナルドの号令の下、少しゆっくり目に東――魔の森へと進んでいった。
東へと歩く国軍はみな黙々と整然と行軍している。それに対して冒険者チームは各パーティ内で適当にしゃべりながらそれについて行く形になっている。そんな中で、アデルのパーティには3通りの視線が集まっていた。
1つは、ニルスたちに対する興味の視線だ。まずは身体の大きさ。低い方、女性のミルテでさえ、双子の兄ニルスを除けば冒険者……恐らく国軍を含めてでも1番高いのだ。それよりもさらに拳一つ分高いニルスには否が応でも視線が集中する。得物や楯のサイズ、質は悪そうとは言え、いや、質が悪いからこそか。の、重量がありそうな金属鎧を着て整然と歩いている姿は威圧感抜群である。角のせいでフルヘルムは装備できない様で、2人とも行軍には頭部上半分を覆ういわゆるバイキングヘルムを装着している。その巨体と隠しようのない角は彼らが“鬼子”であること明確に示していた。やはり辺境に近い地だけあり、中には眉間に皺を寄せる者もいるにはいるが、冒険者としては有能であることも確かなのでどこぞの依頼主のように直接的な言葉は口にしない。
2つ目は、ネージュとアンナに対する懐疑的な目だ。傍から見ればどう見ても未成年の少女にしか見えない。装備も少々変わってはいるが、どう見ても革製の軽装備である。ネージュを見れば一応は斥候系クラスであると考えるであろうが、アンナは戦士としてはまだレベル14、この遠征に見合う様には見えないのだろう。この辺りは紹介もなく、本来のクラスのイメージとはだいぶかけ離れた格好なので仕方ないと言えば仕方ない。恐らくは、他3人、即ち、アデル、ニルス、ミルテの関係者か何かだろうと見られていそうだ。
3つ目は単純に、アンナを場違いな美少女とみる野郎共の目だ。女性を含むパーティの男もチラチラとアンナの様子を窺っているのがわかった。
そんな感じで初日の行軍は進み、夕暮れ前には最初の目的地である森の入り口へと到着する。森に入ってしまえば陣地を形成することもできなくなるため、恐らく兵士たちが済々と寝られるのは今夜までだろう。
次々と軍用の大きなテントが設営されていく中、アデルはレナルドに許可を得て、冒険者たちに割り当てられたエリアに光源を提供した。勿論アンナの精霊魔法だ。一般的な真言魔法の“灯明”とはその範囲が違う。“灯明”がせいぜい半径10メートル程度の範囲に対し、アンナの精霊魔法は半径50メートル弱をカバー出来る上に、明度の調整まで出来る。眩しすぎず、程よく作業を助ける光に冒険者はもとより、その光の恩恵にあずかれる位置にいる国軍からも評価を受ける。これによりアンナが低レベル戦士ではなく、本来は《精霊使い》であることが冒険者たちに知れ渡った。それまで遠巻きにアンナを眺めていた数名の冒険者が近寄ってきて何か声を掛けたが、アデルとネージュが視線や気配でそれを牽制しつつ食事を済ませると、アンナは早めにテントに入れられた。
そして翌朝、野営地点で待機していると、ついに東の勇者一行がその姿を現した。
先頭でやってきたのはヴェーラだ。1年半前にはアデル達と一緒に活動したこともあるヴェーラだが、アデルとネージュが見ても明らかに大きく成長していた。まず体の厚みが違っていた。開拓村生活から抜け出し、良い物を食べてしっかりと鍛練を行った結果だろう。アデル達も当時よりは食生活が充実しているとはいえ、年の半分を保存食程度で賄ってきていた所為か、アデル達の成長よりも上を行っている様子だ。
ヴェーラは最初にレナルド隊長と言葉を交わすと、彼のパーティと共に冒険者組の方にやってきて周囲を見渡す。
「ん?……アデル……か?何か雰囲気が変わったような?」
どうやら一目で気付いたらしい。
「ああ、コローナっぽい髪色に変えてるからな。」
アデルの言葉に少し驚きの表情を浮かべながら、フードから覗くネージュの髪色も確認する。
「まあ、ネージュの髪は目立ったしな。でもあんまり無理はしない方がいいと思うぞ?」
コローナ人の染髪料に対するイメージは大抵こんなものだ。無理に染めると髪がボロボロになって劣化が早くなると思われている。実際、染髪料はその通りなのだがアデル達はそれを用いてはいない。
「まあ、悪目立ちよりはマシさ。それよりも……随分と活躍しているみたいだな?」
「……アリオンさんには申し訳ないと思っている。」
アデルの言葉にヴェーラが眉を寄せる。
「まあ、村の事情って奴だろ?ヴェーラ一人で気に病んでも仕方ないだろうよ。」
「……そうかな。」
そこでようやくヴェーラは少し表情を緩めた。環境がそうさせただけで、ヴェーラの中身は以前とさほど変わっていない様にも思えた。だがそこに水を差す者がいた。
「……何?知り合い?と、いうか……なんで“あんた達”がここにいるのよ?」
ヴェーラの後ろからやってきた女がアデル達を――否、その後ろを視線で示しながら言う。
「どういうことだ?」
ヴェーラが聞き返す。
「汚らわしい“鬼子”と一緒なんて聞いてないわ。冗談じゃないわ。」
「「「何?」」」
「は?」
「はぁ?」
怒気を含んだ声で反応したのがヴェーラのパーティの他のメンツ、少し間の抜けた『は?』と声を漏らしたのがヴェーラ。最後、やはり怒気を含んで“もう一度言ってみろ”と言わんばかりのはぁ?がネージュだ。女が示していた視線は後ろのニルスとミルテだったのだが。
「そちらがどういう経緯でこの討伐隊に参加したのか知らないが、こちらは領主様の依頼の元、正式に冒険者の店から所属冒険者として送り出されている。文句ならレナルド隊長か、そちらにこの話を持って行った人に言ってくれ。」
毅然とそう返したのはアデルだ。
「…………馬鹿馬鹿しい。私たちは私たちで行動しましょ?」
その女がヴェーラの腕を掴んで冒険者集団から離れようとする。
「その辺は……悪いな」
どちらにも受け取れる言葉で口を濁して、ヴェーラは腕を引かれ彼らの方へと戻っていった。
「ありゃ相当苦労しそうだな……」
アデルはネージュの頭をフードの上からわしゃわしゃさせながら呟く。
「どういう経緯でこの討伐隊に参加したのか聞いてみたかったんだがな。」
少なくとも、今の他の仲間と一緒にいるうちはまともな会話は出来そうにもない。
「それにしてもあんな言い方……」
アンナがニルス達に気遣うように口にするが、
「グランじゃどうかしらんが、テラリアやコローナの田舎じゃこんなもんだよ。テラリアの帝都やら中央地域なんてもっと酷いぞ?」
「…………」
アデルの言葉にアンナが押し黙る。
「すまんな。不快な思いをさせる。」
するとニルスが苦々しそうに呟いた。
「なに、どうってことはない。俺らが冒険者になったばっかりのころは、鬼子を理由に村に立ち入り拒否されて、俺らだけ夜営したところを襲われて大損害を被った事があったぜ。」
「鬼子?」
アデルの言葉にニルスが眉を寄せる。ニルス達はネージュが“鬼子”とは思っていないし、“鬼子とされている”このを知らないのだ。
「その辺は……揃って店に戻ったら話すよ。」
アデルは改めて双子の角を見る。本人の成長と共に角も伸びているという部分を差し引いても、確かにネージュの角とは別物だ思わざるを得ない。
こちらにも事情があることを臭わせると、ニルスはそれ以上聞いてはこなかった。
「まあ、あっちは田舎連合のエリート集団だからな。その辺の偏見も強いんだろう。王都の方ならそんな気にする必要もない……筈。まあ、西の外れの方に行くとやっぱりあるらしいがな。余りお勧めしたくはないが、北は戦争が始まるだろうし、仕事は選ばなければいくらでもある感じか。」
「そうか……」
アデルの言葉にニルスは小さく答えた。
いよいよ森へと入っていく。ここからは側面を木々に囲まれたさほど広くない一本道と言う事で、アデル達冒険者組が前、中央に国軍、その中心にレナルド、そして国軍の後ろにヴェーラ隊という配置で森へと入っていった。その中でもアデルとネージュは先頭を歩いていた。
討伐隊全体としての隊長はレナルドであるため、その辺の決定権はレナルドにある。ヴェーラ隊と冒険者ギルドとのいざこざや、先程の鬼子の騒動を承知したうえでの采配である。一部事情を良く知らない冒険者組の中には『なんであいつらばかり……』と言う言葉もちらほら聞こえる。
道中、カモシカを何頭か見かけたが、隊列は乱さない様にと狩る事は許されなかった。それ以外には何かしら特筆する様な対象とは出くわさないまま3日が経過した。
そこでアデルは徐々に違和感を覚え始める。何かおかしい。
少し集中して考えるとその理由がすぐにわかった。遠いのだ。この道はアデルが最初にテラリアからコローナへと向かう時に通った道だ。それもそうだろう。この数の討伐隊が隊列を整えて通れる道なんて1~2本しかないのだから。しかも、徒歩とは言え3日、エストリアからは4日も東進したとなれば、かなりテラリアに近い位置になる筈だ。魔の森が人の往来には少々危険な国境の緩衝地帯となっている為、コローナ・テラリア間での具体的な国境の取り決めはない。しかしこの位置だとコローナ領であると言い張るのは少々無理がある気がする。
それに、1週間ほど前に騎馬で東に向かった奴らは?
アデルは休憩のタイミングを見計らってレナルドにその事を確認する。
しかし、当のレナルドは聖騎士たちが東へ向って行ったという話を聞いていないそうだ。勿論アデルの方も直接ルートを聞いたわけではなく状況から考えた推測ではあるものの、別ルートを通るとは考えにくい。他に多数の騎馬が通れる様な抜け道でもあったというのだろうか?
とにかくレナルドからは、明日には目的地の到着する旨を告げられる。
そしてその夜、愈々明日、目的地に到着するとレナルドが告げると、軍民一様に緊張が走った。敵の拠点が近いということは、こちらの動きが察知されたら夜襲を受ける可能性もあるのだ。その事はレナルドがよく理解しており、火の使用を控えるようにと伝達され、不必要な明かりも制限された。夜襲にも気を付けるようにとのお達しがある。人数こそ若干多めであるが、オーガやそれを束ねる存在と互角に渡り合える者は多くはないだろう。暗視の能力も考えれば、夜襲はないとは言えない。むしろ、前回アデル達がオーガとやりあったのも夜の襲撃だった筈だ。
冒険者組で纏まって保存食の夕食を済ませた後、アデルはネージュとアンナを人気のないところに呼び出した。
「ネージュ、いつもの頼む。」
「りょ。」
2人とも、人気のない所に呼ばれた理由はすぐに理解したようだ。
ネージュが荷物袋から筆記具を取り出すと、アンナはすぐに“不可視”の魔法を掛ける。
「今回の相手はおそらく暗視持ちだ。油断はするなよ。」
アデルの言葉に、何もない空間からの風が答える。術中、自分から声を発してしまうと術が解けてしまう事がわかっているからの対応である。一陣の風の後、数秒置いて風向きが正面から上方に変わりやがて遠ざかる。出発したのだろう。
アンナと共にニルス達の元に戻ると、珍しくミルテが口を開く。
「……ネージュはどうした?」
「偵察に行かせたよ。うちの斥候が優秀な所を教えてやるさ。」
「一人でか?大丈夫なのか?」
亜人――特に上位の敵対的な亜人所謂蛮族となると、敵に年齢性別は関係ない。未成年の子供であろうと敵、敵性種族と見做されれば等しく攻撃を受ける。特に人族の女性を好んで拉致し弄ぶ。その辺りは人族の山賊も似たような者か。とりあえずネージュが人族の女性に含まれるかの判断は各々がするとして。
「まあ、偵察をさせるならうちで一番優秀だからな。地図を描くのもうまいぞ。」
アデルとアンナの余裕を見て、ニルス達はとりあえず納得するしかないようだった。
「あとは、夜襲がないのを祈るのみだな。」
蛮族に多少の知恵があるならおそらく夜襲を仕掛けてくるだろう、あちらには暗視持ちも多く、こちらの警戒を考慮しても夜間の方が一方的に有利を取れるのであるから。アデル、そしてレナルドもそう考えて周辺の偵察、警戒を最大限にしたが、結局夜襲はなかった。
しかし、ネージュが戻ったとき、それが蛮族達の無策や油断からくるものではなかったという事を知る事になる。
前半の見張りをニルス達に任せていたアデルは、保護者的な意味でアンナを抱き抱えながら仮眠を取っていたが、交代でニルスに起こされるより先に戻ってきたネージュの情報に眠気を吹き飛ばされた。
「なんだこりゃ……」
それに記されていたのは蛮族の集落の配置図などではない。ちょっとした防衛陣地の俯瞰図だった。
半径は100メートル程だろうか。外周には2メートル程の高さの木と石で築かれた壁が囲んでおり、内側の高い位置や小窓からは弓や槍で攻撃出来る様になっている。出入口となる門の傍にはご丁寧に櫓と偵察と狙撃を行う猟兵まで配置されており、ただの蛮族の集落ではないことを物語っていた。
ただ、どちらかと言うと、陣地は東に向けて築かれている様で、現時点での配置は西よりも東の方が厚いように感じる。
どちらにしろ、無策で突撃をすれば包囲する以前にかなりの損害を受けることになりそうだ。さらにネージュの弁によると、矢などには毒が塗られている可能性が高いとの事である。
アデルはネージュを労い、ゆっくり休む様に言うと、結果として同時に起こされたアンナに暗視の兜を渡し、すぐにレナルドの所へと向かう。
レナルドは既に休んでおり、取り次ぎを願うがすぐには認められなかった。結局はアデルが
「緊急の用件だつってんでろ!」と怒声を上げた事でレナルドが気付き、起きて来てくる。
「何事だね?夜襲と言う訳ではなさそうだが?」
不機嫌そうに言うレナルドにアデルは言う。
「念のために出したうちの偵察が戻ってきました。これをどうぞ。」
アデルが差し出した図面を見て、レナルドの表情が一変した。
「これはどうやって……」
「どうやってって……高い木に登ればあとは経験でそれくらいは出来るでしょうよ。」
即答で大嘘のハッタリをかますが、場所が森林だけあってそれなりに納得された様だ。
「しかし……これは……」
「矢には毒を塗られている可能性が高いそうです。」
「…………」
レナルドは言葉を失う。
今回率いている兵士たちの装備や練度を考えると相当な損害が……もしかしたら、今いる人数では攻めきれない可能性すらある状況だ。
「蛮族の集落と聞いていましたが、これはもう生活と言う物を通り越して、軍事的な防衛拠点と見てとれます。どのような情報でこの討伐隊を編成されたのですか?」
「伯爵が信頼できる筋から得られた情報だと。規模を勘案して、現在我が領で遣り繰りできる範囲で十分な数を割り当てたとの話だが……」
この瞬間、四天――コローナの四方を守るそれぞれの辺境伯の中で唯一の穏健派とされ、領民からの信望も厚いエストリア辺境伯だがアデルの中でその評価がダダ下がりした。確かによそ者の自分たちをやさしく迎え入れてくれる環境を整えていてくれたことには感謝しかないが……これは穏健派という話で済むものではない。もしかしたら、“辺境伯”でありながら軍事に興味がないだけなのではなかろうか?という懸念すら湧き上がる。
「どうしますか?大楯を扱える増援を頼みますか?確認できた範囲だと、相手の下っ端――弓兵はゴブリンが大半だそうなので、ちゃんと装備がある者が対処すればある程度は大丈夫でしょうが……オーガの上が出てくるかもしれません。あと、まあ……これ、ある程度の実戦を知ってる冒険者組に見せたら逃げ出す奴もいるんじゃないですかね?」
兵士以上に軽装備の多い冒険者にとってはそれくらい深刻な状況であるのだ。
「いま増援を頼んでも……今のエストリアの状況では厳しいだろう。本国に頼んだとしても……増援が到着するには年明け後少し経ってからになる。我々で何とかしなければ……」
「……これ、配置を見るに対東側の陣地ですよね?本当に攻める必要があるんでしょうか?一度領主様に確認した方がいいのでは?」
「蛮族の拠点を攻めるつもりで大軍を出して、何もしないで尻尾を巻いて逃げてきましたと云う訳には行かん。」
「……そうですか。」
「君はどうするつもりだ?」
「いきなり逃げるつもりはありませんが……状況がかなり悪くなったら逃げるでしょうね。」
「そうか……この図は他の者には見せない様にしてくれ。」
「……わかりました。」
翌朝、レナルドは引き金を引くことになる。
それは、蛮族のいる東に向けてではなく、コローナ本国である西に向かっての引き金であったことに気付くのは年明け以降になるのであるが。
これはコローナにとってさらに状況を悪くするための引き金となるのである。
――聖騎士たちの思惑通りに。




