意外な人物
翌朝早々にソフィー邸を発ち、夕暮れ前には久しぶりの“エストリアの暁亭”に到着する。
「アリオンさん。お久しぶりです。その節はお世話になりました。」
アデルが挨拶をするとアリオンが首をかしげる。
「む?俺も焼きが回ったか……すまん、誰だったかな?」
「アデルです。あー、もしかして……」
そこで一つ思い当たる。
「アンナ、俺の髪だけ元に戻してくれ。」
「……いつものですね。」
今年以前に会っていた人間がだいたいこういう反応をしやすいと思い当たりそう指示を出すと。
「あー、あーーーー。お前らか!」
基本的に染髪という概念がないこの世界では思いの外髪色というのは重要な要素らしい。
「ってことは、こっちがネージュか。なるほど、この髪型は考えたな。」
薄々事情を知っているアリオンは声のトーンを下げてネージュの頭を撫でる。
「前よりも逞しくなったな。嬢ちゃんもだいぶ身体がしっかりとしてきたようだ。レベルはどれくらいになった?」
「キマイラ討伐の評価で俺が《戦士:24》、ネージュが《暗殺者:22》です。あと、こちらが今年の春に仲間にしたアンナで、《精霊使い(エレメンタリスト):18》《戦士:14》ですね。」
アデルの紹介に合わせてアンナが会釈をする。
「《精霊使い》先行の《戦士》とはまた珍しいな……」
「いや、護身用にと鍛錬させていたらいつのまにか、レベル10前半の冒険者じゃ相手にならないくらいになってました。」
「才能があるのか、教え方が良かったか……まあ、頼もしい事だ。今回はどうした?」
「いえ、ブラーバ亭も新年祭を前に北の戦争関連を除くと、依頼が少なくなってまして。で、こちらに魔獣が出るという話を聞いたので、あわよくば魔石を稼がせてもらえないかと様子を見に来ました。ブラバドさんも推奨してくれましたし。」
「なるほどな。そりゃ助かる。魔獣やら猛獣やら妖魔やら……こちらは討伐対象はより取り見取りだぞ。」
「やっぱり魔の森の影響ですかね?聞いた話によると、テラリア西部はかなりやられているようです。」
「そうなのか……町としては一番東のここでも今やテラリアの情報は一切入ってこない状況でな。」
「入国や越境が厳しくなったなんてことは?」
「いや、その辺は特に変わってない。」
どうやらその辺りはアデルの杞憂だった様だ。いや、自分を棚に上げれば逆に憂うべきなのか。
「とりあえずどんな依頼がありますか?俺らとしてはゴルトよりも魔石の原石が欲しい感じなんですが。」
「そうなると魔獣だなぁ。まあレベル24もありゃ苦戦するような相手はいなさそうだが……」
アリオンがそう言って掲示板に張り出された依頼票を取ろうとしたところで、店が俄かに騒然としだした。
「む?何事……って、ありゃあ、聖騎士か?あ?」
アデルも入り口付近に目を向けると、見覚えがある人間が数人、店内に入って来ていた。
(うわぁ……って、ありゃあ……うわぁ……って、マジか!?うわぁ……)
見覚えのある顔をいくつか確認したところで、アデルは3度ため息をつく。
最初のため息は、入ってきた聖騎士の顔だ。ルイーセである。2度目のため息はその取り巻きだ。例の聖騎士6人組の他に15人ほどの冒険者と思われる者たちが入ってきたのだ。
そして3度目のため息。その取り巻き――恐らくは王都で雇われた護衛だろう――の中に、エスターとフォーリがいたことだ。アリオンもそれに気づいた様で眉間に皺を寄せる。だが、アリオンが行動するよりも先にルイーセが行動した。
「貴殿が店主か?護衛の依頼をしたい。む?君は……王都の冒険者ではなかったのか?」
ルイーセがアデルに気付き、一瞬不思議そうな顔をするも声を掛けてくる。
「あー、ちょっと素材が欲しくて魔獣や猛獣討伐の出稼ぎに。どうぞお構いなく。」
「お構いなくどころか、こちらとしては君には是非参加してもらいたいのだがな。」
「所属してる店に、新年祭までには戻ると伝えてありますので……」
「……そうなのか?しかし、我々に同行してくれれば、冒険者以上の待遇を用意できるのだが?」
「それでも勝手に他所には行けませんよ。まあ、俺らにゃコローナの人たちみたいにテラリアに憧れもないですから。」
そこでアデルは声を潜めて、しかし、アリオンには聞こえる様に言う。
「どうせこちらに戻ってこれるという保証もないんでしょう?“あちら”で冒険者や冒険者上がりの流れ者がまともに相手にされるとは思えませんがね。」
アデルの言葉にルイーセが眉間に皺を寄せる。
「聖騎士、ルイーセ・アウラ・ヘンドリクスの名に於いてそのような心配は不要だと誓おう。」
「そのヘンドリクスの家名に見捨てられた人間に言いますか?税を返せとは言いませんが、勘弁してください。マジで。」
最後は辟易とした表情のアデルにルイーセはますます険しい表情を浮かべるが、アデルが距離を取ったため、本来の用事に戻る。
「役立たずが……」
呟くように小さく吐き捨てた言葉をアデルとネージュ、そしてアリオンはしっかりと聞いた。ネージュが何か動こうとしたところをアデルはネージュの頭をくしゃくしゃと掻いて動きを封じる。アデルは特に言い返すでもなく、ルイーセとさらに距離を取った。
次はアリオンだ。聖騎士たちの事情はわからないが、テラリア西部の状況が悪いと云う事はたった今聞いている。突然、大挙してきた聖騎士が何を言い出すのかと身構える。
「テラリア西部であるクーンまで、いや、せめて魔の森を抜けるまでの護衛を頼みたい。」
ルイーセが依頼の要件をまとめた書類をアリオンに渡したところでアデルはこっそりとエスターに近づいた。
「よう。お久。随分とややこしいことになってるらしいな?」
アデルの言葉に、自分たちの状況を知れられていると察したエスターとフォーリは険しい表情を浮かべる。
「まあ、やらかしたのは村の方みたいだし、よそ様の事情に首突っ込む気はないけどな……このタイミングでここに来たってことは……聖騎士の依頼を受けたのか?」
「……ああ。あんたの逆だな。コローナじゃ碌に仕事ができない様になっちまったし……」
「あっちで冒険者はかなり厳しいぞ?連邦の冒険者よりも立場は悪いと思っていい。」
「俺はともかく、フォーリにとっちゃ悪くない話なんだ。」
「フォーリに?」
「聖騎士、聞けば地方領主の家の者らしいじゃないか。の名前で、テラリア帝都の神殿に神官として推挙してくれるって話だ。」
「帝都の?フォーリの信仰する神って光神テリアだったっけ?」
「…………」
アデルの問いにフォーリは黙り込む。つまりは違うのだろう。
「大丈夫か?改宗は余儀なくされるぞ?まあ、光神も光神自身は悪くないんだろうけど。」
「冒険者ギルドの影響力を甘く見てたんだ。ここまで仕事にならんくなるとは……」
「やらかしたの村だろ?事情話せば何とかなりそうだが……それとは別の事情か。俺は違うと思うが、誘拐犯扱いだって?」
「……誰に聞いた?そこまで知っているのか。」
「出所は伏せとく様に言われててな。まあ、そうなると……新天地を探すのも悪くはない……か。」
「出来れば知ってる人間に会いたくなかったんだがな。」
「だったらなんでよりによってここに来たんだ……」
「ルイーセ様がこの町で一番有名な冒険者の店で増員をするって言いだしてな。宿泊費も持ってくれるらしいし……な?」
冒険者ギルドから破門に近い扱いになったところで村からも追い出されたとなると――順番的には逆か――確かに手持ちも少ないだろう。エスターの言葉に改めて護衛冒険者たちの様子を探る。
レベル、装備品ともにバラバラな感じだ。恐らく馬に乗れさえすればいいと適当に集めたのだろう。戦力的には間違いなく依頼人である聖騎士たちが一番強そうだ。つまりは……使い捨てにする気満々だと云う事だろう。自領の兵士ですら眉一つ動かさずに捨て駒に出来る連中だ。
「エストリアには今着いたのか?」
「いや、到着は昼前だ。午後に領主様と会談を持ったみたいだが……いい返事は得られなかったようだな。」
「……そうか。馬も支給品?」
「ああ。俺達で1頭……だけどな。」
「流石に羽振りはいいな。まあ、こうなったら何が何でもフォーリを帝都まで送り届けないとな。」
「勿論だ。あんたは?」
「俺は別件だよ。真っ当にそれなりの冒険者の店に登録してるしな。」
「そうか……」
これ以上この案件に関わるつもりはないと言外にくるんでアデルはその場を離れた。




